インサイトレポート

実践者から学ぶDAO(Decentralized Autonomous Organization)型組織

株式会社ヒューマンバリュー プロセスガーデナー
清成勇一

2022年に入ってから、一般のニュースなどのメディアにおいても、Web3やNFT、メタバース、DAOというキーワードをよく耳にするようになりました。筆者は、「自律分散型組織」について調査・研究を進める中で、数年前から、DAO(ダオ)に着目していました。DAOとは「Decentralized Autonomous Organization」の略称で、日本語では「自律分散型組織」を意味します。このDAOは、中央集権ではなく、ブロックチェーンの技術を活用して自律的に情報を管理し、不特定多数がネットワーク上でつながりながら、目的の実現に向けて運営される組織体系を指します。海外での事例が多い中、日本国内でも実践している方の声を聞きたいという想いからリサーチしていたところ、この分野の第一線で実践されている岡 崇(おかたかし)さんとのご縁をいただきました。2018年11月に、社内の研究会にて、ブロックチェーンとDAOに関するトレンドや海外事例などをご紹介いただきながら、対話をする機会をもつことができました。そして、2022年に入り、Web3やメタバースなど国内でも注目が高まりつつある中で、あらためて、岡 崇さんに約4年間の実践を踏まえて、DAOの世界観や最新事例について、アジャイルODx研究会の会合で講演をいただきました。今回の会合の目的は以下の通りです。

・web3.0、DAO、メタバース、NFTなどのテクノロジーの最先端に触れる機会を通して、生物圏・人間圏・地球圏にいま加わった「バーチャル空間」の新たな可能性・あり方を探求するきっかけとなっている。

・DAOやweb3.0によって、人・組織のあり方にどのような変化がもたらされるのか。そこに向けて、私たちは何を受け入れ、手放し、そして何を大切にしながら歩む必要があるのか。対話する中で、そのポイントが浮かび上がっている。

・メタバースの世界に対応するための、心と身体の準備ができ、そこに向けて一歩歩めるようになっている。

本記事は、第1部で、アジャイルODx研究会での岡 崇さんの講演のサマリーや参加者の皆さんとのダイアログを紹介し、第2部では、私たちヒューマンバリューメンバーで対話したDAOと人・組織に関わる考察を共有いたします。

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【目次】
第1部 研究会のサマリー
(1)DAOの世界観
(2)DAOの始まりと定義
(3)DAOの種類と例
(4)DAOのゲームルールと始め方
(5)DAOの現在地とこれから
(6)ダイアログ
第2部 研究会でのダイアログから生まれたインサイト〜DAOが与える、人・組織に生まれる影響や可能性〜

第1部 研究会のサマリー

アジャイルODx研究会では、アジャイル組織開発やDXに関するテーマで、月に1回、ダイアログや探究を続けています。今回は岡 崇さんをお招きして、DAOについて情報提供していただきました。その会合では、「国内の間違った情報だらけのDAOについて正しく理解する」という主旨で、世界を舞台に実践されている岡さんから、海外での一次情報や最先端のDAOについて紹介していただき、それを踏まえて、人材開発や組織開発また社会に、DAOがどういった可能性や変化をもたらすのかというテーマで、参加された皆さんで対話を行いました。第1部の「研究会のサマリー」については、岡崇さんの講演のサマリーや参加者の皆さんの気づきとなります。

【プロフィール】 
Overlay AG 代表取締役社長 兼 株式会社PHI 代表取締役 
岡 崇(おか たかし)さん
株式会社PHIは、日本法人で大阪を拠点に活動し、ブロックチェーン投票ツール「GoVote」を開発し、国政政党などで活用されています。現在は、スイスでOverlay AGという法人を立ち上げ、暗号資産を用いた資金調達を各国の規制に準拠した形で可能にするためのクリーンなサービスを提供しています。

