- ホーム
- 学習する組織研究・レポート
- 雑誌掲載記事
- ストーリーテリング~ストーリーを探求し、語り合うことが未来をひらく~
ストーリーテリング~ストーリーを探求し、語り合うことが未来をひらく~
「企業と人材(産労総合研究所)」2009年8月5日号掲載
取締役主任研究員 兼清俊光
学び合う組織風土づくり、組織変革で注目されるストーリー
ストーリーとは何か
最近、現場での学び合う組織風土づくりや組織変革の手法として、また組織のDNAを伝える手法として、さらにはサイコセラピーの手法として、ストーリーが注目されている。
ストーリーは日本語では「物語」のことを言う。
物語は人類が生まれたころから、集団の文化や行動様式を伝える方法として使われてきたのであるが、いまここにきて、そのパワーが見直されてきている。
ヒューマンバリューでは、「ストーリーとは、人物や出来事についての原因結果の流れを意味づけし語ったもの」と捉えている。
未来のストーリーであれ、過去のストーリーであれ、我々は出来事のすべてを語ることはできない。ストーリーで語ろうとするときには、多くの出来事・事象の中から、意味がある、大事だと思ったものを紡ぎ出し、つなぐという作業が行われる。
これが、「人物や出来事についての原因結果の流れを意味づけすること」である。
ストーリーの持つ可能性1~意味の明確化と共有化~
例えば、「売上目標○○億円」、「働きがいの向上」、「活き活きとした職場の実現」、こうした標語的な表現は、私たちがビジネスの現場で慣れ親しんで使ってきたものである。「短い文章で、わかりやすくすることが善である」というメンタルモデル(固定観念)の中で、我々はビジネスを進めてきたのかもしれない。
こうした箇条書き的な表現は、一見わかりやすいものの、その背景にある文脈(コンテクスト)をうかがい知ることが難しい。そのため、受け止める側が自分の枠組みの中で解釈をすることとなる。
「活き活きとした職場の実現」という表現から、ある人は「みんなが仲間に気を配り、忙しそうな人がいたら『なんか手伝えることある?』と自ら申し出てサポートしたり、疲れてそうな人がいたら、誰かが一声掛けて元気さを取り戻すようなことが、当たり前のように行われている職場」をイメージする人もいるかもしれないが、逆に「そういうのを取り上げるってことは、私たちが活き活きしていないと思っているんだろう……」と解釈する人もいるかもしれない。また、何もイメージすることができない、"よくわからない"という人もいることだろう。
一方、ストーリーで描かれた場合、ストーリー自体が原因結果の流れを意味づけたものであることから、背景にある文脈と意味が明確化・共有化されやすい。
その結果、言葉や文章を超えた"大事なもの"が明確化されたり、共有化されたりしやすくなる。
ストーリーの持つ可能性2~イメージの力~
ストーリーは、原因結果の流れを意味づけたものであり、起きた出来事のすべてを取り上げているわけではない。
以下に、桃太郎の物語の出だしを書いたので、ちょっとお読みいただけるだろうか。

この物語には、山の大きさもおばあさんの服装も、川の幅も桃の大きさも描かれてはいない。だが、私たちの心の中では、それらがイメージとして生成される。
後述する「私の1年後の個人ビジョン」も、1年後までに何が起きたかは1つも説明されていない。が、一緒に輪になって座り、耳を澄ましていた仲間たちには、どんなことが1年の間に起きたかのイメージは生成されていたことと思う。
ストーリーは、すべてを伝えていないにもかかわらず、あいだに起きるであろう出来事をイメージとして生成させてくれる。ストーリーは、文字を超える情報・イメージが生成されることで、具体的なアクションを取りやすくなる。
ストーリーの持つ可能性3~内省・教訓~
ほかにも多くの可能性をストーリーは持っている。
例えば、ストーリーと自らの体験を照らし合わせることで、内省をもたらすことができる。
また、ストーリーを触媒に、自ら考え、自分にとって価値ある教訓を導き出すことも可能である。
シェアドビジョン
ストーリーは過去のことを伝えるためだけに使われるのではない。過去・現在・未来のいずれにおいても、ストーリーは素晴らしい価値をもたらす。
その1つに、組織変革やイノベーションの推進において、未来を生み出すためのビジョン創造と、個々人のビジョンを共有化し、共有化されたビジョン(シェアドビジョン)を創造し、不確実な未来に踏み出す際に活用されている。
その実例の一部分を紹介したい。

この「1年後の個人ビジョン」は、1,000人を超える組織において、今期の業績を成し遂げると共に、未来に向けたマーケットのイノベーションを生み出そうと、50名を超えるマネジャーたち全員が約8ヶ月間かけて実践と検証を繰り返すアクションラーニングの取り組みにおける第1回ミーティングで描いた、私の「1年後の個人ビジョン」である。
