用語集

なぜ創発を起こす必要があるのか

ビジョナリーカンパニーに必要なもの

『ハーバードビジネスレビュー』は、1998年1月号の創刊75周年記念の特集として「75YEARS OF MANEGEMENT」と題し、1922年から1997年までのマネジメントにおける重要な概念や書籍、社会的な出来事の変遷をまとめています。その中で1987年以降の10年間でビジネスに最も重要な影響を与えた書籍として取り上げられた2冊のうちの1冊が、スタンフォード大教授のジェームス・C・コリンズとジェリー・I・ポラスの著した『BUILT TO LAST(邦題「ビジョナリーカンパニー」:日経BP出版センター)』です。この本の中で、現場との創発の重要性が指摘されています。
コリンズとポラスは、世界的に大きな成功を50年以上に渡って継続的に納めている、いわば最高の中の最高と言える企業を18社選び出しています。そして、それを「ビジョナリーカンパニー」と名づけ、その行動特性を明らかにしています。そこで明らかにされた結果は、今までの経営における神話を覆す画期的なものでした。ビジョナリーカンパニーの大きな特徴の1つに、「経営理念、ビジョンを強く掲げ、いかなる状況においてもそれを維持し続ける」があります。「ビジョナリーカンパニー」ではいかに崇高な理念を掲げるか、よいビジョンを打ち出すかが問われるのではなく、「ビジョンや理念をいかなる状況でも維持し続けることができるか」が重要だと指摘されています。
「ビジョナリーカンパニー」となるには、トップがビジョンや経営理念を掲げ、それが会社全体にくまなく伝わればよいというものではありません。そのビジョンが本物であること、それが会社全体の中からわき上がっており、ビジョンそのものが企業の中に体現されていることが必要なのです。そうした状況は、上からの押しつけでは決して生まれることはありません。トップが掲げたビジョンに対して、会社全体が共鳴を起こし、その中から新たなビジョンが生み出され、それが真のビジョンとして全体に浸透していったときに「どんな状況でも自らのビジョンを維持し続けること」が可能になるのです。
そういったビジョンの浸透は、上が掲げたビジョンを実現化するための具体的な方策を下が組み立てるといった行動を決められたとおりに機械的に行うことで起こるのではありません。また、各種媒体を利用して社内外に知らせるキャンペーンやセレモニーを形式的に行っても効果はないでしょう。ビジョンの浸透には、予期しなかった新しい秩序、価値が生み出されていくという、まさしく「創発」という働きが不可欠です。
こうした創発の重要性はなにも「ビジョナリーカンパニー」に限ったことではありません。組織の中に何かを伝えようとしたり、新しい何かを生み出すには、機械的に伝えたり、生成する仕組みだけを作ってもその実現は難しいでしょう。そこに魂を入れ、本当に価値のあるものとするためには、「創発」を起こして、組織全体を巻き込んでいくことにカギがあると言えるのです。

不連続な変化に対応する

現在のビジネス社会では「ボーダレス」「規制緩和」「情報共有」など、「創発」を引き起こす社会的条件が整いつつあることを先に述べましたが、単に条件が整っただけではなく、「創発」を起こさないとこれからは生き残りが難しいと言うこともできます。
現在では、「ビッグバン」という言葉が、「金融ビッグバン」をはじめとして、さまざまな分野で大きな変革を指す言葉として使われています。「ビッグバン」は、広辞苑によると「宇宙の初めにあったとされる大爆発」とされています。そして、その変革は「大爆発」という言葉のニュアンスが示すように、今までの延長線としての変化ではなく、ほとんどすべてが無くなってわずかなものだけが残され、まったく新 しいものが生まれる変革と言えます。そうした中で、ビジネス社会や企業が存続し続けることの確実性はますます低下するばかりです。
この視界が効かず、足場の安定しない激流下りのような状態に対応する方法として、企業ではさまざまなことが考えられています。フラット型組織をつくって意思決定のスピードを速める、自律型組織やセル型組織をつくって現場の独自性を高めていく、エンパワーメント的なマネジメントを行い権限を委譲していく、ラーニング・オーガニゼーションをつくって組織全体の学習性を高める等です。
これらに共通しているのが、「現場との距離」を短くしようとしていることです。ビジネスサイクルが加速度的にその変化のスピードを増し、次々に障害が現れる時代には、トップの指示を待って行動していたのでは変化に対応することはできません。ビジネスの最前線にいる現場の声を経営にいかに早く取り入れ、活かしていくかが大切になります。そのために現場を巻き込んで創発を引き起こして、新しい学習、知 識を生み出し、変化に対応することが重要になります。つまり、官僚型の組織構造をフラットにしたり、柔軟性をもたせようとするのは、「組織の距離」を短くし、トップの命令を速く下に伝えるなど意思決定のスピードを上げるためだけに行うのではありません。組織の中で現場の巻き込みを図り、創発を起こしていくことが大切なのです。

