組織開発

組織開発を再考する<第1回>〜エンプロイー・エクスペリエンスの視点から考える組織開発〜

株式会社ヒューマンバリュー
取締役主任研究員 川口 大輔

組織開発(Organization Development)の歴史は古く、1950年代後半くらいから発展してきたといわれていますが、日本において、しばらく影を潜めていた「組織開発」という言葉が再び企業内で認知されるようになったのは、2008年くらいと考えられます。それまで重視されてきた人材開発という個人の能力やスキル、リーダーシップを高めるアプローチに加えて、人と人との間の関係性にフォーカスを当て、チームや組織の力を高めることで、より良い価値を生み出していくことへの意識が大きく高まった時期でした。成果主義の導入やリーマンショックの影響によって、組織が疲弊していたことも背景にあったかもしれません。

2008年には、ATD(Association for Talent Development)の日本チャプターにおいて「組織開発委員会」が立ち上がり、2010年にはOD Networkの日本支部も発足しました。企業の中に「Organization Development」や「Organization Effectiveness」といった機能を持つ部署が生まれ始めたのもこの頃かと思います。私自身も、2011年にATDグローバルベーシックシリーズの書籍『組織開発の基本』(原題: Organization Development Basics)を翻訳する機会に恵まれました。

ヒューマンバリューにおいても、日本にそれまで入ってこなかった組織開発の方法論を数多く紹介させていただきました。AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)、OST(オープン・スペース・テクノロジー)、ワールド・カフェ、フューチャー・サーチなどの様々な手法を用いて、大規模なセッションや対話会を実施し、組織全体に影響を及ぼしていくラージスケール・チェンジや共創の場づくりが変革の1つのトレンドとなりました。

それから15年ほどが経過した近年、組織開発の意義はますます高まっているといえます。特に昨今は「人的資本経営」というキーワードをもとに、個人のリスキルやアップスキルが重視されていますが、その個人をパーパスやビジョンのもとに結びつけ、価値創造につなげていくのはチームや組織の力に他ならないからです。

ただし、私自身プラクティショナー(実践家)として、現場の最前線で組織変革の支援を行う中で、組織開発のあり方が十数年前と比べると、大きく変化してきていることを実感します。当たり前ですが、ビジネスの環境が変わり、働く人々の多様性も高まり、テクノロジーも進化し、組織の境界も曖昧になってきている中で、組織の価値を高めていくためのアプローチも変わっていく必要があります。

そこで本連載では、組織開発のこれまでの変遷を簡単に振り返りつつ、現在、企業内で起きている変化に目を向けながら、そのあり方を再考し、これから組織開発がどう進化していくのかの可能性を模索していきます。

第1回となる本稿では、「エンプロイー・エクスペリエンスの視点から考える組織開発」と題し、組織開発の原理・原則を働く人々の経験としてデザインし、組織開発を特別なイベントではなく、日常の習慣として実践できるようにしていくこと、そして特別なスキルや能力がなくても、誰もが自然と組織開発に取り組めるような環境をつくっていくアプローチを今後の方向性の1つとして考えていきたいと思います。

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組織開発のこれまでの変遷 〜診断型から対話型の組織開発へ〜

組織開発の歴史の詳細については、1つの記事で語り尽くすのは難しく、詳しい論文や書籍も出ていますので、ここでは扱いませんが、1つの大きな流れとしては、診断型組織開発(Diagnostic OD)から、対話型組織開発(Dialogic OD)への変遷が挙げられます。

診断型の組織開発は、文字通り「診断」に重きを置いています。このアプローチでは、組織を、ミッション、戦略、構造、リーダーシップ、カルチャーなどの構成要素からなるものとして捉えます。そして、専門家によって組織の現状が分析・診断され、あるべき状態・ゴールを実現するために、どの要素が問題になっているかが明らかにされ、その解決に向けた効果的な介入手段や計画が立てられます。

たとえば、企業において、従業員満足度調査やエンゲージメント・サーベイなどが実施され、人事部を中心とした専門家チームが分析を行い、満足度を高めるための施策を実行していくといった取り組みなども、こうしたアプローチに入るといえるでしょう。

