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コンファレンス・レポート~ Systems Thinking in Action システムシンキング・イン・アクション ~

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米国では、毎年、「システムシンキング・イン・アクション」という国際コンファレンスが開催されている。
システムシンキングは、これまでの分析的な思考法では解決できなかった様々な要素が絡み合う複雑な問題の構造(システム)を明らかにすることで、個人や組織、社会に変革やイノベーションを生み出していく考え方である。ピーター・センゲ氏の提唱する学習する組織を実現するための5つのディシプリンのうち、最も基本となるディシプリンとして位置づけられ、社会的にその重要性が高まりつつある。

このコンファレンスの存在は、これまで日本ではあまり知られていなかったが、2008年には20人もの日本人が参加するなど、ここ数年、注目度は高まってきている。
ヒューマンバリューでは、学習する組織の最新動向について調査するために、1999年からほぼ毎年、同コンファレンスに参加している。そこで、このコンファレンスがどのような雰囲気で運営され、学習する組織やシステムシンキングのあり方についてどんなことが話し合われているのかについて、ここ数年のトレンドを踏まえて紹介してみたい。

コンファレンスの概要

同コンファレンスは、90年から毎年11月頃にボストンを中心とした米国主要都市で開催されている。
主催は、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が創設したペガサス・コミュニケーションズ社である。約600~1,000人のリサーチャーやコンサルタント、また企業の変革推進者、行政や教育機関、NPOや社会企業家など、多様なバックグラウンドをもつ人々や組織が参加している。

出席者の国籍も、米国をはじめ、オランダ、ドイツ、シンガポール、台湾、ブラジルなどさまざまである。そうした人たちが、今、直面している課題を取り上げ、国や組織の垣根を超えて、より良い未来をつくり出すための話し合いを行っている。

オープンな対話を中心としたコンファレンス

同コンファレンスにおける学習のあり方は、他のものとはかなり異なっており、参考になることが多い。一般的なコンファレンスは基調講演者や発表者の話を聞くというスタイルのものが多いが、このコンファレンスは、話し手のストーリーをきっかけとして、参加したすべての人々がオープンに対話を行いながら、共通のコンテクストを得たり、新たな知識を生成することを重要視している。しかし、ただ対話の時間を設けただけでは深い話し合いは起きない。そこで、深い対話が起こるような場作りが実にうまくなされている。

例えば、今では日本でも一般的に行われつつあるワールド・カフェ・スタイル(本連載の第2回を参照)の運営も、早くも90年代の後半からスタートしていた。また、特に著者が始めて参加した02年のクロージング・セッションでは、3人の基調講演者が同時に3つの会場でセッションを行い、その後3つの会場を分けていた壁が突然取り払われてひとつの会場になり、各会場で学んだことを今度は全体でダイアログをして共有するといったダイナミックな仕掛けが行われ印象的であった。

また、同コンファレンスの特徴の1つとして、人々の右脳や創造性に働きかけるアプローチが取られていることが挙げられる。

グラフィック・レコーダー

その代表的な存在が、グラフィック・レコーダーである。グラフィック・レコーダーとは、セッションの中で話されている内容を、リアルタイムで絵画的な物語として模造紙に描写していく人のことである。描かれた絵は、コンファレンスの間中、壁に貼られており、あたかも会場自体が1つの物語を生み出しているようにも見える。参加者たちは、休憩時間にその絵の周りで、前に行われたセッションを振り返ったり、アイデアを共有したり、語り直したりすることによって気づきや学びを深めている。

グラフィック・レコーダーにより作成されたセッション内容

グラフィック・レコーダー以外にも、ジャズ・ピアニストが会議の進行に合わせて即興でBGMを奏でたり、最近ではセッションの内容をラップで振り返るなどの試みも行われたりしている。
このような目立つ仕掛け以上に、主催者側の配慮が休憩時間の取り方、設営の仕方、スタッフの対応など、細かいところまで行き届いているのがわかる。コンファレンスでは、よく「ホスピタリティ・スペース」といった表現が使われるが、そうした暖かな空間がつくられているからこそ、皆が安心して1つのコミュニティとなり、深いダイアログができるのであろう。コンファレンスに参加してみると、その場自体に「学習する組織」が体現されていることがわかる。

素晴らしいスピーカー

同コンファレンスでは、ピーター・センゲ氏を中心とした学習する組織やリーダーシップ開発の権威が集まるのも特徴である。これまでにも、以下に代表されるような素晴らしい人々が基調講演を行ってきた。

