インサイトレポート

人間の価値を守り育む
〜ソーシャルワークが照らす「ヒューマンバリュー」の実践〜

研究員  佐野シヴァリエ有香

本稿は、ヒューマンバリューとソーシャルワーカーのダブルワークをしている私が、これまでの実践を踏まえて、ソーシャルワークの言葉を借りることで、ヒューマンバリューが大切にする「人間の価値」について再検討しようとする試みです。ソーシャルワークは、組織開発とは異なる領域ですが、人と環境の関わりを起点に、支援・介入のあり方を問い続けてきた点において、組織開発と通じるものがあります。

※ソーシャルワークとは、福祉・医療・教育などの現場で、人と環境の関わりに着目しながら支援を行う専門職の実践知です。日本では、社会福祉士という国家資格を取得して活動するのが一般的。

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1.実践の解像度を高めてくれた、ソーシャルワークとの出会い

ヒューマンバリューは、人材・組織開発を通して、人・組織・社会に向き合ってきた会社です。その実践の根底には、社名の通り「人間の価値」への信念があります。一人ひとりをかけがえのない存在として見ること。その人の全体性を大切にすること。人と人の関わりから、個人を超えた価値が生まれることを信じること。

そうした信念のもと、私たちの実践は、社会構成主義という考え方を土台の一つとしています。現実は客観的に存在するものではなく、人と人のあいだにある関係性や言語、対話を通じて構成され、変化しうるという見方です。だからこそ、職場の文化も、チームのパフォーマンスも、目の前の事象や個人に直接働きかけるだけでなく、影響を与えている構造や文脈、周囲との関係性に働きかけることで変わっていくと信じて実践してきました。この世界観を土台に実践を続ける中で、私はソーシャルワークと出会いました。

私が以前地域で「外国につながる子どもの学習支援」ボランティアをしていたとき、子どもたちが抱える困りごとは、言語の問題だけでなく、在留資格、経済的問題、家族関係など複雑に絡み合っていることに気づきました。課題を別々に解決するのではなく、その人を中心とする環境全体を支えるような支援こそが、本人の自己肯定感や生きづらさの軽減につながるのだと実感したことがきっかけとなり、ソーシャルワークを学ぶことにしました。

インターナショナルフェスティバルでの
読み聞かせボランティア

現在は、ヒューマンバリューでの仕事と並行して、スクールソーシャルワーカーとして活動しています。スクールソーシャルワーカーは、子どもの権利を中心として、生きづらさを感じる子どもや保護者を取り巻く環境を整えるお手伝いをする仕事です。現場で困りごとを抱える子どもの家庭に深く入っていくと、そこには働くお父さんやお母さんがいます。普段クライアント組織の「従業員」としてお付き合いしているお一人おひとりが、「誰かの家族」でもあるのだと思うと、これまで見てきた世界を裏側から見ているような気持ちになります。この経験が、2つの領域の深いつながりに気づかせてくれました。

それは、ソーシャルワークという領域が大切にしてきた人への向き合い方は、私たちが組織開発を通して大切にしてきたものと、深いところで重なっているということです。ソーシャルワークは、組織開発の実践者にとって馴染みの薄い領域かもしれませんが、異なる現場で同じ問いに向き合い続けてきたこの領域の言葉は、私たちが大切にしてきたことを、新鮮な角度から照らしてくれます。本稿では、ソーシャルワークの言葉を借りながら、私たちが人・組織・社会に向き合う際に大切にしている「ヒューマンバリュー(人の価値)」を、改めて見つめ直してみたいと思います。

2.人と環境は切り離せない

組織開発の現場で組織に向き合っていると、「個人の問題」として扱われている出来事が、本当にそうなのだろうか、と感じる場面があります。部下のコミットメントが足りない、上司が話を聞いてくれない、自分の都合ばかり主張して身勝手なメンバーがいる――そうした出来事の背景には、その人を取り巻く環境や周囲との関係性が影響していることがあります。