こうした診断型の組織開発は、論理的・合理的に感じられ、経営層を説得しやすいものです。しかし、変革をやらせる側とやらされる側に分断してしまい、対象となる組織のメンバーの受け身的な姿勢を生み出してしまったり、施策が現場の状況と不適合を起こすなど、期待する成果につながらないことも見受けられます。

一方、対話型の組織開発は、「対話」を通して、自分たちで変化を「生成」していくことを重視します。あらかじめ決められた計画に沿って変革が進められるのではなく、人々がお互いの背景や想い、物語を理解し合い、皆でありたい姿を共有し、自分たちが始められる主体的な取り組みを生み出していきます。

生み出された解決策のクオリティー以上に、対話のプロセスを通して、人々の間で語られる物語や意味づけ、会話の質が変わり、新しい思考や行動の様式が生み出され、そこから自己組織化的に変革が進むことを大切にしています。

対話型のアプローチでは、やらせる側・やらされる側という垣根が取り払われるとともに、人々の内側にある想いから取り組みが生まれてくるので、エネルギーやモチベーションが高まり、変革が継続しやすくなります。

最初に生まれたアイデアは小さなものであっても、人々が本気になって取り組むことで、仮説検証や学習が促進され、取り組みが進化し、気がつくと最初の想定を超えた大きな変化につながることも多くあります。組織開発の大家で、『組織文化とリーダーシップ』などの著作で知られ、先日(2023年1月)逝去されたエドガー・シャイン氏も、不確実性、複雑性、多様性が高まる現在や未来においては、対話型のアプローチがより重視されると生前に言及されていました。

そうした背景をもとに、1980年代後半から1990年代以降にかけて対話型組織開発に関する様々な手法が開発されました。前述しましたが、人と組織の強み・価値にフォーカスを当て、それを最大限に解放していくAI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)、自己組織化を促進するOST(オープン・スペース・テクノロジー)、会話をつなぎ、創発を生み出すワールド・カフェ、多様なステークホルダーが過去・現在・未来を探求し、ダイナミックな変化を生み出すフューチャー・サーチ等がその代表的な手法となります。

ヒューマンバリューでも数十名、数百名、数千名が集うサミットを開催し、自分たちのビジョンを自分たちで創造したり、個々人が情熱と責任を持てるテーマをすべて出し合い、数多くの自律的なアクションチームの立ち上げにつなげたり、立場の異なるステークホルダーがお互いに共有できるコモン・グラウンドを見出すなどの共創体験を通して、組織全体の関係の質、思考の質、行動の質の向上に貢献してきました。

数百名が集うAIサミットの様子

これまで様々な価値を生み出してきた対話型の組織開発ですが、昨今の時代や環境の変化の中で、新たな課題に向き合い始めていることも実感します。今後の組織開発のあり方を考える上で、近年取り組んだ仕事やプロジェクトを通して、著者自身が感じている課題やチャレンジをいくつかのポイントに整理してみたいと思います。

1. チーム・組織の流動性の高まり

1つ目の課題として、チーム・組織の流動性や多様性が大きく高まっていることが挙げられます。人の出入りの激しさが増し、同じ組織で働いていた人が数年でごっそり入れ替わるということも珍しくありません。また、プロジェクトチームとして、これまで関係性のなかったそれぞれの専門家と短期的にチームを組むような働き方が当たり前になってきました。組織の境界線も曖昧となり、自社内でチームワークを高めること以上に、社外の多様なステークホルダーと協働していくことの重要性も高まっています。

心理的安全性を提唱しているハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授は、恒常的にチームの状態が変わり続けるこうした現在の状況を「エクストリーム・チーミング」の時代と呼んでいます。

こうした働き方が広がってくると、一時的な組織開発の取り組みを通して高まった関係性やわかり合えた文脈が、時間とともにすぐに薄れてしまうことになります。そこでは、働く人々が瞬時に胸襟を開き、利害関係を越えて、真の課題を共有し、チャレンジしていけるような新しい関係構築のスキルやそのための環境が必要となります。

