エンゲージメントは誰かが高めてくれるもの?<学習する組織ショート・コラム第6回>
本連載では、学習する組織や組織開発の考え方や洞察をビジネスの文脈に照らし合わせて、短いコラムとして紹介しています。今後の組織づくりに役立つヒントやインスピレーションを得る機会となれば幸いです。
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働く人々のエンゲージメントへの関心がかつてないほど高まっています。人的資本経営への関心の高まりの影響を受け、多くの企業がエンゲージメント・サーベイに取り組んだり、そこでの結果を人的情報開示の重要指標として、統合報告書の中で公開していく動きも加速しています。
企業が、価値を生み出す源泉に人を置き、一人ひとりが充実感・貢献感・成長実感をもっていきいきと働きけることを重視するトレンドは望ましいものと言えます。ヒューマンバリューでは、約20年前からエンゲージメントの研究やサーベイの開発に取り組み始めましたが、当時はエンゲージメントと言っても何のことか理解してもらえないことも多々あり、その時から比べると隔世の感があります。
しかし、その一方でエンゲージメントの本質が社会に望ましい形で広がっているかと問われると、少し疑問に感じることもあります。たとえば先日ある会社のマネジャーの方からこんな相談を受けました。
「会社として、エンゲージメントが大切というメッセージを従業員に発信したり、サーベイもたくさんやっているけど、やればやるほどメンバーを受け身にさせてしまうと思うんです・・・」
そのマネジャーの課題意識としては、サーベイに答えるメンバーたちの認知が、「サーベイにしっかりと答えたから、自分たちのエンゲージメントを高められるようしっかりと会社で取り組んでね」といったスタンスを助長してしまっているように感じられるとのことでした。 もちろん望ましい認知や大きな成果につながっている例もたくさんありますが、上記のような状況が起きてしまうのは、エンゲージメントの理解や取り組み方が本来実現したかったものとは違う形になっていることが考えられます。
エンゲージメントは自分の力で高められる:自己マスタリーの実践
ではエンゲージメントが本来もつ意味とは何でしょうか? ヒューマンバリューでは「組織と個人が共に成長し、貢献しあう関係」と定義しています。自身が成長し、貢献することが、組織の成長につながり、組織が成長することで、自分も高められる関係性です。(詳しくは、「こちら」を参照)

それは、「与える・与えられる」という一方向的な関係ではなく、図にあるように相互に高め合う循環を表しています。
そして、その前提には、エンゲージメントは、誰かから高めてもらわなくても、「自分自身の力で高めることができる」という哲学があります。それは、学習する組織のディシプリンの1つである「自己マスタリー」を実践すること、つまり個々人が自らビジョンを描き、現実を見て自分の意志で一歩踏み出す力があるということに基づいた実践です。
ただし、実際のエンゲージメントへの取り組み方を見てみると、前提となる考え方や哲学が置き忘れられている実態もあるように思います。
たとえば、エンゲージメントが低い理由を、マネジャーに起因するものとして、マネジャーに自チームの改善案を出させたり、研修を受けさせたり、といったアプローチを見ることが多くあります。これ自体は悪いことではありません。ギャラップ社の調査でも、職場のエンゲージメントの7割は上司のあり方で説明できるといった傾向も出ており、マネジャーに働きかけたり、支援を行うことは重要なアプローチです。私たちも多くの企業でそうしたサポートを行っています。
しかし、マネジャーだけにその責務を負わせることは、本来実現したい姿とは離れているように思いますし、実際にアクションを起こすのがマネジャーだけだと、当然メンバーの受身的な姿勢は助長されてしまいます。
では「エンゲージメントは自分の力で高めることができる」という哲学を体現するとしたらどんなアプローチが大切になるでしょうか?
それにはただサーベイに取り組むのではなく、「エンゲージメントとは何なのか」「何を目指しているものなのか」という、上述した哲学をメンバーに対して粘り強く語り、共有し、メンバー自身のエンパワーメントにつなげていくことが必要となります。
サーベイの結果も、マネジャー間のみで検討して、メンバーには結果を返すだけではなく、その結果をもとに自分たちに何ができるかをチーム全体で対話し、アクションを共創する経験が不可欠です。自分たちの組織を自分たちの手で良くしていく経験、また良くできるという自信が本来的なエンゲージメントの向上につながります。ヒューマンバリューで発行しているサーベイ・レポートにおいても、結果や傾向に加えて、何が議論のポイントになるのかをチームごとにフィードバックし、自分たちで具体的なアクションを考えていけるようなサポートをしていくケースも増えてきました。
また、メンバー自身がグロース・マインドセットの考え方やフィードバックの活かし方を学んだり、ジョブ・クラフティング(従業員が自分の職務や仕事を、自分の価値観やスキル、志向性に合わせて主体的に再構築し、仕事への満足感や意義を高めていくこと)の技術を高めていくことも有意義な機会となるでしょう。 エンゲージメントは誰かが高めてあげなければいけない、という発想を手放し、自分の力で高めることができるという視点で、今一度自分たちの取り組みを眺めてみてはどうでしょうか。
学習する組織ショート・コラム
<第1回>ビジョンは「浸透」させるもの?
<第2回>「静かな退職」から「静かな成長」へ
<第3回>経営者に今投げかけたい問いは?
<第4回>インクルージョンは「同化」とどう違うのか?
<第5回>バランス・スコア・カードが再び脚光を浴びる理由と課題