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ダイバーシティ&インクルージョン

インクルージョンは、含有、包含、(社会的)一体性といった意味があり、異なる社会文化的背景、個人的特質などをありのまま受け入れ、誰もが対等な関係で関わり合い、能力を発揮できる組織や社会、文化づくりを目指すものです。

性別、人種、年齢といった属性的な違いのみならず、経験や価値観、指向性や強み・弱みといった1人ひとりの素晴らしさがお互いに理解され、尊重されるダイバーシティの重要性が高まっています。しかし、そうした多様な個性がばらばらに存在していたり、異なる価値観を暗黙的に排斥してしまうような風土があると、多様な人材はうまく生かせません。

ヒューマンバリューでは、ダイバーシティ&インクルージョンが実現できている姿を、「すべての人々が多様な個性をもって、自分らしく社会と組織に参加し、最大限に力を生かすことができていると感じられる組織の状態」と定義しています。

1.社会・福祉分野

インクルージョンは、身体に障がいのある子どもたちが、教育や社会に参加していくことを目的とした取り組みを指す言葉として、社会・福祉分野で最初に使われました。使われました。最近では、取り組みの範囲が広がり、高齢者、犯罪前歴者など、誰もが参加しやすい社会をつくる「インクルージョン社会」という取り組みや、誰もがITを使って教育や社会参加の機会を得られることを目指した「e-インクルージョン」という取り組みも出てきています。

2.ビジネス分野

ビジネス分野では、ダイバーシティから発展した新しい組織のあり方として、インクルージョンが出てきています。

ダイバーシティは、特に米国を中心に1960年頃から盛んに取り組まれており、多様な文化や背景、個人的特質をもった人を組織に受け入れ、組織のパフォーマンスを高めることを目指した取り組みです。具体的には、多様な人材を採用するための雇用枠やポストを用意し、入社後も多様な働き方が可能な仕組みを整えることなどがあげられます。

しかし、新しく受け入れた人への暗黙的な排斥や区別が組織内にあると、多様な人材を採用しても、結局いかすことができず流出してしまうという問題が起きがちです。たとえば、マイノリティーの目標採用率を決めている企業では、周囲の従業員が採用された人に対して「目標採用数を達成するために、能力がないのに採用された」という解釈をしてしまうことがあります。そうした考えを周囲がもってしまうと、新しく受け入れた人と対等に接さず、普段の仕事でも意見を聞き入れないといったことが起こりがちになります。

ダイバーシティに取り組んでも、一緒に仕事をして成長していく仲間として受け入れ、機会提供や育成をするインクルージョンがないと、結局いかされずにその人材は流出してしまいます。

インクルージョンとは何か

人材開発関連でのインクルージョンに関する代表的な書籍には、『The Inclusion Breakthrough(Frederick A. Miller、Judith H. Katz)』と『The Power of Inclusion(Michael C. Hyter、Judith L. Turnock)』の2冊がありますが、研究や取り組みはまだ発展段階にあり、明確な定義はされていません。

こういった書籍やカンファレンスなどでの語り口から文脈を捉えると、次のような意味づけがされているように思います。インクルージョンは、「異なる社会文化、個人的特質などさまざまな要素から起きる暗黙的な排斥や区別を取り払い、誰もが対等な関係で関わり合い、社会や組織に参加する機会を提供することを目指すもの」ということです。

次に、インクルージョンとダイバーシティの言葉やコンセプトの違いから、意味を整理してみます。

まず、言葉自体の違いをみると、「ダイバーシティ」は人々の差異や違いを意識した言葉であり、「インクルージョン」は一体になるという意味合いの強い言葉です。そして、ダイバーシティは多様性のある状態をつくることに焦点を当てているのに対し、インクルージョンは人々が対等に関わり合いながら、組織に参加している状態をつくることに焦点を当てています。

また、ダイバーシティが多様な人が働くことのできる環境を整える考え方に近いのに対し、インクルージョンは1人ひとりが自分らしく組織に参加できる機会を創出し、貢献していると感じることができる日々のマネジメントや文化をつくろうとする発想に基づいています。

日本でインクルージョンを推進する意味

日本では2007年以降、団塊の世代が60歳定年を迎えたのに伴い、人材の不足感が高まっています。企業は女性活用や定年延長などを積極的に行い、労働力を確保しようとしています。そのため、主に女性や高齢者、また外国人にとって働きやすい職場づくりを目指したダイバーシティの取り組みが増えています。その結果、組織内の雇用形態が多様化し、異なる文化や背景、個人的特質をもった人が一緒に働いている状態が当たり前になってきています。

その際、日本でも暗黙的な排斥や区別が起こる可能性があるのではないでしょうか。そうしたことを考えると、組織としてどのような状態を目指したいのかについて、一歩先を考えて、取り組む必要があります。そこで、多様性を受け入れた新しい組織のあり方を目指すインクルージョンが大切になってくるのです。