2. 将来の不確実性の高まり

2つ目の課題は、将来の不確実性の高まりです。変化のスピードが、10〜20年前とは比較にならないほど速くなり、将来を見通せない度合いが高まっています。そのため、企業が打ち出す新しいビジョンも、具体的な数字やわかりやすい戦略というよりも、将来の方向性を示すような、抽象的で曖昧なものにならざるを得なくなってきています。

企業のビジョンに意味を見出し、個々人の情熱や想いと結びつけていけるようにすることが組織開発の役割の1つになりますが、将来の不確実性が高い現在では、一度説明を聞いたり、対話を行ったからといって、ビジョンが腑に落ちるわけではありません。何度も対話を重ねたり、時間をかけて実践をすることで、ようやく個々人の中で意味が創造され始め、共有ビジョンへと昇華していくものです。そのプロセスの難易度が以前よりも上がっていると思われます。

3. コミュニケーションの媒体の多様化

3つ目の課題は、コミュニケーションの媒体の多様化が挙げられます。これは特にコロナ禍が促進したバーチャルでのコミュニケーションが大きな影響を与えていることは自明かと思います。

ZoomやTeamsに代表されるWeb上での会議ツールが発展し、どこでもミーティングを開催することが可能になりました。また今では、社内のやり取りもメールではなく、LineやSlackなどのアプリを活用して、同期・非同期のコミュニケーションをうまく取っていくことが当たり前になってきています。

その一方で、リモートワークや非対面のコミュニケーションが進んだことが、組織の垣根を越えた協働のネットワークを希薄化させたり、働く人々のメンタルヘルスに影響を与えているデータも出てきています。アップルやグーグルをはじめ、対面での価値を再考し、オフィスへの復帰を促している企業も多くあります。

こうしたコミュニケーションの媒体の多様化に、組織開発がどう向き合うのか、リアルとバーチャルを織り交ぜたハイブリッド環境における組織開発のあり方が問われているといえます。

4. 扱うデータの増大

4つ目の課題は、扱うデータが増大していることが挙げられます。ピープル・アナリティクスの進化によって、人材や組織に関する様々なデータが可視化され始めています。

こうしたデータは、うまく活用すれば、人や組織の可能性を大きく拓くことにつながります。一方で、それらのデータを持て余して、管理・監視の強化に活用されてしまったり、エンゲージメントのスコアに過度なフォーカスが当たり、スコアを他社よりも高めることがゴールとなって、短絡的な施策が横行するといった場面を目にすることも多くあります。

働く人々が、処方箋を与えられるような形ではなく、データをもとに自らインサイトを生み出していけるような学びのプロセスやリテラシーを組織内にどうデザインしていけるかが、組織開発の大きな役割となってきています。

5. カルチャーの創造への貢献

5点目は、企業の組織開発に対するニーズや目的が、よりカルチャーの創造を志向するものに変化してきていることが挙げられます。

現在大きく躍進している企業の多くは、商品やブランドのみならず、独自の企業カルチャーを、他社が模倣できない強みとして磨き続けています。既存の資産や強みが、将来の成功を保証しない現在では、社会の変化に適応して、新たな価値を生み出すことを組織として可能とするような「企業カルチャーを構築していくこと」そのものが、経営の根幹をなすものとなってきています。

そこで組織開発の役割も、関係性の構築や円滑化といったものから、新たなカルチャーを創造していくものへと変わっていく必要があります。ただし、新たなカルチャーを創造するということは、言うほど簡単ではありません。企業で働く人々の中にDNAレベルで深く埋め込まれたマインドセットや行動パターンを、根底から見直していくことが求められます。そこでの組織開発のあり方も、より深く幅広いアプローチが必要となるでしょう。

これから組織開発が向かう方向性:日常の経験としてのOD

ここまで組織開発に取り組む上での現在の課題感を共有してきました。ではこうした課題を踏まえて、今、組織開発はどう変わろうとしているのでしょうか(変わっていく必要があるのでしょうか)。

