雑誌掲載記事

フューチャーサーチ~利害を越えた対話から、皆が望む未来を創り出すファシリテーション手法~

近年、組織や社会の変革や改善を行うアプローチとして、「ホールシステム・アプローチ」が注目されている。これは、テーマに関係するステークホルダー(影響関係者)全員が一堂に会して話し合い、できるだけ多くの人々が意思決定や施策の検討に参画していくアプローチである。

従来のように、一部の限られたリーダーや識者、権威のある人だけで意思決定や施策の検討を行うことは、一見効率的である。しかし、それでは当事者の意識や主体性は高まるが、周囲のメンバーは、やらされ感に陥ってしまう。そうした背景から、現在では、関係者全員が垣根を越えてオープンな対話を行うことで、合意や施策へのコミットメントを引き出していくことが重要となってきている。

「フューチャーサーチ」は、このホールシステム・アプローチの話し合い手法の1つつである。大変効果の高い手法として、現在、世界各国のさまざまな分野(企業組織や行政、地域コミュニティの開発、紛争の解決など)で活用が進んでいる。

関連するキーワード

フューチャーサーチとは

フューチャーサーチは、複雑性の高い状況下でも民主的な話し合いによって、望ましい未来を探究し、共創を生み出すミーティングの手法である。『フューチャーサーチ』(ヒューマンバリュー刊)の著書である、マーヴィン・ワイスボード氏とサンドラ・ジャノフ氏によって1987年に提唱され、95年に現在の形に完成された。

この手法は、解決が難しいテーマに係わる利害の異なるステークホルダーが一堂に会して、過去と現在の状況について共有したうえで、みんなが望む未来を確認し、協力関係を生み出し、参加者が自己の責任においてアクション・プランの作成を行うもので、構造化されたプロセスをもつ3日間のコンファレンスで構成されている。

フューチャーサーチの原理:ホールシステム・イン・ザ・ルーム

フューチャーサーチの大きな特徴として、参加者の構成や集め方が挙げられる。それは、「ホールシステム・イン・ザ・ルーム(部屋の中にシステム全体を含む)」という原理を特に重視していることである。部屋の中に全体システムの縮図が現れるように、テーマに関するステークホルダーのグループを形成する。そうすることで、話し合いの中に多様な視点を取り入れることができ、テーマについての全体像を把握することが出来るようになるのである。

一般的には約8人くらいからなるグループが6~8程度形成され、全体で60~70人程度の参加者が出席することになる。例えば、ある企業で行われた時には

・会社の顧問
・顧客
・マーケット・テクノロジスト
・経営層・管理者層
・契約社員
・スタッフ部門
・顧客サービス
・家族」

といった8つのステークホルダーごとにグループが形成された。

こうした参加者の集め方には大きく2つの良さが認められる。1つは、多様性を本当の意味で受容していることがある。話し合いの中で自由に意見を述べるためには、その話し合いの場にいづらくなく、そこにいることが周囲から承認されていることが必要となる。その時にマイノリティの人や知識や情報の少ない人が、周囲の人に比べて少数では、居心地が悪く、その多様性が認められたとは言いづらい。
フューチャーサーチでは、それぞれのステークホルダーの参加人数を同一にすることで、この多様性を認めるのに高い効果がある。

もう1つの良さは、実際の変革に向けての影響力の高さである。フューチャーサーチでは、各ステークホルダーを構成する参加者については、誰でも自由に参加できるというわけではなく、主催者側がオピニオンリーダーやイニシアチブを取っている人、そのテーマに大きな影響を与える人を名指しで招待する。これは、主体性や自律性を最大限に重んじ、テーマについて関心と情熱を持っている人はすべて招待するAI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)やOST(オープン・スペース・テクノロジー)などの他の手法とは大きく異なるところである。

そうした影響力のあるリーダーが、3日間を共に過ごし、お互いの背景の理解によって対立を緩和させ、共有化された未来に向かって大きなイニシアチブを遂行していくのである。そのためミーティングの成功の要は、どれだけそうしたリーダーを集められるかにあるともいえる。企画プロセスでは、事前に準備委員会を結成して、3~6ヶ月をかけて綿密な準備を行っていくのである。

参加者の知識と情報の不足をカバーするセッションの進め方

フューチャーサーチでは、ホールシステムでの話し合いを実りあるものにし、知識や経験のある人もない人も、平等に参加でき、全体として起きていることや背景の状況を理解できるように、うまく話し合いのプロセスがデザインされている。具体的には、次の5つの集中した話し合いのセッションが行われる。