※以下、岡崇さんの講演のサマリー

(1)DAOの世界観

DAOの世界では、日本国内の働き方とはまったく異なり、基本的には、ボーダレスで国境を越えたチーム運営やプロジェクトを行うことが前提となり、インターネット上でつながり合っています。その世界を実現する上で、以下の3つの技術の進化が、大きく寄与していると考えています。1つ目は、「インターネット」です。インターネットの登場によって、国境を越えて情報交換をすることが可能になりました。2つ目は、「ブロックチェーン」です。一度保存された情報を、多くの管理者がその情報を分散して保存することで、嘘をつくことが限りなく難しい記録簿を作れるようになりました。Web2からWeb3に至る上で一番重要な技術としても注目を浴びています。3つ目は、「暗号通貨」です。ブロックチェーンができたことによって生まれたビットコインが有名ですが、これによってインターネット上で価値を生み出す交換ができるようになりました。
以上の3つの技術革新によって、従来の組織運営に3つの大きな違いを生み出しました。
1つ目は、インターネット上に籍を置くため、規制がありません。たとえば、日本国内で会社を設立する場合、現地の役所に届け出を提出し、日本の規制に従いながら、日本の法律の下に企業活動を行います。DAOでは、会社設立の初日からインターネット上に組織を置くため、世界中のどこかの国の規制に縛られるということがなく、定まった規制が現時点ではありません。
2つ目は、インターネットを使っているという特性上、国境がありません。したがって、DAOに参画するメンバーや顧客を世界中から募ることになります。
3つ目は、送受金がシームレスに世界中でできるため、資本の制約がありません。通常、国際送金をする場合は、日数と手数料が必要になりますが、DAOでは、瞬時に送受金をできるインフラとしてブロックチェーンという仕組みが組み込まれています。お金のやり取りがシームレスにできるので、たとえば、給与の支払いだけでなく、細かなインセンティブなども作ることができ、インターネット上で組織のカスタマイズがスムーズに可能となります。

(2)DAOの始まりと定義

DAOの始まりは、2013年に、暗号資産EOSの開発において「天才プログラマー」として名を馳せたDaniel Larimer(ダニエル・ラリマー)氏によってDAC(Decentralized Autonomous Company=分散型自律企業)を考案したことがきっかけだと言われています。DACはビットコインに大きく触発されて生まれたもので、ダニエル氏はDACを、ビットコインのような暗号通貨を株式として、インターネット上に設立される株式会社のようなものだと表現しました。その中で、ダニエル氏はブロックチェーン業界において、初めて市場の概念と企業の理論を融合しました。
通常は、ある市場中には複数の企業が在籍しています。一般的な人は、DACやDAOを捉えるとき、ある企業がDAO化したらどうなるかと考えます。たとえば、企業の内部調整や意思決定、投票のあり方などをどのように行うかという話になります。しかしながら、DAC、DAOと呼ばれるものでは、1つの企業ではなく、その市場全体に対して焦点を当てます。具体的には、「市場全体を動かすとき、特定の企業や個人が合理的に移動する経済圏を設計するとしたら、どういう評価基準を作らないといけないだろうか? また、そのとき、どのように報酬を設定しないといけないだろうか?」という観点での検討が必要となります。つまり、1つの企業内にとどまった話ではなく、市場そのものを組織化する仕組みがDACです。その市場においては、ビットコインの設計のように、「トークンエコノミクス」という、仮想通貨自体の設計が必要になります。また、そこで活動する人は、インターネット上に存在する世界中の企業や個人が対象となり、どのような報酬が発生すれば自律分散的に動くのかという観点で、経済圏を設計することが必要になります。

その後、2014年に、Vitalik Buterin(ヴィタリック・ブテリン)氏が、ダニエル氏の案をより一般化させたアイデアとしてDAOを考案しました。彼は、ビジネスを自動化するためにはどのようにすればよいのだろうかということに対する斬新なアイデアとして「DAO」を考えました。DAOとは、「あらゆる種類の組織のミッションに貢献する人々をインターネット上で募集して、報酬の支払いをソフトウェアでの管理に置き換えることによって、会社を管理者なしで運営できる方法」と定義しました。一方で、後になって、この定義に対して、彼自身はとても後悔しており、「DAOの定義は抽象度が高いため、当時の自分自身をビンタしてやりたい」と言っています。今日においても、DAOは業界内でも定義が決まっておらず、人によって解釈も異なっています。この業界の面白いところとして、定義は曖昧であるけれども、関わる人がそれぞれの捉え方で我流のDAOを創出し、実践しているところが、とても興味深く、新鮮であると思います。