上記の課題に共通しているのは、特別な場づくりやイベントとしての組織開発ではなく、「日常の経験の中に組織開発のエッセンスが溶け込んでいく」必要があるということです。

人々の日々の思考や行動のパターンの積み重ねであるカルチャーを変えていくためには、日常の習慣を変えていくことが必要です。そのためには、ビジネスの仕方そのものに組織開発が組み込まれ、仕事を進めていく中で人々のマインドセットが変化していくようなデザインが求められます。そして、その主体も、優れたファシリテーターが対話の場をホールドするようなモデルから、誰もが自分の職場で対話を促進し、チームづくりや価値共創につなげていけるように、組織開発を民主化してくことが求められるようになってくるでしょう。

少しイメージを広げるために実際の例を見てみたいと思います。

たとえば、ヒューマンバリューで組織開発の支援を行っている小田急電鉄では、2017年から「未来創造会議」と呼ばれる取り組みを毎年継続して全社で実施しています。この取り組みは、経営計画の策定に一部の企画スタッフだけが携わるのではなく、小田急で働くすべての社員が参画し、よりオーナーシップを持って自組織や自分の仕事に関われるような状態を実現することを志向してスタートしました。

<未来創造会議が生まれた背景については、下記を参照>
https://bizhint.jp/report/200898

具体的には、毎年の部門方針の策定のプロセスにおいて、ベテランから若手まで同じ組織のメンバーが一堂に集い、自分たちの存在意義やどんな未来を創造していきたいのか、そのためにどんな組織を築いていきたいのか、どんなチャレンジを行っていくのかを全員参加で対話していきます。そして、そこで話し合われた内容を部門方針に取り入れたり、中期計画の策定や新たな協働につなげたりしています。こうしたプロセスをたどることで、誰かがつくった計画ではなく、自分たちの計画として捉え、実行できるようにしてきました。

未来創造会議を始めるにあたっては、効果的な対話を職場で誰もが行えるように、組織開発の手法や原理・原則をミーティングの中に取り込めるようにしてきました。

2017年度にスタートした取り組みも、今年度(2022年度)で6年目を迎えています。回を重ねるごとにその進め方もブラッシュアップされ、検討のテーマも、部門方針の策定をベースにしつつ、その年々に抱える課題に応じて自分たちで変えていきました。初期のころは将来のムーンショットやありたい姿に関する対話が多かったのですが、新しい経営ビジョンが策定された年は、そのビジョンと自分たちのビジネスのつながりが大テーマになったり、コロナ禍に陥った2020年は、厳しい状態に入ったビジネスの現状や希薄化した関係性をどう受け止め、いかにピンチを乗り越えていけるかを職場の仲間同士で話し合い、オンラインのコミュニケーションツールも活用しながら、絆をつなぎ直す機会にもなりました。

もちろんすべてが理想通りにいっているわけではないと思いますが、そうしたプロセスを経て、今では未来創造会議が特別な取り組みではなく、「ビジネスのプロセスや小田急の文化として日常に少しずつ根づいてきた」ように見受けられます。

特に2022年度は、未来創造会議を推進するアンバサダーを各部から数名擁立して、進め方も組織の課題感に合うように自分たちで考えてもらったり、組織診断のデータを共有して気づきにつなげてもらったり、アンバサダー同士が学び合う機会を設けるなど、より民主化した形で取り組めるようになりました。

そして、日常にこうした経験が根づいていることが、小田急電鉄のカルチャーにも影響を及ぼしています。未来創造会議をはじめとした様々なイニシアチブを通して、過去の踏襲ではなく自分たちで未来をゼロから考えたり、お互いの活動や想いをたたえ合ったり、チームの現状についての感受性を高めたり、年齢や役職に関係なくチャレンジを促すといったことが徐々に習慣化されていきました。