情報の価値を高める

1.静的情報

「現場の巻き込み」「創発」の重要性は、「情報」という観点からもみることができます。現在、情報は、ヒト・モノ・カネに次ぐ、第4の経営資源として認知されています。一橋大学の金子郁容教授は、著書『ボランティア』(岩波書店)の中で、情報を静的情報と動的情報の2つに分けて捉えています。静的情報とは紙に記されたり、コンピュータのハードディスクに納められており、その内容が変化しないものを指します。それはもっていることに価値のある情報であり、その情報に希少性があれば あるほど(他の人がもっていなければいないほど)価値がありました。企業にとっては、競合会社がもっていない情報やノウハウをどれだけもっているかが重要なことだったのです。マネジメントにおいても、上司はメンバーよりも経験を積んでいたり、多くの情報にアクセスする権限を有しているのが普通でした。それによって部下との情報格差が生まれ、上司の優位性が保たれていたのです。
また、静的情報はコピーをしてもその価値が薄れることはありません。つまり、変化の少ない時代には、企業は1つの情報、ノウハウに対して資本を投入し拡大再生産を繰り返すことで多くの価値を生み出すことができたのです。

2.動的情報

一方の動的情報とは、関係性の中から生まれてくる情報です。それは、1つの情報と別の情報を組み合わせたり、相乗効果を発することで新たな価値を生み出す情報のことです。動的情報は固定的、静的なものではなく、常に変化し新しい価値を生み出していく情報、つまり、創発の結果生み出される情報であると言えます。そこでは情報を「提供する」「提供される」という概念はなくなり、限られた資源を求めて争うといった発想からも離れていくものです。
変化の激しい時代に、静的な情報はすぐに陳腐化してしまいます。仮に有効と思われる情報をもっていても、それを自分の中に囲っていては、生み出される価値は限られています。それよりも自分のもっている情報をオープンにし、多くの関係性を生み出すことで、現在進行形で価値のある情報が生み出されていきます。インターネットの発展は、まさに動的情報が生み出されるプロセスであるとも言えるでしょう。現在の社会で大切なのは、動的情報をいかに創り出すかにあるのです。
企業においても、優れた自社製品という1つの情報をもっていても、刻々変化する市場環境、ユーザーニーズといった情報と組み合わせることで新たな動的情報を創出しなくては、本当の価値を生み出すことはできないでしょう。また、社内でトップがよいアイデアを思いついただけでは、価値を生み出すことはありません。現場との相互作用の中で動的な情報として活用されることではじめて価値が生み出されるのです。
他の企業がやっている経営手法を形だけ取り入れてもうまくいかないことが多いのは、現場との創発を起こして動的情報を生み出していないことがその原因と言えます。例えば成果主義、年俸制やストックオプション制、早期選抜制度などの新しい人事制度を導入するとします。こうした制度は、教科書やマニュアルにあるような出来上がったもの、つまり静的情報と言えます。これを上から決められたルールとして会社全体に守ってもらおうとしてもうまくいかないことは目に見えています。静的な情報のままで導入するのではなく、開発や導入、運用段階において現場との創発を起こし、そこから動的な情報が生み出されることではじめてうまくいくのです。

3.動的情報を生み出すには

こうした動的情報が生まれる条件として必要になるのが「バルネラビリティ」と「自発性」です。バルネラビリティとは「赤子のように無防備にさらけ出すこと」を意味します。従来情報については、開示すると攻撃されたり、自分が損をするのでできるだけ公開せずに隠しておくという考え方が当たり前となっていました。しかし、現在では静的情報の耐用期間が短くなる一方で、常に情報、知識を更新し、生み出し続けることが重要になっています。そのためには、バルネラビリティにより周囲との緊密な関係性を構築することが不可欠と言えます。
もう1つは自発性です。先程の例のように新しい人事制度を導入しようとしても、「今後はこのやり方に従って進めてください」と提示するだけでは、現場のコミットメントが得られず、結局は形骸化していくか、上からの命令に従う「他律」の世界から抜け出すことはできません。そこで、現場から「この新しいやり方は我々が検討し、創り上げていったのだ。だから本気になって取り組んで、本当に役に立つものに進化させていくのだ」という声が上がるようにしていかなければなりません。つまり、動的情報は全員が自発的に取り組むことによって生み出されるものです。創発を引き起こしていくには、ただ単に皆が自分がもっている情報をオープンにすればよいというのではなく、全員が自発的に、自分の意思をもって関わっていくことが必要になるのです。

(1998/9/15)


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