次世代経営者養成とは何か〜マネジャー育成の延長では育たない「経営の視座」をどう育むのか〜

事業環境の不確実性が高まり、経営の意思決定が企業の内側にとどまらず、社会や未来にまで影響を及ぼす時代になっています。こうした変化の中で、あらためて「次世代経営者をどのように育てていくのか」という問いが、多くの企業にとって重要なテーマとして浮かび上がってきています。
一方で、実際の取り組みを見渡すと、次世代経営者養成がマネジャー育成の延長線上で設計されていたり、スキルや知識の獲得に重点が置かれていたりするケースも少なくありません。「望ましい経営者像」を示し、それに近づけようとする育成のあり方も、いまだ多く見られます。
その結果、優秀なマネジャーは育っても、不確実性や葛藤を引き受けながら意思決定を行い、組織や社会に影響を与えていく──そうした「経営の視座」を担う人材が、十分に育ちきらないというギャップが生じているように感じられます。
本レポートでは、こうした問題意識を出発点に、
「経営者はどのように育つのか」
「マネジャー育成と経営者養成は、何が決定的に異なるのか」
といった問いを、私たちヒューマンバリューがこれまで関わってきた実践と思想をもとに捉え直していきます。
次世代経営者養成を、単なる後継者づくりや研修設計の問題としてではなく、経営の視座をいかに育むかという、より本質的な営みとして考えるための一助となれば幸いです。
<目次>
1. なぜ今、次世代経営者養成への関心が高まっているのか
2. 経営者育成は、マネジャー育成の延長ではない
3. 「視座の転換」はどのようにして可能になるのか ― リーダーシップ・ジャーニーという考え方
4. 視座の転換を支える7つの条件 ― リーダーシップ・ジャーニーの構造
5. 次世代経営者養成に取り組んだ企業の事例
1. なぜ今、次世代経営者養成への関心が高まっているのか
次世代経営者養成(サクセッション/後継計画)への関心が、近年あらためて高まっている背景には、単一の要因ではなく、複数の変化が同時に重なり合っている状況があります。私たちの近年の経験やクライアント企業のみなさまの課題意識から、論点を整理すると、少なくとも以下の6つの潮流が並行して進んでいることが見えてきます。
①ガバナンス/人的資本の要請として「後継計画」が外圧化している
次世代経営者養成は、もはや企業の善意や余力に委ねられた取り組みではなく、企業が備えるべき重要テーマとして社会から問われる領域になっています。
たとえば、伊藤レポートをはじめとする人的資本経営の議論の中では、経営人材の継承やサクセッションの重要性が繰り返し指摘されています。また、コーポレートガバナンス・コードの改定を通じて、後継計画はガバナンスの中核的論点として位置づけられるようになってきました。さらに、東京証券取引所を含む市場側からの期待や要請も相まって、「何もしていない状態ではいられない」という状況が多くの企業で生まれています。 その結果、形式的にもサクセッションプランニングを整備しようとする動きは広がり、次世代経営者養成そのものへの関心は確実に高まっています。
②「整備しただけ」では足りない、という限界認識が顕在化している
一方で、サクセッションの枠組みを整えた企業ほど、次の壁に直面しています。タレントプールの設計、アセスメントの実施、ボックス整理、指名委員会での議題化など、制度や仕組みを整えること自体は可能です。しかし、その先にある問い──「そこから、どう次元を上げていくのか」が、極めて難しいのです。
候補者を可視化し、比較・分類することはできても、そこから「経営の器」や「意思決定の質」をどう育むのかは、別次元の課題です。企業の方とお話をしていても、「外形的にきれいに着地させる育成」への違和感や、成果物や見栄えを優先した設計への限界感が、経営側の実感として語られていました。
この「制度や型はあるが、変容につながらない」という感覚こそが、次世代経営者養成のあり方を根本から問い直そうとする動きを後押ししています。
③経営の重心が「戦略・財務」から「カルチャー」と「関係性」へシフトしている
近年、多くの企業の経営現場を見ていく中で、経営の役割そのものが変化してきていることを強く感じます。経営とは、戦略を描き、計画を遂行することだけではなく、不確実性の高い環境の中でも、組織が挑戦し続けられる状態をつくること──すなわちカルチャーを育む営みへと重心が移っています。
組織のカルチャーや人と人との関係性は、短期間で簡単に育成できるものではありません。しかし同時に、そこに本気で向き合わなければ、組織は立ち行かなくなるという危機感も共有されています。
こうした変化は、MicrosoftのCEOであるSatya Nadellaが「CEOはカルチャーのキュレーターである」と語っていることにも象徴されています。また、レゾナック・ホールディングスの社長を務める髙橋秀仁氏は、社員に向けたメッセージの中で、戦略がコモディティ化するなかで、差別化要因は人材であり、カルチャーであるということを繰り返し語られています。 経営者に求められる中核は、知識や成果そのものだけでなく、関係性や文化を支え続けるプロセスを担う力へと広がっているのです。
④AIの台頭により「分析できること」は代替され、「あり方」が相対的に重くなっている
AIの進展は、経営者に求められる能力観そのものを大きく変えつつあります。客観的な分析や定型的な計画策定は、今後ますますAIが補助・代替していく領域です。
その結果、経営者に残る本質は、むしろ次のような問いに集約されていきます。
何を価値とみなすのか。
どの葛藤を引き受け、どう意思決定するのか。
