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エンゲージメント~海外の定義から日本における個人と組織の新しい関係性を考察する~

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なぜ今、エンゲージメントが注目されているのか

今、エンゲージメントが注目されている背景には3つの社会的な変化が見て取れる。1つ目は人々の仕事に対する捉え方の変化である。人々は組織への単なる所属ではなく、仕事を通して社会貢献をすること、自分らしく働ける場にいることを求めている。

2つ目は人材マーケットの変化である。人々の価値観や個性の多様化が高まり、人々は自分に適したより働きがいのある場を選ぶために流動化してきている。その中で人材のリテンションを高めることが求められている。3つ目は組織の状況の変化である。組織形態や構成員の雇用形態の多様化につれて、一人ひとりに合わせた対応をしながら一体感を高めていく必要性が増している。
これらの変化に対応するには、従来のマネジメント手法では対応が難しくなっている。組織の仕組みだけでなく、従来の管理者とメンバーとの関係のあり方などの組織文化も変えなければ、企業が成長・存続できない状態に遭遇しているのである。
このような状況から、従来になかった組織と個人の新しい関係性を構築することが求められており、この新しい関係性を表す言葉としてエンゲージメントというコンセプトが注目されていると捉えられる。

海外におけるエンゲージメントの定義

しかし、まだエンゲージメントとはどのような概念なのかの共通の捉え方は定まっていない。エンゲージメントが海外でどのように定義されているのかいくつかの例を見てみよう。
米国のギャラップ社は、従業員エンゲージメントと顧客エンゲージメントという2つのコンセプトを組み合わせた「ヒューマンシグマ」という手法を提供している。同社は従業員エンゲージメントを「組織に対して強い愛着を持ち、仕事に熱意を持っている状態」としている。

英国のCIPD(The Chartered Institute of Personnel and Development)は、エンゲージメントを「組織との契約で必要とされてはいないが、働く人が提供しなくてはいけない何か」であり、「単なるモチベーションではない仕事への満足度を上回るもの」としている。また、同団体はエンゲージメントを「組織」と「組織の価値」へのコミットメントと、同僚を助けたい意欲(オーガニゼーショナル・シチズンシップ)の組み合わせとして見ることができるという。

また、リチャード・アクセロッド氏の著書『Terms of Engagement』では、積極的なエンゲージメントの段階として「個人的に参加する」、「強く主張する」、「個人的にリスクをとる」があるとされている。
このような定義から、海外でのエンゲージメントの定義に含まれる要素は「個人の組織に対する認知(価値など)」と「仕事や組織および同僚に対する個人の感情(愛着・熱意・意欲・コミットメントなど)」、「仕事や組織および同僚にする個人の行動(主張、参加など)」だといえる。

そしてエンゲージメントを高めることで実現したいことは、ギャラップ社では「労働力の仕事への関与を高めることによって財務実績の改善を目指す」としている。また、米国のBlessing White社は「完全なエンゲージメントは、仕事への最大の貢献感と満足度のアライメント」を生み出すとしている。アクセロッド氏は「領域を超えたコラボレーションを生み出し、チームワークを強化し、顧客や取引先とのパートナーシップを生み出し、将来の変化に対応できる能力を備えた組織を作る」としている。

日本で求められているエンゲージメント

海外の定義を踏まえ、今、日本で求められているエンゲージメントについて考えてみたい。ヒューマンバリューでは、2003年からエンゲージメントについての調査・研究を行っており、エンゲージメントを「『組織(会社)』と『個人(社員・構成員)』が一体となって、双方の成長に貢献しあう関係」と定義した。

これまでに50以上の業界、約3万人に対し122問のエンゲージメント・サーベイを行って分析し、検証し続けてきた。その結果、個人と組織のエンゲージメントの状態(程度・強さ)を測るには3つの側面が必要だということがわかった。(図表1)

エンゲージメントの側面について

1つ目の側面は「個人が組織に対して感じているエンゲージメントの強さ(以下、エンゲージメント)」であり、この側面には3つの要因(貢献感・適合感・仲間意識)が指標として存在する。

エンゲージメントの1つ目の要因である貢献感とは、「周囲の人、組織・社会に貢献できている、組織の将来のことを考えて行動している」という感覚である。2つ目の適合感は、「この組織は魅力的だ、自分に合っている、自分らしい場所だという感覚」であり、3つ目の仲間意識は、「仕事や損得を離れても付き合っていける仲間が組織にいる、組織の人たちとの関係をずっと保ちたい、価値観を共有できるという感覚」だ。これら3つの要因の高さで、個人が組織に対してどの要因でどの程度エンゲージメントしていると感じているのかを測ることができる。また、この側面の程度には、その他の2つの側面が影響を与えている。

