インサイトレポート

システム思考とは
〜対症療法から抜け出し、“構造を変える力”を育む〜

複雑な課題に直面したとき、私たちはつい目の前の問題に反応し、対症療法的な解決策を繰り返してしまいがちです。

しかし、本当の変化を生み出すには、問題を生み出している構造そのものを見極め、働きかけることが欠かせません。

「システム思考(システムシンキング)」は、表面的な出来事の背後にあるつながりや因果のループを読み解き、「レバレッジ(手の打ちどころ)」を見出していくための構造的アプローチです。

本記事では、システム思考の基本概念や代表的な事例を解説し、日々の業務や組織課題に活かすための実践的なヒントを紹介します。経営・人事・現場リーダー、そして探究型プロジェクトを進める実務家の方々が、今日から使える「構造を見る視点」として参考にしていただければと思います。

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1. システム思考ってどんな考え方?

システム思考とは、「複雑な状況の中で視野を広げ、事象のつながりや背後にある構造・影響関係を理解し、レバレッジ(手の打ちどころ)に働きかけて根本解決をめざす思考法」です。

MITのピーター・センゲが『学習する組織』で重視したディシプリン(discipline)の一つであり、その理論的基盤はジェイ・フォレスターによって提唱されたシステムダイナミクスにあります。

この考え方の中心には、「見えている現象の背後には構造があり、構造を変えなければ行動や結果は変わらない」という視点があります。

<ポイント>

  • 部分最適ではなく、全体最適をめざす
  • 物事を「循環(ループ)」として捉える
  • 遅れ(タイムラグ)を見込み、短期的な対症療法と長期的な根本的解決策を区別する
  • レバレッジ(小さな働きかけで大きな変化を生む点)を探す

背景にある複雑な構造の全体像を描く

2. なぜ今システム思考が必要か:構造を見抜く力が問われている

私たちの働く環境は、かつてないほど複雑で、曖昧で、変化の速い時代を迎えています。市場の変化、技術革新、社会的価値観の多様化──これらが相互に影響し合い、単純な因果関係では説明できない課題が増えています。

その結果、現場では次のような声が聞かれるようになっています。

  • 「問題が多すぎて、どこから手をつければいいのかわからない」
  • 「これまでの成功パターンが通用しなくなった」
  • 「頑張っているのに、結果が逆効果になってしまう」
  • 「部門ごとは最善を尽くしているのに、全体の成果につながらない」

これらは、いずれも部分最適の積み重ねでは解けない構造的な問題です。
短期的な応急処置(対症療法)を繰り返しても、根底にあるシステムが変わらない限り、同じ課題が再び表面化します。

■対症療法では解決しきれない現場の構造

たとえば、ある運輸会社では、現場のエラーを減らすためにルールの厳格化や管理強化を進めました。そのおかげで一時的にはミスが減少しましたが、一方で、

・現場の関係性がぎくしゃくし、
・主体的に声をかけ合う文化が弱まり、
・「自分たちの仕事への誇り」が薄れていきました。

結果として、ルール遵守が目的化し、本来目指していた安全性がむしろ損なわれ、エラーの数が増えるという逆効果のループが生まれてしまいました。

組織はそこから、形式的なルール運用を見直し、対話を通じて現場の学習と信頼関係を再構築する方向へと転換していきました。

別の自動車販売会社では、かつて営業活動の強化によって売上を伸ばしてきました。
しかし、人口減少が進む地域では、従来のやり方が通用しなくなりました。
短期的な数字追求を続けるだけでは限界があると気づき、同社は「顧客との長期的な関係づくり」や「地域社会の発展への貢献」を中心に据えたビジョンへと舵を切りました。
売上という“結果”ではなく、価値の循環を生む“構造”そのものを変えようとしたのです。

こうした事例に共通しているのは、
「表面的な成果や課題解決を追い求めるうちに、本来大切にしたい構造が損なわれていた」という点です。

そしてこの傾向は、いまの時代においてますます強まっています。
AIやデジタル技術の進展により、成果を即時に測定・比較できるようになった一方で、その背後にある関係性・学習・信頼とのつながりといった“見えにくい構造”が軽視されがちになっています。
変化のスピードが上がれば上がるほど、私たちは短期的な成果や表層的な解決に引き寄せられてしまうのです。