同じように、参加した仲間たちがそれぞれの「1年後の個人ビジョン」をありありと描き、それをゆっくりと読み上げ、耳を傾けあった。
全員の「1年後の個人ビジョン」の共有を終えてダイアログを行った。ダイアログでは、「1人ひとりが心から実現したい世界がありありと浮かんできた」「本当にみんなのビジョンを実現したいと、心の底から思った」、「1年後じゃなくて、半年後に実現できると感じている」、「明日から何を大事にしたらよいかがはっきりわかった」という文脈が生成された。このダイアログは、自分たちが実現したい未来の姿と、そこに向かうために大事なことの意味が明確化された瞬間だった。
こういった心に響きあうレベルでの共有を行うのに、ビジョンをストーリーにして伝え合うことが効果的なのである。
ストーリーテリング
ストーリーの限界
一方で、ストーリーの限界というものもある。
1つは、書かれたり、映像化されたりすることで、ストーリーがもたらす文脈や意味が固定化されるという限界がある。そのため、時間が経ち、状況が変化したときに、ストーリーの持つ価値が減少してしまう。文字や映像でストーリーを作った場合、状況の変化に応じて、再編集することが重要となる。
もう1つは、インタラクション(相互作用)の欠如である。文字も映像も聴き手や読み手の反応とのインタラクションはない。情報の流れが一方的で、相手の反応に応じて変化することができない。
ストーリーテリングとは
ここまでストーリーの持つ可能性について見てきた。では、文字や映像に落としたストーリーと、"ストーリーを語る"というストーリーテリングの違いや、ストーリーテリングならではの価値は何であろうか。
ストーリーテリングは、前述した「ストーリーの限界」の2つをクリアしている。
語られるストーリーは、状況の変化に応じて変わることができ、また変わるものである。
例えば、ものすごく厳しい状況の中で、仲間たちの頑張りによって成功したという過去の取り組みがあったとしよう。仮にいまが成功している状況で、過去の取り組みがストーリーで語られたとき、そのストーリーの持つ文脈は、「あの頃の苦労があったからいまの成功がある」というものになるだろう。
一方、いまが厳しい状況で、この過去の取り組みがストーリーで語られたときにもたらされる文脈は、「あのときも苦労を乗り越えられたんだから、今回も我々は乗り越えられる」というものにある。
ストーリーは原因結果の流れを意味づけたものであるが、ストーリーテリングは、事実は同じでも取り上げる原因結果の出来事が変化したり、またストーリーの流れが変わることで、意味づけも変わるのである。
もう1つ、インタラクションによるダイナミズムが、ストーリーテリングにはある。聴き手の反応によって、語る内容が変わる。また、語る内容が同じだったとしても、イントネーションや間、ボディランゲージなどが変わる。その変化に呼応するように、聴き手の反応が変わる。この繰り返しのダイナミズムが、一体感や共有感、より強い意味の明確化やポジティブなエネルギーをもたらすのである。しかもその内容は、聴き手と語り手(ストーリーテラー)と場との相互作用によって、必然的に必要とされるものへと変わっていく。
また、ストーリーテリングならではの価値がある。それは、一言で言うならば"意味生成"である。ストーリーテリングは過去についてのストーリー、現在についてのストーリー、そして未来についてのストーリーのいずれでも行うことができる。そのいずれの場合においても、ストーリーを語る行為によって、本人の中にも、聴き手の中にも、自分にとって大事な意味が生成される。
ストーリーテラーも最初から自分の中にある意味を明確化しているわけではない。聴き手とのインタラクションのダイナミズムによって、語り手にとって意味ある意味が生成され、明確化してくるのである。同様に、聴き手も、ストーリーテラーのストーリーを触媒としながらも、自らも参画したインタラクションのダイナミズムによって、自分にとっても意味ある意味を生成するのである。
ストーリーテリングの難しさ
ただしストーリーテリングには、ある種の難しさもある。
それは、ビジネスの社会で、私たちはストーリーテリングというものを公式には体験したことがほとんどないことからもたらされるものである。
ストーリーテラーの多くは、事前に原稿を用意し、練習をしようと思ってしまう。演劇の役者さんのように人前で語ることを専門にしているような方は別だが、一般の方がそのような準備をしてしまうと、ストーリーテリングの持つインタラクションによるダイナミズムを得ることができなくなる。そこで、ストーリーテラーに対しては、そうした準備をせずに、ありのままに心を解放して、話しができるような準備をしてもらうサポートをする必要がある。
