人事・人材開発がAI時代に向き合う原則を探る 〜パリUnleash World25から考えるヒューマン・センタード・デザイン〜

株式会社ヒューマンバリュー 取締役主任研究員 川口大輔
AIの進化は、いま人事・人材開発の在り方そのものを揺さぶりはじめています。採用・育成・評価・キャリア支援などの各領域で、新しい実践が次々に生まれ、企業は試行錯誤を重ねながら変化への対応を進めています。
しかし、この複雑で先の読みにくい時代だからこそ、「とりあえずAIを使う」だけではなく、“拠り所となる原則”が必要ではないか——そんな問いが私たちの中に芽生えました。
そのヒントを得るべく、欧州最大級のHRテックカンファレンスである「Unleash World25」(パリ)に参加し、世界の実践者・研究者が語る最新の潮流と価値観に触れてきました。
本レポートでは、そこで得られた動向・インサイトを整理し、人事・人材開発、組織開発に携わる皆さんと共有します。AI時代の“ヒューマン・センタード・デザイン”の本質に迫りながら、これからの原則を共に探る旅に出ましょう。
1. Unleash World25とは
Unleash Worldは、欧州最大級のHRテクノロジーおよび「Future of Work」をテーマとした国際カンファレンスです。主催はロンドンに本拠を置くUNLEASH Group。グローバルのCHRO、人事責任者、研究者、スタートアップ、HRテク企業が一堂に会し、未来の“人と組織のあり方”を議論する場として広く知られています。
このカンファレンスには、次のような特徴があります。
①HR×テクノロジーの最前線が集まる場
Microsoft、SAP、ServiceNow、Workday、LinkedIn など、世界を代表する企業のCHROやプロダクト責任者が登壇し、AI・Agentic AI から人材アナリティクス、スキル可視化、EX(従業員経験)、L&D まで、現在のHR領域で最もホットなテーマが網羅的に扱われます。
特にパリ開催では、欧州特有の社会潮流——法規制、倫理、データ保護、ダイバーシティなど——を踏まえた議論が多く、北米(ラスベガス開催)とは異なる視点を得られる点が大きな特徴です。

セッションも行ったAIロボットのAnika
②世界のHR課題がリアルタイムに議論される“知の交差点”
Unleash Worldは展示会にとどまらず、“HR・組織・社会をどう再定義するか”を問う国際フォーラムとしての側面を持っています。議論の中心となるテーマは多岐にわたり、
- AI/Agentic AI と人間性
- スキル移行(Skill Shift)とキャリア再構築
- 組織文化と新しいリーダーシップ
- People Analytics と意思決定
- DE&I、社会正義、労働市場の構造変化
- Future of Work(働き方の未来)
といった、HRのみならず、その枠を超えて社会・経済・技術まで含めた立体的な視点から議論が展開されます。HR系イベントでありながら、組織文化やリーダーシップの議論が極めて豊かで、ODの実務家にとっても示唆の宝庫と言える場です。
2025年のUnleash Worldは、10月21・22日にパリで開催されました。
本レポートでは、この会場で得られた最新動向と現場の空気感をもとに、AI時代の人事・人材開発が拠り所とできる「原則」を探っていきます。

質の高いパネル・ディスカッションが行われる
2. HRが次のR&Dになる〜広がる可能性〜
Unleash World25で最も強く印象に残ったメッセージのひとつが、マイクロソフトCPOエイミー・コールマン(Amy Coleman)氏の言葉です。
「HRは次のR&Dになる(HR is the next R&D)」
AIという強力な波が押し寄せる中で、HRは単に制度やオペレーションを運用する機能ではなく、「人とテクノロジーを掛け合わせ、未来の働き方を実験し続ける“研究開発部門”」へと変わりつつある——
今年のUnleashは、その可能性の広がりを具体的な事例とともに示す場となっていました。
ここでは、Microsoft・SAPといったグローバル企業の実践に加え、Agentic AIやレコグニション・データの先進事例を通じて、「HRが次のR&Dになる」とはどういうことかを整理してみたいと思います。