だからこそ今、必要なのは、目の前の「出来事」だけでなく、その背後にあるつながりと循環を見抜く力、そして、構造そのものに働きかける視点です。

システム思考は、まさにこうした複雑で予測不能な状況の中で、「なぜこの問題が繰り返されるのか」「どこに手を打てば全体が動くのか」を見極めるための、そして、人と組織が持続的に成長し続けるための思考のフレームワークとして注目されています。

3. システム思考の実践①:出来事・パターン・構造・メンタルモデル──問題の“深層”を探る

氷山モデル:4つのレベルで状況を把握する

システム思考を実践するうえで最も基本となるのが、氷山モデル(Iceberg Model)です。目の前に見えている「出来事」は、氷山の海面に出ているほんの一角にすぎません。その下には、繰り返し現れるパターン、それを生み出す構造(システム)、さらにその奥には人々のメンタルモデル(思い込み・前提・価値観)が存在しています。

私たちはつい“氷山の上”で起きている現象に反応しがちですが、構造やメンタルモデルの層に働きかけなければ、本当の変化は起きません。 この4つのレベルで状況を見立てることが、システム思考の第一歩となります。

(1)出来事・事実 ― 目に見える現象

「売上が落ちた」「クレームが発生した」「離職率が上がった」といった、目の前で起きている事柄です。
多くの企業では、このレベルで即座に対処することが“問題解決”とされています。しかし、この段階での対応はしばしば受け身的な反応にとどまり、根本原因の探索にはつながりません。
出来事を列挙することは出発点にすぎず、「なぜこれが起きたのか」「何がこの動きを生んでいるのか」を問い続けることが重要です。

(2)パターン ― 時間の中での変化をとらえる

出来事を点ではなく線(時間の流れ)で見ていくと、繰り返し現れる傾向が見えてきます。たとえば「新入社員の離職が毎年入社3年目で増える」「売上が四半期ごとに上下している」など、時間軸の中のリズムや波を観察します。パターンを見立てることで、単発の出来事では見えなかった構造の兆しをつかむことができます。

(3)構造(システム) ― 出来事を生み出す仕組み

出来事やパターンの背後には、それらを生み出す因果関係や相互作用のメカニズムがあります。
「供給が増えれば価格が下がる」「管理が強まるほど現場の主体性が下がる」など、変数どうしのつながりが構造です。
構造を明らかにすることで、表面的な現象ではなく、なぜそうなるのかという“仕組み”が見えてきます。
たとえば、ルールを強化することで短期的にはエラーが減っても、関係性や信頼が損なわれ、結果的にミスが再発する──こうした“構造の罠”を捉えることができるのです。

(4)メンタルモデル ― 世界の見え方・価値観

システムを描く人の前提・価値観・信念が、構造のあり方そのものに影響します。
「ミスは個人の責任だ」「営業は数字を上げてこそ評価される」といった暗黙のメンタルモデルが、知らず知らずのうちにルール設計や評価制度に反映され、構造を固定化している場合があります。

異なる立場の人がそれぞれ異なるメンタルモデルをもつことは自然なことです。
システム思考の力は、これらを可視化し、共有する対話の土台をつくるところにあります。

共通言語として氷山モデルを使うことで、見解の違いが整理され、より深い協働が生まれていきます。

システムを読み解く ― 拡張・平衡・遅れのメカニズムを知る

これまで見てきたように、システム思考では出来事の背後にある構造(システム)を明らかにしていきます。
その際、世の中で起きる複雑な変化は、多くの場合この3つの要素――拡張プロセス、平衡プロセス、そして遅れ(タイムラグ)――の組み合わせで説明できます。

これらを理解することで、表面的な現象の動きの裏にあるダイナミクス(変化の力学)を読み取ることができます。

(1)拡張プロセス(Reinforcing Loop) ― 加速していく変化

拡張プロセスとは、ある変化が自己強化的に加速していくループ構造のことです。
「成果が上がる → モチベーションが高まる → さらに成果が上がる」といった好循環や、「売上が下がる → コスト削減で品質が落ちる → さらに売上が下がる」といった悪循環がその典型です。

