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HVDリポートVol1 No.8  1998年9月1日発行

創発を引き起こし、ビジネスのパフォーマンス高める

今日、ビジネスを取り巻く環境は大きな変化に見舞われています。その渦中にある企業も変化の波を乗り越えようとさまざまな取り組みをしています。その中で人事、HRD担当者は徐々に中心的な役割を果たすようになってきました。目標管理制度などの再構築、評価制度の見直し、給与制度の変更、リストラ、分社化、人材の配置、コンピテンシーのモデルづくり、さらには従来の人事の枠組みを超えた部分でCSやISO、ERP等の取り組みのコーディネーションも要請されることが多くなったのではないでしょうか。このような広範囲に渡って、なぜ人事、HRD担当者の働きが求められるのでしょう。それはすべての変革や改善に人が介在し、適切な人材の活用と能力の開発、そしてコミットメントが求められ、そのためには人事、HRD担当者の力が不可欠だと考えられるからです。
実際のビジネス場面に目を移してみても、新しい制度の導入や新規事業への取り組み、改革、改善を行おうとしても、形やスローガンを作っただけでは、実際には機能しない場合が多く、当初期待した成果も上がってきません。それは関わるメンバーに意味が伝わっていなかったり、概念的理解はしているものの心の底では納得していないことに問題がある場合が多いようです。
そういった事態を招く要因として考えられるのが、現場の巻き込みの不足です。時代の変化の波にさらされ、その変化を敏感に感じ取っているのは、企業の最前列に立っている現場です。その現場を巻き込まずに、いくら上から「こういった制度を導入すればパフォーマンスが向上する」と言っても、当初のもくろみ通りの効果は期待できません。
また、問題をより一層難しくしているのは、ビジネスサイクルが速くなった現在、現場の巻き込みを短期間に行わなければならないということです。ある制度や仕組みを苦労して導入しても、それが根付いた頃にはその効果はもう期待できなくなっていたというのでは、それまでの努力がむだになってしまいます。
こうした問題をクリアできるのが、今注目されている「創発」という概念です。そして、創発を短期間に生じさせ、制度の導入や改革を可能にするツールが、前回のリポートで取り上げたIT(インフォメーション・テクノロジー)です。
今回のHVDリポートでは、組織の中で創発を引き起こすことの重要性について触れながら、それを短期間で実践する体制づくりとその運営方法を紹介していきたいと思います。


創発とは何か

ここ数年で、書店の棚には「複雑系」というタイトルの付いた書籍が増えてきています。複雑系は、あらゆる局面でカオス状況にある現代社会において、解決の糸口を見つける際の新しい考え方として注目されています。この「複雑系」のキーワードとなる言葉が「創発(emergence)」です。「創発」という言葉は、物理学、生物学、情報科学、社会学、経営学など幅広い分野で用いられています。「創発」の概念は、それぞれの分野で異なる解釈や活用の方法があるでしょうが、共通する意味合いを拾ってみるとおおむね次のようになります。「全体を構成する個別要素の相互作用によって予期しなかった全体的な特性が現れること。そしてその特性が各要素に再び影響を与える。こうした全体と個との相互作用が繰り返されること。」この中で「予期しなかった」とは、あらかじめ個別要素を組み合わせることで生まれる全体の特性以外に、相互作用によって新たな特性が生まれることを指します。
ビジネスにおける創発の例として放送大学の教授森谷正規氏は、著作『複雑系で読む日本の産業大転換』(毎日新聞社)の中で、総合電器メーカーの創発による日本の電子機器産業の躍進を挙げています。そこでは十数社の総合電器メーカーが、売上高とシェアで互いにしのぎを削り相互作用を起こす中で、個々のメーカーの能力の総和を超えるような日本の量産電子機器産業全体の発展をもたらしました。そして、全体の発展が再び各メーカーの発展を助長するといった形で各企業、産業界全体が創発を起こしながら発展しました。

創発を引き起こす条件

複雑系と経営を結びつけた新しい経営論を発している田坂広志氏は、著書『複雑系の知』(講談社)の中で、自己組織化の概念を発表しノーベル化学賞を受賞したプリゴジンの考えを引用し、創発を引き起こす条件として以下の3つを挙げています。