(3)DAOの種類と例

Deep DAOによると、2022年10月現在、DAOは、4828団体存在し、約93億ドルのやり取りがされています。その中には、2021年時点で、100億ドル以上の資産を管理するDAOが100以上あります。以下の図表にあるように、定番のDAO(コレクター系・メディア系・投資系・プロトコル系)と、番外編のDAO(Aragon<DAOの運用ツール>)などがあります。

引用元:https://medium.com/@debbie.akamine/daos-will-be-everywhere-in-2022-7cd47296154f

―コレクター系「PleaserDAO」
目的は、高額のため一人では買えないNFT(Non-Fungible Token<代替不可能なトークン>)について、皆でお金を出し合い共同所有することです。また、そのNFTを担保にしてお金も借りることが可能となっていることが特徴的です。応用例として、乗り物やアート、不動産などの共同所有などが挙げられ、日本においても、NFTでホテルの会員権のようなものが購入できるサービスとして、Not a Hotelが実装されています。

―メディア系「BANKLE SS DAO」
従来の銀行がなくとも、生活できる世の中にするための情報発信をし、その世界観に共感する同志が集まっています。仮想通貨を報酬として、記事作成や翻訳などを行い、キュレーションメディアや宗教、コミュニティなどに活用されています。

―投資系「BitDAO」
目的は、皆でお金を持ち寄り、面白そうなプロジェクトに投資することです。仮想通貨を用いて、クラウドファンディング的な考え方で、どのプロジェクトを出資先にするのか、誰がどれくらい出資するのかなどを意思決定し、投資を行っています。

―プロトコル系「UNISWAP」
目的は、仮想通貨の取引を、人を介さずにプログラムで行う、分散型取引所を実現することです。世界中の人が運営する1つの分散型取引所のようなもので、仮想通貨のトークンを作って実装されています。ブロックチェーン業界ではスター的存在として位置づけされています。

―番外編「Aragon」(DAOの運用ツール)
DAOの立ち上げから運用まで、ワンストップでできるということを目的に立ち上げられました。

(4)DAOのゲームルールと始め方

DAOを実践するにあたっては、先に述べたDAOの世界観である、規制がなく、国境がなく、資本の規制がないという前提をもとに組織運営が始まるため、まったく異なる前提やマインドセットを持つ必要があります。具体的には、これえまでの体験から次の3つが重要であると、考えています。1つ目は、「ネットワーク効果を最大限に引き出せるビジネスモデルか」を考えることです。すべてのビジネスにおいて、ネットワーク効果は考慮されるかもしれませんが、DAOにおける市場は国内ではなくインターネット上にあるため、関わるステークホルダーが何倍にも増えることを想定して、ネットワーク効果について最重要視する必要があります。2つ目は、「活動にあたって、フルリモートで、かつ、多言語コミュニケーションが基本になっているか」です。DAOの業界では、インターネットで全世界がつながっているという前提があるため、英語がコミュニケーションの基盤となっており、また、時差に関係なく、非同期的なものと同期的なコミュニケーションをうまく組み合わせることが求められます。つまり、すべての時間帯で対応できる、ビジネスや組織体制を構築していく必要があるということです。また、プロジェクトを立ち上げたその日から、国内にとどまらず全世界を念頭にいろいろなプランを練る必要があります。3つ目は、「規制とどのように向き合い、取り組むか」です。規制に関しては、DAOの一番の課題であり、規制から逃れるのか、もしくは、規制に順応しながら取り組んでいくのかが焦点になります。規制から逃げれば逃げるほど、規制の枠を超えた取り組みやアイデアに挑戦することができる一方で、規制に順応すればするほど、厳しいルールを守らないといけないので、DAOの本来の良さを出しづらくなってしまいます。DAOを実践していくにあたっては、「規制を守り、健全さをとるか」、あるいは「本来やりたいことをやるために、不健全さをとるか」といったバランスが求められます。

