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どうしたら情熱と主体性、創造性を発揮してもらえるか

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従業員と企業・組織との関係で何が起きているか

最近、企業や組織で耳にすることのなくなった言葉がいくつかある。例えば、運命共同体。「われわれは運命共同体だ。この危機を一丸となって乗り切ろう」という言い方が昔はあった。また、「やる気に火を付ける、行動するよう仕向ける、モチベーションを引き出す、危機意識を植え付ける」といった類の表現も減ってきている。

それはなぜか。このような言葉は、させる側とさせられる側、つまり主と従の関係が前提となって存在するものだ。昔はその前提を従業員たちは暗に受け入れていたので、こうした言葉に対し特に違和感はなかった。しかし、いまこの言葉を用いると、「自分たちを操作しようとしている」と反発を感じる従業員が増えてきているのである。従業員と会社や管理職との関係は「主従」という枠組みではなくなっている。

「〜〜させる」的な表現が使われなくなってきたのは、実際の現場においてそうした言葉で従業員が動機づき、自分から動いてくれることがなくなってきているからだ。以前は、上に言われた通りに仕事をしていれば、そのうち昇進し、収入が増えると思うことができた。しかしいまは、「言われた通りに頑張れば、きっと未来は明るい、うまくいく、幸せになれる」とは単純には信じられない時代である。

人と人のつながり方も変わった。以前は職場のお互いが家族の顔も見知っていたし、家庭内で困っていることなども共有していた。上司や先輩は、仕事だけでなく、人生についても相談に乗ったりしていた。仲間同士も「同じ釜の飯」や「裸の付き合い」という言葉が表すように、強いつながりがあった。ところが最近は、会社内の人々のつながりが希薄になっている。

言われた通りに頑張れば未来は明るいとは信じられなくなり、会社内の人々のつながりが希薄になったことから、従業員の会社や組織への帰属意識や忠誠心といった言葉が、ほとんど意味をなさなくなっている。

ある管理職の取り組みから

実際、経営者や管理職の人々が、指示や命令、叱咤激励、危機感を煽るというアプローチを取れば取るほど、従業員はしらけ、距離が離れていく。上からの押しつけでは、やる気をなくすのがいまの従業員である。
とりわけ、企業の部門長クラスにそのような実感を持っている人が多いかと思う。そんな中、自分のアプローチの仕方を試行錯誤しながら変えていった人々もいる。私が、企業の組織変革の支援をしてきた経験の中から、印象的な出来事を紹介しよう。

「お客様がワクワクするような製品を開発する」というビジョンを持った開発部門にいる製品担当の部長が、部下が四百名ほどいる組織の新任部長として任命された。異動の前の彼のマネジメントスタイルは、ワクワクするような製品につながらないと思えた事項を見つけては、駄目を出して徹底して叩き、部下を叱咤激励していた。それが管理職の役割として当たり前のことだと思っていた。

製品担当部長から組織を統括する部長となった彼は、部下の従業員に懇談会や面談などで話を聞いた。そうすると、会社への要望ばかりが出てきて、楽しんで仕事をしている様子がない。やらされ感で満ちていて、自分たちで何かができると思えていない。そこで、部長は駄目出しをするというこれまでのアプローチが、従業員が仕事を楽しめなくなっている状況をつくり出していたのではないかと感じた。

その部長があらためて考えたのは、従業員自身がワクワク楽しく仕事をしていないと、お客様がワクワクするような製品は生み出せないということだった。
それから部長は、自分のアプローチの仕方を変えた。自分からの指示や命令・叱咤激励をやめた。代わりに場づくりを始めた。従業員たちがお互いをよく理解し合える場、お互いが実現したい状態を探究し共有できる場、その実現したい状態に向かうために取り組みたいことを出し合い、話し合い、具体化する場を提供したのである。

