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レトリックからアクションへ:ビューフォート学区における集合的学習と文化の変革
From Rhetoric to Action: Collective Learning and Cultural Change in the Beaufort County School District
Edna Crews and Randy Wall, Beaufort County, South Carolina, School District;
Micah Fierstein, The Change Institute
紹介文
教育は、現在を決め、未来を形成する上で、重要な役割を果たしてきた。学校の中で、日頃生徒にして欲しいと思うバリュー・スキル・行動を、我々大人がモデルとして実践していかなければ、彼らのバリュー・スキル・行動を育成する能力はない。
このケーススタディは、単なる美辞麗句を述べ合うのではなく、新しい思考や行動の仕方を学習するように、生徒、先生、事務員、スタッフが関係を創る能力を構築しようとしている。
会場の様子
比較的少人数で行われた。ほとんどの参加者が、実際に学校改革、教育改革に取り組んでいるようだった。非常に具体的な例が多くあがっていたので、熱心にメモを取っている姿がみられた。
内容
概要
Beaufort County School Districtというコミュニティにおいて教育委員会、学校、校長、先生がどのように”Schools That Learn(学習する学校)”へと変革したのかということのプロセスが述べられていた。
特に、どのようにFifth Disciplineを組織へ適応させ、どのようなツールを活用したのかということに関する具体的な事例が紹介された。
変革について
Beaufort County School Districtについて
Beaufort County School Districtでは、17500人の生徒、26の学校、2600人の従業員という人員構成である。46%が白色人種、44%がアフリカンアメリカン、10%がラテン系である。
220人が”Schools That Learn”プロセスに参加した。
比較的、裕福な地域であり、富裕層の子供が多く通っている。
変革の始まり
先生も非常に優秀でレベルが高く、財政面でも特に問題がなかった。しかし、生徒達の学力の達成レベルが低かった。また、”No Child Left Behind”が州の条令になり、外部からの圧力が強くなり、内部でもアカウンタビリティが求められるようになった。
こうして、何らかの変革が求められるようになった中で、”Schools That Learn”構想が持ち上がった。そして、構想の柱としてFive Disciplineをおいた。
変革プロセスの初期の試み
まず、何をすべきか、何をしたいのかというダイアログを行った。この時点でその後の変革プロセスでも中心概念になる”Schools That Learn”という方向性が明確にできあがった。
テキストの新規購入、刷新の試みもあった。
また、ビジョナリーリーダーを採用し、彼らに「何でもしたいことをしてもよい」という権限を与えた。しかし、特にアカウンタビリティーを設定しなかったため、1人ひとりが自分たち独自のやり方を行うようになった。また、互いに競争意識のようなものが芽生えて情報共有もしなくなった。
また、先生の学問レベルを向上させるために、On-line Learningのインフラを整えた。
より発展的な変革へ
しかし、「以前の組織をより効率的にすることが変革のねらいだったのか」という疑問にぶつかった。確かに、以前の組織を「より効率的にする」という意味では非常に優れた組織デザインが行われているが、本来のねらいはLearning Organizationを創ることであった。そして、組織のシステムをデザインし直すことで、生徒達の未来を創るためであった。
そこで、特に関係の質の改善から思考の質の改善を行っていった。変革は以下の通りである。
- まず11人のBoardを選び直した。
- 地域コミュニティのサポートを得るために、地域コミュニティからのe-mailを募集した。
- 学校職員・先生を中心としたCross-functional Teamを形成し、月に1度Dialogueを行うようになった。Ladder of Inference、Creative Tension、Left-Hand Columnなどの考えを広めた。
- Learning Partnership、Learning Circleというのを作り、そこでStorytellingやDialogueを通じた学習の場を設けた
- さらにLearning CircleやCross-functional Teamで必ずLearning Journalを書くようになった。
- 今日一日で何を学んだか。今日の気づき
- さらに何を学ぶ必要があるのか
- どのような疑問や質問がまだ残っているのか。この会合をよりよいものにするには何を改善すべきか
- 今回の会合にどのように貢献したのか
ここであがってくる疑問を壁に貼り付け、それに対して考え得る答えをその横に貼り付けるようになった。さらに、互いの行動に対する褒め言葉なども書くようになった。
変革の効果
校長のストーリーテリングより:
「(自分自身の変化としては)以前は、ロジカルに人との関係をつくるのが得意だった。その分、表面的な関係が多かった。あえて、問題に目をつぶり、争いを免れるような関係が多かった。生徒に対してもそうだった。例えば、マイケルという非常に問題のある生徒がいた。彼はしばしば何か学校で困難な状況にぶつかると途中で早退し、さぼることが多かった。彼がちょうど学校を抜けようとしている状況に出会った時に、以前の僕だったらこう答えていた。
校長「どこに行くんだ。」
マイケル「外です」
校長「そうか」
あえて問題を荒立てないために最善の答えを選んでいた。しかし、本当に人と関係を創っていこう、それを通じて学校を変革していこうと思うようになってからは、上の例ならば、
「ちょっと待て。何のために外に行くんだ。外にいたところで何か問題は解決するのか。」
と、あえて踏み込んで答えるようになった。
(先生全体の変化としては)思考がだんだん変わってきた。例えば、以前はどの先生も「子供のメンタルモデルを変えて教育する」という考えが強かった。それが、「私たち自身のメンタルモデルを変える必要があって、生徒のメンタルモデルを変える必要があるわけではない」と考えるようになった。
ある会合で先生の1人が話した出来事があった。学校職員が行っている会合を生徒とも行うことが重要だと思い、クラスの生徒を集めて学校の勉強の仕方について話し合った。そのクラスにもやはり、普段から異端児であり、何かと問題を起こす生徒がいた。彼は他の生徒に嫌がられるくらいに最初から最後まで話し続けた。ほとんど独壇場だったが、非常に貴重な意見を多く出していた。最後に全員にJournalを書くように指示すると彼は「僕は書くのが嫌いだから書かない」と騒ぎはじめた。以前はそれに対し、先生は「いいや、書かなければなりません。書きなさい」と叱るような場面である。そのことで彼と問題を起こすことが多かった。しかし、その時に先生は「彼は非常に良い意見を聞かせてくれたし、彼は彼なりに大きく貢献してくれた。生徒1人ひとりの活躍の仕方があるのだから、書かせる必要はないのかもしれない。全員決まっていることはやらせなければならないというメンタルモデルをもっているのは自分のほうだ。」と初めて思った。そして「わかった。それでは、他の生徒は書いているから、彼らの邪魔にならないためにも静かにしてもらえないか」と言うと、彼は素直に「わかった。」と言い、黙った。
このような出来事を共有する中で、「その生徒がもっている良さを1つの見方だけでは判断できない」ということに周囲の先生も気が付いたり、自分たちのメンタルモデルの方を変えなければならないということに気が付いたりした。」
その他:
生徒の間でも同じような会合を開くことにより、先生と生徒が互いに共通の変革の言語で話すようになり、生徒も自分たちで会合を開くようになった。そして、先生だけではなく生徒も一緒になって学校の変革を行うようになった。
残る課題
いまだに、”Leader/Follower”の関係と思考が根強く残っている。保守的になりがちな人も多く存在する。個人的な理由により、様々な体験を全員と共有するということに対する拒否反応をもっている人がいる。本当に考えていることや本当の気持ちを見せることに対する「安心感」が足りない。