成長や衰退を生み出す原動力になる一方で、限界や崩壊を引き起こす要因にもなります。つまり、拡張プロセスは「雪だるま」のように動きを加速させる力であり、そのままではいつか制御を失う危険をはらんでいます。

拡張プロセスのシステム図:
拡張プロセスがあることを理解しておくことで、勢いが出ているときこそどこで制御を効かせるかを冷静に見極める視点を持つことができます。

(2)平衡プロセス(Balancing Loop) ― 安定を保つ働き

平衡プロセスは、システムが一定の目標やバランスを保とうとする仕組みです。
たとえば、「在庫が増える → 生産を抑える → 在庫が減る → 再び生産を増やす」といった景気循環や、「目標未達 → 行動を強化 → 目標達成 → 行動が緩む」という波のような動きが代表例です。

平衡プロセスは変化を安定化させる一方で、成長を抑える制約要因にもなります。
多くの組織では、「成長を続けたい拡張プロセス」と「現状を維持しようとする平衡プロセス」が同時に存在し、そのバランスが成果を左右します。

平衡プロセスのシステム図:
平衡プロセスを理解しておくことで、思うように成果が伸びないときに“何がブレーキをかけているのか”を見極め、仕組みとして調整する発想を持つことができます。

(3)遅れ(Delay) ― タイムラグが構造を見えにくくする

もうひとつ見逃せないのが、「遅れ(Delay)」の存在です。
ある行動が結果に影響を与えるまでに時間差があると、人は誤った判断をしやすくなります。
施策を打ったのに成果が出ないと「効果がない」と感じてやめてしまったり、逆に成果が出始めたころには過剰対応になっていたりする――そんな経験はないでしょうか。

システム思考では、この「遅れ」を意識して捉えることが、短期反応ではなく構造的な対応をとるための鍵になります。

遅れの図
遅れの存在を前提にすることで、“今すぐ結果が出ない=意味がない”と決めつけず、長期的な視点で変化を見守る姿勢を持てるようになります。

▽まとめ
拡張プロセスは変化を加速させ、平衡プロセスは安定を保ち、遅れはそのバランスを見えにくくします。
私たちが直面する多くの課題は、この3つの力が絡み合って生まれています。
それぞれの働きを理解することで、変化の「勢い」と「限界」、そして「見えにくいタイミング」を読み解き、より意図的にシステムに働きかける力、すなわち持続的な変革を生み出したり、組織が学びながら進化し続ける力を高めることができるのです。

4. システム思考の実践②:システム原型に当てはめてみる

氷山モデルで状況を深く理解し、拡張・平衡・遅れのメカニズムを捉えられるようになると、次のステップは「どんな構造に陥っているのか」を見立てることです。

MITの研究では、複雑に見える多くの問題が、実はいくつかの典型的な構造の型(=システム原型)で説明できることが明らかになっています。
代表的な9つの原型を理解することで、問題を「現象」ではなく「構造」として捉え、そこにどんなレバレッジ(変化の起点)を見出せるかを考えることができます。

典型的な構造例:「問題のすり替え」

たとえば「問題のすり替え(Shifting the Burden)」という原型があります。
これは、対症療法的な解決策が短期的には効果を上げるが、長期的には根本的な解決を遅らせてしまうという構造です。

たとえば、慢性的な業務エラーを減らそうと、ルールを厳格化した組織がありました。
一時的にエラーは減りましたが、同時に現場の信頼関係や主体性が損なわれ、結果としてより深刻な形でエラーが再発してしまいました。

実際の原因は、ルールそのものではなく「エラーが起きた時に安心して共有できない文化」にありました。このように「問題のすり替え」の構造を見抜けると、“症状”ではなく“原因を生み出す構造”に手を打つことができます。

