問いから始まるチェンジ・マネジメント
〜パーソルキャリアはいかにHiPro Biz事業と組織を変革してきたのか〜
ヒューマンバリューでは創立40周年を機に、ご縁の深いクライアントのみなさまとの多様な変革の実践を「共創ストーリーズ」として発信し、これから変革に取り組む方々へのヒントをお届けしていきたいと考えています。
第1弾となる今回は、パーソルキャリア株式会社においてHiPro Biz事業をリードする統括部長の吉岡荘太さんと、変革を伴走してきたヒューマンバリューの長曽崇さんによる対談です。
本記事は、事業のビジョンを言葉だけで終わらせずに、いかに現実のものにしていくのかをめぐる営業組織の変革事例でもあります。そのプロセスには、パーパスと利益の二項対立をいかに超えるのか、そのためのチェンジ・マネジメントをどのように可能にするのかといった示唆や洞察が多く詰まっています。探求の旅路をぜひお楽しみください。
共創ストーリーズ#1
問いから始まるチェンジ・マネジメント
〜パーソルキャリアはいかにHiPro Biz事業と組織を変革してきたのか〜
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1. 事業の輪郭 ― “はたらいて、笑おう。”を支える新しい人材活用
パーソルグループのビジョンは「はたらいて、笑おう。」人材サービスの中で、HiPro Bizは2011年に生まれた新規事業です(当時のサービス名は、i-common)。正社員採用だけで解けない人材不足に対し、ハイスキルなプロフェッショナル人材(副業・兼業・フリーランス)を、必要な時に必要な期間マッチングする人材活用サービスです。累計登録者数は2025年6月末時点で37,872名(※同社ホームページ掲載のデータより)。組織は200名規模にまで拡大してきました。
吉岡さんは2004年に新卒入社後、人材紹介事業やコンサルティング営業を経て、2016年にHiPro Biz事業部に参画しました。関西・中部・九州の立ち上げを経て、2021年に全国のサービスの責任者に就任しました。
吉岡さん:
HiPro Bizでは副業・フリーランスといったプロ人材の活用を広げることで、新しいマーケットを作っている感覚がありますね。「お客様から求められるサービス」であるということが大きなやりがいになっています
2. 最もしんどかったとき ― 価値観が揃わない
順調に事業が拡大する一方、裏側で起きていたのは、マネジメント層の価値観が分散していたことでした。
「人材を提供すればいい」「新規開拓が大事」「既存のお客様の深耕こそが正義」「課題解決型に注力すべきではないか」「とにかく数字を上げることが大事」など、マネジメント陣においても価値観が揃わず、現場も一枚岩になれない状況でした。
またお客様からいただけるお仕事も比較的安価・短期のものが多く、裏を返すと、それはお客様にLTV(ライフタイムバリュー)を届けられていないということにも繋がります。HiPro Bizの存在意義が社内外でぼやけていました。
吉岡さん:
参画当初80名だった組織が、今では200名に。価値観や考え方がバラバラな組織をどうまとめるかは大きな悩みでした。「自分たちは何者でもないけれど、業績は上げなければいけない」という気持ち悪さも続いていて、一番しんどい時期でした(笑)。

パーソルキャリア株式会社 タレントシェアリング事業部 HiPro Biz統括部 統括部長 吉岡 荘太氏
3. バリュープロポジションを定義 ― “人が介在する価値”とは何か
そこで吉岡さんたちは、HiPro Bizのバリュープロポジション(=顧客に提供する独自の価値)を定義します。
たどり着いたのは、「個別性× 複雑性」が高い課題にこそ、人が介在する必然が生まれる、というシンプルな軸でした。
吉岡さん:
バリュープロポジションは、その名の通り「価値を先置きする」ことだと私は解釈しています。今、私たちにその価値はないけれども、3年後、5年後に、私たちがお客様に提供できていることを仮置きするというイメージです。
当時私たちが行き着いたのは、「人が介在する価値とは何か」ということでした。例えば携帯電話もインターネットで買えるのに、こんなにも携帯ショップがあるのはなぜだろうか? なぜ人は人に悩みを相談したくなるのだろうか?
そこを突き詰めた時に、大事なことは「個別性」。つまり「あなたの独自性を捉えたサービスを提供します」ということ。もう1つは「複雑性」。それがマニュアルを読んでわかるレベルのものでないこと。私たちはこの個別性×複雑性を経営課題に置き換えて、お客様の経営者の方々が困っていらっしゃることをしっかりヒアリングさせていただいて、これを解決するためのプロジェクトを取り組んできたいと考えたのです。
4. バリュープロポジションが浸透しない ― 共創のきっかけ
マッチング志向からソリューション志向へ。自分たちが生み出す価値を定められた一方で、組織内の浸透は進まない時期が続きました。
吉岡さん:
バリュープロポジションは出来上がったのですが、うまく浸透しませんでした。作っただけになってしまっていました。新規事業らしいベンチャーマインドの強い人材が多く、「何としても拡大」という思いが先行していたのかもしれません。
ちょうどその頃、パーソルグループの別のプロジェクトで接点のあった長曽さんに相談をしたんです。
長曽さん:
吉岡さんとは、マネジャー向けの変革リーダープログラム「Compass」をご一緒していたのですが、その時「バリュープロポジションを作ったけど、各自の価値観で動いてしまい、戦略や行動に落ちない」という相談を受けました。難易度の高いテーマでしたが、パーソルキャリア全体にとってもインパクトのある取り組みになるのではないかと当時感じていました。