Microsoft Chief People Officer エイミー・コールマン氏の基調講演
2-1. Microsoft:HRとテクノロジーを一体化し、“波に乗る”組織をつくる
初日のオープニング・キーノートで登壇したマイクロソフトCPOエイミー・コールマン氏は、AIの進化を“波”にたとえながらこう語りました。
「HRは、その波を制御しようとするのではなく、共に乗り、未来をつくる存在になるべきだ」
氏は、AI導入の進度にばらつきがある現状を「ギザギザの最前線(Jagged Frontier)」と表現し、そこから“フロンティア企業(Frontier Firm)”へと進化するために、HRが担うべき3つの変革の方向性を提示しました。
①HRとテクノロジーの統合
エンジニアリングと人事が同じチームとして社員体験(Employee Experience)を設計し、インフラからツール、ポリシーまでを一体としてデザインしていく。
②ユーザー中心設計(Employee-Centered Design)
仕組みは「社員とともにつくる」。
たとえば評価プロセスでは、AIを活用したツールによって自己評価にかかる時間を大幅に削減し、「本当に対話すべきこと」に時間を割けるように再設計している。
③スピードと実験(Speed & Experimentation)
完璧さよりも学習スピードを重視し、「試して学ぶ」姿勢を徹底。会話型AIを用いたスキル習得支援では、オンボーディング期間を半減させる成果も出ている。
さらにコールマン氏は、AI時代のリーダーに求められるマインドセットとして、好奇心・謙虚さ・判断力・信頼の4つを挙げました。特に正解がわからない時代において、「何が起きるかを確実に伝える」ことでは、もはや不可能です。だからこそ、リーダーたちには――謙虚さ(humility)と文脈理解(context)、好奇心(curiosity)と判断力(judgment)をもって、「わからない。でも一緒に探そう」と言う力が求められています。
「AIの話をすればするほど、人の話をもっとしなければならない」
この言葉に象徴されるように、AIはあくまで“人間の可能性を拡張するための技術”であり、その可能性を解き放つデザインと実験の中心にHRが立つべきだ——ここから、「HRは次のR&Dになる」というメッセージが導かれていました。
2-2. Josh Bersin:AIによる“仕事の再設計”とスーパー・ワーカー/スーパー・マネジャー
2日目の朝の基調講演では、HR領域のオピニオンリーダーであるジョシュ・ベルシン(Josh Bersin)氏が、「AIが変えるHRの未来——仕事の再設計(Work Redesign)」をテーマに語りました。

多くの人が集まるジョシュ・ベルシン氏の基調講演
ベルシン氏は、AIのインパクトをこう位置づけます。
「AIがもたらすのは単なる業務効率化ではなく、企業そのものの再創造(Reinvention)である」
AIは導入して終わるシステムではなく、常に学習し、進化し続ける存在です。その結果、採用・学習・評価・キャリア開発など、これまで縦割りだったHR領域がデータとAIによって横断的につながり、「一つのテクノロジーが部門横断で価値を生む」構造が生まれつつあると指摘しました。
こうした流れの中で、ベルシン氏は、今後のHRは4つの領域で大きく再編されていくと述べています。
すなわち、①Employee Self-Service(セルフサービス化)、②Digital HRBP、③Agentic Recruiting、④L&D再構築です。
これらは、AI時代における“より戦略的で設計的なHR”への移行を示す方向性だと位置づけられました。 そして、ベルシン氏が特に力を込めたのが、仕事そのものの再設計(Work Redesign)です。
- これまでの静的なジョブアーキテクチャ(職位・職務・コンピテンシー)から、AIによって職務間の境界が溶け、横断的な役割・チームが生まれていくこと
- AIが業務の連携を担うことで、人はより創造性・判断・関係性に集中できること
この変化の先に現れる存在として、ベルシン氏は「スーパー・ワーカー(Super Worker)」 という概念を提示しました。AIを活用しながら複数のタスクやプロジェクトを横断的に担い、自律的に価値を生み出す人材——それが、AI時代の“仕事の単位”の中心になる、と述べています。
さらに、このスーパー・ワーカーが力を発揮するためには、チームの働き方を再設計できる“スーパー・マネジャー(Super Manager)”の存在が不可欠であるとも強調しました。スーパー・マネジャーは、AIと人の協働モデルをデザインし、学習と実験の文化を支え、チームの生産性を新しい水準に引き上げるリーダーとして位置づけられます。
ここでも、仕事の再設計を主導し、「AI+人」でどのような役割設計・チーム設計が可能かを実験する機能——HR=次のR&Dというイメージが浮かび上がります。

スーパー・ワーカー、スーパー・マネジャーの時代へ
2-3. SAP:スキル基盤の人材マネジメントという“実験場”
マイクロソフトやベルシン氏の議論を、組織全体の変革として体現していたのが、SAPの事例です。
SAPのCPOジーナ・ヴァルジュー=ブリューワー(Gina Vargiu-Breuer)氏は、同社のカルチャーの根幹にある創業者の精神——
- 顧客への執着
- 革新への意欲
- 競争力の追求
- 人への思いやり
——を土台に、AI時代のピープル・アジェンダを語りました。
同社が進めているのは、「ジョブロールや職位」ではなく、「スキルを基盤とした組織」への大胆な転換です。
- 約800のスキルからなるスキル分類体系を構築
- 自社のSuccessFactorsを中心に、全社員のスキルを可視化
- 採用・育成・評価・サクセッションの全プロセスを「スキル」を軸に再設計
- AIを活用し、一人ひとりにパーソナライズされた学習ジャーニーを提供
こうした取り組みは、“仕事の再設計”と“キャリアの再構築”を同時に進める大規模な実験でもあります。
同時にSAPは、AI導入に伴う不安や抵抗にも真正面から向き合っています。
- 「AIディスカバリー・ワークショップ」や「グロース・サミット」を通じて、社員が自らAIのユースケースを探求する共創型プログラムを展開
- 抽象的なテクノロジーとしてではなく、「自分の仕事のツール」として体感できる場をつくる
AIが仕事を「置き換えるもの」ではなく、「再定義するもの」だと理解してもらうために、体験を通じて“自分ごと化”する場をHRがデザインしているのが印象的でした。
さらに、ハイブリッドワークやロケーション・コーチの配置、オンボーディング研修を再び対面中心に戻すといった施策を通して、AI時代だからこそ「人と人のつながり」を再構築しようとしている点も見逃せません。