それまではどちらかというと、伝統的な鉄道企業として、「石橋を叩いて渡らない」といった安全重視で保守的なカルチャーが中心にあったようですが、こうした習慣を通して、メンバーの中にグロース・マインドセットや心理的安全性、未来志向が少しずつ醸成されてきました。そして、そうしたカルチャー・チェンジの中から、これまでには見られなかった多くのチャレンジや変革のアイデア、事業の創造へとつながり始めています。

組織開発の原則に基づいた未来創造会議に取り組む

ここまで小田急電鉄の取り組みを紹介してきましたが、こちらを一例として見ると、組織開発のあり方が、下図のように変わってきていることが実感されます。

組織開発の方向性の変化

特別な場から日常の経験やビジネスの仕方そのものへ、一時的な活動から、継続的な習慣へ、優れたファシリテーターによる場づくりから、誰もが主体者となる場づくり(民主化)へ、そして手法・メソッドへのフォーカスから原理・原則ドリブンへ。VUCAの時代において、組織開発のあり方は、より右側を志向するモデルへと変わっていくと考えられます。ITに例えてみると、イメージとしては、アプリとして価値を生み出していた組織開発から、OSそのものに組織開発の原理を組み込んでいく形といえるでしょうか。

たとえば、上述した対話型の組織開発の手法以外にも、昨今ではアジャイルのスクラムやスプリント、デザイン思考、マネジメント3.0、ホラクラシーなど、様々な方法論や哲学が組織の中で試行されていますが、これらも文脈としては右側のモデルに近く、現代の要請を受けて生まれてきたものと考えられます。

エンプロイー・エクスペリエンスの視点から組織開発を考える

ここまで、組織開発のあり方が、より日常の経験に根ざしたものになっていくという変化の兆候について述べてきました。では、どのようにそうした経験をデザインしていくのでしょうか。そこで必要となってくるのは、働く人々の経験全体を捉える「エンプロイー・エクスペリエンス」の考え方です。

エンプロイー・エクスペリエンスという言葉が登場したのは、2015〜16年ごろといわれていますが、現在ではHRの重要なトレンドの1つになっています。

働く人々は、下図のエンプロイー・ジャーニーに示すように、企業で働くライフサイクルの旅路の中で、様々な経験をマイルストーンとして積んでいきます。その1つひとつの経験を、会社の視点(カンパニー・センタード)ではなく、従業員の視点(ピープル・センタード)から見直し、高い経験価値につながる環境をデザインしていくことが、エンプロイー・エクスペリエンスの基本理念です。

エンプロイー・ジャーニー

そして、私たちは、この経験のデザインに組織開発の原則を活用することが可能です。上述した小田急電鉄の例は、事業計画の策定・推進というエクスペリエンスに、組織開発の原理・原則を適応したものといえるでしょう。

他の例として、支援をしているある会社では、目標設定から評価フィードバックまでの一連のパフォーマンス・マネジメントの経験を、AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)で大切にしている4Dサイクルの原則を用いて組織開発の機会へと変革していきました。4Dサイクルとは、Discovery(発見)→Dream(夢)→Design(デザイン)→Destiny(運命)というサイクルで価値を生み出し、問題や不足している点に焦点を当てる問題解決型のアプローチを越えて、自分たちの強みや価値を最大限に高めていくAIの基盤となる原則です。
(AIの原則について詳しくは、https://www.humanvalue.co.jp/keywords/ai/を参照)

こうして、それまで上から一方的に与えていた問題解決型の目標の設定の仕方を改め、自組織のビジョンやパーパスを語り、それが自分の想いにどう結びついているのかを対話しながら、意味のあるチーム目標を生み出していくようにしました。そして、期末のフィードバックについても、これまでのようにマネジャーから一方的に評価結果を伝えるものではなく、チーム全員でこの1年の個々人の貢献に感謝を述べ合い、個人とチームの成長をたたえ、次年度の新たな目標を皆で考える機会にしていきました。

また、制度をつくる際にも、人事部など一部の部署に閉じて行うのではなく、全社員が制度や働き方について、意見を述べられるような参画の場をつくるなど、皆が自分事で制度に関われるような状態を創っていきました。制度づくりをも、1つの共創体験としていったのです。