組織や社会に、どのような影響を与える存在でありたいのか。
個人のパーパスを言語化する取り組みが広がる一方で、それを超えて、人生をかけてでも成し遂げたいと思えるものや、自らが背負っている責任の大きさへの自覚が、経営においては問われるようになっています。こうした「あり方(Being)」と判断の視座こそが、従来型の育成では十分に扱いきれてこなかった領域であり、今まさに強く求められているものです。
⑤「選抜競争」から「コレクティブな経営」への要請が強まっている
従来の次世代経営者育成は、社内競争を通じて「最も優れた一人を選ぶ」設計になりがちでした。しかし、正解のない時代においては、一人の英雄的経営者よりも、経営チームとして集合的に意思決定し、変化を生み出す力が重要になっています。
候補者同士が相互作用し、葛藤や迷いも含めて共有しながら視座を高め合うこと。その関係性自体が、将来経営チームとなったときの推進力になります。私たちの経験の中では、「弱さや迷いを安心して出せる場があるほど、むしろ育成が進む」という実感も語られていました。
個々の能力を足し合わせる発想ではなく、集合的な意思決定の質をいかに高めるかという観点から、経営者養成を捉え直す必要が出てきています。
⑥「修羅場経験」や「外部研修」だけでは、現実の変革につながりにくい
経営者育成は、知識学習はもちろん、リベラルアーツや越境学習、外部道場といった学びだけで完結するものではありません。自社の現実──自らが担っている事業や組織──そのものを、時間軸・空間軸・社会価値の観点から捉え直し、実践を通じて変容していくことが何よりも重要となります。
別の場所で視座を広げるだけでは、どうしてもリアリティが薄くなります。自分の事業や組織の現実の中で問い直しと実践を重ねるからこそ、その変化は定着し、カルチャー変革や価値創造(業績や提供価値の更新)へとつながっていきます。
ここでは、「きれいにまとめること」よりも、「問いを持ち続けること」が優先されます。この点こそが、従来の育成観と決定的に異なるところです。
まとめ:関心の高まりの正体は「形づくり」から「本質づくり」への移行にある
以上を総合すると、現在の関心の高まりは、サクセッションの「整備」が一定程度広がった次の段階として、本質的に経営者をどう育むのかへと焦点が移ってきたことに起因していると考えられます。
外圧として後継計画が求められる一方で、従来型の制度整備や研修には限界がある。経営の重心はカルチャーとBeingへ移り、AI時代にその重要性はさらに増しています。加えて、コレクティブな経営を担う力が不可欠になっています。
こうした問題意識を出発点に、次章では「マネジャー育成の延長では育たないものは何か」を、より具体的に掘り下げていきます。
2. 経営者育成は、マネジャー育成の延長ではない
次世代経営者養成を考える際、しばしば前提として置かれているのが、「優秀なマネジャーを育て、その延長線上に経営者がいる」という発想です。しかし、この前提そのものが、次世代経営者養成を難しくしている要因ではないでしょうか。
実際、多くの企業で見られるのは、「非常に優秀なマネジャーだった人が、経営の立場に立った途端に苦しくなる」という現象です。これは決して能力不足によるものではありません。問題は、能力や経験の量ではなく、求められる前提そのものが変わっていることにあります。
なぜ「優秀なマネジャー」は、経営者になると苦しくなるのか
マネジャーとして評価されてきた人ほど、
・自部門の成果に責任を持つ
・与えられた目標を達成する
・限られた条件の中で最適解を見つける
といった力に長けています。これらは、組織にとって不可欠な能力です。
しかし、経営者に求められる役割は、ここから大きく変わります。経営とは、自部門をうまく管理することではなく、全社・社会・未来に対して責任を引き受ける営みだからです。
その結果、次のようなズレが生じます。
・視座が、自部門から全社・社会へと拡張されていない
・時間軸が、中期計画や年度から、より長い未来へと広がっていない
・判断の基準が、「自分は正しく行えているか」という問いから、「この決断がもたらす結果を、自らの責任として引き受けられるか」という問いへと、まだ切り替わっていない。
さらに言えば、
「どう達成するか」を中心に組み立てられていた思考が、
「何を目指すのか」「どの前提に立つのか」を問われる思考へと移行していない、というズレでもあります。
だからこそ、マネジャー育成の延長線上に立つだけでは、経営者に求められる視座は生まれません。
このズレがあるまま経営の立場に立つと、意思決定や影響力の発揮が難しくなります。それは、能力の問題というより、扱う問いの構造が変わっているにもかかわらず、思考の前提が更新されていない状態だからです。経営では、目標そのものを定義し、複数の価値を同時に扱い、長い時間軸で意味づけを行う必要があります。判断の基準を自らつくり直さなければならない局面が増えていきます。その射程と枠組みが噛み合わないとき、判断は曖昧さを抱え、結果として孤独や苦しさを伴うものになります。
ここまで述べてきた視座の違いは、明確に線引きできるものではありませんが、あえて整理すると、次のような傾向として捉えることができます。

3. 「視座の転換」はどのようにして可能になるのか ― リーダーシップ・ジャーニーという考え方
では、その視座の転換は、どのようにして可能になるのでしょうか。
経営の世界では、「経験が人を育てる」とよく言われます。確かに、重い判断や困難な状況は、人の前提を揺さぶります。しかし、経験が自動的に視座を変えるわけではありません。経験は、人を深めることもあれば、逆に既存の枠組みを強化することもあります。