こうした見方は、従来ソーシャルワークで広く活用されてきた「医療モデル」的な発想とは異なります。「医療モデル」では、問題の原因を個人の内側に求め、専門家が診断・治療を行うことで解決しようとしてきました。こうした世界観への反省を経て生まれてきたのが、「状況の中の人」や「生活モデル」という考え方です。

ソーシャルワーカーのフローレンス・ホリスは、この視点を『状況の中の人(Person in Situation)』という言葉で表現しました。人は常に周囲の状況と影響を与え合っている存在である、という意味です。つまり『この人はどんな人か』ではなく、『この人は今、どのような状況の中にいるのか』へと問いの起点が変わります。

その前提をさらに実践の中で具体化したのが、生活モデルです。カレル・ジャーメインとアレックス・ギッターマンによって体系化されたこの概念は、人を職場や組織の文脈だけで見るのではなく、その人を中心とした生活全体の中に置いて理解しようとします。家族との関係、仕事以外のつながり、過去の経験、将来への見通し――そうした文脈をすべて含んだ「生活者としての人」を出発点にする考え方です。客観的な「問題がなくなること」ではなく、「その人が状況に適応できること」「その人のナラティブが変化すること」へと、働きかけの目的も変わります。

この違いは、組織の現場での見え方にも影響します。ある人の「主体性のなさ」や「能力のなさ」が個人の課題として捉えられているとき、実際にはその人を取り巻く関係性や構造が影響している可能性があります。その人だけに働きかけても変化が起きにくいのは、そうした背景があるからかもしれない。そう問い直すことができるかどうかが、実践の質を変えていくのだと思います。

3.意思と尊厳を中心に置く

ヒューマンバリューにおける取り組みで、私たちが大切にしてきたことの一つに、一人ひとりをかけがえのない存在としてとらえるということがあります。ソーシャルワークはこの信念を、「個人の尊厳の尊重」という言葉で実践の根幹においてきました。ソーシャルワークの実践において個人の尊厳を尊重するとは、一人ひとりを権利主体と捉え、問題を抱えた「支援される人」として見るのではなく、自らの人生を切り拓く主体として向き合うということをいいます。

そして、この信念を体現するために、具体的な判断軸をもちあわせています。一つは、自己決定や意見表明の権利を守ることです。その人が自分の人生について、可能な限り自分自身で選択し、決定できるよう支えること。その人の意見が聞かれる機会をつくること。支援者の価値観や判断を押しつけるのではなく、その人自身の意思を中心に置くという姿勢です。

もう一つは、依存的自立という考え方です。自立とは、他者や環境から切り離されて一人で立つことではなく、周囲とつながりながら、自分の意思で生きていくことだという見方です。誰もが何らかの形で他者や環境に支えられながら存在している。その事実を否定するのではなく、むしろその支え合いの中に、人の力強さを見出そうと考えます。

これらはソーシャルワークが長く大切にしてきた姿勢ではありますが、組織開発の現場においても、問いとして現れることがあります。目の前の人を「組織の目標を達成するための人材」として見ているか、「自分の人生を生きる権利主体」として見ているか。この問いをもち続けることが、私たちの実践の質を左右するといっても過言ではありません。

4.交互作用から見える、人の全体性

私たちが組織開発を通して大切にしてきたもう一つのことは、その人を文脈ごと、丸ごと捉えるということです。ソーシャルワークはこの視点を、交互作用という言葉で表現しています。

組織の中で起きていることを理解しようとするとき、私たちはしばしば上司と部下のあいだ、あるいはチーム内のやりとりに注目します。個人と個人、個人と環境がお互いにどのような影響を与え合っているのか、これが相互作用(Interaction)の視点です。ソーシャルワークでは、相互作用とあわせて、あえて交互作用(Transaction)という言葉を使うことがあります。交互作用の視点は、相互作用よりもう一歩広いものとして捉えられます。