こうした取り組みを何年も継続し、新しい経験を積み重ねていくことで、個人商店の集まりのようだった会社のカルチャーが、協働や支援を大切にする会社へと変わっていきました。

パフォーマンス・マネジメントが組織開発の機会に

別の会社では、日常の会議やミーティングのあり方を見直していきました。会議やミーティングは誰もが毎日のように経験するものです。年間を通して、1人あたり何百時間と行われている会議のあり方は、気がつかないうちに、私たちのマインドセットや行動に多大な影響を及ぼします。

そこでその会社では、「もし毎日の会議が、働く人々の主体性・創造性・情熱を解放する場だったとしたら?」と問いかけ、それまで報告や伝達がほとんどだった会議の大半を廃止し、代わりに、メンバーそれぞれがもっている気掛かりや懸念を出し合って、そこから深掘りするテーマを見出したり、各自の取り組みから学び合ったり、目標の実現に向けてアイデアを創造していくような場に変えていきました。そこには、誰もが情熱と責任をもとに取り組みたいテーマを出し合い、自己組織化を促進するOST(オープン・スペース・ミーティング)の原理・原則を活用しました。
(OSTの原則について詳しくは、https://www.humanvalue.co.jp/keywords/ost/を参照)

そうした会議のあり方も、一方的に変えさせたのではなく、マネジャーみんなが集まって、組織開発の考え方や原則を学びながら、「自分たちの会議をどんな場にしていきたいか」を自分たちで話し合い、ルールやフォーマット、マニュアルを自分たちでつくっていったのです。

こうした一連の取り組みや経験の積み重ねが、それまでの受け身的で指示待ちだったカルチャーから、自ら発信し、一歩踏み出してアイデアを生み出していく主体的なカルチャーへとシフトさせていきました。

チーム・ミーティングの革新がカルチャーを変える

また昨今では、オンボーディングの経験を変えていこうとする動きも多くあります。従来の企業カルチャーを押し付ける「カルチャー・フィット(Culture Fit)」的なオンボーディングから、新しく入社した一人ひとりの価値や個性を会社のカルチャーに付け加えてもらう「カルチャー・アッド(Culture Add)」的なエンプロイー・エクスペリエンスにどうデザインし直していくかが大事な視点となります。こうした領域に組織開発の考え方を活かしている企業も出始めています。

ここに挙げたのは一例になりますが、自社にどのようなエクスペリエンスがあるのかを詳細に眺めていくと、より多くの適用機会が見えてくるでしょう。そして、そうしたエクスペリエンスを再構築していく上では、組織開発の視点から問いを投げかけることが重要となります。

「もしオンボーディングが、生きたネットワークを自らつくり出し、会社のカルチャーを肌身で感じる機会だったとしたら?」
「もしマネジャーとのタッチポイントが、評価・管理の場ではなく、対話・成長支援の場だったとしたら?」
「もし毎日の会議が、共に働く仲間の新しい一面を発見する場だとしたら?」
「もし日常の経験の中で、自分のパーパスにもっと頻繁に、もっと簡単にアクセスすることができたとしたら?」
「もし1日の終わりが、疲れ果てた帰路ではなく、気づきを振り返られるようなリフレクティブな時間だったとしたら?」
…etc.

こうした問いが、私たちの経験を革新していきます。エンプロイー・エクスペリエンスの実践家であり、書籍Employee Experience: Develop a Happy, Productive and Supported Workforce for Exceptional Individual and Business Performanceの著者であるベン・ホイッター氏は、「すべての経験が大切であり、私たちは一生の間に、人生の指針となるような素晴らしい瞬間、記憶、感情を蓄積していきます。それは私たちに深い影響を与え、私たちの考え方、信じるもの、そして私たちのビジネスの進め方を決定します。私たちの経験は、私たちを定義し、私たちを形成し、私たちが達成しようとする結果を培うのです」と述べています。こうして経験そのものを、上述したような問いをもとにリ・デザインしていくことが、個人はもちろん、集団としてのカルチャーをも変革していくのです。