また、聴き手側にも難しさがある。これまでの会議やミーティングの場では、「正しい、正しくない」、「共感する、しない」「適切である、適切でない」といったようなジャッジメンタルな姿勢で人の話を聞いてきた体験が多い。もしこのようなジャッジメンタルな姿勢でストーリーを聞いていたとしたら、どのような反応が心に浮かぶだろう。「あの話しはちょっと違う。本当は……」、「よくわからない。もっと上手に話せば良いのに……」というような反応になるかもしれない。もし聴き手がそのような反応を示せば、語り手のストーリーテラーも防衛姿勢となったりして、相互作用はネガティブスパイラルに入りかねない。
そこで、あらかじめ聴き手側に、ストーリーテリングにおける聴き手のスタンス(姿勢)を理解してもらうことが大事になる。
ストーリーテリングの限界
このようにストーリーテリングは、難しさをクリアすることができれば、意味生成という点において素晴らしい価値をもたらすことができる。
しかしながら、声に出して語るという行為がストーリーテラーに限定されていることから、結局のところ、聴き手が受動的で、聴き手の1人ひとりが生成した意味を、全体で共有しづらいという限界がある。
この限界を超えられないかと、当社でフィージビリティを重ねて完成させた方法が、次の「マス・ストーリーテリング・メソッド」である。
マス・ストーリーテリング・メソッド
マス・ストーリーテリング・メソッドは、簡潔に説明すれば、聴き手も語る機会があり、全員がストーリーテラーとして振る舞うことができる方法である。
リストーリー
ストーリー、ストーリーテリングと解説してきたが、もう1つ重要な要素としてリストーリーがある。リストーリーとは、語り直すことである。Aさんが語ったストーリーをBさんが語り直すというのが、リストーリーである。
当然ながら、Bさんが語るリストーリーは、Aさんが語ったストーリーから変化が起きている。それは、Bさんが受け止め、解釈し、意味づけたストーリーになる。それは、Bさんの中にあった意味と融合し、再構成されたものとなって語られるのである。リストーリーすることで、Bさんもあらためて自分にとって大事な意味が明確化し、それを自覚できる。
また、AさんがBさんによる自分のストーリーのリストーリーを聴くことで、「私のストーリーがそのように受け止められたんだ」という理解のもとに、自分の中にある大事な意味にアクセスできて、その意味をさらに明確化することができる。
さらに、仮にAさんのストーリーを、今度はその場にいたCさんがリストーリーするとしよう。このCさんのリストーリーをBさんが聴いていると、自分のリストーリーと違うことに気づく。すなわち、自分が感じとった意味との違いを確認することができ、あらためて自分の中で生成された意味が明確化する。
ストーリーはリストーリーによって、意味を生成し続けることができる。組織の中で、成功体験が語り継がれるときは、つねに意味が生成され続けているのである。
マス・ストーリーテリング・メソッドとは
マス・ストーリーテリング・メソッドは、このストーリーテリングとリストーリーの組み合わせを通して、1人ひとりの未来にとって大事な意味を生成し、明確化すること、そして1人ひとりが生成した意味を、全体で共有化できるようにしたものである。
基本的な流れは、メインのストーリーテラーが複数人いて、その方々が語るストーリーに聴き手が耳を傾ける。次に、聴き手が聴いたストーリーのリストーリーをし合い、お互いの中で生成された意味を明確化する。最後に、1人ひとりがストーリーテラーになって、自分自身がこれからどのようにして歩んでいくかの未来のストーリーを語り、他の人たちが耳を傾けて、受け取るというものである。
マス・ストーリーテリング・メソッドは、参加した1人ひとりの過去・現在・未来に関する文脈を共有できる。それによって、内在する想いが響きあって共感する場が生成され、個人と集団としての決意や覚悟が顕現されるのである。
昨年、このメソッドを活用して「ストーリーテリング・カンファンレス」を開催した。150人ほどが集い、9時から18時までという長い時間を共に過ごし、1人ひとりが明日から自分が取り組んでいく未来のストーリーを生成した。後日、フォローアップアンケートを取らせていただいたところ、素晴らしいことに、参加されたほとんど全員が、未来のストーリーで描いた世界へと、実際に行動を起こし、歩み出していた。
まさに、ストーリーテリングのもたらす可能性を実感した瞬間でもあった。
・兼清俊光の他の論文はこちら