違いを生むのは、「経験の量」ではなく、その経験が自分の前提を揺らしたときに、そこから目を逸らさずに向き合えるかどうかです。
視座は“教えられない”が、“開かれる”ことはできる
視座は、講義やフレームワークによって直接的に“教え込む”ことはできません。同時に、偶然に任せるしかないものでもありません。
視座の転換は、本人が自らの前提に気づき、それを問い直し、より広い文脈の中で再構成しようとするときに起こります。
・自分が当然と思っていた判断基準が揺らぐこと
・異なる立場や価値観に触れ、自分の立ち位置が相対化されること
・自らの事業や組織を、より長い時間軸や社会的文脈の中で捉え直すこと
こうした瞬間は、ときに痛みを伴います。しかしその揺らぎこそが、視座が開かれる入り口になります。
私たちができるのは、その揺らぎが単なる不安や防衛に終わらず、探求へとつながるような場と関係性を整えていくことです。
経営者育成は「教育」ではなく「旅」である
このように捉えると、経営者育成の意味は大きく変わります。
それは、
・正解を教えることでも
・理想像に近づけることでも
・行動を矯正することでもありません。
経営を担う人が、自ら問い続け、判断の前提を更新し、視座を広げ続けるプロセスを支えることです。
私たちはこうしたプロセスを、「リーダーシップ・ジャーニー」と呼んできました。
ジャーニーとは、誰かに導かれて到達する道ではありません。自らの経験に向き合い、揺らぎを引き受け、問いを深めながら歩む道のりです。
視座の転換は、一夜にして起こるものではありません。しかし、自らの前提が揺らぐことを恐れずに探求し続ける営みの中で、確実に起こり得る変容です。
次章では、ヒューマンバリューが「リーダーシップ・ジャーニー」と呼んできた実践を手掛かりに、視座の転換がどのような条件のもとで起こり得るのかを構造的に整理し、その輪郭を明らかにしていきます。
4. 視座の転換を支える7つの条件 ― リーダーシップ・ジャーニーの構造
視座の転換は、単一の体験や一度の学習によって起こるものではありません。それは、いくつかの条件が重なり合いながら、徐々に開かれていくプロセスです。
それは、特定のカリキュラムやテクニックではなく、視座が開かれていくための「環境」や「構造」です。
ヒューマンバリューでは、これらを次の7つの条件として整理しています。
① 社会的文脈への接続
― 経営環境の変化を、歴史・社会・構造の中で捉える
② 自己理解(Self-Knowing)
― 自らの前提・価値観・行動パターンを対象化する
③ 相互作用と構造を見る視座
― システム思考を通じて、部分ではなく全体を見る
④ 境界を超える経験(バウンダリレス・エクスペリエンス)
― 異なる文脈や立場に身を置き、視野を拡張する
⑤ 超長期視点からの再構成(バックキャスティング)
― 未来から現在を捉え直す
⑥ 揺らぎや葛藤を抱えながら進み続けるプロセス
― 不確実性の中ですぐに答えを出さずに問い続ける
⑦ 集合的な探求
― 仲間との相互作用の中で、視座を共に更新する
これらは順番に積み上げるチェックリストではありません。また、すべてを同時に完璧に揃えなければならないものでもありません。
条件同士は、相互に影響し合いながら視座を広げていくので、どこか一つから実践を始めたり、条件を整えていくことで、ジャーニーは動き出します。
以下では、それぞれの条件の意味と役割を順に解説します。
①社会的文脈への接続― 経営環境の変化を、歴史・社会・構造の中で捉える
経営を取り巻くキーワードは、この十数年で大きく変化しています。サステナビリティ、人的資本経営、コーポレート・ガバナンス、DE&I、カルチャー変革──。経営を担う上では、こうした概念の理解は不可欠です。しかし、これらを個別のテーマや「対応すべき項目」として捉えている限り、経営の視野は自社の枠内にとどまりやすくなります。
本来これらは、社会の価値観の変化、資本市場の進化、テクノロジーの発展、地政学的変動など、複数の構造的変化が重なった結果として現れているものです。
経営者に求められるのは、「自社にどう影響するか」だけでなく、社会の変化の中で、自社はどのような位置にあるのかを捉えることです。 そのためには、経営課題を歴史や社会の流れの中で理解する視点が欠かせません。
どう実現するか
そうした世界観は、社会的文脈に触れ続けることで、いきなり育まれるわけではありません。しかし、少しずつ、自社と社会との関係の見え方が変わっていきます。
サステナビリティは「新たな取り組み」ではなく、社会と企業の関係の再編の一部として見えてくる。
ガバナンスは「形式的整備」ではなく、社会との信頼のあり方を問うテーマとして理解できる。
カルチャーは「社内の雰囲気」ではなく、社会の価値観と接続する企業の姿勢として捉え直される。
このように、経営テーマの背後にある構造に目が向き始めると、自社中心の視点から、社会との関係性の中で経営を考える視点へと、徐々に広がっていきます。それは劇的な転換ではなく、自身と社会との認知的な関係性が、少しずつ再構築されていくプロセスと言えます。
この変化は、単に情報量を増やすことでは生まれません。ニュースやレポートに触れるだけでは、視点は広がりにくいのが現実です。
重要なのは、
・幅広い社会的テーマに継続的に触れること
・それらがなぜ今起きているのかを問い直すこと
・背景にある歴史や構造を探ること
・他者との対話を通じて、自らの前提を相対化すること