組織開発の経験をデザインする上で大切にしたい姿勢

それでは、そうした働く人々の経験をデザインしていく上で私たちが特に気をつけたいポイントや姿勢には何があるでしょうか。それは、逆説的かもしれませんが、デザインに関わる私たちが、「いかにコントロールを手放せるか」ということです。本稿のまとめとして、最後にその姿勢について述べたいと思います。

「経験をデザインする」と聞くと、つい働く人々のために適切なレールを敷いて、その上を予定した通りに歩んでもらえるようにデザインしたくなる衝動に駆られるかもしれません。しかし、真に豊かな経験とは、そうした鋳型にはめられるようなものではありません。

エクスペリエンス(経験)と近い語感をもつ言葉に「エクスペリメント(実験)」がありますが、この2つの言葉は同じ語源をもつようです。東京大学社会科学研究所の宇野重規教授によると、共に「向こうに行く」という原義から派生して、「(向こうに行って)調べる、試す」ことを意味するようになったexperi-を語幹とするとのことです。宇野教授は、「エクスペリエンスとは、エクスペリメントを通して得られる知識のことである」と指摘しています。自分の枠組みから外に出て、いろいろ試してみることで得られるものこそが経験といえます。逆にいうと、すべてが計算可能な世界の中で、与えられたものをこなしていくような経験は、経験と呼ばないのかもしれません。

宇野教授は、哲学者の藤田省三氏の考えを引用して、「もし人がすべてを思うままに支配できるならば、そこに経験はない。思うままにならない物事に対し、それと交渉し、何とか行き詰まりを打開すること、そのような実践こそが真の経験である」と述べています。あらためて著者自身の経験も振り返ってみると、これまで関わったすべての組織開発の取り組みが、自分の思い通りにいくということはありませんでした。しかし、だからこそ価値があったと思います。

組織開発を支援する私がすべてをコントロールして、ゴールに連れていくのではなく、関わった人たち、経験を共にした人たちが、勇気をもって自分なりの仮説に踏み出し、お互いの意見の相違や失敗を許容しながら、共に知識や知恵を拡大し、自分たちで未来を切り拓いていく、そんな経験を日常の中にいかにデザインしていけるかを考えていきたいものです。

終わりに

本稿では、組織開発の今後の方向性として、組織開発の原理・原則を働く人々の経験としてデザインし、組織開発を特別なイベントではなく、人々の価値観・マインドセットとして日常の中で実践し、誰もが価値共創に取り組めるようなアプローチを考えてきました。

視点を非日常の特別な場から、日常に移していくことで、組織開発の可能性も大きく広がります。ヒューマンバリューでは、今後もその方向性を模索していこうと考えています。

その一環として、「組織開発を再考する」シリーズ企画における今後の寄稿では、今回は深く取り上げなかったAI、OST、ワールド・カフェ、フューチャー・サーチなどの様々な手法の背景にある組織開発の原理・原則が、今の時代にどのように適応され、どのような意味をもち、価値に結びついていくのかを探求していければと思います。

参考文献

・『組織開発の基本~組織を変革するための基本的理論と実践法の体系的ガイド~』、リサ・ヘインバーグ(著)、ヒューマンバリュー出版
・Dialogic Organization Development: The Theory and Practice of Transformational Change, Gervase R. Bushe, Robert J. Marshak (編集), Berrett-Koehler Publishers
・Extreme Teaming: Lessons in Complex, Cross-Sector Leadership, Amy C. Edmondson, Jean-franois Harvey(著), Emerald Group Pub Ltd
・「小田急電鉄ダイバーシティ&インクルージョンレポートVol.1」
https://www.odakyu.jp/company/diversity/report/190327/book/html5.html#page=1
・Employee Experience: Develop a Happy, Productive and Supported Workforce for Exceptional Individual and Business Performance, Ben Whitter (著), Kogan Page Lt
・『民主主義のつくり方』、宇野重規(著)、筑摩選書
・『藤田省三セレクション』、藤田省三(著)、平凡社

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