  1. 「オープン」(開放系)であること
  2. 「ダイナミック」(非平衡系)であること
  3. 「ポジティブ・フィードバック」(自己加速系)があること
そしてこの3つの条件は、「ボーダレス」「規制緩和」「情報共有」という3つの社会現象とマッチするものであるとしています。つまり、現代社会は創発を引き起こすために必要な条件がそろっている時代であり、それをいかに生かしていけるかが、現在の閉塞状況をうち破るカギとなるのです。 次に、なぜ創発が重要なキーワードとなっているのか、「ビジネス社会」に照らしてみていきます。


なぜ創発を起こす必要があるのか

ビジョナリーカンパニーに必要なもの

『ハーバードビジネスレビュー』は、1998年1月号の創刊75周年記念の特集として「75YEARS OF MANEGEMENT」と題し、1922年から1997年までのマネジメントにおける重要な概念や書籍、社会的な出来事の変遷をまとめています。その中で1987年以降の10年間でビジネスに最も重要な影響を与えた書籍として取り上げられた2冊のうちの1冊が、スタンフォード大教授のジェームス・C・コリンズとジェリー・I・ポラスの著した『BUILT TO LAST(邦題「ビジョナリーカンパニー」:日経BP出版センター)』です。この本の中で、現場との創発の重要性が指摘されています。
コリンズとポラスは、世界的に大きな成功を50年以上に渡って継続的に納めている、いわば最高の中の最高と言える企業を18社選び出しています。そして、それを「ビジョナリーカンパニー」と名づけ、その行動特性を明らかにしています。そこで明らかにされた結果は、今までの経営における神話を覆す画期的なものでした。ビジョナリーカンパニーの大きな特徴の1つに、「経営理念、ビジョンを強く掲げ、いかなる状況においてもそれを維持し続ける」があります。「ビジョナリーカンパニー」ではいかに崇高な理念を掲げるか、よいビジョンを打ち出すかが問われるのではなく、「ビジョンや理念をいかなる状況でも維持し続けることができるか」が重要だと指摘されています。
「ビジョナリーカンパニー」となるには、トップがビジョンや経営理念を掲げ、それが会社全体にくまなく伝わればよいというものではありません。そのビジョンが本物であること、それが会社全体の中からわき上がっており、ビジョンそのものが企業の中に体現されていることが必要なのです。そうした状況は、上からの押しつけでは決して生まれることはありません。トップが掲げたビジョンに対して、会社全体が共鳴を起こし、その中から新たなビジョンが生み出され、それが真のビジョンとして全体に浸透していったときに「どんな状況でも自らのビジョンを維持し続けること」が可能になるのです。
そういったビジョンの浸透は、上が掲げたビジョンを実現化するための具体的な方策を下が組み立てるといった行動を決められたとおりに機械的に行うことで起こるのではありません。また、各種媒体を利用して社内外に知らせるキャンペーンやセレモニーを形式的に行っても効果はないでしょう。ビジョンの浸透には、予期しなかった新しい秩序、価値が生み出されていくという、まさしく「創発」という働きが不可欠です。
こうした創発の重要性はなにも「ビジョナリーカンパニー」に限ったことではありません。組織の中に何かを伝えようとしたり、新しい何かを生み出すには、機械的に伝えたり、生成する仕組みだけを作ってもその実現は難しいでしょう。そこに魂を入れ、本当に価値のあるものとするためには、「創発」を起こして、組織全体を巻き込んでいくことにカギがあると言えるのです。