インクルージョンを実現した組織の姿とは

それでは、インクルージョンが実現した組織とはどのような姿になっているのでしょうか。ヒューマンバリューでは、「すべての人々が多様な個性をもって、自分らしく社会と組織に参加し、最大限に力を生かすことができていると感じられる組織の状態」になると考えています。インクルージョンの具体的な体験として、たとえば以下のようなものが挙げられます。

米国のある出版社の戦略会議に参加したときの例です。従来の発想では、戦略会議は社内秘が当たり前であり、組織内でもごく一部の経営層で行われるものだと思います。しかし、その会議には従業員20人全員が参加しており、それ以外に、著者、米国外のいくつかの出版社、読者、サプライヤーなど、外部の人が50人参加していました。海外から集まった人も含め、皆、自費で会議場までの交通費やホテルの宿泊代を出し、平日に3日間を割いて参加していたのです。

なぜそこまでして集まったのか、理由を参加者に聞いてみると、その出版社のビジョンや組織のあり方そのものが素晴らしく、その会社に所属していなくても、ビジョンに共鳴していたからだということがわかりました。戦略会議では、会社の人間であるかどうかはもちろん、人種、性別、年齢などもまったく関係なく、全員がその会社に共感している仲間として真剣に戦略を話し合い、1人ひとりがその会社を発展させていくために何ができるか話し合ったのです。その会議で生まれた戦略のいくつかは、社内外の人の協働で今も進められています。

もともと、この会社では普段の仕事も従業員だけが行うのではなく、ボランティアが著者の原稿を読んで出版し、著者自身がマーケティングを行うなど、もはや、組織というよりもコミュニティに近い形で運営されています。

この事例のようにインクルージョンを実現すると、従業員の多様性を受け入れるだけではなく、組織内外を問わず、会社の目指しているビジョンや会社のあり方に共感する人すべてが、コミュニティの一員のように受け入れられ、貢献する機会があるのではないでしょうか。

その結果、組織内外を問わずさまざまな人が自分らしい形で組織に主体的に関わり、力を最大限に発揮することができます。また、組織に常に異なる考えや新しい考え方が入ることで、組織のイノベーションが起こります。そして、人々が対等に関わり合うことで、相互に成長や変化することが促されるのです。

職場でインクルージョンの文化やマネジメントを実現するには

インクルージョンを組織で実現するには、どのような取り組みが求められるのでしょうか。ヒューマンバリューでは、以下の4つがポイントになると考えています。

1.組織としてのインクルージョンの機会を提供する

職場では、それぞれの人が自分らしい形で関わることができる仕事や機会が提供されることが大切です。また、先の米国企業における戦略会議の例のように、多様な人が組織のコアとなるビジョンやミッションの実現に関わることができる豊富な機会や場を提供することも効果的です。

2.組織のビジョンや目指している姿を常に考え、対話が起こるようにする

インクルージョンは、単純に自由な時間や場所で働くことができ、休暇が取りやすいなど柔軟な働き方をするだけでは実現しません。どのような形で働いていても、自分の仕事が組織のビジョンにつながっていると感じられること、また貢献できていると感じ、周囲からも認められていることが大切です。そのため、常に組織のビジョンや目指している姿を考え、それぞれがどのように自分らしく貢献したいか、また貢献できているかという対話や確認をすることが大切です。

3.固定化された行動パターンを要求しない

これは、仕事をする際にその人らしい貢献や関わり方を許容するということです。たとえば、「お客様第一」を目指す組織で、「プライベートを犠牲にして、お客様のために仕事をする」という行動パターンが「お客様第一」であると思っている上司がいたとします。その上司が周囲の人に「Aさんは、忙しい時期なのに子どもを保育園に迎えに行くことを優先した。なんとか融通できなかったのか?」と話していたりすると、暗黙的にプライベートよりも仕事を優先する行動パターンが求められていることが周囲に伝わり、結局Aさんに対する評価や機会提供に影響を与えることがあります。

4.1人ひとりがインクルージョンの意識をもつ

暗黙的な排斥や区別は無意識に起こっている場合もあります。相手の働き方や文化、個人的な特質に対するステレオタイプがあり、それによってある人をあらかじめ優秀ではないと決めつけてしまったり、一緒に仕事ができないと判断したりしてしまいます。そういった個人の意識が、ちょっとした声の掛け方や言葉遣いにも現れてしまいます。そして機会提供や育成にも差が出てくることもあります。個人が自分の中にあるステレオタイプを意識し、暗黙的な排斥や区別を行っていないかを確認し、気づく機会が必要です。

前記4つのポイントが、インクルージョンを実現するのに大切と考えていますが、今後のさらなる取り組みから、より明確な概念と実践のポイントが出てくることを期待したいと思います。

「企業と人材(産労総合研究所)」2008年6月5日号掲載

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