「問題のすり替え」は、“すぐに効く対処”よりも、“時間はかかっても構造を変える取り組み”を選ぶ勇気の大切さを教えてくれます。

問題のすり替えの構造

他にもある代表的な原型

以下に、よく見受けられる9つのシステム原型を整理してみました。

自分たちの課題に原型を当てはめてみる

これらの原型は、単なる分類ではなく、組織や社会で繰り返し現れる“構造の癖”であり、自分たちの構造を映し出す鏡でもあります。

「この状況は“問題のすり替え”に近いのでは?」
「“成長の限界”の構造が働いているのかもしれない」
といった問いを投げかけることで、議論の質が深まります。

「自分たちの課題はどの原型に近いか?」と照らし合わせてみることで、課題を“誰かの責任”としてではなく、“構造の働き”として捉え直すことができます。

▽まとめ
システム原型を知ることは、複雑な現実を単純化することではありません。むしろその逆で、自分たちがどんな構造を“再生産”しているのかに気づくことです。原型というレンズを通して状況を見直すことで、「なぜこの問題が繰り返されるのか」「どこに働きかければ全体が変わるのか」という問いが明確になります。そして、その気づきこそが、構造的な変革を起こす第一歩なのです。

5. システム図を描いてみる― 構造を可視化し、レバレッジを探る

システム図とは ― 複雑な関係を「見える化」する思考ツール

システム思考の実践では、構造を言語で語るだけでなく、図として描くこと(=システム図)で探求を深めることが可能となります。

システム図とは、出来事の背後にある要素間の因果関係(Aが増えるとBがどう変化するか)を矢印で結び、「どんな循環が起きているのか」「どこに働きかけると全体が変わるのか」を可視化するツールです。 数値やデータだけでは表現しきれない関係性のダイナミクス(動的なつながり)を、チームで共有できるのが最大の特徴です。言葉では伝わらなかった“構造の見え方”が、図にすることで一気に共有できるようになります。

システム図の基本構成

システム図は、次の4要素で構成されます。

これらを組み合わせることで、出来事を点ではなく「流れと構造」として捉え、チームで共通の見立てをつくりながら、レバレッジ(構造を変える打ち手)を探ることができます。

システム図の例

H3 システム図を描く基本ステップ

そして、実際にシステムを描いていく際の基本ステップとしては、下記のような形があります。

実際のプロセスでは ― 対話と検証を重ねながら描く

システム図は、机上で一度に完成するものではありません。多くの場合、現場の観察・インタビュー・アクションリサーチなどを通じて、「何が起きているのか」「どの要素が関係しているのか」を丁寧に掘り下げながら進めます。

最初は仮説レベルのプロトタイプ図として描き、関係者との対話を通して何度も検証・修正を重ねることが重要です。このプロセスを通じて、「表面的な因果」から「構造の働き」へと理解が深まり、チームの中に“共通の見立て”が育っていきます。

描くとは、分析することではなく、理解を深めるための“対話の道具”なのです。

まとめ:描くことは、学ぶこと
システム図づくりの価値は、完成した図にあるのではなく、描きながら考え、語り、気づくプロセスそのものにあります。

図を描くことで、個々の見方や前提がチームに開かれ、「なぜこの状況が起きているのか」「どこに働きかけるべきか」を共有しながら探求することができます。

システム図を描くことは、構造を見抜く力と、対話を通じて変化を生み出す力を育てる学びのプロセスなのです。

システム図は学習のツール

6. 共通言語として活用する― システム思考の組織的な導入事例

個人がシステム思考を身につけることは、複雑な状況を理解する力を高めます。
しかし、それを組織全体で“共通言語”として活用すると、チームや部門を越えて「構造を見立て、未来を描く」対話が生まれるようになります。

ここでは、実際にシステム思考を組織文化の中に根づかせ、経営・人材育成・イノベーションに結びつけた事例を紹介します。

事例① 次世代リーダー育成の中核に「システム思考」を据えた情報サービス業A社

A社では、急速な事業拡大とともに経営が効率性と採算性に偏り、かつてのような新規事業創出やイノベーションの勢いが失われつつありました。

そこでA社は、「今こそ、事業や社会の構造そのものを捉え直すリーダーを育てる必要がある」と考え、次世代経営者育成プログラム「リーダーシップ・ジャーニー®」を導入しました。