不連続な変化に対応する

現在のビジネス社会では「ボーダレス」「規制緩和」「情報共有」など、「創発」を引き起こす社会的条件が整いつつあることを先に述べましたが、単に条件が整っただけではなく、「創発」を起こさないとこれからは生き残りが難しいと言うこともできます。
現在では、「ビッグバン」という言葉が、「金融ビッグバン」をはじめとして、さまざまな分野で大きな変革を指す言葉として使われています。「ビッグバン」は、広辞苑によると「宇宙の初めにあったとされる大爆発」とされています。そして、その変革は「大爆発」という言葉のニュアンスが示すように、今までの延長線としての変化ではなく、ほとんどすべてが無くなってわずかなものだけが残され、まったく新 しいものが生まれる変革と言えます。そうした中で、ビジネス社会や企業が存続し続けることの確実性はますます低下するばかりです。
この視界が効かず、足場の安定しない激流下りのような状態に対応する方法として、企業ではさまざまなことが考えられています。フラット型組織をつくって意思決定のスピードを速める、自律型組織やセル型組織をつくって現場の独自性を高めていく、エンパワーメント的なマネジメントを行い権限を委譲していく、ラーニング・オーガニゼーションをつくって組織全体の学習性を高める等です。
これらに共通しているのが、「現場との距離」を短くしようとしていることです。ビジネスサイクルが加速度的にその変化のスピードを増し、次々に障害が現れる時代には、トップの指示を待って行動していたのでは変化に対応することはできません。ビジネスの最前線にいる現場の声を経営にいかに早く取り入れ、活かしていくかが大切になります。そのために現場を巻き込んで創発を引き起こして、新しい学習、知 識を生み出し、変化に対応することが重要になります。つまり、官僚型の組織構造をフラットにしたり、柔軟性をもたせようとするのは、「組織の距離」を短くし、トップの命令を速く下に伝えるなど意思決定のスピードを上げるためだけに行うのではありません。組織の中で現場の巻き込みを図り、創発を起こしていくことが大切なのです。

情報の価値を高める

1.静的情報

「現場の巻き込み」「創発」の重要性は、「情報」という観点からもみることができます。現在、情報は、ヒト・モノ・カネに次ぐ、第4の経営資源として認知されています。一橋大学の金子郁容教授は、著書『ボランティア』(岩波書店)の中で、情報を静的情報と動的情報の2つに分けて捉えています。静的情報とは紙に記されたり、コンピュータのハードディスクに納められており、その内容が変化しないものを指します。それはもっていることに価値のある情報であり、その情報に希少性があれば あるほど(他の人がもっていなければいないほど)価値がありました。企業にとっては、競合会社がもっていない情報やノウハウをどれだけもっているかが重要なことだったのです。マネジメントにおいても、上司はメンバーよりも経験を積んでいたり、多くの情報にアクセスする権限を有しているのが普通でした。それによって部下との情報格差が生まれ、上司の優位性が保たれていたのです。
また、静的情報はコピーをしてもその価値が薄れることはありません。つまり、変化の少ない時代には、企業は1つの情報、ノウハウに対して資本を投入し拡大再生産を繰り返すことで多くの価値を生み出すことができたのです。

2.動的情報

一方の動的情報とは、関係性の中から生まれてくる情報です。それは、1つの情報と別の情報を組み合わせたり、相乗効果を発することで新たな価値を生み出す情報のことです。動的情報は固定的、静的なものではなく、常に変化し新しい価値を生み出していく情報、つまり、創発の結果生み出される情報であると言えます。そこでは情報を「提供する」「提供される」という概念はなくなり、限られた資源を求めて争うといった発想からも離れていくものです。
変化の激しい時代に、静的な情報はすぐに陳腐化してしまいます。仮に有効と思われる情報をもっていても、それを自分の中に囲っていては、生み出される価値は限られています。それよりも自分のもっている情報をオープンにし、多くの関係性を生み出すことで、現在進行形で価値のある情報が生み出されていきます。インターネットの発展は、まさに動的情報が生み出されるプロセスであるとも言えるでしょう。現在の社会で大切なのは、動的情報をいかに創り出すかにあるのです。
企業においても、優れた自社製品という1つの情報をもっていても、刻々変化する市場環境、ユーザーニーズといった情報と組み合わせることで新たな動的情報を創出しなくては、本当の価値を生み出すことはできないでしょう。また、社内でトップがよいアイデアを思いついただけでは、価値を生み出すことはありません。現場との相互作用の中で動的な情報として活用されることではじめて価値が生み出されるのです。
他の企業がやっている経営手法を形だけ取り入れてもうまくいかないことが多いのは、現場との創発を起こして動的情報を生み出していないことがその原因と言えます。例えば成果主義、年俸制やストックオプション制、早期選抜制度などの新しい人事制度を導入するとします。こうした制度は、教科書やマニュアルにあるような出来上がったもの、つまり静的情報と言えます。これを上から決められたルールとして会社全体に守ってもらおうとしてもうまくいかないことは目に見えています。静的な情報のままで導入するのではなく、開発や導入、運用段階において現場との創発を起こし、そこから動的な情報が生み出されることではじめてうまくいくのです。

