「セルフ・ワン」と「セルフ・ツー」
ここでは、筆者が'98年の6月にロサンゼルス近郊にあるティモシー=ゴールウェイ氏のご自宅をお訪ねして、コーチングの話を伺った際に得た情報・知識を交えながら、彼の言う「インナー=ゲーム」についてのまとめを試みたいと思います。また今回は、スポーツを題材にした例え話が多く登場しますが、スポーツに限定しないさまざまなコーチング場面に「インナー=ゲーム」の理論を活用していただければ幸いです。
ゴールウェイ氏は、すべての人の中に「命令し、ジャッジする自分(セルフ・ワン)」と「行動する自分(セルフ・ツー)」という2つの自分がいて、絶えず「セルフ・ワン」が「セルフ・ツー」に語りかけ、「セルフ・ツー」の行動に影響を与えているという現象に注目しました。実際に神経系統を動かす潜在意識や潜在能力、あるいは本当の自分といったものも、この「セルフ・ツー」に含まれます。
「セルフ・ワン」と「セルフ・ツー」の関係は、「セルフ・ワン」は「セルフ・ツー」を信頼しておらず、いろいろ雑音を立てて「セルフ・ツー」のパフォーマンスを妨げているというのが通常の状態です。例えば、テニスの試合中にバックハンドを苦手としている人に、苦手なコースのボールが飛んできたとします。すると「セルフ・ワン」は、「ああ、イヤなところにボールが来た。またミスをするぞ。」と考えて身体の動きがぎこちなくなり、その結果、予 想したとおりうまく返球ができなくなってしまいます。このことによって「バックハンドは苦手だ。」という潜在意識が強化されてしまうのです。
もしこのとき、「セルフ・ワン」が静かにしていれば「セルフ・ツー」は驚くほどの潜在能力を発揮することができます。例えば、火事のようなとっさの場合に、人々が我知らず大変な力を発揮するのは、「セルフ・ワン」が働く暇がなかったために起こり得ることです。また、「ひとりでに身体が動いて、やることがすべてうまくいった」とか「自然に言葉が浮かんで、スムーズにものが書けた」というような状態は、「セルフ・ツー」を信頼した結果の顕著な例です。
しかし、「セルフ・ワン」を静かにさせようとして、「セルフ・ワン」の働きを意識的に静めようとするのは非常に難しいことです。というのも、普通われわれは、「セルフ・ワン」の働きを「セルフ・ワン」によって静めようとするからです。そこでゴールウェイ氏が提唱するのは、「セルフ・ワン」の注意を自意識や観念の世界ではなく、現実に変化する何らかの対象に向けさせることによって、「セルフ・ツー」の働きの邪魔をさせないようにする手法です。
今回、筆者がゴールウェイ氏を訪問した際に、ご自宅の庭で4時間ほどゴルフのコーチをしていただきました(筆者はこのときがゴルフ初体験です)。まずゴールウェイ氏は、筆者に一度スイングをさせてみて、身体の感覚で気になるところがあるかどうかを尋ねられました。筆者が「左腕の付け根が硬いと感じます。」と答えると、「それでは、もう一度スイングをして、その後でスイングのどの部分で左腕の付け根が一番硬く感じたかを言って下さい。」と いうコーチングをされました。すると、2〜3回スイングをするうちに、左肩付近の硬さの変化に意識を向けているだけで、リラックスさせようという努力なしに自然に硬さが取れてきたのです。このようにして、筆者の「セルフ・ワン」は自分の体の中の感覚に集中し、最後には「セルフ・ツー」がひとりでにうまくスイングをするようになったのです。
また、うまく打とうとする「セルフ・ワン」の働きを忘れさせるために、「セルフ・ワン」を混乱させ、その働きをストップさせるというやり方も新鮮でおもしろいと思いました。最初のうち筆者は、ゴルフボールをうまく打とうして、全体のバランスを失ってしまいました。この時、ゴールウェイ氏はこうコーチしてくださいました。「今のスイングはどうでしたか?」「うまく打とうとして不自由でした」「完全な自由な状態を100%として、今のスイングの自由さは何 %位でしたか?」「40%ぐらいです。」「それでは今度は、10%の自由さでスイングしてみて下さい。」
普通「セルフ・ワン」は、うまくやろうとする方向でしか働くことがないために、こうしたやり取りを行うと思考がストップしてしまって、何も考えられなくなります。筆者は、どうしたら10%の自由で振れるかなどと考えるのも面倒になり、「ええい、ままよ」とばかりにスイングすると思いがけないほどうまくスイングをすることができました。それは、「セルフ・ツー」だけでスイングした状態に他なりません。
(1998/7/2)