このプログラムの基盤に置かれたのが、システム思考です。リーダーたちは、自己の内面のシステムを描くところからスタートし、自社のビジネスモデルの構造、その周囲にある社会構造(業界全体・消費者行動・技術トレンドなど)、そしてイノベーションを阻む組織的・文化的要因までを含めて、全体の関係性を可視化していきました。

それにより、問題を「個人や部門の責任」としてではなく、システムとしてどう機能しているのかという視点から議論できるようになりました。この構造の見立てをもとに、リーダーたちは「どこに働きかければ未来を変えられるのか」という問いを起点に、ソーシャル・シナリオプランニング(社会システムを含めた未来構想)へと探求を広げていきました。

こうしたプロセスを通じて、参加者の間に「自社を変えるとは、構造を変えること」という共通理解が醸成され、システム思考は、リーダー育成を支える共通言語となっていきました。

結果として、複数の新規事業が創出されただけでなく、“経営そのものを学習する組織”としての基盤が築かれたと言えます。

事例② 課題解決の“構造”を変える ― メーカーB社R&D部門のシステム思考導入

B社の研究開発部門では、長年にわたり分析的な問題解決手法が活用されてきました。
製品開発の現場には、因果を分解して要素ごとに最適化する構造分析手法(FMEAなど)が定着し、品質向上やトラブル防止の仕組みとして大きな成果を上げていました。

しかし同時に、こうした手法が「部分最適のサイクル」を生み出していたのも事実です。
各チームが自分の担当領域の中で問題を精密に分析する一方で、その成果が他部門と連動せず、全体としての開発スピードや創造性が停滞するという課題がありました。

そこでB社は、「個別最適を超え、全体最適をデザインする」ことを目的に、システム思考をR&D全体の共通言語として導入しました。

導入の初期段階では、リーダーやマネジャー層全員がシステム思考を学び、自分たちの業務を「システム図」で可視化。品質、納期、コスト、顧客要望、技術進化、人材育成――それらがどのように相互作用しているのかを、構造として共有しました。

こうした取り組みを通じて、「どこかの改善が別の課題を生む」という従来の発想から、「全体のつながりをどう整えるか」という俯瞰的な対話へとマネジメントの質が変化していきました。

さらに、システム思考を媒介として、課題に対して同じ構造図を囲んで語り合う機会が増え、そこからチーム横断の学習プロセスが育ち始めました。その中心には、「顧客を起点に構造を見直す」という共通の視座が根づき、学習する組織としての文化の芽が生まれたのです。

B社にとってのシステム思考の導入は、単なる手法の置き換えではなく、問題解決の構造を変えるイノベーションだったのです。

事例③ 教育現場に思考を ― 東京都立日比谷高校での探究プロジェクト

教育の現場でも、システム思考を取り入れる動きが少しずつ広がり始めています。
東京都立日比谷高校では、東京都教育委員会が推進する海外大学進学支援事業(GE-NET20)の一環として、選抜された生徒たちが約1年をかけて社会課題に取り組む探究プロジェクトを実施しています。

2024年9月、そのプロジェクトの中で、ヒューマンバリューはシステム思考のワークショップを担当しました。
生徒たちは、「オーバーツーリズム」「AIフェイクと情報の信頼性」「服のサステナビリティ」といったテーマを掲げ、それぞれの課題の背景にある構造や相互作用を探りながら、自分たちの提案が社会システムにどのような影響を与え得るかを考えました。

短い時間の中でも、生徒たちは驚くほどの吸収力と柔軟な発想を見せ、「自分たちも問題を生み出すシステムの一部である」という視点に気づいていきました。
社会課題を“外から分析する”のではなく、“自分の行動がシステムにどう関わっているのか”という立ち位置から考え始めたのです。

この取り組みはまだ単発の試行にすぎませんが、若い世代が持つ思考のしなやかさが、システム思考の学びを豊かにすることを実感させてくれました。思考の枠組みが固まる前に構造的な見方を身につけることは、これからの社会を担う世代にとって大きな財産になるのかもしれません。