3.動的情報を生み出すには

こうした動的情報が生まれる条件として必要になるのが「バルネラビリティ」と「自発性」です。バルネラビリティとは「赤子のように無防備にさらけ出すこと」を意味します。従来情報については、開示すると攻撃されたり、自分が損をするのでできるだけ公開せずに隠しておくという考え方が当たり前となっていました。しかし、現在では静的情報の耐用期間が短くなる一方で、常に情報、知識を更新し、生み出し続けることが重要になっています。そのためには、バルネラビリティにより周囲との緊密な関係性を構築することが不可欠と言えます。
もう1つは自発性です。先程の例のように新しい人事制度を導入しようとしても、「今後はこのやり方に従って進めてください」と提示するだけでは、現場のコミットメントが得られず、結局は形骸化していくか、上からの命令に従う「他律」の世界から抜け出すことはできません。そこで、現場から「この新しいやり方は我々が検討し、創り上げていったのだ。だから本気になって取り組んで、本当に役に立つものに進化させていくのだ」という声が上がるようにしていかなければなりません。つまり、動的情報は全員が自発的に取り組むことによって生み出されるものです。創発を引き起こしていくには、ただ単に皆が自分がもっている情報をオープンにすればよいというのではなく、全員が自発的に、自分の意思をもって関わっていくことが必要になるのです。


現場を巻き込んでいく体制づくり

これまでの取り組みの限界

例えば、何かのプロジェクトを全社的に展開しようとする際に、担当者は現場を巻き込み、創発を引き起こすために、頻繁に現場に足を運び、現場の意見に耳を傾け、重要性を説明し、懸念や誤解を排除する努力を続ける必要があります。また時には、現場のメンバーを交えたプロジェクトを組み、それを推進する必要もあります。そこでは、現場に火種を蒔き、徐々に現場の機運を高めていく継続的な取り組みが不可欠です。さらに、そうした取り組みを、熱意を失わず、時間をかけて苦難を乗り越える忍耐強さ、そして不確実な状況の中を行動し続ける努力、そして何よりも、継続的な取り組みを行うだけの十分な時間が必要だったのです。
しかし、現実場面を見ればこのような取り組みがなされているのはごくわずかでしょう。また、仮に努力の末、現場の巻き込みを図ってもプロジェクトが全社的に展開され、定着するまでには数年単位の時間がかかってしまいます。それでは、ビジネスサイクルがきわめて速くなった現代社会で、苦労して展開したプロジェクトもすぐに時代にマッチしないものになり、結局成果も出なくなってしまいます。現在では、3ヶ月、半年といった短期間で現場の巻き込みを図っていくことが求められます。
このとき、ITを活用した運用体制と運用方法が絶大な効果をもたらします。
そこで次に、社内ホームページやメールといったITを活用しながら現場を巻き込み、現場にあるノウハウやナレッジを取り込み、創発を引き起こしていく具体的な方法をご紹介します。


現場を巻き込み、創発を起こす3つの条件

ビジョンの浸透を図る、学習システムを開発し導入する、新しい制度を取り入れるといった際に、現場にコミットメントしてもらうには、メンバーそれぞれが自律的積極的行動を取れる場が提供されていなければなりません。こうした行動を取るためには、組織の中に次のような3つの条件が環境として整えられている必要があります。

  1. 情報が常にオープンにされており、新しいものを誰でもみることができる。
  2. いつでも、誰でも自由に意見を言うことができ、影響を与える余地がある(行動を起こしても無視されない)
  3. 現場からの意見や行動に対して、迅速に、ポジティブなフィードバックが必ず行われる

