北欧の人づくり研究会

北欧の人づくり研究会 第一部レポート

6月よりスタートした「北欧の人づくり研究会」の第一部が終了しました。ご講演いただきました講師の皆さま、お忙しい中を参加してくださった研究会メンバーに御礼申し上げます。

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第一部では、北欧に関わる文献を読み、専門家のお話を聞き、お互いのダイアログを通して、様々な気づきを得ることができました。その1つは、「人に優しい国だが、税金が高い」といった北欧に対する表面的なイメージの背景には、厳しい政治・経済環境を生き抜くために、国民同士の話し合いを基に、仮説検証を通して、極めて合理的なシステムを組み上げてきた、真摯な取り組みがあったということでした。

私どもは、北欧の生み出したモノや制度を真似しようとするのではなく、それを創造してきた姿勢や取り組みのプロセスこそを学ぶべきだと思いました。
以下、どのようなテーマが各回であげられたかの概要を紹介します。

第1回 6月11日(月) 「オリエンテーション:北欧を概観し、研究会のフォーカスを確認する」

株式会社ヒューマンバリュー 高間邦男

第1回では、はじめに参加者の自己紹介と、何を期待して研究会に参加しているかといった共有をしました。「新しいパラダイムとなり得る何かが、北欧にあるのではないか」、「欧米を中心にしたシステムに行き詰まりを感じている」、「北欧の教育について興味がある」、「北欧のフレシキュリティ(flexibilityとsecurityを組み合わせた造語)の考え方のように、日本の世の中、社会がよりよくなるヒントを得られるのでは」など、参加者の方々の様々な想いが述べられました。

その後高間より、デンマーク、フィンランド、スウェーデンの歴史、政治、教育、福祉、税金制度、産業、経済などについて概観を紹介しました。情報提供を受けた後、ショートダイアログを行い、感じたことやこれから探求していきたいことについて、ポストイットを使って共有しました。参加された方からは、「社会システムの違いが、国民の価値観の違いを生んでいるのではないか」、「自律した個人主義について興味を感じた」、「モチベーションの源が違うのでは」、「高い投票率など政治への関心はどこから生まれているのか」、「長期的合意形成がどうなされているのか」、「競争意欲をもちながら、持続性はどのように生まれてきたのだろう」というような感想が共有されました。

第2回 6月22日(金) 「デンマークの産官学一体の職業訓練(幸せになる方程式)」

日欧文化交流学院 理事長 千葉忠夫氏

千葉先生は、北欧が地球上で一番住みやすい国という評判を聞いて、45年前から北欧で暮らし始めたそうです。第2回では、そうした千葉先生のストーリーテリングから始まりました。
講義では、どのようにデンマークが社会福祉国家と成り得たのかを、デンマークにおける教育の祖であるグルントヴィの貢献や、戦争、世界恐慌などの歴史をたどりながらお話をいただきました。
また、デンマークがなぜ社会福祉国家(幸せな国)といえるのか、自由、平等、博愛の考え方がいかに日本と異なるのかを、千葉先生独自の方程式を用い、対話形式で参加者の理解を深めながら説明してくださいました。

その後、千葉先生を交えたダイアログでは、「日本は『公平(ハンディキャップのある人も、普通の人と同じ負担をしないといけない。フェア)』ではあるが、『平等(できる人ができる負担をする)』ではないのでは」、「日本では平等とは何か、自由とは何かについて踏み込んで話されていないのでは」という感想が話されました。また、「個人、社会システム、教育など、日本はどこから取り組めばよいのか」という質問から、「本当のインディビジュアリズム、自分自身を大切にすることを教えることが必要なのでは」、「小さい変化は日本でもたくさん起きている。それをどのように大きな社会変化、社会システムにつなげていくかを考えたい」、「自分の子供に平等の概念を教えるといったことや、身の回りの幸せを増やしていくことはできる」といった想いが共有されました。

第3回 7月6日(金) 「フィンランド・モデルの人づくり」

都留文科大学 理事 福田誠治氏

第3回では、福田先生が、ご自身でフィンランドの教育現場を視察された体験と、北欧を含め、欧州、米国、日本の教育について比較研究している知識を合わせて、フィンランドにおける教育の哲学、システム、実際の授業などについてお話をしてくださいました。フィンランドにおける、生涯を通して学ぶことができる、学びのサイクルをつくり出す社会保障のシステムについてのお話や、自律して生きていくことに焦点を当てた、コンピテンシー(実践的な能力)ベースの教育が、いかに日本の能力の捉え方と異なるかといったこと、そして、それが人々の教育や学習、成長に対する価値観の違いを生んでおり、実際の授業の教授方法などに違いが生まれているということをお話しくださいました。

その後のダイアログでは、講演の中でも少し触れられていた「日本のゆとり教育はなぜ失敗したのか」というテーマがあがりました。ダイアログの中で福田先生は、「ゆとり教育で、教科書以上のものをどのようにつくり出し、教育すればよいかについて、教師が訓練されていなかった。また、新しい能力を古いテストで測ってしまったために、本当は伸びていた新しい能力が評価されていなかったのでは」という考えを話されていました。

参加者からは、「教師の社会的地位と役割、親の役割が日本とは違う」、「学び直し、キャリアプランが変更しやすい」、「フィンランドを含め北欧では、自国の経済が立ち行かなくなるという危機感から教育のあり方が生まれた」、「考えの違う人と協力関係を築くためのコミュニケーション力、読解力、共感点を見つける力が高い」、「起業に対する価値観も、一か八かという選択肢ではない」というトピックがダイアログの中であがりました。