SAP Chief People Officerジーナ・ヴァルジュー=ブリューワー氏のパネル
大胆な取り組みが注目を集めました
2-4. Agentic AI:HRエージェントの“多層アーキテクチャ”が現実に
「HRが次のR&Dになる」というテーマを、よりテクノロジー側から具体化していたのが、エージェンティックAI(Agentic AI)に関するセッションです。
英国のTesco、Virgin Media O2、JLLの3社は、いずれもHR領域においてAIエージェントの活用を本格化しており、その“リアリティ”が共有されました。
JLL:年間3万人採用における「摩擦のない採用(frictionless recruitment)」の実現
- Paradox、HireScoreなどを組み合わせてスピードと精度を向上
- 社内問い合わせには「JLL GPT」を展開し、利用状況を可視化
- AI活用の小さな成功を積極的に称賛し、「AIを使うことを誇りに思う文化」を醸成
Tesco:安全なサンドボックス環境で小さな実験を多数展開
- 400〜500名規模のデータサイエンティスト組織を持ちつつ、「ビジネスとテクノロジーのパートナーシップ」を重視
- グローバル採用プロセスをシンプル化し、「良いデータが良いAIを支える」構造を整備
Virgin Media O2:HR主導×IT支援で、多層的なエージェント・アーキテクチャを構築
- 最上層:オーケストレーション・エージェント(質問を適切な領域へ振り分ける)
- 中層:ドメイン・エージェント(採用・報酬・入社手続きなど)
- 下層:ユーティリティ・エージェント(給与明細説明など単一機能に特化)
- 「Pay Assistant」など具体的ユースケースから始め、段階的に拡張
3社に共通していたのは、次のような姿勢です。
- 小さく始め、早く学ぶ
- AIを「人の代わり」ではなく「特定スキルを提供する仕組み」として設計する
- 業務プロセスを整えたうえでAIを乗せ、成功を称えながら文化として根づかせる
ここでも、AI導入は単なるITプロジェクトではなく、「業務プロセスと組織文化の再設計」として扱われていることが見て取れました。

HRにおけるエージェントAIの実践を探るパネル・ディスカッション
2-5.レコグニション・データという新しい観測装置
HRがR&D的な機能へと進化していることを象徴する動きとして、“レコグニション(称賛)データ”の活用も挙げられます。
多くの企業がエンゲージメントサーベイや退職者インタビューといった従業員の声(Voice of Employee)を活用していますが、これらはどうしても「過去の出来事の診断」にとどまりがちです。
一方で、レコグニション・データは、
- 誰かの貢献が評価・感謝された“瞬間”を記録する
- 卓越した行動が自然言語で具体的に表現される
- リアルタイム性が高く、比較的バイアスの小さい“卓越性データ”
として注目されています。
海外のHRテクノロジー企業(例:Workhuman など)では、このレコグニション・データをAIで統合し、次のようなシグナルとして可視化する取り組みが進んでいました。
- 特定のポジションに高い適合性を示す社員
- 部署内の“文化的ハブ”として仲間をつなぐキーパーソン
- 将来的にリーダー候補として成長が予測される人材
こうした個々のシグナルは小さく見えても、AIがパターンとして捉えることで、次のリーダーの発掘、チームの働き方の最適化、スキル構成の理解に強い示唆を与えてくれます。
つまり、HRは「過去の評価」を管理する役割にとどまらず、“未来の可能性を観測し、仮説を立て、実験する機能へ近づきつつあると言えます。

レコグニション・データの可能性が語られる
2-6. HRが担う“実験と意味づけ”の役割
これらのセッションを通じて見えてきたのは、次のようなHR像です。
- AI・Agentic AI・スキルデータ・レコグニション・データなど、多様なテクノロジーとデータを組み合わせ、働き方や組織を“実験的に”再設計する
- その際に、「人間性」「文化」「学び」「心理的安全性」といった
- 目に見えにくい価値をどう守り、どう拡張するかを考え続ける
そして、その試行錯誤から得られた学びを、組織全体の「新しい当たり前」に育てていく。つまり、「HRが次のR&Dになる」とは、人とテクノロジーの関係をデザインし続ける“実験と意味づけの場”としてHRを位置づけ直すことだと言えます。
次章では、このような可能性の広がりの一方で、AIがもたらす不安や戸惑いにどう向き合うか——世界の現場で語られていた“AI Angst(AIへの不安)”の声に目を向けていきます。
3. 高まる不安に真摯に向き合う
前章では、AIがもたらす可能性と、HRが「次のR&D」として変革をリードしていく姿を見てきました。しかし、Unleash World25は決して「テクノロジー礼賛一色」の場ではありませんでした。
むしろ印象的だったのは、AIが生み出す不安や痛みから目をそらさず、それにどう向き合うかを真剣に語るセッションが多かったことです。
ここでは、スコット・ギャロウェイ氏とダニエル・サスキンド氏の2つの基調講演、そしてエリン・イートゥ氏の「Angst(深層的不安)」に関するセッションを手がかりに、AI時代の不安の輪郭を一度きちんと見つめてみたいと思います。