すると、指示してもなかなか進まなかった仕事が、自分たちで自主的にプロジェクトを立ち上げ、自律的に推進し始めるようになった。彼は場づくりを三年続けた。いまはその部署だけでなく、関連部署も一緒になって自主的な取り組みがどんどん立ち上がり、推進されるようになった。

部長は、三年間を次のように振り返る。

前は一人で悩んでいたが、いまは職位や肩書・雇用形態を超えて心からの同志といえる仲間がたくさんいる。彼らと一緒に悩みながらも、足を踏み出し、未来をつくっていけるのが本当に幸せなんです

組織と個人の新たなつながり、エンゲージメント

帰属意識や忠誠心という言葉は、個人と組織のかつてのつながり方を象徴する言葉であった。しかし、その言葉が空虚なものになってしまった現在、個人と組織との新たなつながりを模索する必要がある。

実際には、仕事を楽しみ、職場の仲間を大事にし、自分自身を成長させ、組織や成果に貢献しようと、自分の持てる力をあますところなく発揮し、自分らしく努力している従業員がたくさんいる。しかし、その人々の帰属意識や忠誠心が高いかというと、そうではない。では、彼らの個人と組織のつながりを表す言葉は何なのか。

私が働いているヒューマンバリューでは、これまでに三万七千人以上の従業員と組織とのつながり方の調査を実施してきた。そこで明らかになったことの一つは、「仕事を通して自分が成長するとともに、いきいきと仕事をすることで周囲の人や組織・社会に貢献したいと考え、行動する状態」が存在するということである。

こうした状態のとき、従業員は情熱と主体性が高い。また自分らしく貢献しようとするので、自分の創造力を生かしながら仕事を進める。その結果、成長スピードも速く、成果も向上しているのである。

こうした組織と個人との関係・結び付きを、「エンゲージメント」という。一般的には、婚約、誓約・固い約束などと訳されるが、英英辞典には「ギアのかみ合っている状態」という表現がある。つまり、エンゲージメントは何かと何かの噛み合わせ、つながり方を表す言葉ともいえるだろう。

1.従業員の情熱と主体性、創造力の発揮を高める「三つのつながり」

では、どんなときにエンゲージメントの高い状態になるのだろうか? 調査の結果から明らかになったそれは、(1) 仕事とのつながり、(2) 職場とのつながり、(3) 仲間とのつながり――の三つでみることができる。

(1) 仕事とのつながり:「貢献感」
いまやっている仕事とのつながり方・結び付きが良い状態のときに、従業員はエンゲージメントの高い状態に入る。
それは、仕事をすることで、周囲の人、組織・社会に貢献できている、組織の将来のことを考えて行動しているという感覚を持てているときである。そう感じているとき、その人は、組織の中で自分らしくいきいきと働き、自分の持っている力を余すところなく発揮し、成長し続けるのである。こうしたつながりを「貢献感」と呼ぶ。

(2) 職場とのつながり:「適合感」
いま自分のいる職場や空間、仕事の場とのつながり方・結び付きが良い状態のときに、従業員のエンゲージメントは高まる。 それは、「この組織は魅力的だ、自分に合っている、自分らしい場所だという感覚」を持てているときである。こうしたつながりを「適合感」と呼んでいる。
適合感が高い人は会社や職場に行くのが楽しみとなる。逆に適合感が低いと、自分に相応しい場所ではないという気持ちが高まり、会社や職場に行くのが億劫になる。過去のデータから、適合感の低い組織は離職率が高いことも明らかになった。

(3) 仲間とのつながり:「仲間意識」
「仕事や損得を離れても付き合っていける仲間が組織にいる、組織の人たちとの関係をずっと保ちたい、価値観を共有できるという感覚」を持てているとき、従業員のエンゲージメントは高まる。このつながりを「仲間意識」と呼んでいる。 これは組織の仲間全員とでなくても良い。一人でも職場の中にそうしたつながりを感じられる人がいると、エンゲージメントは高まる。ただし、前述の二つに比べると「仲間意識」とエンゲージメントとの関係は弱めである。「仕事の中で貢献感が得られず、職場が自分らしい場所だと思えない。でも、大事な仲間がいるから......」という気持ちでなんとか頑張っている人の場合、もしその仲間がいなくなると、エンゲージメントがかなり低い状態になってしまう怖れがある。