【以上の3つのマインドセットを大切にしながら、岡さんが実際にどのようにDAOを立ち上げたのか、実践のプロセスが紹介されました。】

始める前提として、まずDAOに参加して体験し、DAOで推進するときのイメージをつかみます。その上で始めていくにあたっては、メディア系や不動産の共同所有など、DAOとして何に取り組みたいか、アイデアを考えます。そして、DAOに取り組んだときに現れる登場人物・ステークホルダーを洗い出します。その後、それらのステークホルダーにとって三方良しになるビジネスモデルを設計します。ここまでは、通常のビジネスを構築する際とあまり変わらないかもしれません。
以上の基盤を考えた上で、「自分たちの仮想通貨が必要か」を考えます。必要な場合には、ステークホルダーにどのようにして報酬が支払われるかなど、エコノミクスの設計(トークンエコノミクス)を考えます。たとえば、メディア系のDAOの場合、記事を書いて貢献してくれた人に対する報酬は仮想通貨で支払われます。一方で、自分たちの仮想通貨を構築しない場合は、すでにある他の仮想通貨をどのように活用するか考え、トークンエコノミクスを検討します。その上で、仮想通貨の資本政策や分配方法を検討します。株式会社における資本政策のように、企業としての価値を最大化するための資本のあり方や売上の計画、ステークホルダーに対する分配などを考えます。DAOにおいて特徴的なのは、一般の小規模な株式会社で資本政策を組む際には、基本的にIPO(新規上場)されるまでは、少数の投資家で株主が構成されますが、DAOにおいては、総発行株数に対し、最終的には7割くらいを個人に細分化して配ります。これらの施策をベースに、プロジェクトを推進するために、どのようなパートナーと組むか、また、どういう人たちを巻き込んでいくかというGo to Market戦略を組みます。最後に、ステークホルダーが共通認識をもち、ずれがない組織運営を行うための前提として、ここまで検討してきた戦略やトークンエコノミクスなどについてホワイトペーパーにまとめ、発信します。

(5)DAOの現在地とこれから

DAOにおける現在地は、国によって規制がバラバラなため、DAOを実施するためのハードルが高いというのが現状です。そのため、米国や欧州ではできないDAOや、特定の地域でしかできないDAOがあります。その中で、スイスは世界的にも暗号通貨に対してフレンドリーである状況を踏まえて、現在はスイスで法人を立ち上げ、実践しています。また、DAOに関しての解釈は依然として様々で、それぞれの定義のもとにDAOが創出され、実験が行われています。
そして、米国証券取引委員会を中心に、規制と仮想通貨の妥協点の模索が始まっていますが、DAOのこれからとしては、グローバルの規制が一通り出切ったタイミングでマスに浸透していくと考えています。そのために、仮想通貨と規制をどう橋渡ししていくか、どのようにバランスを取るのかということが問題となるでしょう。現在、業界の中では、DAOを責任逃れのために使っている組織もあれば、規制に準拠するDAOを模索している組織もあります。無法地帯か超合法地帯の二極しかない中で、その中間地点がどういうものになるのか、いま取り組んでいるWeb2.5の領域(海外ではWeb5と言われている)が、まさにその中間点として統合していく領域となります。こうした擦り合わせが終了することで、仮想通貨やブロックチェーン、DAOが、一気に世の中に浸透していくのではないだろうかと考えています。

(6)ダイアログ

このパートでは、岡さんの講演を受けて、参加された人事・人材開発、組織開発の推進者の皆さんがどのように受け止めたのか、また、ダイアログや質疑応答の中で中心となった4つの話題について、以下にサマリーを共有します。
●参加者の皆さんが受け止めた感想や気づき
・インパクトがあったのは、市場の中の企業をDAOにするのかではなく、市場自体(市場圏)をDAOとして捉えることです。
・組織の中にDAOを取り入れていくという考え方よりも、企業とは別の形でDAOを作っていくのがよいかもしれない。
・企業では心理的安全性というのがはやりだが、「トラストレス」という言葉が出てきていて、DAOでは心理的安全は必要とされないのだろうか?
・現在の企業においては、ピープルセンタードへのシフトが重要になりつつある一方で、DAOの世界観ではプロトコル・プログラムセンタードに変わっていくのではないかというふうに感じられ、頭ではわかるが抵抗感があった。
・人が真ん中にいない組織になると、社会組織っぽいが、そうは言いつつ民主主義でもあるのだろうか。
・人が介在しないながらも、プログラム自体は人が作っているんだなと感じました。
・M&Aやイノベーションに生かすなど、企業で働いていく中でいかにDAOの思想を生かして、活用していけるのかという可能性を感じました。

●ダイアログや質疑応答の中で中心となった4つの話題
① DAOが推進されることで、組織の中心が人からプログラムに組織が変わったときに、人間はどうなるのだろうか?