です。ヒューマンバリューの実践では、経営環境の変化を単なるトピックとして扱うのではなく、その背後にある文脈や構造を共に探究することを重視し、そのための時間を多く設けています。目的は、知識を増やすことではなく、経営を社会の中で位置づけ直す感覚を育てることにあります。

社会とつながる情報提供をもとに、問いと対話を繰り返す
②自己理解(Self-Knowing)― 自らの前提・価値観・行動パターンを対象化する
経営の視座を広げるには、まず自分自身の見方を理解する必要があります。私たちは誰しも、過去の経験や成功体験、組織文化、評価基準などの影響を受けながら、無意識のうちに「世界の見方」を形づくっています。
・何を重要と感じるのか
・何に強く反応するのか
・どのような判断を自然だと感じるのか
こうした前提は、本人にとっては「当たり前」であり、意識されにくいものです。しかし、経営という立場に立つと、この無自覚な前提こそが、組織の方向性やカルチャーに大きな影響を与えます。
自己をリードできて初めて、他者をリードできる。
リーダーシップ開発においてセルフ・ノーイングが重要だと言われる背景には、こうした理由があります。
強みや弱みの理解を超えて
自己理解とは、単に表面的な強みや弱みを把握することではありません。
重要なのは、自分の内的なシステム──すなわち、価値観、思考のクセ、感情の動き、判断のパターンが、どのように育まれてきたのかを捉えることです。
すると、
・これまでの自分の行動が、偶然ではなく一貫したロジックの上にあること
・自分が無意識に回避してきた問いや葛藤があること
・そして、そのシステムのままでは、次のステージに進めない可能性があること
に気づき始めます。自己理解は静的な把握ではなく、自らの前提を更新していくための出発点です。
どう実現するか
では、このレベルの自己理解は、どのように可能になるのでしょうか。リーダーシップ・ジャーニーでは、内的システムの探究に十分な時間を取ることを大切にしています。
アプローチは多様ですが、ひとつの方法として、生まれ時から現在までを内省し、
・自分は何を追い求めて生きてきたのか
・どのような世界観を持って判断してきたのか
・どのような経験が、自分の前提を形づくったのか
を丁寧に振り返ります。単なる成功体験の棚卸しではなく、「どんなロジックで世界を見てきたのか」を言語化していきます。その過程で、参加者は初めて、自分の内的システムを“対象”として見ることができるようになります。
自己のシステムを客観視できるようになると、はじめて「自分を変える」という選択肢が生まれます。このプロセスこそが、経営者としての視座を広げるための基盤になります。

自然豊かな環境の中で、自己の内的システムを深堀する。
参加者の自己変容が現れやすい時間となる。
③相互作用と構造を見る視座―システム思考を通じて、部分ではなく全体を見る
自己理解を通じて、自らの前提や内的システムを対象化できるようになると、次に問われるのは、その視座を自分の外へと広げることです。
経営は、自分ひとりの判断で完結する営みではありません。それは、組織全体、さらには社会との関係の中で動く複雑な相互作用を扱う営みです。だからこそ、組織や事業がどのような構造の中で動いているのかを見る力が欠かせません。
そうした視座を広げることを支えるのが「システム思考」です。システム思考とは、個別の事象や出来事を単独で捉えるのではなく、その背後にある構造や因果関係、相互作用、時間的な影響を含めて、全体として理解しようとする思考のアプローチです。
ビル・トルバートらの発達研究においても、成熟度が高まるほど、直線的因果ではなく、相互作用と全体構造で世界を見る傾向が強まることが示唆されています。視座の拡張とは、まさに世界の捉え方の構造が変わることでもあります。
構造を捉え、循環を創造する
経営は、単発の判断の積み重ねではありません。それは、複数の要素が相互に影響し合いながら動く構造の中で、価値の流れを設計していく営みです。
売上、利益、人材、カルチャー、顧客信頼、社会との関係──これらは独立した変数ではなく、時間を通じて影響を及ぼし合う循環の中にあります。
しかし、構造が見えていなければ、経営はどうしても個別最適や施策の積み上げに傾きます。
たとえば、
・四半期の業績を立て直す打ち手
・中期の競争力を育てる人材投資
・長期の信頼を築く社会との関係づくり
これらは本来、対立するものではなく、時間軸の異なる価値の層です。しかし構造を描けなければ、それぞれが分断され、「どれに何%を割り振るか」という二律背反の発想に陥ってしまいます。さらに、長期的な価値創造に向けて始めた取り組みも、短期的な圧力の中でゆり戻しが起きてしまいます。
経営者に求められるのは、「どの施策を打つか」を選ぶこと以上に、これらの価値が互いを強化し合う循環をどう設計するかを構想することです。
たとえば、アマゾン創業者のジェフ・ベソス氏がナプキンに描いた事業モデルのスケッチも、単なる戦略図ではなく、顧客価値・コスト構造・スピード・スケールが循環する「構造」でした。
経営とは、構造を通して未来をつくる営みです。システム思考は、その構造を捉え、よりよい方向へと動かしていくためのレンズであり、梃子でもあります。

システム思考を通して、視座の広がりを生み出す
どう実現するか
では、こうしたレンズや梃子は、どのように育まれていくのでしょうか。
システム思考には、「システム原型」と呼ばれる、組織や経営で繰り返し現れる構造パターンのフレームがあります。成長の限界、問題のすり替え、失敗する是正措置──。こうした原型を手がかりに、自社の現実を照らしてみることは有効な入り口になります。