NYUのスコット・ギャロウェイ教授の基調講演
3-1. AIバブルと“孤独”
初日のクロージング・キーノートでは、NYUスターン校のスコット・ギャロウェイ(Scott Galloway)教授が、「AI Optimist(AI楽観主義者)」というタイトルで登壇しました。
ただし、その内容は決して「楽観一辺倒」ではありません。ユーモアを交えつつも、AIがもたらす社会的・人間的な影響の深刻さに、鋭く切り込んでいきました。
■ AIバブルと経済の「もろさ」
ギャロウェイ氏は、現在の株式市場においてAI関連のごく一部の企業が時価総額の大半を占めている構造に触れ、「AIという一枚のカードに賭けた巨大なギャンブル」だと表現しました。
- 少数のAI銘柄への過度な集中
- それが崩れたとき、世界経済に連鎖的なショックが起こりうること
AIへの期待が、経済システム全体の脆さ(fragility)を高めている現実が指摘されました。
■ ホワイトカラー雇用への不安と格差の拡大
さらに氏は、「AIがあなたの仕事を奪うのではない。AIを使う誰かがあなたの仕事を奪う」という同氏による有名なフレーズを改めて引用しつつ、特に若年層やホワイトカラー層における不安の高まりに言及しました。
- AI導入が「効率化」や「コスト削減」とセットで語られやすいこと
- その裏側で、「自分の仕事は残るのか」という静かな恐怖が広がっていること
AIがもたらすのは単なるテクノロジーの変化ではなく、雇用の在り方・格差構造・社会の安心感そのものへの揺さぶりだ、と強調していました。
■ 最大のリスクは「暴走」ではなく“孤独”
ギャロウェイ氏が最も強いトーンで語ったのは、AIと人間の関係性です。
「AI時代の最大の脅威は、AIの暴走ではなく“孤独(loneliness)”である」
人がAIとの“疑似的な関係”に依存し、現実世界の対話や関係性を手放していくこと。それこそが、人間社会の“静かな崩壊”につながると警鐘を鳴らしました。
一方で、AIには医療・教育などで人の時間を取り戻し、大切な人と過ごす時間を増やす力もあると指摘します。
「人生の終わりに後悔しない唯一のことは、大切な人に“どれほど大切か”を伝えることだ。」
技術への楽観ではなく、「人間への希望を手放さないために、AIとどう付き合うのか」が問われている——それが“AI Optimist”に込められたメッセージだったように感じられました。
3-2.大量失業ではなく「大量再配置」の不安
2日間の締めを飾るクロージング基調講演が、キングス・カレッジのダニエル・サスキンド(Daniel Susskind)教授による「AI時代の働き方の未来」に関するセッションでした。
サスキンド氏は、AIの進化が「人間の思考を模倣する機械」から「人間とは異なる方法で課題を解く機械」へと移行した点を指摘します。 その結果、弁護士・医師・会計士のようなホワイトカラー職であっても、一部のタスクはAIに代替されつつある。自動化はもはやブルーカラーだけの物語ではない、と明言しました。それは近年、米国などでも現実化している課題です。
■ 「仕事(job)」ではなく「タスク(task)」が置き換わる
サスキンド氏は、仕事の単位を「職業(job)」ではなく「タスク(task)」として捉え直す必要があると言います。
- 職業そのものが丸ごと消えるわけではない
- しかし、その中に含まれる多くのタスクは、AIに置き換えられうる
- 同時に、人間にしかできないタスク(創造・判断・共感など)の価値は高まる
この変化は、「大量失業」ではなく「大量再配置(mass redeployment)」の問題を生み出します。つまり、「仕事がなくなる」以上に、「どこに・どう再配置されるのか」が大きな不安の源泉になる、という視点です。
■ 教育とトレーニングの再設計
そのうえでサスキンド氏は、AI時代の最重要アジェンダとして、教育とトレーニングの再設計を挙げました。
何を(What):
AIにはできない創造・判断・共感を育む、あるいはAIを使いこなす力を身につけること
どう(How):
一方向の講義から、テクノロジーを活用した対話的・実践的な学びへ
いつ(When):
人生の最初だけでなく、キャリアの節目ごとに学び直す(リスキリング)文化を根づかせること
「不確実性が高まる時代における最良の対応は“柔軟性”である」
生涯にわたって学び続ける意欲と能力こそが、AI時代の最大の競争力であり、それを支える仕組みを設計することがHRの新たな使命であると語っていました。

