インサイトレポート

【ヒューマンバリュー40周年記念対談企画】成功は、関係性から始まる 〜ダニエル・キム博士とたどる「成功の循環」の軌跡〜

関係の質、思考の質、行動の質、結果の質――。

これらの要素の循環として成功を捉える 「Core Theory of Success(成功の循環)」 は、MIT組織学習センターの共同創始者である ダニエル・キム博士 によって提唱されました。

※「成功の循環」モデルについてはこちら

このモデルは、日本において幅広く普及し、現在では多くの組織における組織開発のベースとなる考え方として活用されています。

ヒューマンバリュー創立40周年という節目にあたり、今回私たちは、モデルの提唱者であるダニエル・キム博士をお迎えし、オンラインによる対談を行いました。

キム博士のバックグラウンドや問題意識から、「成功の循環」はどのように生まれてきたのか。さらに、日本での取り組みに対する印象、そしてこれからの社会や組織において、この考え方がどのような可能性を持ちうるのかについて、オープンに語っていただいています。

対談のお相手は、ヒューマンバリューの川口と霜山が務めます。

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システム・ダイナミクスとの出会い

川口:

本日はよろしくお願いします。

キム博士と初めてお会いしたのは、今から20年以上前、2002年にサンディエゴで開催されたシステム・シンキングのカンファレンスでしたね。

その後、博士が提唱された「成功の循環(Core Theory of Success)」は、日本でも広く知られるようになり、今では組織開発に取り組む人であれば、一度は目にしたことがあるモデルになっているのではないかと思います。

一方で、モデルそのものは広く知られていても、その提唱者であるキム博士ご自身の歩みや背景については、まだあまり知られていないようにも感じています。 そこで最初に、博士の経歴やバックグラウンドについて、お聞かせいただけますでしょうか。

キム博士:

私は1959年生まれで、1967年にアメリカへ移民しました。育ちは、ほぼ完全にアメリカ人として、という感覚ですね。韓国語も少しは話せますが、世界の見方や価値観は、いわば「生まれながらのアメリカ人」として育ったものです。

私にとって幸運だったのは、英語を学ぶことに苦労した記憶がほとんどないことでした。韓国から来た当初は英語を一言も話せませんでしたが、私より3〜4歳年上の兄や姉たちは、本当に大変で、単語帳を何ページも何ページも覚えなければならなかった。でも私は、ちょうど十分に幼かったので、とても自然に、あっという間に環境に適応できたんです。

その後、MITに進学し、学部では電気工学を専攻しました。1980年代のことです。当時は人工知能(AI)がニュースや一般メディアでも大きく取り上げられていました。本来AIはコンピュータサイエンスの領域でしたが、どうしてもAIを学びたいという思いがあり、MITのAIラボの当時の所長であったパトリック・ウィンストン(AI研究の先駆者の一人であるマービン・ミンスキーの弟子)にお願いして指導教員になっていただき、1980年代初頭には人工知能をかなり集中的に学びました。

AI研究の最先端の授業を受ける中で、私はあることに気づきました。人にいつも言っているのですが、当時のAIは「インテリジェンス(知能)」というより、「アーティフィシャル(人工的)」の方がずっと多かった。

つまり、知能のように見えるものは、すべて人間のプログラマーが、膨大なコードを書いて「知能っぽく」振る舞わせていただけだったんです。プログラマーがすべてを要素に分解し、それを一つひとつコードに落とし込む必要がありました。

当時のAI研究の領域は非常に細分化されており、自然言語解析、マシンビジョン、ロボティクス、エキスパートシステムなど、さまざまな分野がそれぞれ比較的狭い領域に焦点を当てて研究が進められていました。

数年たつうちに、私はこう思うようになりました。「これは、自分の生きている間には実現しないだろう」と。結果的に、その予想は40年ほどは当たっていました。ただ、ここ2〜3年で状況は一変しましたね。いまは、「人工的な部分」が急速に消えつつあり、AIは本当に「知的」になり始めています。

これはまた別の大きな話ですが、当時の私は、そこから関心を移し、MITのスローン経営大学院で授業を取り始めました。そこで出会ったのが、J・フォレスター教授の研究と、「システム・ダイナミクス」という分野です。彼は、フィードバック理論、制御理論、サイバネティクスといった工学の原理を、社会システムや経済システムに応用しました。

フォレスターは、DYNAMOというコンピュータ・モデリングツールを開発し、因果関係をモデル化し、それが時間の中でどのような複雑で非線形なダイナミクスとして展開していくのかをシミュレーションすることを可能にしました。

人間の頭は、因果関係を考えたり構成したりすることには長けています。しかし、その結果が時間の中でどのように展開していくのかを正確にシミュレーションすることは、私たちは比較的苦手です。人間の思考は、そもそもそのようにはできていないのです。 だからこそ私は、ここに人間とコンピュータの「完璧な結婚」を見たのです。

「学習する組織」の創始者 ピーター・センゲとの出会い

川口:

もともとは電気工学やAIの研究からスタートされ、そこからシステム・ダイナミクスの世界に入っていかれたのですね。実は私自身も、大学院で制御工学を学んでいたときに、システム思考のシミュレーションソフトに出会ったことが、この領域に関心を持つきっかけでした。共通点を感じられて、少し嬉しいです。

キム博士:

それは素晴らしいですね。その後、ダートマス大学のバリー・リッチモンドが開発した iThink というソフトウェアが登場し、システム・ダイナミクスの世界に大きな変化をもたらしました。コンピュータ・モデリングのプロセスが、専門家だけでなく一般のマネジャーにもずっと扱いやすいものになったのです。