チーム内のメンバーは、それぞれの生活・経験・人生の文脈をすべて携えて、職場に持ち込んでいます。ですから、職場で行われるやりとりというのは、多くの物事から影響を受けて成り立っているということになります。この視点に立つと、人の行動や思考は、職場の中だけを見ていても見えてきません。その人の全体性、職場の外の生活、過去の経験、これからの人生への見通しまでを含めた存在として捉えられて初めて、見えてくるものがあります。もちろん、相手の全てを知ることは必要ではありませんし、できることでもありません。ただ、その人が職場の外にも豊かな文脈を持って生きているという想像力を持てるかどうかが、向き合い方を変えていきます。

冒頭で触れた通り、スクールソーシャルワーカーの現場において、「子どもの保護者/組織で働く人」と関わる機会もありますが、大人が生活の大部分を過ごす職場で培われる価値観や働き方が、家庭や子どもの状況に影響を与えていると感じることも少なくありません(もちろん、因果関係を証明できるものではありません)。親が長時間勤務によって家庭では不在がちになり、配偶者や子どもの生きづらさを助長してしまうこと。過度な能力主義・成果主義的な考えによって子どもの困り感に寄り添うことができないこと。自助的な自立を求められることで保護者自身がSOSを出せずに孤立し、精神的なストレスを抱えること。「仕事とプライベート」としばしば区切って表現される2つの世界が互いに影響を与え合っていることがわかります。人の『働き方』は、本人だけでなく、家族など周囲の人々の『生き方』をも形づくっているのかもしれません。

だからこそ、組織開発に携わる私たちにとっても、目の前の一人ひとりの物語に向き合うことが、重要な意味をもつのだと思います。個人の全体性が大切にされ、その人自身も働くことを含めた自分の人生や生活を一つの物語(ナラティブ)としてひと続きに捉えられたとき、本質的な変化が生まれていきます。それは、研修で知識を得ることでも、フィードバックで気づきを得ることでもなく、「自分はこういう人間だ」「自分にとって働くこととは」という物語そのものが更新されるときに起こるものです。

自分の経験に一貫した意味を見出した人は、自分の軸をはっきりと自覚することができるため、自律した存在として組織に関わるようになり、自らエンゲージメントを選び取るようになります。そして、さらに深いところでは、自分が経験してきた「環境に支えられること」の意味を知っているからこそ、他者の成長や、実現したい価値のために、自ら環境を整えようとする働きかけができるようになります。変化の受け手だったその人が、変化を生み出す側へと転じていくのです。

5.これからも大切にし続けたいこと

ソーシャルワークの言葉を借りながら、私たちが人・組織・社会に向き合う際に大切にしてきたことを見つめ直してきました。「状況の中の人」という前提、個人の尊厳の尊重、そして交互作用と人の全体性。これらは、私たちが組織開発を通して実践してきたことの、根底にある信念と深く重なるものです。

目の前の人を「組織の中の役割」としてみるのではなく、「日々生きている全体性をもつ人間」として見る。その人の自己決定を促し、依存的自立を支える。そして、その人の生活や人生のナラティブに向き合うことで、本質的な変化が生まれることを信じる。これらはソーシャルワークが長く大切にしてきた信念であり、同時に私たちが組織開発を通して体現しようとしてきたことでもあります。

そうしたソーシャルワークとの共通点に加えて、私たちが組織開発において大切にしてきた「人と人のあいだで生まれる相互作用から生まれる価値創造」という観点も見過ごすことはできません。人々の間の相互作用・交互作用の中から、個人を超えた何かしらの価値が生まれることを信じて実践してきました。

人の尊厳と全体性を守ること。そして、人と人の関わりから価値を生み出すこと。この二つの信念を同時に持って、人や組織に向き合い続けること。ヒューマンバリューという名と共に歩む私たちだからこそ、これからもこの2つの信念を手放さず、人や組織に向き合い続けていきたいと思います。

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