2つ目の側面は、「個人が仕事に対して持っている指向性(以下、仕事の指向性)」であり、本人が自分で認識している仕事における「欲求」、「関心」、「好み」のことを表す。仕事の指向性は、周囲の人々や環境から強制された動機・欲求とは異なり、自らが「こうしたい」、「こうありたい」と、現時点で感じているものである。

この側面には下記の7つの指向性

・チェンジシーカー(変化創造指向)
・コマンダー(指揮管理指向)
・スペシャリスト(分野明確指向)
・ノーマッド(自由奔放指向)
・バランサー(マルチ指向)
・コントリビューター(奉仕指向)
・マイスター(匠指向)

が存在し、個人が仕事に対して感じているありたい状態を測ることができる。

もう1つ目の側面は、「エンゲージメントに影響を与える、個人が捉えている組織の状況(以下、組織の状況)」であり、組織の機会提供や経営のあり方、文化などの状態を個人がどう捉えているかを表す。エンゲージメントの程度や仕事の指向性との関係が深い組織の状況には7つの領域(経営の通貫性、個人の成長機会、挑戦への柔軟性、個人の強みの発揮機会、経営への信頼、チームワーク性、多様な働き方の機会)がある。これらの状況の認知の仕方は、個人の期待するレベルや欲求・関心・好みによって影響されるため、同じ組織に所属する人々の中でもまったく逆の認知に分かれることも多い。

海外のエンゲージメントのサーベイでは、こういった組織と個人の新しい関係性の尺度に求められている「一人ひとりの個性や指向性」や「一人ひとりが主体的・自律的に仕事に取り組んでくれる組織環境」といった側面は捉えていないようだ。

エンゲージメントを高めるためには

それでは、この3つの側面からなるエンゲージメントを高め、人と組織が共に成長できるような関係を築くためにはどうすればよいのだろうか。

人が自分らしく活き活きするかどうかは、実際の状況よりもその人がその状況に対して「どう感じるか、どう捉えるか」によって影響される。そのため、一人ひとりが「どう感じるか、どう捉えるのか」を知ることで本当に効果的な施策が見つかる可能性は高まる。しかし、従来の帰属意識や従業員満足度といった枠組みでは、働く個人が組織に対して魅力を感じている程度や、「この場(組織)で自分の力を発揮できる」と感じる程度を把握するのが難しくなっている。そのため、別の枠組を使って本人の関心や指向とともに、個人が今の組織や仕事をどう捉え、どの程度エンゲージメントを感じているのかを明らかにすることが必要になるのだ。

弊社ではエンゲージメント・サーベイを行いフィードバックレポートを提供してはいるが、実際に個人やチームのエンゲージメントの程度を明らかにし、高めていくには、組織のメンバーがお互いのありたい状態を共有し、現在のエンゲージメントの状態を把握したうえで、自分たちが主体となって、ありたい状態に向かうプロセスをデザインすることを大切にしている。

例えば、マネージャーが自分自身の仕事の指向性をもとにメンバーに仕事の価値や意味を伝えようとしても、相手と仕事の指向性が違えば、その価値を伝えることができないこともある。そのため、仕事の価値を説得するのではなく、質問をしながら、相手の仕事の指向性に合った仕事の意味づけができるようなサポートの仕方をデザインする。なぜかというと「自分の仕事の指向性にぴたりと合った仕事」を探し求めることは、必ずしもエンゲージメントを高める施策になるとはいえず、それよりも、現在の仕事の中から自分の指向性に合わせて楽しめる部分を見いだし、そこにコミットしていくことが、エンゲージメントを高めることにつながるからだ。現在の仕事の捉え方を変えてエンゲージメントを高められたという体験が、メンバー一人ひとりの成長や次のキャリアにもつながるのである。

以上をまとめると、サーベイを実施してエンゲージメントの程度を明らかにするにしろ、エンゲージメントを高めるためのイベントを行うにしろ、誰かが一方的に組織の状況の低いところを探して問題として捉え、解決するための施策を考えるのではエンゲージメントが高まらないばかりかメンバーのやらされ感が増して逆効果になることもあるといえる。

エンゲージメントを高めるにはメンバー同士が目指すところに対して何を一番高めていきたいのかを考え、その際に組織としてはどう取り組みたいか、また一人ひとりが個人としてどう取り組みたいのかを考えるのが効果的なのである。個人の認知の違いを尊重するだけでなく、違いを活かしていく場とプロセスを作り続けることによって、多様な人が活き活きと自分らしく働ける組織が実現できるのではないだろうか。

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私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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