キングス・カレッジのダニエル・サスキンド教授によるクロージング・キーノート
3-3. AI時代の「Angst」と心理的エルゴノミクス
こうしたマクロな不安に対して、「人は今、どのような感情状態に置かれているのか」をデータで可視化していたのが、Fractional Insights社のエリン・イートゥ(Erin Eatough)氏によるセッションでした。
タイトルは、「Beyond the Tech: New US and European Data on Why AI Success Depends on Psychological Ergonomics」。
ヨーロッパと米国のAIへの受け止め方の違いをデータで示しながら、AIトランスフォーメーションの成否はテクノロジーではなく、人間の心理と行動をどれだけ理解し、デザインに織り込めるかにかかっている——そんな前提に立ったセッションです。
■ Angstは、Anxietyより深い“不安”
イートゥ氏が鍵となる概念として紹介したのが、「Angst(深層的不安)」です。
- 「Anxiety(不安)」が、具体的な対象に紐づいた心配やストレスだとすれば、
- 「Angst」は、将来への漠然とした怖れや、足元の揺らぎからくる“存在的な不安”に近いもの
調査によると、AIの導入率そのものはアメリカとヨーロッパでほぼ同程度である一方、Angstのレベルはアメリカの方が高いことが分かったと言います。
その背景には、文化的な気質よりも、医療や社会保障と雇用が強く結びついた制度構造など、「仕事を失うこと=生活基盤の喪失」に直結しやすい環境要因があると指摘していました。
■ 安全・成長・意義が揺らぐとき、何が起こるか
イートゥ氏は、人が仕事を通じて満たしたい基本的欲求を
- Security(安全)
- Growth(成長)
- Significance(意義・意味)
の3つに整理します。
AI導入に伴うAngstは、これらの感覚が揺らぐときに高まります。
- 自分の仕事はこの先も続くのか(Security)
- AIによって自分の成長機会が減るのではないか(Growth)
- そもそも自分の仕事に意味はあるのか(Significance)
Angstが高まると、転職意向の上昇、エンゲージメントや生産性の低下、さらには「どうせ変わらない」という諦めにもつながる——。AI導入の“見えない副作用”を、データで描き出していました。

Angstの概念について語るエリン・イートゥ氏
ヨーロッパと米国の興味深いデータも示される
3-4. 不安から目をそらさない企業たち:Virgin Group、SAP など
一方で、今回のUnleashでは、こうした不安やAngstからあえて目をそらさず、真正面から語り、対話し、手を動かそうとする企業の姿勢も印象に残りました。
Virgin Group は、「人間中心のリーダーシップ」を掲げ、データドリブンな意思決定と、現場のストーリーや感情に耳を傾ける姿勢の両立を語っていました。
経営トップが従業員の“シークレットソース(その人らしさ)”を称え、不安な変化の中でも「自分はここにいていい」と感じられる場づくりを重視していることが伝わってきました。
SAP は、前章で触れたスキル基盤の人材マネジメントやAIディスカバリー・ワークショップなどを通じて、AIを「自分の仕事から切り離された抽象的なテクノロジー」ではなく、「自分たちと一緒に変化していく道具」として体感できる場をHR主導でデザインしていました。
ここには共通して、「不安そのものを否定したり、押し殺そうとしたりはしない」という態度があります。
むしろ、
- 不安や戸惑いがあることを前提に、オープンに語る場をつくる
- データを通じて感情の揺らぎを“見える化”する
- 小さな実験や成功体験を積み重ね、「変化しても大丈夫だ」という感覚を育てていく
といった姿勢が見て取れました。
次章では、こうした不安やAngstに応える1つの原則として、多くのスピーカーが口にしていたキーワード——ヒューマン・センタード・デザイン(Human-Centered Design) に焦点を当てていきます。
4. 人事・人材開発がAIに取り組むための原則を探る〜ヒューマン・センタード・デザイン〜
Unleash World25を通して、ほぼすべてのセッションに共通していたキーワードが「ヒューマン・センタード・デザイン(人間中心設計)」でした。
「人間中心」という言葉自体は、決して新しい概念ではありません。しかしAIの加速により、それはスローガンや理念から、制度・プロセス・テクノロジーを設計するための“実務的な原則”へと変わりつつあります。
- 何よりもまず、「人の体験(Human Experience)」を起点にすること
- 不安・安全・意義・成長といった人間の心理的ニーズを、きちんと設計要件に含めること
- トップやHRが「代わりに考えてあげる」のではなく、社員自身を設計プロセスの主体(co-designer)として招き入れること
- 「効率化か、人間中心か」という二項対立ではなく、AIと人間の協働をどうデザインするか、その“原則”を現場に落とし込むこと
本章では、こうしたヒューマン・センタード・デザインの原則が、いかに具体的な実践として表現されていたのかを見ていきます。

