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Web労政時報 第4回:企業内大学から新たな文化を創造する~クアンタ・コンピュータ社から学ぶこと~(全12回)

10月30日~11月1日に、台北にてASTD Asia Pacific Conference 2014が開催されましたが、そのイベントの一環として、台湾を代表する企業の一つであるクアンタ・コンピュータ(Quanta Computer)社を訪問する機会に恵まれました。このコラムでは、これまで欧米の企業の取り組みを中心に紹介していましたが、今回はアジアの企業の取り組みから学んでみたいと思います。

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クアンタ・コンピュータ社は、日本での知名度はあまり高くないかもしれませんが、ノートPCのメーカー(ODM)として世界最大の規模を持ち、アメリカのデル、HP、アップルをはじめ、日本のソニー、東芝、富士通、シャープなどに向けても製造を行ってきました。1988年に創業され、現在ノートPCの生産シェアでは25%にも達します。

人材開発の観点からも、ASTD Best Awardを2013、2014年と2年連続で受賞するなど、優れた取り組みがグローバルで評価されています。今回の訪問では、CHO(最高人事責任者)を務めるウィニー・リー氏から、同社の具体的な取り組みについてお話しいただきました。

リー氏のお話を伺いながら、私が最も面白いと感じたのは、人事部のミッションを、「自社に新たな文化を醸成し、組織の変革を推進すること」として定め、その実現に向けて、同社の企業内大学の取り組みを最大限に活用している姿でした。

クアンタ・コンピュータ社は、ノートPCメーカーとして、これまで順調に成長してきましたが、モバイルの台頭、ノートPCマーケットの縮小などの影響を受けて、現在同社を取り巻く環境は大きく様変わりしています。こうした環境変化の中、ポストPC時代に強い危機意識を持った同社は、会社の在り方(ミッション)を「人々の生活のスタイルを新しくする会社(We Restyle Life)」へと再定義し、ビジネスのフォーカスを、クラウド、コネクティビティ、クライアント・デバイス(3C)に置くことを戦略として掲げました。

これまでマニュファクチュアリング・カンパニーとして、生産性や効率、エンジニアの能力を強みとしてきた会社から、人々の生活のスタイルを革新できるような創造的な会社へと変革していくことは大きなチャレンジであり、働いている人々の行動や考え方をドラスティックに変えていくことが必要となります。同社のHRは、育成や人材開発の側面からそうした変革を支援し、組織の中に新たな思考や行動の様式を生み出せるように、さまざまなイニシアチブを実行しています。

その中心的な役割を担うのが、Quanta Elite School(QES)と呼ばれる企業内大学です。ELITEは、Expertise(専門性)、Leadership(リーダーシップ)、Innovation(イノベーション)、Thinking(思考)、Entrepreneurship(アントレプレナーシップ)の頭文字を取ったものであり、変革を推進するために必要な個人、チーム、組織の能力を高めるためのプログラムが、年間1000以上行われているそうです(従業員は台湾国内で5300名とのことですので、その機会の多さや力の入れ様が伺えます)。

QESの中で特に印象的だったのが、単にプログラムを並べるのではなく、現在人材・組織開発の分野でエッジを切っているありとあらゆるコンセプトを貪欲に、柔軟に、世界中から取り入れようとしている点でした。例えば、スタンフォード大学のd.school(Institute of Design at Stanford)と協力して、デザイン思考のプログラムを社内展開できるようにし、ビジネスやプロダクトの開発につなげたり、イノベーション研究の権威であるハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授を招聘(しょうへい)して、次世代のリーダーたちとイノベーションの探求が行われていました。

また、台湾のグーグルのチェアマンや、一昨年・昨年と大きな話題となった『メーカーズ~21世紀の産業革命が始まる~』(NHK出版刊)の著者クリス・アンダーソン氏など、視座を高めてくれるゲストを招いてのパネルが行われたり、脳科学やリベラルアーツもプログラムに取り込むなど、思考の枠組みを広げる機会が多く持たれています。アントレプレナーシップの観点からは、グローバルのさまざまなスタートアップ企業を訪問するような取り組みを行われていました。
そして、何よりもCEOが変革に本気で取り組もうとしており、QESの中でもCEO’s Talkというセッションの中で、CEOのメッセージが繰り返し語られているとのことでした。

また、プログラムも、教室の閉じられた空間の中で知識を習得するような形で行われるのではありません。同社では、AIPAI(Awareness[気づき]→Internalization[内面化]→Practice[実践]→Actualization[実現化]→Institutionalization[組織化])という学習モデルに基づいてラーニングのデザインが行われています。その中で、気づきや内省、実践といったプロセスが重視され、QES内にラボがあり、学んだことを基にプロトタイプづくりに気軽に取り組めたり、KaaS(Knowledge as a Service)と呼ばれるナレッジ・プラットフォームを使って、学習したことが組織内で共有されるなど、知識が動的に循環するような環境づくりが行われていました。

さまざまなイニシアチブを進めながらも、リー氏は「私たちは、まだ変革のプロセスの途中にいるのです」と強調して語ります。新たな文化を創造するというのは、簡単にできることではなく、同社も試行錯誤を繰り返しながら取り組んでいるものと思われます。しかし、その中でも、以前は社員の間で多く語られる言葉が「コストダウン、コストダウン、コストダウン」とコスト一辺倒であったところから、現在ではビジネスやイノベーションを意識した言葉へとシフトしてきているなど、着実に変化が生まれ始めているそうです。

私自身は、QESが一連の取り組みに本気で時間とお金をかけて取り組む姿勢を通じて、同社が何を目指しているのか、またどこまで本気で取り組もうとしているのかという意志が、社員に肌感覚で伝わり、それが人々の思考や行動の様式に変化を及ぼしているところに大きな価値があるのではないかと感じました。

クアンタ・コンピュータ社の取り組みを踏まえて、あらためて今後の人事や人材開発、企業内大学の在り方を考えてみると、VUCAワールドと呼ばれるような変化が激しく、複雑性の高い現在において価値を生み出していくためには、必要なスキルやコンピテンシーの基準レベルを設定し、知識教育やスキルトレーニングを提供したり、カフェテリア形式で講座を並べるような取り組みだけでは、限界があるように思います。

働く人々が思考や行動の様式など一段深いレベルに踏み込んで働きかけ、イノベーションや変革を推進できる文化を創造していくことへと役割を進化させていくことが、今後必要となるのではないでしょうか。

※「VUCA」とはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った略語。元は軍事用語の一つだが、今日では変化が激しいグローバルの経営環境を指す言葉としてよく用いられる。

Web労政時報HRウォッチャー2014年11月28日掲載

第4回:企業内大学から新たな文化を創造する~クアンタ・コンピュータ社から学ぶこと~(2014年11月28日)

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