現場のメンバーとの創発を生み出すには、互いがよく理解し合うことが大切です。そこで、こちらの手の内を現場に見せるという意味でも、HRD担当側の情報をきちんと開示すべきでしょう。きっちりと固まっていなくてもディスカッションをするくらいの気持ちで次々と開示していくことが必要です。決定事項だけを開示していては、メンバーからの意見は出てきません。
また、自由に意見が言えたり、アクションを起こす機会が用意されることで、コミットメントが高まり、自律的行動を取る人が増えるのはもちろんのこと、そうした行動を取らない人も「自分の選択でそうしたのだ」という自律性が強化されることになります。
そして、現場のメンバーからの意見やアクションには、必ず迅速にフィードバックをすることが重要です。しかもそれは、否定的・消極的なものではなく、建設的で前向きなものでなければなりません。ポジティブなフィードバックを返していくことで、現場のメンバーの自律的行動を促進し、目の前の課題を自分たちの問題と考え、主体性とコミットメントを高めることができるのです。


短期間で巻き込む体制

次に、この3つの条件の元に、短期間にしかも効果的に現場を巻き込み、創発を引き起こすITの運用体制について紹介したいと思います。それは、以下のような複数のチームの拡張型です。この体制を取ってイントラネットやグループウェアといったシステムを活用することで、十分な検討とスピーディーな意思決定を両立させることもできます。


図1:短期間で現場を巻き込む体制(例)

1.事務局
事務局は、専任のメンバーで構成します。プロジェクトの運営が役割となります。具体的には、メールの発信や受信管理、ホームページ運営、ミーティング場所の確保など、事務的な連絡や手続きを行います。 プロジェクトの大きさや課題にもよりますが1、2名が必要です。

2.コア・チーム

コアチーム(プロジェクトチーム)は、事務局を兼ねる専任のメンバーと現場代表者(兼任者)で構成します。兼任者でもプロジェクトの仕事が職務の1つと位置づけられます。具体的には、プロジェクトの課題に関する内容の素案作成、メールなどで寄せられた意見や質問への返事、ホームページに公開する情報内容制作など、プロジェクトで創出される内容の制作が役割です。
プロジェクトの中核的メンバーであり、3~5名程度で構成されます。

3.カウンシル

プロジェクトの課題に関係する部署の代表がメンバーとして加わります。カウンシルのメンバーは、現場(ライン)の意見を広く伝えるための代表者となります。開発プロジェクトとしての意思決定事項は、すべてカウンシルで審議し、決定しますが、メンバーが実際に集まるだけではなく、メールなどを活用してバーチャルな審議・検討も行います。
プロジェクトの規模にもよりますが、人数的には15~40名で構成されます。プロジェクトの課題に影響を受けるすべての部署の代表者が入っている必要があります。
この意思決定方式を採用することで、現場のメンバー全員が「現場(自分たち)が決めた」という認識をもてるようになります。

4.ボランティア・チーム

ボランティア・チームは、現場の生の声やノウハウ、ナレッジが必要なときに、テーマに応じて、それにふさわしい現場の代表者が集まるチームです。
例えば、営業のコンピテンシーを明らかにするには、現場のハイパフォーマー(定常的に高い成果を出している人)と共に検討することが必要です。また、現状を調べるにも、現場に対してヒアリングやインタビューを行ったり、オブザーブをすることなどが必要になります。こういった現場の協力を仰ぐときに、力を発揮するのがボランティア・チームです。ボランティア・チームのメンバーは、コア・チームで適任者を推薦し、最終的にカウンシルで決定します。つまり、現場の代表者たちがボランティア・チームのメンバーを選任するというプロセスを取るようにします。そして、選定されたメンバーには、カウンシルを通じて協力を要請します。
こうして現場主体でボランティア・チームを形成し、皆で一緒に創っていくという機運を高め、現場中心であるという姿勢を一貫して取り続けます。また、現場から検討すべきテーマが投げかけられたときは、投げかけてくれた人を巻き込み、その他にも一緒に検討してくれる人を募集し、ボランティア・チームを結成します。このような取り組みが浸透すると、次第に現場サイドから検討したいという申し出が出てく るようになります。そうした申し出があったときは、コア・チームは最大限のサポートを行い、できるかぎりボランティア・チームの取り組みを促進するようにします。
こうした活動によって、現場の自律性を高め、コミットメントを生み出し、真に現場中心の創発を生み出す体制が実現するのです。