ヒューマン・センタード・デザインがキーワード
4-1. Psychological Ergonomics:人間の「フィット感」から出発する
前章で触れたエリン・イートゥ氏は、AI導入の成功を左右するカギとして「心理的エルゴノミクス(Psychological Ergonomics)」という概念を提示していました。
従来の“エルゴノミクス(人間工学)”が椅子の高さや作業動線など、身体的な負荷を減らす設計だとすれば、心理的エルゴノミクスは、その環境の中で人がどんな感情を抱くのか安全感・成長感・意義感がどう変化するのかといった「心のフィット感」を設計する視点です。
イートゥ氏は、前述したSecurity(安全)/Growth(成長)/Significance(意義)を環境に埋め込んでいくことの大切さを具体事例を交えて語りました。
● Growth:成長が実感できると変化は前に進む(小売チェーン)
離職率の高い小売企業が、
「どうすれば人を引き留められるか?」ではなく
「どうすれば次の自分に進めるよう支援できるか?」 に問いを転換。
自社の枠を超え、看護師など別職種への学習パスまで開放したことで、社員は「成長できる場」と感じ、結果として 定着率・採用力が向上。
成長のデザインは、AI導入を“前向きな挑戦”に変える。
● Significance:意味が見えるとモチベーションが高まる(放射線科)
ある病院では、放射線画像に 患者本人の写真を添える だけでレポートの質が大きく向上。
医師が「誰の人生を支えているか」を再認識したことで仕事が“匿名の作業”から“意味ある貢献”に変わった。
意義は“与えるもの”ではなく、立ち現れる条件を設計することで生まれる。
● Security:安心感があるとAI活用が進む(テック企業)
AI導入で不安が高まる状況の中、あるCHROは「自分の仕事を自動化できたら、それは創造性の証」と伝える方針を採用。
AI活用を“脅威”ではなく“価値向上のサイン”として扱う文化が生まれ、社員は安心して試し、学び始めた。
安全のデザインは、「AI=自分の未来を広げるもの」という予測可能性をつくる。
そして、ヒューマン・センタード・デザインを「人に優しくすること」ではなく、“効果性”の観点からも欠かせない前提条件だと位置づけます。
AI導入や業務再設計において、「人がどう感じるか」をデータで把握し、意図的に設計すること。これが、心理的エルゴノミクスというレンズから見たヒューマン・センタード・デザインの第一歩だといえます。
4-2. 「Human Fit」を問い続ける:Al Adamsen が示した視点
同じ流れで、人と仕事の関係を「Human Fit(人間への適合)」から捉え直していたのが、Future of Work Project創始者のアル・アダムセン(Al Adamsen)氏のセッションです。
多くの企業はこれまで、「人を仕事にフィットさせる(Job Fit)」発想で人事施策を組み立ててきました。アダムセン 氏は、AI時代にはむしろ、
「仕事の側を、人にフィットさせ直す必要がある」
と語ります。 彼が示していたヒューマン・センタードな問いの中で、特に印象的だったのが、“Seen, Heard, Empowered” という3つのキーワードです。
- Seen(見られている)
自分の仕事・努力・背景が、きちんと理解されていると感じられるか - Heard(聞かれている)
自分の声やアイデアが、意思決定や改善に反映される余地があるか - Empowered(委ねられている)
自律的に判断し、チャレンジできる裁量と支援があるか
AIやデータによって「何が起きているか」はどんどん見えるようになりますが、それだけでは人は“オブジェクト(対象物)として扱われている感覚”を強めてしまう危険があります。
だからこそ、HRやマネジャーは、
- ダッシュボードを見るだけでなく、対話の場をセットにすること
- AIの示すインサイトを、「人を評価するため」ではなく「一緒に学ぶため」に使うこと
- 働き方を再設計するときに、“Seen・Heard・Empowered”の3条件をチェックリストとして持つこと
といった ヒューマン・センタード・デザインを、組織設計・マネジメントの基準として組み込んでいく必要がある——そんなメッセージが込められていました。

ヒューマン・フィットについて語るアル・アダムセン氏
4-3. Virgin Group:AIの「使い方」にディシプリンを持つ
ここからは具体的な企業事例で印象に残ったものを示します。
バージングループのCPO、ニッキー・ハンプレイ(Nikki Humphrey)氏のセッションは、ヒューマン・センタード・デザインが具体的にどう表現されるのかを示す好例でした。
ハンプレイ氏は、「AIが急速に進化する時代だからこそ、人の温もりを軸に据えたリーダーシップがこれまで以上に重要になる」と語ります。
ヴァージンはこれまで50年以上にわたり、航空、ホテル、通信、宇宙事業など多様な産業で“人が創る非日常の体験”を提供してきました。テクノロジーがスピーディでスマートであっても、顧客の心を動かすのは、共感・思いやり・想像力といった人間らしさ(Human Touch)だと同社は考えています。
AIの導入においても、ヴァージンは“効率化のためのAI”ではなく、“人間性を拡張するためのAI”という立場を取ります。
Daisy AIやVVといった生成AIを活用し、業務効率や顧客体験を向上させる一方で、社員が安心してAIを使えるように「AI Curious Collective」を組織し、AIリテラシーや倫理面の教育を強化しています。
LinkedIn Learningや個人ラーニング・ファンドなど、自律的なスキルアップ支援もその一環です。
特に印象的だったのは、AIに対する明確なディシプリンと創造性の両立です。
たとえば、採用プロセスでは、候補者スクリーニングをAIに任せることを明確に拒否し、「人の可能性はアルゴリズムでは測れない」という信念を貫いています。
その一方で、面接官が候補者との対話に集中できるよう、AIによるノートテイキングを活用するなど、“AIが人間性を支える使い方”を実践し、AIを人を減らすためではなく、人らしくあるためのツールとして活用しているところに、これから企業が向かうヒントがあるように感じました。
また、「Fair Chance Hiring(フェアチャンス採用)」を通じて、前科を持つ人々にも公平な雇用機会を開き、包摂的で思いやりのある採用文化を体現しています。
リーダー育成でも、Trailblazers Programを通じて「人を率いるとは何か」を問い直し、自己認識・共感・批判的思考を備えた“People First”リーダーの育成を進めています。
ハンプレイ氏は最後に、「ヴァージンの特別な体験はすべて人から始まり、人で終わる。私たちの“Secret Sauce”はAIではなく、人そのものだ」と語り、社員を称える映像で締めくくりました。
AIの進化を恐れるのではなく、節度と創造性をもって人間中心の未来をつくる——その実践哲学が際立つセッションでした。