2.個人と組織がともに高まる循環

エンゲージメントが高い人は、「自分の成長や働きがいを高めることは組織の価値を高める」というとらえ方に基づいて仕事をし、それを実感している。また逆に、「組織が成長することが、自分の成長や働きがいを高める」というとらえ方に基づいて仕事をし、それを実感している状態でもある。つまり、エンゲージメントを高めるということは、「個人の成長と成果」と「組織の成長と成果」がともに高まる循環を生み出すことでもある(図1)

3.エンゲージメントの高い組織では、前向きな解釈が生まれる

同じ職場で同じような仕事をしていても、エンゲージメントの高い人もいれば、低い人もいる。なぜなら、エンゲージメントはその人の認識の問題だからである。一方、企業や組織には、その企業や組織なりの企業風土、組織文化がある。家庭ではとても優しくて前向きな人も、会社が問題点ばかりを指摘し合う「駄目出し文化」だと、会社にいるときは同じように、他罰的になったり、後ろ向きの言動になったりする。

前述した部長のいる部では、リーマンショックに端を発した経済危機のとき、部員たちの受け止め方は「この厳しい状況こそ、自分たちが変わるチャンスだ!」になっていた。その会社の他部署では、「これからどうなるんだ。大変だ」だったのにである。
実は、同じ状況でも、エンゲージメントが高い組織ではポジティブな解釈・意味付けが行われ、未来に向けての活動性が高い。逆に、エンゲージメントの低い組織では、ネガティブな解釈・意味付けが行われ、活動性が低く、できない理由探しや議論ばかりしている状態になる。

エンゲージメントを高める経営とポジティブ・アプローチ

では、エンゲージメントを高めるためには、どうしたらよいのだろうか? 先に述べたように、エンゲージメントは、本人の認識の問題である。そこで、従業員自らがつながりを見出す場と機会と支援を提供することが重要となる。仕事や職場・仲間と、一人一人の心がつながるには、想いと想いが響き合う場としての話し合いが必要であり、先の部長もそうした場をさまざまな機会を設けては実施していったのである。

その際、これまでのように、現状分析から始めて問題を明確化し、原因を分析し、可能な解決策を検討し、行動計画を立てるといったギャップ・アプローチでは、あるべき基準が外側から条件として与えられているため、やらされ感が強くなってしまう。
そこで、話し合いはポジティブ・アプローチで行う必要がある。ポジティブ・アプローチは、ありたい状態が内側から出てくるものだ。仲間たちと話し合い、自分たちの強みや価値をあらためて見つけ出し、それが最高に発揮されたときの未来像を想像する。その上で、実際にまず実現したい達成状態を考え、その状態に向けて踏み出す新しい一歩を生み出すのである(図2)。

このみんなで考えたこの新しい一歩は、経営者の目から見たら稚拙であったり、当たり前のことのように思えるかもしれない。しかし彼らが自ら踏み出した一歩は必ず前に進む。前に進むと、人は経験から学ぶので、次なる一歩のレベルは上がってくる。指示や命令を待って動かないよりも、まずは情熱を持って主体的に動き出すことが大事であり、経験から学びながら創造性を発揮し、未来を創っていくのである。

それには、経営者や管理職がコントロール(結果に向けた道筋の統制)を手放す必要がある。社員に主体的に取り組んでほしいと本気で願うなら、コントロールを手放す不安を乗り越える勇気がいるのである。 ちなみにポジティブ・アプローチには、この二十年間でさまざまな方法論が生み出されてきた。先の部長も、ポジティブ・アプローチの多くの手法を用いながら、試行錯誤をして、エンゲージメントが高いすばらしい組織を創っていったのである。

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