日比谷高校での小さな試みは、システム思考が次世代のリーダーシップ教育において “共に考え、変化を起こすための共通言語”となりうることを静かに示していました。

共通言語としてのシステム思考

3つの事例に共通するのは、システム思考が複雑な現実を共に理解し、変化を生み出すための共通言語として機能していることです。

経営の現場でも、技術の現場でも、教育の現場でも、構造を描き、対話を通じて全体像を共有することで、新たな行動の可能性が開かれていきます。

システム思考とは、立場や世代を越えて「世界の見方」を共有し、未来を共に創るための言語なのです。

7. まとめ:構造を見抜き、未来を創る

どうしたら私たちは、より良い世界への移行の一端を担えるのだろうか。

今、私たちは環境、政治、社会、経済など、さまざまな難題に囲まれています。そのスケールの大きさに圧倒され、無力さを感じることも少なくありません。

システム思考は、そうした複雑で手強い問題を“生態系(構造)”として見直すための思考法です。見えている出来事の背後にあるつながりや循環を描き出し、その中に自分自身も含めて捉え直すことで、どこに働きかければ全体を変えられるのかを見極めていきます。

アリストテレスは「私に支点を与えよ、そうすれば地球を動かしてみせよう」と言いました。システム思考とは、その“支点”を見つける力です。たとえ小さな一歩であっても、構造のレバレッジを捉えることで、やがて大きな変化の波を生み出すことができます。

世界を変えるのは、大きな力ではなく、つながりを見抜き、そこに静かに働きかける無数の小さな行動の総和です。

構造を見抜くことは、可能性を見抜くこと。私たち一人ひとりが、自らの場から世界にレバレッジをかけるとき、そこから未来は動き始めるのです。

付録:システム思考Q&A

Q1. システム思考とデザイン思考はどう違いますか?

A. デザイン思考は「顧客起点で解を発想・検証するプロセス」、システム思考は「問題の構造を見極め、レバレッジ(手の打ちどころ)を特定するプロセス」です。両者は補完関係にあり、“構造を見立てる(システム思考)→仮説を形にして検証する(デザイン思考)”の往復で相乗効果が生まれます。

Q2. システム思考とロジカル思考の違いは?

A. ロジカル思考は前提を固定し、因果を直線的に整理して妥当性を高めます。システム思考は前提(メンタルモデル)も疑い、因果を循環(ループ)として捉え、全体最適と動的な変化に対応します。ロジカル=深さ/システム=広さ+時間。両方の考え方が大切となります。

Q3. 現場が「忙しくて図を描けない」と言ったら?

A. 10〜15分の“下描き”から始めるので十分です。起きている問題に影響を与える要因や与えられる要因を洗い出しながら、会議冒頭にミニ図を白板に描き、その場から得られるインサイトを1つだけ更新するといったことを繰り返します。

Q4. データがないと始められませんか?

A. 始められます。最初は**“経験データ”=現場の語りでシステム図を作成し、後から必要なデータを集めていきます。仮説→データ収集→更新の順で十分です。

Q5. “正解のシステム図”は存在しますか?

A. ありません。システム図は立場と目的に依存する作業仮説です。大事なのは図の完成度ではなく、図を囲んだ対話で意思決定が良くなるか。更新される図=生きた共通言語が目標です。

Q6. どの規模のテーマに向いていますか?

A. 個人の悩みからチームの業務改善、事業・社会課題まで幅広く可能です。コツはスコープの明確化:境界・期間・主要ステークホルダーをある程度イメージし、“まずは局所→隣接へ拡張”の順で広げます。

Q7. ありがちな失敗と回避策は?

A. よくあるのは①要素過多(読めない図)②遅れ無視(過剰反応)③対症療法依存(原型:問題のすり替え)などです。まずはシンプルなシステムを描くところから始めて、少しずつ広げていくことが得策です。システム原型を使うことも効果的でしょう。

Q8. どんなツール・フォーマットを使えば良いですか?

A.最初はホワイトボードと付箋が最も効果的です。手を動かしながら話すことで、思考が深まります。その後、PowerPointや専用ソフトでデジタル化して共有しても良いでしょう。

Q9. ファシリテーションのコツは?

A. 問い→描く→確かめる→決めるのプロセスです。発言は事実(出来事)/解釈(構造)/価値(メンタルモデル)を明らかにしし、最後は“次に試す小さなアクション”を1つだけでも必ず決めて終えます。

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