5.現場

ボランティア・チームやカウンシルを設置すれば、それで十分というわけではありません。参加しているのは一部の代表者で、「現場は蚊帳の外」といった状況を生み出さないようにすることが必要です。具体的には、現場がホームページ等を通じて常に情報を入手することができる、またメールを通じていつでも意見が言える、さらに意見や質問に対するフィードバックを得ることができるといった状態を作り出します。そうして、現場全体もプロジェクトの中に位置づけるようにします。


ITを活用した運用

これまで述べてきたような体制でプロジェクトを進める際、イントラネットやグループウェア等のITを活用すると、これまですべてプロジェクトメンバーが自分の力で行わなければならなかった負担が軽減され、きわめてその運用がしやすくなります。情報公開や現場との意見のやり取りが図れるだけではなく、関わるすべての人々のコミットメントを高めることにもつながります。

1.ホームページの活用

プロジェクトのホームページを社内に開設して、現場のメンバーがプロジェクトで何を検討しているのかを見ることができるようにします。社内にホームページを開設できない場合でも、ネットワークが敷かれているのであれば、現場がアクセスできるフォルダを用意して、そこにプロジェクトの内容を入れておくことで代用することもできます。
また、例えばノーツのようなグループウェアがあれば、プロジェクトのデータベースを作成し、それを誰でも見にいけるようにすることもできます。
ホームページに盛り込む情報としては以下のようなものがあります。

  • プロジェクトのねらい・背景情報
  • プロジェクトの体制
  • スケジュール
  • 現在までに決定した事項
  • 現在検討中の内容
  • 今後の検討課題
  • 現場からの意見やアイデアの募集依頼
  • Q&A集「これまでにいただいた質問に対する解答」

こうしたホームページを開設することで、問題意識のある人や主体性の高い人がアクセスしてくれます。さらに、どうしたらより良いものができるかのアイデアや意見を送ってくれます。送ってくれたアイデア・意見に対しては、必ず本人にフィードバックします。
また、重要な意見やアイデアについては、発信者にボランティア・チームのメンバーとして検討に参加してもらうこともできます。そうした活動から必要テーマを選定して、ボランティア・チームを作っていくわけです。

2.メールの活用によるカウンシルの運営

メールはさまざまな場面で活用できます。メールを活用することで、現場は自分の意見やアイデアをいつでもプロジェクトに伝える機会を得ることができます。
前述のように現場からのメールには必ず返信をしますが、返信は事務局やコアチームという一部の人の意見ではなく、カウンシルでの審議を経た回答として返します。これは、メールを送ってくれた人に対して、「自分の意見・アイデアがきちんと扱われている」という意味を返すためにも必要です。
そのため、できることならカウンシルは、頻繁に集まって検討するのが理想ですが、現実的には難しいでしょう。また、さまざまな現場から集まるため、たとえ開催してもある程度の欠席者が出ることが十分予想されます。そこで、カウンシルの開催は2週間に1回程度にし、十分な検討が必要な項目を中心に審議します。それ以外の項目については、コア・チームが案を作り、メールを使ってやり取りをしながら意思決定を行います。
具体的には、現場からメールが来たら、事務局がそれを受け取り、コア・チームで回答案を作成します。それをカウンシルのメンバーにメールで送信し、意見または了解をもらうようにします。現場への返信はできる限り速やかに行う必要があるので、カウンシルのメンバーからの返信は期日を指定し、それ以内に返信がなければ回答案で了解したとみなす形で行います。また、現場に返信した内容については、ホームページのQ&Aにも逐次追加掲載し、どういったやり取りがあったのかを、誰もが確認できるようにします。
カウンシルでの検討は、プロジェクターとパソコンを使いながら進めていきます。カウンシルでの意見はその場でパソコンに入力し、画面に映しながら、皆で共有・検討します。こうしたやり方を取れば、検討事項について1つずつきちんと詰めることができると共に、カウンシルが終わったと同時に議事録も完成できるので、運営のスピードアップを図ることもできます。なお、3カウンシルで必要な資料類などはできるだけ事前にメールで送付しておき、検討に多くの時間を割けるようにします。メールを送信する際には、多くのメンバーに同報発信することが頻繁に起きますので、メーリング・リストを設定すると便利です。
また、カウンシルを欠席したメンバーについては、議事録をメールで送付し、意見を後からでも言えるようにします。