株式会社ヒューマンバリュー 代表取締役副社長 長曽 崇
5. チェンジ・マネジメント ― “内側から問いを立て続ける場”をデザインする
そうした背景から、吉岡さんたちの想いをもとに2022年からスタートしたのが、「戦略ストーリーデザイン」と名づけた、マネジメント層が集う定例ミーティングです。
このミーティングでは、バリュープロポジションを日常業務に定着させ、提供する体験価値を具体化すること、そして戦略策定力を高めることを目的に据えました。

戦略ストーリーデザインのプロセス
吉岡さんと長曽さんは、この場は研修ではなく、チェンジ・マネジメントを実現するための対話の場であったと振り返ります。
吉岡さん:
肝はチェンジ・マネジメント。いくら現場にその重要性を伝えても、マネジャーが否定すれば終わってしまいます。いかにマネジメントの中に共通の目的意識を生み出していくかがポイントでした。
ただし、日々の“竜巻”のような業務に巻き込まれていると、立ち止まり、問いを立てることができません。お客様から言われた案件をそのまま進めることになる。それは大事なことですが、立ち止まり問いを立てて、全員が顔を合わせて意見交換をする。この工程が何よりも大切だったと思います。 最初は心理的安全性もあまり高くない状態でしたが、平場で20人くらいが集い、徹底的に対話を繰り返す。問いはその都度長曽さんとも相談しながら、投げかけていました。
長曽さん:
マネジメントのスタイルを変革していく上で、一番大切になるのは、外側から変えられるのではなく、「インサイドアウト」で取り組むこと。マネジメントのみなさんが、自分の目的意識や個人のビジョンとバリュープロポジションをつなげることで初めて自分の仕事につなげることができます。
問いを立て、待ち、聴き合うことを続けると、バラバラだった価値観が少しずつ“共通言語”に変わっていくのを感じました。

約20名が時にはリアルで集い、対話を重ねる
<Behind the Scene:戦略ストーリーデザイン・ミーティングのプロセス原理>
- マネージャー/GM約20名がフラットに語る“平場”を定例化(オンライン/リアル)
- 「いま自分たちはどこにいる?」「自分たちの行動はバリュープロポジションに沿っているか? なぜ進まないのか?」「介在価値とは何か?」など、本質問答を継続
- ストーリーテリングでバリュープロポジションの意味づけを再構成
- 共有ビジョン → 戦略マップ(バランススコアカード) → 各エリアの戦略・戦術へと“つなげる”設計
- 実践と振り返りのループをつくり、「良質事例の分析(カスタマージャーニー)」を通じて“自分たちの型”を可視化

戦略ストーリーデザインのフレームワーク
6. 兆しから確信へ ― 案件の質や顧客のあり方が変わる
そして、対話が深まるほど戦略の焦点が明確になります。価値を対話に留めず、具体的な組織や戦略のデザインにつなげていきました。
- エンタープライズ企業の上位役職者へのアプローチを主戦略に据える
- 社内のインダストリー専門制を強化(約3領域 → 約20領域へ)
- 称賛の仕組みを再設計(「バリューアップ賞」「グッドプロジェクト・アワード」など、受注ではなく価値創出を表彰)
- バリュープロポジションを軸にMBO/評価・育成まで連動
潮目が変わったのは、お客様に対して、自分たちが実際に提供できた顧客体験を言語化して、共有し始めた時でした。
吉岡さん:
最初は育成など組織内部の話が多かったのですが、「お客様にこういう価値を提供できたよね」というように問いや対話の内容が、少しずつ外向きに変わっていきました。「やれる感」や自信が少しずつ備わるようになった。その辺りから、業績やお客様からいただく案件の種類も変化が生まれてきました。
管理するより流行させる。自律的に“やりたい”が回り出すと、コストをかけずに広がる。時間はかかるけれど、2年続けると“言わなくても自律的にやる”状態になり、とても大きな効力が発揮されます。
長曽さん:
「こうした方がお客様に喜ばれる」というストーリーがどんどん出てきましたよね。そのストーリーを分析して、「HiPro Bizはどういうタッチポイントで何をしてきたのか」というカスタマー・ジャーニーを描いた時に、営業として売り込むのではなく、お客様の課題やモヤモヤを整理して、提案していくタッチポイントが効いていることが見えてきました。そこがブーストした1つのポイントだったのかな。