1.過去を振り返る

最初に、参加者が自分たちの歴史の3つの年表(タイムライン)を共同で作成する。それは外部環境(社会・世界)の変化の過去と、自分たちの組織やローカル(組織など)の過去と、参加者個人の過去である。参加者の記憶によって描かれるため、できあがった年表は、整理されておらず、書いた人によって情報の偏りがあるが、一方で参加者の背景にある人生のドラマや重みといったものを感じさせるものになる。ここで参加者の多くの人は、1人ひとりがそれぞれの物語をもっている人間なのだというお互いの背景に対して共感し、尊厳を感じるのである。

2.現在を探究する

2番目は、現在の組織(ローカル)の課題に影響を与えているトレンドを全員でマインドマップに描く。大きな模造紙を用意して、その中心にテーマを置いて、そこから放射状に線(枝)を出して、参加者が発言したトレンドを判断抜きに書き込んでいくことで、脳のシナプスのような図を作成するのである。マインドマップを描くことで、全体の影響関係をシステム的に捉えることができるようになる。

マインドマップを描いた後、ステークホルダーグループごとに、自分たちの関心のある大事なトレンドを3つ選び、それに対して個人として何をしているのか、またどのような行動をとりたいと思うのかを検討する。これはシステムの中の一部として自分が存在しているという個人の内省を促す効果がある。

そしてその後に、「プラウド&ソーリー」というワークを行う。これはグループで、先ほど挙げたトレンドに対して、「誇りに思うこと」と「残念なこと」を模造紙に書き出していく。素直に自分の責任について内省するために、他のステークホルダーグループからの共感的理解が生まれ、グループで内省的な話し合いが起きる。

3.理想的な未来のシナリオを作る

次に未来に目を向け、参加者が自分たちで「ありたい姿」を描く。その方法として、グループごとに望ましい未来の姿を全員参加のスキット(寸劇)で、今それが起きているように表現する。これは、文章表現のような施策の微細な差異に注意が行かないため、参加者全員が未来に対して望んでいるコンテクスト(文脈・目的・意味)の共有化を行うとともに、イメージや皮膚感覚で感情的にしみ込むことを狙っている。多くの施策に対して頭がうなずいても、心や身体がうなずかなければものごとは実行されないという現実に配慮した方法である。

4.コモン・グラウンド(Common Ground:共通の意図、拠りどころ)を明確化する

従来の多くの話し合いのプロセスデザインでは、共通の夢やビジョンを描いた後には、アクション・プランを作成するという方法をとるが、フューチャーサーチでは4番目として、コモン・グラウンドの作成を行う。これこそが、フューチャーサーチの第1の特徴とも言えるかもしれない。この方法は、各グループのスキットに表現されていた共通する価値観からコモン・グラウンドのリストを作る。そして、掲げられたリストを1つひとつ取り上げ、全員に対して同意できるかどうかを尋ね、1人でも同意しない人がいたら削除していくという方法をとる。

これは、ステークホルダー間の利害が対立している場合には、極めて有効な方法だと考えられる。どれを取り上げるべきか、どれが正しいかのコメントの応酬が起きることを防ぎ、利害の対立を超えて、本当に共通して守っていきたい拠りどころは何かの合意を得ることができるからである。

5.アクション・プランを作成する

最後に、アクション・プランを作成する。全員で合意したコモン・グラウンドに対して、やりたいことがある人、行動を起こしたい人が集まり、チームを形成する。チームは同じステークホルダー内で形成されることもあれば、ステークホルダーの垣根を越えて形成されることもある。

ただし、この段階は主体的なボランティアで行い、メンバーに参加を強制しない。参加者は異なるステークホルダーの集まりであるから、実行することを主催者側が押しつけることもコントロールすることもできないからである。共通の想いを持ったもの同士が自己組織化し、全体システムの改善に向けて大きな一歩を踏み出していくのである。

ここまで紹介してきたフューチャーサーチのプロセスは、参加者の多様性を包含し、より大きな全体を理解する学習と、選択する自由と、行動への主体的な意思と責任が明確に担保された流れになっている。そして、それぞれのセッションで、どういった投げ掛けや質問を行うのか、何分でセッションを終了するのか、どういった状態で1日のセッションを終了することが望ましいのかなどの、詳細にわたるファシリテーションの技術が明確化されている。

フューチャーサーチは、非常に構造度の高い、効果の安定した手法として、先人たちの長年の研究の末に完成されてきたといえる。そうした構造を壊さないようにしながら、この手法を使って、異なる歴史や文化、価値観をもった人々が、対立を乗り越えて、意見を交換しながら建設的に、共通の未来を生み出していくことにチャレンジしてみてほしい。