そして、経営チームが共にシステム思考を学びながら、今起きている出来事を一過性の問題としてではなく、パターンや構造として捉え直す対話の時間を持つことも有効です。
たとえば、次のような問いを、探求の原則として持ち込むこともできます。
・この現象は、どのような構造の帰結だろうか
・私たちは、どの循環を強めているのか
・この意思決定は、時間を通じて何を再生産するのか
・どこにレバレッジポイントがあるのか
しかし、最も重要なのは、経営者として向き合っているリアリティそのものを、システム思考で捉え直す実践を重ねることです。
システム思考を「理解する」ことと、実際にそれを「使う」ことはまったく別の営みです。構造を描こうとすれば、利害や立場の違い、時間軸の衝突、価値観の対立が必ず浮かび上がります。どこまでを扱うのか、どの時間軸を優先するのかも問われます。
その葛藤の中でこそ、システム思考は抽象概念から実践へと変わっていきます。
実際に構造を描き、仮説を立て、働きかけ、その結果を再び構造として捉え直す──。
この往復のプロセスを経営の営みに組み込んでいくこと。
それこそが、システム思考を単なる手法ではなく、経営の在り方そのものへと昇華させるプロセスであり、リーダーシップ・ジャーニーの中核をなす営みです。

システム思考を経営の共通言語になるレベルへと高めていく
④境界を超える経験(バウンダリレス・エクスペリエンス)― 異なる文脈や立場に身を置き、視野を拡張する
社会の変化を捉え直し、自己を理解し、構造を見る力が育ってくると、経営を捉える視点は確実に広がっていきます。しかし一方で、私たちは無意識のうちに、慣れ親しんだ時間感覚、価値の優先順位、成功の定義の中で世界を見続けています。
その前提や枠組みそのものを動かすには、言語や概念だけでなく、身体を伴う体験が必要になります。頭で考えたり、対話するだけでは、どうしても思考が閉じ、澱みがちだからです。
それは、日常の業務とは全く異なるフィールドに身を置き、
誰かから与えられたプログラムに乗るのではなく、
想定されたアウトプットを出せば良いわけでもない揺らぎの中で対話と探究を重ね、
自分に向き合う体験です。
こうした体験をヒューマンバリューでは、「バウンダリレス・エクスペリエンス(脱境界の体験)」と呼び、システム思考と同様に重視しています。
前提が揺らぎ、世界の見え方が変わる
境界を超える体験は、何かを学ぶというより、世界の感じ方を再編するプロセスです。
たとえば、
・自分が慣れ親しんできた業界とは、まったく異なる時間の流れを持つ現場に立つ
・これまで当然だった意思決定のスピードや優先順位が通用しない文脈に身を置く
・自分とは異なる前提や価値観で動いている人たちと、長い対話を重ねる
そのとき、これまで当然としてきた価値の優先順位が、静かに揺らぎます。それは、自分が否定される体験ではありません。むしろ、自分の内的システムの結びつきが再配置される体験です。
私たちは、これまで多くの次世代経営者が、そうした変化を経ていく瞬間に立ち会ってきました。
中国のベンチャー企業の最前線に身を置いたとき、これまでの計画感覚が追いつかないスピードの中で、意思決定のリズムそのものが変わっていく。
復興の街・女川で、百年先を見据えて街づくりに向き合う人々と対話を重ねるうちに、これまで数年単位で捉えていた時間軸が、静かに引き伸ばされていく。
アートを媒介にした対話の中で、多様性という言葉が制度やスローガンではなく、感情や身体感覚を伴うリアリティとして立ち上がってくる。
そこで起きているのは、新しい知識の獲得ではありません。世界の「重み」が変わることです。その重みの変化が、短期の合理性だけでなく、意味・関係・持続性といった次元を、経営の判断の中に立ち上がらせていきます。
どう実現するか
では、こうした変化は、どのように育まれていくのでしょうか。
境界を超える体験は、偶然に任せれば起こるものでも、誰かが外から操作して起こせるものでもありません。重要なのは、偶発的で内発的な学びが生まれやすくなる条件を整えることです。
そのために私たちは、行き先やテーマを完全に用意してしまうのではなく、参加者自身の関心や問いを起点に、ラーニング・ジャーニーを共に設計することがあります。
たとえば、
・自らが「なぜか気になる」と感じた経営者や実践者のもとを訪ね、直接対話する
・価値創造や変革を実際に動かしている企業や地域を訪れ、その現場で時間を過ごす
・社会課題の最前線で活動している人々にインタビューを行い、自分たちの事業との接点を探る
重要なのは、正解を学びに行くことではありません。
「自分は何を問いに行くのか」
「何に違和感を覚えるのか」
「何が、自分の前提を揺らすのか」
その問いを持って場に立ち、没入することです。そして、そこで感じた違和感や発見を、自社の現実に持ち帰り、試し、再び問い直す。この往復のプロセスの中で、体験は刺激で終わらず、視座の更新へと育っていきます。

脱境界の経験が枠組みを壊す
⑤超長期視点からの再構成(バックキャスティング)― 未来から現在を捉え直す
これまで見てきた①〜④は、視座を拡張していくための条件でした。
・社会的文脈に接続すること
・自己の前提を対象化すること
・構造と循環を見ること
・境界を越え、世界の重みを体感すること
しかし、それらは最終的にどこへ向かうのでしょうか。その問いに対する一つの答えが、「時間軸の転換」です。
視座の拡張とは、空間的な広がりだけでなく、時間的な広がりを伴ってはじめて統合されます。では、そうした時間軸の広がりは、どのようにして可能となるでしょうか。
バックキャスティングとは:時間軸が変わると、問いの質が変わる
