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学習する組織

学習する組織(ラーニング・オーガニゼーション)とは、心から望むビジョンの実現のために、直面している複雑な問題を構成する要素の相互影響関係を把握する力を養い、組織のメンバーのコミットメントと創造性を高め、チームや組織として相互作用を促進することで、個々人の力を結集する能力を高め続ける組織です。

学習する組織の背景

ロイヤル=ダッチ=シェル社の企画部長をしていたアリーデ・グース氏は、1997年発刊の著書『リビングカンパニー』(日経BP社)の中で、今日の企業に最も影響を及ぼしている事柄として、下記の2つを取り上げています。

・企業を取り巻く世界の急激な変化、
・決定的な生産要因の「資金」から「知識」への移行

グース氏が言うように企業を取り巻く世界の急激な変化は、ビジネスサイクルの急速な短縮化と技術やノウハウの更新スピードの高まりという形で企業や働く人々に大きな影響を与えています。こうした変化は、私たちがこれまでに経験したことがなかったものといえます。今年活用している知識、ノウハウが一年先、半年先ひいては1ヶ月後には陳腐化してしまうのです。

ビジネスサイクルの短縮化によって、既に80年代には、仕事について上司が部下に指導できる時代は終わりました。そして、90年代には、マニュアルで知識を伝承することも難しくなり、組織で働く人々は自ら職場で学習し、知識、ノウハウを身につけ行動していく必要が生まれたのでした。

また、こうしたビジネスサイクルの短縮化に伴う技術、知識の更新スピードの高まりとグローバリゼーションによる社会環境の変化が原因となって、ビジネスを行う上での重要な資源は、「モノ」や「カネ(資本)」から「知識」へと移行しました。それは「知識の時代」あるいは「知識経済の時代」と呼ばれました。「カネ(資本)」をもっていることよりも、どのような知識、ノウハウをもっているか、そして、それを常に更新し、環境変化に適応した最新のものとなっているかが、ビジネスの成功を大きく左右するようになったのでした。

また「知識の時代」への移行は、企業で働く人々の意識にも影響を与えているといえます。肩書きや所属に対するこだわりに代表されるような、かつて日本人がもっていた組織への帰属意識は希薄になり、人々は「自分はどんな能力や知識をもっているか」ということ、つまり、単に会社のためではなく、個人としての能力や知識をいかに高め、蓄えるかということに強い意識をもつようになったのです。

こうした背景からも、「学習」の重要性について容易に指摘することができるでしょう。しかし、現実には個人、組織、社会のそれぞれのレベルにおいて、さまざまな学習を阻害する要因が存在しています。さらには、個人の学習の成果が高まっても、それが必ずしも組織の力として反映されないという問題もあります。

このような企業を取り巻く環境の変化によって引き起こされる問題は、これまでの考え方や経営手法では対応できないことから。米国では、当時の世界の先端企業とマサチューセッツ工科大学(MIT)、ハーバード大学など、研究機関の最先端が協力して、早くからそのような問題への取り組みが進められていました。そして、1980年代の終焉頃になると、数々の調査研究と企業内での実践を通して、「学習する組織(ラーニング・オーガニゼーション)」という概念がクローズアップされるようになったのです。

学習する組織の5つのディシプリン

マサチューセッツ工科大学の上級講師であるピーター・センゲ氏は、著書「学習する組織(The Fifth Discipline: The Art and Practice of The Learning Organization)」の中で、学習する組織を実現するために、5つのディシプリン(規律)である「自己マスタリー」「メンタルモデル」「共有ビジョン」「チーム学習」「システム思考」の必要性を説きました。この5つのディシプリンは、どれかひとつだけでもが欠けてはならず、継続的な実践を通じて体得していく「道」のようなプロセスとして捉えることができます。

次に、それぞれのディシプリンについて簡単に説明します。

自己マスタリー

自分自身が心底から望んでいるビジョンや目的に忠実に従って生きようとするプロセス(過程)のこと。そこでは、自分にとって何が大事であるかの意味、目的、ありたい姿を常に明らかにしつづけることが必要である。これは、自分たちの選んだ目標に向かって自己啓発を進める組織環境をつくり出すことへもつながる

・実践のためのスキルやツール:クリエイティブ・テンション(創造的緊張関係)

メンタルモデル

1人ひとりがもっている「思いこみ」や「固定観念」のこと。個人の思考や行動に強い影響を与える。自分のメンタル・モデルを常に内省し、明らかにすることによって、改善を続けることが重要。

・実践のためのスキルやツール:推測の梯子、シナリオプラニング

共有ビジョン

組織の中のすべての人々が共通して抱いている心のイメージ。共有ビジョンをもつことで、メンバー全員が選んだ未来像や目標に向かって自己啓発を進める組織環境をつくり出すことができる。

・実践のためのスキルやツール:共有ビジョン構築のステップ

チーム学習

チームのメンバーが本当に望んでいる成果を生み出すために、対話を通して学習を引き出し、個人の力の総和を超えたチームの能力をつくり出していく過程。

・実践のためのスキルやツール:ダイアローグ、主張と探求のバランス

システムシンキング

さまざまな要素が複雑に関連し合っている問題の全体状況と相互関係を明らかにすることによって、解決策を見いだす技法。また、そうした問題について話し合い、理解するための言語。

・実践のためのスキルやツール:システム原型、システム図

5つのディシプリンは相互に影響し合い成り立っているので、5つのすべてを実践することにより、大きな相乗効果が生まれることが実証されています。

しかし、組織においては、5つのうちのいくつかを導入するだけでもそれなりの効果はあるといわれています。

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