現場の迷いが減り、提案の視座が部門起点から全社起点へとシフトしていきました。人事テーマだけでなく、生産・DX・ESGまで全社課題の仮説を提示していく。お会いするお客様のレイヤーも部長→本部長→役員と変化していきました。
結果、案件テーマは営業支援・短期調査から、人事制度再設計、DX全体戦略、新規事業の“全体伴走”へとシフトしていくことに。
吉岡さん:
「HiPro Bizの○○さんにお願いしたい」と指名で声がかかるようになっていきました。
こうして生まれた価値や変化を継続させるべく、吉岡さんたちは、セールスイネーブルメント(※営業担当者がより効率的かつ効果的に「売れる」営業組織を構築するために、情報、ツール、コンテンツ、トレーニングを戦略的に提供・活用する取り組み)を推進するためのスキルマップやハンドブック、トレーニングを1年で構築するなど、その後もチャレンジを続けていきました。 そうした取り組みは外部からも評価され、Forbes Japanが主催するニュー・セールス・オブ・ザ・イヤー2025のセールスイネーブルメント賞を受賞しました。その他にもハイパフォーマーの離職率が顕著に低下するなど、働く人たちのエンゲージメントや働きがいにもつながっていったそうです。
7. 変革の要因 ― HiPro Bizの取り組みから学べること
このように数年をかけて、チェンジ・マネジメントや組織変革を実現してきたHiPro Biz事業部ですが、変革のジャーニーを歩んでこられた要因にはどんなことがあったのでしょうか。
対談からは、「トップがブレないこと」「変革のストレスから逃げないこと」「パーパスと利益を両立させること」「揺り戻しを乗り越えること」などのポイントが挙げられました。
吉岡さん:
同じ人が同じ言葉で言い続ける。戦略ストーリーの一貫性が、組織に迷いのない動線をつくっていくのだと思います。
もう1つは、変革のストレスに向き合うことでしょうか。必ずしも1枚岩になっていない人たちに集まってもらって、対話をして、問いを投げかけて、話をまとめていく工程って、自分はもちろん参加する人みなにとってストレスも大きいんですよね。毎回逃げたくなる(笑)。これをめげずに2年間やり続けられたことかな。
長曽さんには、そうしたプロセスを後押ししてもらったり、寄り添ってもらえたことが大きかったと思います。
またこういう取り組みって、尺が長いので「業績は関係ない」という風にしてしまう組織も多い。でもそうじゃなくて、両立させること。ちょっとだけ遅れてちゃんと業績がついてくるという状態をいかに作るかということが大切だということを学びました。
長曽さん:
私自身、このプロジェクトをご支援するに当たっては、「パーパスと利益は二項対立しない。バリュープロポジションを愚直に実装すれば必ず成果はついてくる。」という想いをもとに伴走してきました。
ただし、現場では、つい会話が数字に戻ったり、揺り戻しも必ず出てきます。そうした状況の中でもKPIや数字をゴールにするのではなく、数字を生み出した先にある価値を信じられるようにはたらきかけていくことを意識しました。自分たちで体現していくことで、周囲の評価も変わっていく。揺り戻しに負けずに、これを丁寧にやり続けていくことが大きかったんじゃないかな。
8. 未来に向けて ― 日本の営業の市場価値を上げる
対談の最後には、吉岡さんにこれからのビジョンも語っていただきました。
吉岡さん:
私個人としては、「営業の市場価値」をもっと上げていきたいという思いがあります。今生成AIなどが出てきて営業を代替できるところもありますが、私たちが掲げているバリュープロポジションって、人が介在する価値から始まっているんですね。これに取り組んでいけば、パーソルだけではなく日本全体の営業の市場価値を上げていくことにつながるんじゃないかと。日本の営業シーンを変革していく起爆剤になれたら、そう願っています。
終わりに
掲げられた言葉は、往々にして理想論で終わってしまう危うさを抱えています。
「理想よりも数字」と言うとき、私たちはシステムに縛られる囚人となってしまいます。
HiPro Bizの挑戦は、理想を現実に橋渡しするために必要なのは、問いと対話、そして何よりも実践だということを示してくれました。
こうした学びを社会に広げ、人が持つ価値の可能性をさらに解き放っていきたいと思います。

2025年8月20日 パーソルキャリア外苑前オフィスにて