一般的に時間軸を拡張する際には、「予測」という方法が用いられます。過去の延長線上から将来を見通し、計画を立てる力は、これまで多くの組織で重要なマネジメント能力とされてきました。
しかし、不確実性が高まる現代において、「予測すること」そのものの難易度はかつてなく上がっています。市場、テクノロジー、社会価値、国際秩序──変化のスピードと複雑性は、従来の延長線上の計画を無効化しやすくなっています。
こうした環境下で、過去のトレンドをもとに将来を推測し、その延長で戦略を描く「フォアキャスティング」だけでは、経営の舵取りはますます難しくなります。
だからこそ今、経営者に求められているのは、
「何が起きるか」を当てることではなく、
「どのような未来を実現したいのか」を描き、
そこから現在を問い直す力です。
それが、バックキャスティングの思考です。
バックキャスティングとは、望ましい未来の姿を構想し、そこから逆算して現在の意思決定を組み立てるアプローチです。
超長期の未来から現在を眺めると、問いの質が変わります。
・この施策は来期の業績にどう寄与するか、ではなく
・この選択は、10年後・30年後にどんな構造を生むのか
といった問いに自然と切り替わっていきます。目の前の最適解を探す姿勢から、未来の前提や構造をつくりにいく姿勢へと、経営の立ち位置が変わります。 未来から現在を捉え直すことは、経営の意味を再定義するプロセスでもあります。
どう実現するか
では、こうしたバックキャスティングの力はどのようにして養われるでしょうか。
バックキャスティングは、単なる戦略フレームではありません。未来像を“言語化する力”と同時に、それを“感じ取る力”が必要になります。
リーダーシップ・ジャーニーではそのために、未来を論理だけで考えるのではなく、五感を活用した創造的なプロセスを通じて立ち上げる時間を大切にしています。
たとえば、
・10年後・30年後の自社や社会の姿を、物語として描く
・未来のステークホルダーの声を想像し、対話形式で構成する
・言葉だけでなく、図やプロトタイプとして未来を可視化する
・未来から現在へのシナリオをチームで描く
④で紹介したバウンダリレス・エクスペリエンスも、感受性を解放するプロセスの1つと言えます。
重要なのは、発想を広げるワークそのものではありません。未来を具体的に想像することで、現在の前提がどれほど限定的であったかに気づくことです。
そして、
・いま当然と思っている制約は、本当に不変なのか
・現在のKPIは、未来から見ても意味を持つのか
・この事業は、どんな未来を強化しているのか
といった問いが立ち上がってきます。 超長期視点は、一度のワークショップで獲得されるものではありません。未来を描き、現在に戻り、小さな実践を行い、再び未来を問い直す──この往復の営みを日常の経営の中に埋め込んでいくことが重要と言えます。

バック・キャスティングは手法ではなく、カルチャーの一部である
⑥揺らぎや葛藤を抱えながら進み続けるプロセス
― 不確実性の中ですぐに答えを出さずに問い続ける
視座が変わったからといって、現実がすぐに変わるわけではありません。むしろ、本当の試練はここから始まります。超長期のビジョンを掲げ、構造を描き直し、小さな実践を始める。しかし、
・短期業績のプレッシャーが高まる
・社内から「結局何が変わったのか」という声が上がる
・既存の慣行が、無意識に元の行動を強化する
・自分自身の中に、「やはり従来のやり方の方が確実ではないか」という迷いが生まれる
新しい構造を生み出そうとすると、必ず既存の構造がそれを引き戻そうとします。経営とは、すっきりと正解が見える時間よりも、混沌と不確実性の中で揺らぎ続ける時間の方が圧倒的に長い営みです。
問いを閉じずに持ち続ける力
ここで求められるのが、すぐに答えを出さない力です。詩人ジョン・キーツが語った「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、不確実さや曖昧さ、未解決の状態に耐える能力を指します。
経営においても同様に、
・今は成果が見えなくても、この方向性は妥当か
・目の前の批判に応えることと、構造を変えることは同じか
・どの時間軸で評価すべきか
といった問いを、拙速に閉じないことが重要になります。問いを持ち続けることは、優柔不断であることとは違います。むしろ、短期的な安心と引き換えに、長期的な可能性を失わないための態度です。
小さな変化を拾い、意味づける
とはいえ、揺らぎに耐えるためには拠り所が必要です。その拠り所は、抽象的な理念だけでは足りません。重要なのは、小さな変化を見逃さないことです。
・これまで発言しなかったメンバーが、会議で問いを投げかけた
・評価指標には現れないが、顧客との対話の質が変わり始めた
・部門間のやり取りに、わずかな信頼の兆しが生まれた
こうした変化は、すぐに財務成果には結びつきません。しかし、構造が変わり始めているサインであることがあります。それを拾い上げ、意味づけし、共有する。この営みが、混沌の中で進み続けるためのエネルギーになります。
どう実現するか
リーダーシップ・ジャーニーのプロセスでは、とりわけアクション・ラーニングを経営チームの営みに組み込んでいくことを重視しています。
実践し、仲間とともに振り返る。そして、再び実践する。
これは単なるPDCAの反復ではありません。成果を確認するためのサイクルというよりも、自分がいまどの地点に立っているのかを確かめるプロセスです。
揺らぎの中で一歩を踏み出すとき、最も不安なのは「これでいいのか」という感覚です。
だからこそ、
・なぜこの選択をしたのか
・いま何に迷っているのか