以上、現場を巻き込み、創発を引き起こす体制づくりとその運営についてみてきました。組織の中に「創発」を引き起こすことは、私たちの前に突きつけられた避けることのできない課題と言えます。ITの普及などによって、これまで長い時間が必要とされた取り組みを短時間に、そして効果的に行うことが可能になりました。私たちは、創発を引き起こす条件とすばらしい道具を手に入れることができたのです。後はそれを駆使し、現場を巻き込んで、実際に創発を引き起こすことで、本当に価値のある情報を生み出すことが大切なのです。

コラム:ダイアログ(2)

主張と探求のバランス

今回は、前回提示したダイアログとディスカッションの対比について少し説明を加えながら、ダイアログのポイントとなる、「主張と探究のバランス」「仮説の保留」についてお話ししたいと思います。
ダイアログでは、意味の共有化が生まれ、より良い考えを共に追求する動きが生まれます。一方、ディスカッションでは、異なった見解の中でどれが正しいかを決める話し合いが行われるため、探究よりも主張が重視されがちです。私たちは、自分の意見をもっているとき、それが本当に正しいかどうか探究することよりも、ついつい自分の支持する意見や仮説を主張することに意味があると思いがちになります。そして、自分の考え方に合わない見解に耳を傾けることすら、あたかも自分という人間の尊厳が失われるかのように感じてしまいます。そのため、自分の考えに合わない話がされている間は、相手の声を聞くための心の耳を閉ざして、自分の中の独り言に耳を傾けている状態になります。仮に相手の話を耳に入れるとしても、それは相手の話の矛盾を指摘したり、反対意見を言うための材料を探すためだけに行われます。そこでは自分の考えという狭い世界に閉じこもってしまい、話し合いの場に参加しているメンバー全員の頭脳を結集して考える機会を活かすことができません。
ディスカッションでは、このような状態が普通のこととして見られます。そのため、たとえ話し合いの参加者1人ひとりの能力が100であっても、参加者全体としての思考能力は、参加者の数に反比例して低下してしまうのです。

仮説の保留

それでは、オープンな心で相手の話を聞くことを妨げているものは何でしょう? 最初に述べたように、私たちは、自分のもっている仮説と異なる意見に対しては心を閉ざしがちなために、相手の言うことに耳を貸さないという傾向があります。そればかりか、自分自身の思考過程の中においてすら、最初にもっていた仮説(自分でよく考えて構築した仮説よりも、他者の仮説を無意識的に受け入れたり、他者から教え込まれたりした仮説が多い)と異なる考えが浮かんできたときに、それを退ける場合があります。
自分が仮説をもっているとき、それを守ろうとして感情が高ぶることがありますが、もしその仮説が本当に正しいのであれば、必死になってそれを主張しなくてもその正しさに変わりはありません。また仮にそれが正しいものでなければ、正しくないものを守ろうとして感情的になることは無意味です。自分の支持する仮説にしがみつくことなく、それを目の前に吊しておくという態度を、ダイアログでは、「仮説を保留する」と表現しています。仮説を保留することによって、異なった見解をもった人々の間の対立的なエネルギーが、共に真実を探求していくエネルギーへと昇華されるという現象が起こります。ディスカッションが、参加者が増えるほど、総和以下の結果しか生み出せないのに対して、ダイアログは、話し合いの参加者全体の思考能力を、個々人の能力の総和以上に高めようとする話し合いであるとも言えます。
そして、ダイアログのポイントの1つは、自分の仮説も含めたすべての仮説を保留した状態で、自分自身の内面と相手の内面に深く耳を傾けることにあります。私たちがそのような態度でいるとき、物事に対する深い洞察が生まれやすい「場」が形成されるのです。私たちは、自分の考えを口にしたとき、相手が自分の言葉をよく聞いてくれれば、たとえその意見に反対されても、自分が人間として受け入れられていることを感じます。それが職場であれば、そのような職場で働くことに喜びを覚えます。その結果、職場に対するコミットメントや、私たちの創造性も高まるのです。

次号では、会話の基盤としての思考のプロセス、特に「仮説」の周辺についてもう少し詳しく見ていきたいと思います。

HVDリポート
1998年9月1日発行
発行人 高間 邦男
発行所 株式会社ヒューマンバリュー

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