(岡さん)DAOの中央プログラムを作るのは人間ですが、現状、DAOの参加者は必ずしも人間であるとは限りません。Bot(ボット)というものが人の代わりに働いています。人がBotを作り、働かせるという構図です。現在、DAOの中でも6割くらいがBotによって動いています。人が手を動かさない部分は、そのプログラムを人が作らないといけない。人の思考をそのまま再現してくれるBotを作ることによって、お金を勝手に生み出してくれる仕組みに変わっていくでしょう。しかし、人が中央にいないからといって、人の仕事はなくならないと思います。併せて、AIの進化によって、機械とのコミュニケーションが可能になってきています。人間は機械に対する指示をより簡単に、かつ効率的にできるようになります。その設計をどうしていくのか、また、これからデジタルネイティブの人が増えてきたときに、その世代はBotの設計をする側になってくると思います。これは、AIやブロックチェーンが組み合わされたときに、どういう未来が来るかという話につながります。機械がプログラムを組んでくれる世界になれば、話したこと、文章に起こしたことをBotが作ってくれて、半自動的にお金を稼いでくれる未来が来るかもしれません。


② DAOの目指している世界観が、今までのスタートアップ企業のように、IPOとかM&Aではなく、世界のプロトコルを変えていくというような話を聞いたことがありますが、そのあたりについてどのように考えていますか?

(岡さん)ブロックチェーン業界に入ってみて感じたことは、たとえば国籍や障害、年齢、性別、人種とか、いろんな差を生み出しているバックグラウンドを取り除いて、世界中の人と働ける世の中とは何だろうかという世界観を、業界のみんなが共通してもっているということです。つまり、DAOが広がることによって、アイデンティティのレベルが「地球人」にレベルアップするのではないかと思っています。地球のために何をするかという観点で人が動き始めると、ブロックチェーンが本来たどり着きたかった思想に到達できるのではないかと思います。


③ 企業でDAOを実施する場合、従業員という縛りがあるため、どのようにして取り組んだらよいだろうか?

(岡さん)企業が実施する例はありますが、企業に閉じてしまうと、本来のDAOとしての良さが出てきません。上場している企業だと特に契約関係があるため、どうしてもガバナンスが必要となります。そのため、既存の法人との資本関係は一切もたずに、DAOという法人をもつというやり方をお勧めします。その上で、トークンを発行するなどして、DAOを作り上げます。企業というのは市場の中の一部分ですが、DAOは企業を内包するものなので、企業も1つのアクターです。そのエコシステムを構築する場合、どこかの法人をトップに置いて実施するではなく、まったく新たな市場を作りにいく中で、自分たちも参画するという形があります。

④ 市場というのは、共通の価値観を土台にした集団を作ることだと思いますが、その共通の何かをもった人の集まりがDAOということでしょうか? また、その旗を握りたいと思う人が、より多くの人の参加を得るためには、どのようながトークンエコノミクスを構築する必要があると思われますか?

(岡さん)トークンエコノミクスの設計というのは本当に難しいと思います。失敗している例や成功している例など、先行事例が多数存在しているため、そこから学びながら、ベストなものを探していくことができると考えています。スイスで取り組んでいるOverlay AGにおいても、設計をする際に半年くらいリサーチしました。また、経済学的な視点だけでなく、政治学や行動経済学、社会学など、あらゆる学問を総合して考える必要があります。イメージとしては、ゲームの設計者に近いと思います。ゲームの中で、どのような経験値を積むかなどを詳細に設計するように、DAOの構築は、そのゲームの設計者ととても近しい感じです。

第2部 研究会での対話から生まれたインサイト〜DAOが与える、人・組織に生まれる影響や可能性〜

第2部では、研究会での対話を踏まえつつ、ヒューマンバリューのメンバーで「DAOが与える、人・組織に生まれる影響や可能性」というテーマで対話をした内容をもとに、まとめたものを共有します。