インテグリティに富むバージングループのCPO ニッキー・ハンプレイ氏のセッション
4-4. BBC:人間の本質と自由を取り戻すリーダーシップ
バージングループのセッションに続いて、BBCのチーフ・ピープル・オフィサーであるウザイル・カディール(Uzair Qadeer)氏が、Insight222のデイヴィッド・グリーン氏との対話で、「Awaken the Why: Purpose-Driven Leadership for an AI led Digital Workplace」というテーマのもと、AI時代における“人間の本質”と“自由”について語りました。
カディール氏の話は自らの経験のストーリーテリングからスタートします。
難民としての経験や、社会の枠を超えて生きた母の影響を背景に、カディール氏は「魂を沈黙させる制度や物語から人を解き放つこと」が自らのパーパスであり、それがリーダーシップの源泉だと語ります。リーダーとは他者を管理する存在ではなく、人が本来の自分を生き、力を発揮できるように“条件を整える存在”であると述べました。
AIが加速度的に進化するいま、彼は「効率」ではなく「人間らしさ」を再定義することが不可欠だと強調します。未来のリーダーに求められるのは、共感力、感情知性、洞察力、そして「わからない」と言える謙虚さ。
テクノロジーやAIが進化するほど、リーダーには人間の本質に立ち返る力が求められます。未来のリーダーとは、権力ではなく意味によって人を導き、効率ではなく共感と信頼によって組織を動かす存在になる。
また、変化が止まらない世界で人々が息切れしてしまう現実に対して、氏は“Off-ramp(立ち止まるための出口)”という考え方を紹介しました。
「人は常に走り続けることはできない。だからこそ、一度滑走路を離れ、深呼吸をして、再び自分を取り戻せる場所が必要だ」と語り、HRにはその“余白”を設計する役割があると指摘しました。実際にBBCの制度の中にも組み込んで実践を行っているそうです。
さらに、カディール氏はHRの再定義を促します。
「Human Resources(人的資源)」から「Human Experience(人間の体験)」へ。
従業員と顧客の体験を一体として捉え、個々の“Why(存在理由)”と組織の目的をつなぐことこそが、AI時代の人事の使命であると強調しました。
そのうえで氏は語ります。
HRの役割を“柔軟に進化させる”ことが、その対話の第一歩になる。経営が「人」をコストではなく、再配置や再学習(reskilling)を通じて未来の価値を生み出す投資と見なすよう導くこと。そのためにHR自身もまた、柔軟で創造的であるべきだと述べました。
カディール氏にとってHRの未来とは、単に人を守ることではありません。人と組織がともに新しい未来へ踏み出す「架け橋」になること。人が自由になるとき、組織も自由になる。
最後に彼はこう結びました。
「HRの仕事とは、制度を整えることでも、ルールを守らせることでもない。
それは、人が自分のパーパスを生きられる環境をつくることなのです。」