・どの時間軸で自分たちは判断しているのか
・結果として、どんな小さな変化を獲得することができたのか
を言語化し合う時間が重要になります。振り返りは、成果の評価ではなく、思考の前提を確かめる営みです。
実践 → 対話 → 意味づけ → 再挑戦。
この循環を繰り返すことで、揺らぎは不安ではなく、構造変化のプロセスとして理解されるようになります。
アクション・ラーニングとは、行動を通して正解を探すことではなく、行動を通して問いを深め、揺らぎに耐えながら構造を変えていく営みなのです。

アクション・ラーニングを通して実際に変化を生み出す
⑦集合的な探求― 仲間との相互作用の中で、視座を共に更新する
ここまで見てきた①〜⑥は、経営者一人ひとりの視座を拡張するための条件でした。しかし、現代の経営において問われているのは、「優れた経営者を育てること」だけではありません。
問われているのは、経営チームとして、どのような集合的リーダーシップを発揮できるかです。
なぜ集合的でなければならないのか
今日の経営課題は、単一の部門や専門性で完結するものではありません。サステナビリティも、人的資本も、イノベーションも、全社的な構造と文化に関わるテーマです。
にもかかわらず、現実の経営会議では、
・自部門の利益代表として発言する
・他領域に踏み込まない“暗黙の境界”がある
・本音が語られない
・責任の所在が曖昧なまま空中戦になる
・同じ未来像を共有していない
といった光景が珍しくありません。
心理的安全性が低く、相互信頼が十分でなければ、いかに優れた個が集まっても、経営は部分最適の集合にとどまります。経営層が部門の代表者であり続ける限り、全社の未来を構想することはできません。
だからこそ、経営は集合的でなければならないのです。
どのように実現するか:視座は、相互作用の中で更新される
視座は、ひとりで思索を深めるだけでは、どこかで限界にぶつかります。
他者の問いに揺さぶられ、
自分とは異なる前提や世界観に触れ、
違和感や葛藤を抱えながら対話を重ねる中で、
はじめて自分の見方の輪郭と限界が浮かび上がります。
視座の拡張とは、孤独な内省だけで完結するものではなく、相互作用の中で再編されていくプロセスなのです。
だからこそ、次世代経営者育成も、個別の業務アサインやエグゼクティブ・コーチングだけでは不十分と言えます。
リーダーシップ・ジャーニーでは、次世代経営チームとして共に探求することを重視しています。経営は旅であり、旅には仲間が必要だからです。
集合的な探求とは、単に意見を出し合うことではありません。それは、
・お互いの前提を明らかにし合い
・違いを回避せずに扱い
・対立を勝ち負けではなく、統合の素材として扱い
・共通の未来像を、対話の中で繰り返し描き直していく
プロセスです。このプロセスを通して、経営チームは「優秀な個の集合」から、価値観を共有する「思考体」へと変わっていきます。それは、全員が同じ意見になることではありません。異なる視点を持ちながらも、同じ未来に責任を持つ状態です。

経営のチーミングが新たなカルチャーを生み出す
相互理解から始める
こうした集合的リーダーシップの土台になるのが、相互理解です。リーダーシップ・ジャーニーでは、まず次のような時間を丁寧に取ります。
それぞれがどのような背景を持ち
どんな成功体験と葛藤を経てきたのか
何を恐れ、何を守ろうとしているのか
何を本当に実現したいと願っているのか
役割や肩書きのレベルではなく、一人の人間として語り合う時間です。
役職上の関係から、人間としての関係へ。この転換が、信頼の基盤をつくり、本音で未来を構想できる場を生み出します。
次世代経営者を「個」として育てるのではなく、「チーム」として育てていく。この営みは、単に次の経営陣を強くするだけではありません。経営チームの関係性の質は、やがて組織全体の対話の質を規定します。
・対立を恐れずに扱う文化。
・問いを閉じずに持ち続ける文化。
・未来を共に描く文化。
集合的な探求は、経営チームの力を高めると同時に、組織文化そのものを更新していくのです。







次世代経営者の視座の転換を支える7つの条件
章のまとめ:リーダーシップのDoからBeへ
ここまで見てきた①〜⑦は、経営の「何をするか(Doing)」を増やすための条件ではありません。むしろ、その行動を根底で規定している「どのように世界を見ているか」「どの時間軸で判断しているか」という、Beingを更新していくための条件でした。
経営には、戦略立案や構造改革といったDoingが不可欠です。しかし、同じ打ち手でも、その背後にある視座や前提が異なれば、生み出される未来もまったく変わります。視座が限定されたままでは、短期合理性や部分最適に引き寄せられ、変革は施策の積み上げにとどまりがちです。
だからこそ、次世代経営者育成で本当に問われているのは、Doingの強化以上に、Beingの深化です。
社会と接続し、自己を対象化し、構造を捉え、境界を越え、未来から現在を問い直し、揺らぎの中で問いを持ち続け、仲間とともに視座を更新する──。
そのBeingの変化が起きてはじめて、Doingは「施策」ではなく、「構造を動かす働きかけ」へと変わります。 経営とは、何をするか以上に、どのように在るかによって未来が形づくられていく営みなのです。
5. 次世代経営者養成に取り組んだ企業の事例
事例①内省とシステム施行から社会価値へと接続する次世代経営者育成:情報サービス会社
A社は、大規模な財務課題を乗り越え、経営の安定を取り戻しつつありました。一方で、効率性や採算性を重視する経営の中で、市場創造的な挑戦や新規事業の芽が次第に細っているという感覚がありました。