現代の組織のあり方に影響を与えたものとして様々なものが挙げられますが、最も大きな影響を与えたのが、18世紀の英国での産業革命に端を発した、工業化時代のヒエラルキーのシステムです。当時のマネジメントは、組織を、目的達成のために機能的に設計された、コントロール可能な機械のようなものとして捉え、予測と統制に基づいて運営する、計画統制型のマネジメントでした。しかしながら時代の変化とともに、そのマネジメントシステムでは適応が難しくなり、経営層が管理するのではなく、1人ひとりが経営者意識をもって、主体性・創造性・情熱を発揮することが必要となりました。そうした1人ひとりの可能性や能力を引き出し、チームや組織としての価値を発揮していく上で、自律分散型のマネジメントが必要となり、アジャイル型の組織やホラクラシー、ティール組織などが生まれてきました。我々ヒューマンバリューでは、こういった新しいマネジメントのあり方を探るために、自律分散型の組織やアジャイルについて研究を重ねてきました。その研究の中で、チームや組織が自律的に歩んでいくための共通の原則として、リスペクト、目的主導、自律性、オープン性、実験性が見えてきました。これらの5つの原則を推進していくにあたって、既存の組織内で運用しようとしたとき、1人ひとりの顔が見えるチームの範囲であれば自律的に運用できるであろうというのが、実験を重ねながら見えてきた仮説です。
そして、今回、DAOの世界観や実践例、ブロックチェーンのもつ技術の特性を鑑みたとき、1人ひとりの考えや経験、役割などのアイデンティティが生かされ、またチームとしての情報共有、投票や決議、意思決定、話し合いなどが担保されることが可能になれば、チームだけでなく、チームの総体である組織全体でも自律分散型の組織を実装していけるのではないかという可能性が感じられました。そして、ユーザーや顧客、株主、従業員だけでなく、ステークホルダー全体に対して、市場としてのDAOを創造することで、世界全体の幸せに貢献しようという想いがあるように感じられました。

では、そうした動きが個人や企業にどのような変化をもたらすのか、またそれに対応していくにあたって、個人や組織として何が大切となるのでしょうか。仮説として考えられることを、個人・組織という観点で見ていきたいと思います。
はじめに、個人としては、昨今、企業で働く人たちが、たとえば副業という形でDAO型のプロジェクトやDAO型のオンラインコミュニティ、またDAO型のシェアハウスなどに参加する事例が散見されます。そうした動きは今後も増えていくでしょう。個人がDAOに参加する場合に注意したいことは、DAOが目的主導で、目的に貢献していくという特性をもつため、与えられた仕事を実行していくというよりは、1人ひとり何ができるかという視点を持ち、1人の経営者として働きかけていくことが求められることです。岡さんの話にもありましたが、企業に貢献するという枠組みを超えて、地球人としてのマインドセットで、自分自身が何者としてどのようにこの世界に貢献していくのか、そうした目的意識を自覚化して、取り組んでいくことが大事になるでしょう。そして、人によっては、企業という枠組みを超えて目的に対して人々が集合し、プロジェクトを運営していくといったDAOのあり方に参加するという選択肢も生まれてくるように思われます。
また、企業という観点では、規制などとの調整があり、トランジションしていくのに時間がかかるかもしれませんが、既存の事業をDAOに置き換えて運営していくという転換が起きてくるのではないでしょうか。そのために、組織内においては、自律分散型のマネジメントにシフトするにあたり、実現したい状態や事業の構造に合わせて、組織における意思決定の方法やミーティングの位置付け、情報の共有や開示とプライバシーの範囲などを再考し、1人ひとりが参画し、より自律的に関われるようにプロトタイプを繰り返しながら実験を進めていくことが必要となるでしょう。また、組織外においては、カンパニーセンタードというよりも、ユーザーを巻き込んだステークホルダー全体として、企業を捉え直すということが必要となります。実際に、「DAOは、1つの企業ではなく、市場そのものであり、市場の中の企業という立ち位置であり、DAOは企業を内包化している」というのが、岡さんのお話でもありました。昨今は、株主だけでなく、企業に関わるすべてのステークホルダーの視点から企業活動を捉え、社会の利益と企業の利益の両立を期する思想としてステークホルダー資本主義が注目されていますが、さらにそれを進化させた思想として、DAOが、企業が属する市場そのものや世界により貢献できる可能性があるのではないかという視点で、企業の未来の姿を考えてみることも大事かもしれません。

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私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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