BBCのチーフ・ピープル・オフィサーであるウザイル・カディール氏のストーリーテリングは感動を呼びました
4-5 AI時代における信頼と未来のHRのあり方
AIの導入が進むなか、組織における「信頼(trust)」と「人間中心性(people-centricity)」はどのように変わっていくのか――。
Heinekenのパトリック・ハル(Patrick Hull)氏、OECDのエリザ・モハメドゥ(Eliza Mohamedou)氏、Surply & 9+teamsのメノ・オルガーズ(Menno Olgers)氏の3名が集ったセッションでは、Future of Workのヘバ・マクラム博士の進行のもと、AIと人事の未来をめぐる議論が行われました。
①信頼の再構築とリーダーシップの課題
議論の冒頭では、AIの普及により「人々がリーダーよりもアルゴリズムを信頼する」傾向が強まっている現状が提示されました。これに対しハイネケンのハル氏は、「従業員はリーダーを信頼していない限り、AIも信頼しない」と強調しました。
AIを組織に浸透させるうえで鍵となるのは、技術そのものの性能ではなく、リーダーがどれだけ透明性と共感をもって人と向き合うかだといいます。
同時に、AIがフィードバックや業績評価など、マネジャーが苦手とする領域を補完する例も増えており、信頼のあり方が「人対人」から「人とAIの協働」へと広がりつつあると指摘しました。
②公平性・透明性・新しい職場の権利
モハメドゥ氏は、OECDの調査結果を踏まえ、AIが一定の公平性をもたらす一方で、多くの従業員がデータプライバシーへの不安を抱えている現状を紹介しました。
この課題に対してOECDは「AI原則(AI Principles)」を策定し、透明性(transparency)と人間による監督(human oversight)を重視しています。
AIによる判断プロセスが説明され、従業員が異議を唱え理解できる状態にあるとき、AIへの受容は格段に高まるといいます。モハメドゥ氏は、導入を終点ではなく「共創と対話の始まり」として捉えることが重要だと述べました。
③人間性を拡張するAIデザイン
オルガーズ氏は、AIを単なる自動化の道具として捉えるのではなく、人間性を拡張(augment)する存在として再定義すべきだと強調しました。
彼は、AI活用の方向性を考えるうえでの三つの次元を示しました。
自動化(Automation):
単純業務や情報処理をAIに任せ、人がより創造的な仕事に集中できるようにする。
拡張(Augmentation):
AIが洞察や学びを支援し、人間の判断や対話の質を高める。
増幅(Amplification):
AIを通じて組織固有の価値観や文化をより鮮明にし、人間の働く意味を強める。
オルガーズ氏は、「多くの企業がAI導入を“実装の問題”と捉えているが、本来は“人間性をどのように増幅するか”というデザイン上の問いである」と語りました。この視点を保ち続けることが、AI時代における人間中心性を守る最良の道だと結びました。AI導入のビジョンの参考になりそうです。
④効率と文化の両立、HRの役割
AI導入が進む中で、効率性の追求が文化や心理的安全性を損なうリスクも指摘されました。ハル氏は、「人は報酬だけで働くのではなく、成長・つながり・意義を求めて働く」と述べ、AI活用設計には人間の動機づけや関係性を支える意図的な設計が必要だと語りました。
また、AI時代においては、人間の判断・責任・共感をどう位置づけるかがHRの核心となります。マクラム博士が最後に「AIに決して委ねてはならないものは何か」と問うと、登壇者たちは次のように答えました。
ハル氏:文脈と共感にもとづく人間の判断
モハメドゥ氏:説明責任(Accountability)は人に残すこと
オルガーズ氏:データの背後にいる“人”を理解し続ける姿勢
マクラム博士:最終決定は必ず人間が下すこと
本セッションは、AIと人間のどちらが優れているかを問うものではなく、「人間性をいかに設計に組み込み、拡張していけるか」を探る対話でした。
AIは効率や公平性を高める一方で、人間の判断・責任・意味づけが失われれば、組織は空洞化します。HRが果たすべき使命は、AIと人間の間に信頼の橋を架けること。
その橋を通じて、人とテクノロジーが共に成長できる未来を築くことが求められています。
5. 終わりに〜原則として見えてきたもの〜
以上ここまで、ヒューマン・センタード・デザインの実践の考え方や例を見てきました。これらのセッションを通じて、ヒューマン・センタード・デザインを人事・人材開発がAIに向き合うための“原則”として整理すると、おおよそ次のようなポイントに収斂していくように感じました。
①「誰のどんな経験」を起点にするかを明確にする
エンプロイーエクスペリエンスを抽象的に語るのではなく、具体的なペルソナと場面(入社・異動・評価・学習など)から出発する。
②不安・安全・成長・意義など「心理的ニーズ」を設計要件に含める
Security / Growth / Significance や、Seen / Heard / Empowered など、人が大切にしている感覚を設計原理やチェックリストとして使う。
③社員を「設計の対象」ではなく「共創者(co-designer)」にする
ワークショップや実験プロジェクトを通じて、AIの使い方・制度の形を社員と一緒に試作し、学ぶ。
④AIは“効率化の道具”ではなく“人間性を拡張するパートナー”と位置づける
何を自動化し、どこで人間の判断・関係性・物語を残すのかを意図的に決める。
「AIに決して委ねないものは何か?」を、組織として合意しておく。
⑤透明性と説明責任のラインを明確にする
AIの判断プロセスを説明できる状態にしておくこと。
最終決定とその責任は人間に残すこと。
⑥“走り続けないための余白”をデザインする
変化のスピードに合わせるだけでなく、Off-ramp のような立ち止まりの場や、学び直し・対話の場を制度として持つこと。
⑦小さく試し、学びを「組織の物語」として共有する
AIのユースケースや小さな成功を、称賛やストーリーとして共有し、「人+AIでこう変われる」という前向きな物語を育てていく。
ヒューマン・センタード・デザインは、特別なフレームワークというより、「人の経験を起点に、AIと制度を設計し直すときの“姿勢”や“原則”の集合体だと言えます。
Unleash World25は、その原則が理念から実践へ、スローガンから設計図へと移り変わりつつある“現在進行形の姿”を見せてくれました。
このレポートを読んでくださる皆さんにとっても、
「自社にとっての ヒューマン・センタード・デザインの原則は何か?」
「どの経験(場面)から、その実験を始めるのか?」
という問いを持ちながら、AI時代の人事・人材開発・組織開発のあり方を考えるきっかけになれば幸いです。