当初は、戦略思考やイノベーション手法を強化するプログラムも検討されました。しかし議論を重ねる中で明らかになったのは、スキルの問題ではなく、「経営者として、どのような視座に立っているのか」という問いでした。
そこで始まったのが、約半年にわたるリーダーシップ・ジャーニーです。
目指したのは、手法の習得ではなく、経営者一人ひとりの“あり方”を根底から見つめ直すことでした。
参加者たちは、自らの歩みを振り返り、どのような価値観や成功体験が意思決定の前提を形づくってきたのかを丁寧に言語化していきました。それは自己理解のためというより、「自分はどのロジックで経営を見ているのか」を可視化する営みでした。
やがて、その内省は組織の構造へと視線を広げていきます。
短期成果を強化する循環と、未来の価値を育てる循環。どの構造を無意識に強めてきたのか。システム思考を通じて自社の力学を描き直す中で、「何を打つか」ではなく「どんな構造を設計するか」という問いが共有されていきました。
この取り組みは単年度で終わりませんでした。
翌年、さらに翌年と対象を広げながら、同じ探求を重ねる人が増えていきました。経営の会話の質が変わり、未来を時間軸の中で語る言葉が増えていきました。
そして数年を経て、経営チームはあらためて問い直します。
「社会そのものは、これからどう変容するのか。」
暮らす、働く、学ぶ、遊ぶ――生活の構造がどう変わるのかを集合的に描き、その中で自社はどのようなドライビングフォースになり得るのかを構想しました。そこから生まれたのが、社会価値と事業価値を接続する新たな事業群でした。
しかし、この取り組みの本質的な成果は、事業の創出そのものよりも、経営の問いが変わったことにあります。
経営を「効率を最適化する営み」から、
「社会との関係の中で構造を設計する営み」へ。
次世代経営者育成は、人を育てる施策ではなく、経営のBeingと構造を更新する長期的なプロセスとなったのです。
事例②あり方を問い直し、経営チームの質を高めた変革プロセス:医療機器メーカー
B社は、グローバルで掲げた新たなビジョンの実現に向け、大きな変革を進めていました。ビジネスプロセスや組織構造、カルチャーの見直しを進める中で、日本のリーダーシップ・チームにも、自らのあり方そのものを変えていく必要性が明らかになっていきました。
当初の議論は、スキルやコンピテンシーの整理から始まりました。しかし検討を重ねるうちに、「どの能力が必要か」以上に、「どのようなあり方で経営に向き合うのか」が問われていることが明らかになりました。
そこで、リーダーシップ・チーム自らが、自分たちを取り巻く環境と目指すビジョンを対話しながら、どんなリーダーシップが大切になるのかをインサイド・アウトで対話する探求の旅路を持ち、リーダーシップ・コンピテンシーを策定しました。
そこには戦略思考や意思決定力だけでなく、
・バルネラビリティ(弱さを開示する姿勢)
・Walk the Talk(言行一致)
・組織全体を優先する視座
といった、Beingに深く関わる要素が明示的に位置づけられました。
策定したコンピテンシーをもとにマルチソースフィードバックを実施し、各自が自らのあり方を振り返りました。さらに、システム思考を通じて組織の構造を学び、実践の中で試行錯誤を重ねていきました。
特筆すべきは、経営メンバー自身が、自らの行動や姿勢を率直に見つめ直し、修正しようとする姿勢を示したことです。その態度は組織に波及し、「言葉だけの変革」ではなく「体現する変革」へと空気を変えていきました。
結果として、リーダーシップ・チームの信頼と統合度は高まり、サクセッションも具体的に前進しました。そしてその基盤の上で、グローバル変革はより実効性を持って進展していきました。 この取り組みは単なる制度整備ではありません。経営チームが自らのBeingを問い直し、構造と向き合い続けたプロセスそのものが、リーダーシップ・ジャーニーだったのです。
事例③超長期ビジョンと集合的リーダーシップへの転換:大手インフラ企業
C社は、長年にわたり全社を挙げて取り組んできた大型開発プロジェクトを完遂し、ひとつの歴史的節目を迎えていました。現場力に強みを持つ企業でしたが、その成功ゆえに、次の50年をどう構想するかという問いが浮かび上がりました。
これからは、現場主導の推進力に加え、経営チームとしてのイニシアチブがより重要になる局面でした。そこで始まったのが、継続的な経営合宿です。
合宿では、過去・現在・未来を時間軸でつなぎ直し、「この先50年、自分たちはどんな存在でありたいのか」を構想しました。短期の事業計画ではなく、社会との関係性の中で企業の役割を問い直す時間でした。
その探求の中で、経営メンバー自身が気づいたのは、「自分たちは今の変化を十分に学べていないのではないか」という認識でした。外部環境を評論するのではなく、自ら越境し、体感し、学ぶ必要がある。
こうして、経営層自身によるラーニング・ジャーニーが企画されました。異業種や社会課題の現場を訪ね、立場を越えた対話を重ねる。バウンダリレス・エクスペリエンスは“研修”ではなく、経営の学習そのものでした。
そのプロセスを通じて、新たなビジョンが形づくられていきます。そして何より変わったのは、経営者自身がビジョンや想いを自らの言葉で語るようになったことでした。
ビジョンがスローガンではなく、対話の中で共有されるものになったとき、組織は次のフェーズへと動き始めます。
C社における変化は、単なるビジョン策定ではありませんでした。超長期視点と集合的学習を通じて、経営の視座そのものを更新するプロセスだったのです。