第4回 7月20日(金) 「スウェーデンから学ぶこと-信頼ある社会の構築に向けて-」

明治大学 商学部教授 北岡孝義氏

第4回は、経済面からスウェーデンの研究をされている北岡先生をお招きしました。戦後の高度成長期後に、スウェーデンが「国民の家」という理念を掲げ、福祉国家となった経緯、個性を発揮し、働く場所を与えるスウェーデン企業の役割や責任、21世紀のスウェーデンの政治・経済的課題、スウェーデンから学べる「不確実な社会で信頼を構築するシステム」などについて、経済や政治の知識を踏まえお話しいただきました。

ダイアログでは、スウェーデンモデルの高福祉高負担が転換期にあるという北岡先生のお話を踏まえて、「どのような経済論がスウェーデンのあり方の元になっているのか」、また、「現在のスウェーデンで注目されている、医療・教育が民間に移る動きが出ていること」、「移民への問題意識について」、そして、「国民が兼務で政治家として政治に参加することが一般的である」というお話から、「国全体の政治に対する意識の高さについて」探究のダイアログが行われました。最後のまとめとしては、「不確実な社会の中で『コンフィデンス(信頼)』を生み出す社会システムが構築されている」ことや、「スウェーデンの合理性」に対する気づきが共有されました。

第5回 8月23日(木) 「スウェーデン企業の経営と人材開発」

住友スリーエム株式会社 人事本部人事ビジネスパートナー 部長 水上雅人氏 イケア・ジャパン株式会社 カントリー・ヒューマンリソース・マネジャー 下風亜子氏

第5回ではまず水上さんより、米国企業とスウェーデン企業の両方で長年人事をされた経験を基に、スウェーデン企業が日本企業や米国企業と文化的、社会的にどう異なるかについて、お話をいただきました。スウェーデン企業の忍耐強くやり通すバリューや、優しすぎるが故に、パフォーマンス評価や人員削減が苦手だが、イノベーティブでまじめだという人柄の側面、社員の生活を守る、ウェルフェアとしての企業の存在意義、対話を通してコンセンサスをつくっていくことを重視し、フラットでオープンなカルチャーなど、水上さんが担った仕事を通して、スウェーデン企業に対し率直に感じたことをお話してくださいました。
また、イケアが日本進出した時から、ヒューマンリソースで活躍されている下風さんから、イケアの紹介をしていただきました。

イケアでは、会社が大切にしているビジョンや価値観に共感できる人材の採用を重視しており、経験よりも情熱や夢があるかを重視していることを伺いました。また、人材開発面では、主体性を重んじ、対話や実践を通してディベロップメントが行われており、長期間ここで働きたいと思える環境を創ることで、人をインスパイアしているということをお話しいただきました。また、広報の大畑さんからは、イケアの商品を日本のカルチャーに合った商品として認知してもらうように行った取り組みなどについてお話を伺いました。

ダイアログでは、スウェーデン企業に共通していた「休暇をきちんと取る」という考えについて、「なぜ休暇が多いのに、高い生産性を保つことができているのか」というテーマがあげられました。イケアの大畑さんは「一生懸命やっていると8割でいいよと言われた経験があり、それが次のモチベーションに繋がる」と語ってくださいました。また「日本はディテールにこだわり過ぎ、会議の時間が長い」という感想もありました。
また、「どのような北欧の文化的背景が、企業のあり方に反映されていると思うか」という投げかけに対しては、参加者から「国が家族であるというコンセプトがあったが、企業にもあるのではないか」、「中長期的な考え方がある」、「人が商品、材料にされていない」、「感情論ではなく、合理的」、「人の幸せが発展に繋がっている」といった感想が共有されました。

第6回 9月14日(金) 「日本の今後の課題について全体ダイアログ」

株式会社ヒューマンバリュー 川口大輔

第6回では、第1回からの講義やダイアログを踏まえ、一人ひとりが今思っていることや感じたことを発表し、それについて高間がグラフィックレコードに残しながら、皆で「北欧の強みや、今後に活かせることは何か」について探求を深めました。

これまでの全5回の感想としては、「やさしい国かと思っていたが、厳しい国だということがわかった」、「厳しい環境が生んだ家族主義があり、国レベルで子供への投資が行われている」、「システムやプロセスはドライで合理的」、「愛国心が強い」、「国民一人ひとりが、自分が当事者でありシステムの一部であるという意識をもっているのではないか」、「気を抜いては生きていけない気候的な厳しさが、自律や合理性、自己効力感を生んでいるのではないか」、「スキルシフトができる社会システムができており、それが個人の安心感、自信に繋がっている」という意見がありました。また、日本を省みた感想としては、「日本に当たり前のようにある清潔さ、人を大切にする意識をどのように活かせるか」、「日本人には、どのようなストーリーがルーツになっているのかを考えたい」といった日本の良さにあらためて気づくことの大切さがあげられました。

その後、全体でダイアログを行い、「北欧には、報酬が高いかどうかという尺度ではなく、大事なことを大事にして働きたいという人生観があるのでは」、「日本は拡大再生産でオートメーション化が進み、職業を社会的システムで維持する視点が欠落しているのでは」、「日本では問題意識から小さな取り組みが生まれているが、それらをストーリーとしてつなげて語られることができていないのでは」、「『日本が』ではなく、『私たちは』『自分の会社は』から始めないと、ストーリーは生まれない」、「悪いストーリーばかりが耳につくが、GDPに反映されない、価値や幸福が日本にすでにあるのでは」などということが話されました。

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私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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