・個人・組織・社会変革の方法論として注目を集めているUセオリーやUプロセスを提唱したオットー・シャーマー氏
・対話を用いたファシリテーションによって南アフリカのアパルトヘイト問題やグアテマラの再建などの社会問題や国際紛争を解決へと導いたアダム・カヘン氏。
 『手ごわい問題は対話で解決する』(ヒューマンバリュー刊)著者。
・リーダーシップの探究について書かれた名著『シンクロニシティ~未来をつくるリーダーシップ』(英治出版刊)の
 著者ジョセフ・ジャウォースキー氏
・ワールド・カフェの創始者アニータ・ブラウン氏。『ワールド・カフェ』(ヒューマンバリュー刊)著者。
・ストーリーテリングの権威であるベティー・スー・フラワーズ氏

特に、私はオットー・シャーマー氏の講演に深い感銘を受けた。彼は、「リーダーシップのエッセンスとは、個人、グループ、そしてコミュニティの内面をいかに深いレベルにシフトさせることができるかである」と述べ、そのシフトする過程をUプロセスとして表している(Uプロセスについて詳しくは、シャーマー氏の近著『Theory U : Leading from the Future as it Emerges』を参照)。

ヒューマンバリューでも、最近個人や組織の変革を支援する中で、変革を成功させる条件として、かかわる人々がUプロセスを通ることの必要性を強く実感しており、今後も探究を深めていきたいと考えている。

コンファレンスに学ぶキーメッセージ

最後にここ数年のコンファレンスで話し合われている内容の傾向から、システムシンキングの実践のあり方について考えてみたい。

07年のコンファレンスでは、基調講演を務めた前述のオットー・シャーマー氏は、頻繁に「シフト」という言葉を使用していた。システムシンキング・イン・アクションでは、以下の3つの観点から社会の「シフト」を実現していくことが提言されているように見受けられる。

(1) 新しい価値尺度へのシフト

システムシンキングのシステム原型と言われるものの1つに「成長の限界」というモデルがある。昨今の環境問題や金融崩壊に代表されるように、これまで機械的な世界観のもと、発展と成長を繰り返してきた社会に、今まさに成長の限界が訪れている。そして、成長の限界に対応するための定石は新たな成長の価値尺度を探すことにある。

08年のコンファレンスでピーター・センゲ氏が「Purpose Beyond Profit(利益を超えた目的)」というセッションを開き、利益を超えた新たな価値創造に取り組む企業を紹介するなど、古い価値尺度を捨て(Letting Go)、新たな価値尺度を探究し、生み出していくことが提唱されていた。

(2) 集合的な思考へのシフト

07年のコンファレンスで、ピーター・センゲ氏は、「今や『偉大なシステムシンカー』の時代ではない。これからは『集合的なシステムシンキング』が求められる」というメッセージを発信していた。つまり、今社会に起きている複雑な問題は、1人の優れた人物が解決することは不可能であり、ステークホルダーすべてが集い、ホールシステムで対話を行っていくことが重要といえる。
このコンファレンスも、スタートした90年当初は、主にビジネスパーソン向けの組織学習に関するものであった。しかし、現在では、企業や政府、NPOなど実に多様な人たちが領域を超えて参加している。

今後ますます異なる分野や国籍などの多様性をすべて包含しながら、新たな未来に向かって対話を通して何かを生み出していく姿勢が必要になるといえる。

(3) ソリューションの時代へのシフト

07年に基調講演を行ったヴァン・ジョーンズ氏は、「Green Job」という職業訓練プログラムを展開することを通して、環境問題と貧困層の自立を統合的に解決するソリューションを生み出した人物である。
ジョーンズ氏は、「『Age of Issues(問題の時代)』は終わった。これからは『Age of Solutions(解決の時代)』だ」と強く訴えていた。ジョーンズ氏のスピーチに代表されるように、困難な時代においても、それを悲観することなく、「今私たちに何ができるのだろうか」という思いの下で、自分の身の回りから一歩ずつ踏み出していこうという一貫したメッセージがコンファレンスから見受けられる。

これらのキーメッセージにあるように、新しい価値尺度や目的の下、かかわるすべての人々と対話を重ねて思考を深めながら、自分にできるところから新たな一歩を踏み出していくことが今後のシステムシンキングの実践のあり方ではないだろうかと思う。
ここまでシステムシンキング・イン・アクションについて紹介してきた。組織においてより良い未来をつくりだすことに取り組んでいる方々には、ぜひ参加していただきたいコンファレンスである。

「企業と人材(産労総合研究所)」2009年2月5日号掲載

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