関連するメンバー

私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

関連するレポート

コラム:ピープル・センタードの人事・経営に向き合う5つの「問い」

2022.10.28インサイトレポート

株式会社ヒューマンバリュー 取締役主任研究員 川口 大輔 「人」を中心に置いた経営へのシフトが加速しています。パーパス経営、人的資本経営、人的情報開示、ESG経営、エンゲージメント、ウェルビーイング、D&I、リスキリングなど様々なキーワードが飛び交う中、こうした動きを一過性のブームやトレンドではなく、本質的な取り組みや価値の創出につなげていくために、私たちは何を大切にしていく必要がある

自律分散型組織で求められる個人のマインドセット変容

2022.10.19インサイトレポート

株式会社ヒューマンバリュー 会長高間邦男 今日、企業がイノベーションを行っていくには、メンバーの自律性と創造性の発揮が必要だと言われています。それを実現するために、先進的な取り組みを行う企業の中には、組織の構造を従来の管理統制型のピラミッド組織から自律分散型組織に変えていこうという試みをしているところがあります。それを実現する方法としては、組織の文化や思想を変革していくことが求められます

組織にアジャイルを獲得する〜今、求められるエージェンシー〜

2022.01.20インサイトレポート

プロセス・ガーデナー 高橋尚子 激変する外部環境の中で、SDGsへの対応、イノベーション、生産性の向上などの山積するテーマを推進していくには、組織のメンバーの自律的取り組みが欠かせません。そういった背景から、メンバーの主体性を高めるにはどうしたら良いのかといった声がよく聞かれます。この課題に対し、最近、社会学や哲学、教育の分野で取り上げられている「エージェンシー」という概念が、取り組みを検討

アジャイル組織開発とは何か

2021.10.25インサイトレポート

株式会社ヒューマンバリュー 会長 高間邦男 ソフトウエア開発の手法として実績をあげてきたアジャイルの考え方は、一般の企業組織にも適応可能で高い成果を期待できるところから、最近では企業内の様々なプロジェクトにアジャイルを取り入れる試みが見られるようになってきました。また、いくつかの企業では企業全体をアジャイル組織に変革させるという取り組みが始まっています。本稿ではこういったアジャイルな振る舞いを

<HCIバーチャル・カンファレンス2021:Create a Culture of Feedback and Performance参加報告> 〜「フィードバック」を軸としたパフォーマンス向上の取り組み〜

2021.10.01インサイトレポート

2021年 6月 30日に、HCIバーチャル・カンファレンス「Create a Culture of Feedback and Performance(フィードバックとパフォーマンスのカルチャーを築く)」が開催されました。

コラム:『会話からはじまるキャリア開発』あとがき

2021.08.27インサイトレポート

ヒューマンバリューでは、2020年8月に『会話からはじまるキャリア開発』を発刊しました。本コラムは、訳者として制作に関わった私(佐野)が、発刊後の様々な方との対話や探求、そして読書会の実施を通して気づいたこと、感じたことなどを言語化し、本書の「あとがき」として、共有してみたいと思います。

ラーニング・ジャーニーが広げる学びの可能性〜『今まさに現れようとしている未来』から学ぶ10のインサイト〜

2021.07.29インサイトレポート

過去に正しいと思われていたビジネスモデルや価値観が揺らぎ、変容している現在、「今世界で起きていることへの感度を高め、保持し続けてきたものの見方・枠組みを手放し、変化の兆しが自分たちにどんな意味をもつのかを問い続け、未来への洞察を得る」ことの重要性が認識されるようになっています。 そうした要請に対して、企業で働く人々が越境して学ぶ「ラーニング・ジャーニー」が高い効果を生み出すことが、企業の現場で認

不確実な時代において、なぜ自律分散型組織が効果的なのか?

2021.07.19インサイトレポート

自律分散型組織については、1990年初頭に登場した「学習する組織」の中で、その必要性や有用性が語られて以降、変革の機運が高まり、様々なプラクティスが生まれてきました。一方、多くの企業は未だに中央集権的なマネジメント構造に基づいた組織運営から脱却することの難しさに直面しているものと思います。しかしながら、COVID-19の世界的なパンデミックをはじめ、社会的な文脈が大きく変わっていく流れの中で、これ

「変わり続けるチームづくりのポイントは?」 Ocapiユーザーリサーチからみえてきたもの

2021.06.01インサイトレポート

自律分散型の文化を育む上での阻害要因に向き合う

2020.10.07インサイトレポート

いま多くの組織がアジャイルな振る舞いを組織に取り入れ、自律分散型組織を育んでいくことを求めるようになっています。ヒューマンバリューでは、2018年より計画統制型の組織構造の中にアジャイルな振る舞いを取り入れていく、チームマネジメント手法「チームステアリング」を開発してきました。​今回は、計画統制型組織において自立分散型組織の振る舞いを導入しようとした際に起きがちな阻害要因と、阻害要因に向き合いなが

もっと見る