システム・ダイナミクスに強く惹かれた私は、その後、MITスローン校でシステム・ダイナミクスの授業を取り始め、提供されているすべてのコースを履修しました。

私はMITの学部生だった頃、そこでピーター・センゲと出会いました。

彼は当時、シニア・レクチャラーとして、先進的な企業と共同研究を行っていました。従来型とは異なる、新しいマネジメントのあり方に強い関心を持ち、「ニュー・マネジメント・スタイル・プログラム」と呼ばれる研究プログラムを立ち上げていたのです。

このプログラムは、複数の先進的な企業のCEOたちによって資金提供されており、彼らは定期的に集まりながら、「これからの経営はどうあるべきか」という新しい経営哲学について、率直に議論を重ねていました。

私は、「ピーターと一緒に研究をしたい」という思いから、学部を終えた後にMITへ戻り、今度はスローン校の博士課程に進みました。その数年後、彼は『The Fifth Discipline(邦題:学習する組織 ― システム思考で未来を創造する、英治出版)』の執筆を始め、私は背景調査の一部を手伝ったり、議論の相手として意見交換をしたりしました。

ご存じの通り、この本は世界的なベストセラーとなり、システム思考という枠を超えて、「学習する組織」「組織学習」という概念そのものを、広く世の中に知らしめることになります。それによって、私たちが取り組んでいた研究や実践への関心も、一気に高まっていきました。

そうして私は博士課程を修了し、その後さらに3年間ポスドクとして研究を続けました。その間に立ち上げたのが、「ペガサス・コミュニケーションズ」、ニュースレター『The Systems Thinker』、そしてカンファレンス「Systems Thinking in Action」です。

博士課程の学生だった私は、これらの考え方やツールを、研究者の世界に閉じたものにしたくありませんでした。「現場のマネジャーにこそ届けたい」――それが、ペガサスの出発点であり、後に展開していくカンファレンスや『The Systems Thinker』の狙いでもありました。

理論を実践へ:MIT組織学習センターでの挑戦

川口:

その後、学習や実践はどのように展開していったのでしょうか。

キム博士:

『Fifth Discipline(学習する組織)』が出版され、関心が一気に高まった後、私たちの取り組みは 「MIT組織学習センター」へと発展していきました。スポンサー企業も増え、研究プログラムは次第に拡大していきました。

研究大学としての私たちの重要な目標の一つは、スポンサー企業と共にパイロット・プロジェクトを行うことでした。アイデアやツールを実際の現場で試し、そこから学び、その学びを他のスポンサー企業と共有する。研究と実践を往復させることが、私たちのスタイルでした。

特徴的だったのは、私たちが「OLC(Organizational Learning Center)」と親しみを込めて呼んでいたこのセンターにおいて、意図的に競合企業同士を同じ研究コミュニティに参加させていたことです。たとえば、フォードとクライスラー、インテル、ナショナル・セミコンダクター、モトローラといった企業が同じ場に参加していました。さらに、ハーレーダビッドソン、パシフィック・ベル、フェデラル・エクスプレス(FedEx)などの企業も加わっていました。

私はセンターの初期メンバーの一人として、最初の二つのパイロットプロジェクトのうち、一つを主導しました。どちらもテーマは新製品開発です。当時、アメリカ企業が日本企業にどうやって追いつくか――とりわけ自動車開発の分野では、それが大きな関心事でした。1980年代、日本の自動車メーカーは、アメリカ企業のほぼ2倍のスピードで、しかも高品質な新モデルを市場に投入していたのです。

最初のプロジェクトは、フォードのリンカーン・コンチネンタル次期モデルを、実際に設計している現場チームとともに進めるものでした。学術的な実験ではなく、現実のプロジェクトです。そこで『Fifth Discipline(学習する組織)』で示された学習のディシプリンを、実際に適用しました。

結果は驚くべきものでした。その車両プログラムは、社内のすべての品質指標を過去最高水準でクリアし、しかも当時としてはほとんど前例のないことに、予定より早くローンチされたのです。さらに、予算内に収まっただけでなく、ローンチ予算のかなりの額を使わずに返却することになりました。多くのプログラムで発生しがちな大規模な手戻りを、ほとんど回避できたからです。

これは、私たちの考え方が実際に成果を生むという、明確な「概念実証(Proof of Concept)」でした。同時期に、ハーレーダビッドソンの新製品開発プロセスの支援も行いました。ここでの課題は、普段ほとんど会話をしない部門同士をどう結びつけるかという点でした。

彼らは、問題が起きたときか、仕事の受け渡しのタイミングでしか集まらず、それ以外の時間はほとんどコミュニケーションがありませんでした。当時の流行語は「コンカレント・エンジニアリング(並行開発)」――直列ではなく、同時並行で進める、という考え方です。

彼らは自分たちの新製品開発プロセスに、皮肉を込めて「LEW(ルー)」というあだ名をつけていました。Late(遅い)、Expensive(高い)、Wrong(間違っている)の頭文字です。

しかし、彼らが仕事によりシステム的な視点を取り入れ、「学習する組織」のアプローチで取り組むようになると、状況は大きく変わり始めました。数年後、主任技師は誇らしげに、取締役会がついに数千万ドル規模の新製品開発センターの建設を承認したと話してくれました。

それまで取締役会は、機能不全のシステムをそのまま収める施設に投資することには意味がないと考え、この提案を長年却下し続けていました。しかし、プロセスそのものが変わったことで、主任技師は取締役会もその投資の意味を理解したのだと感じていたのです。そして最終的に、その計画は承認されました

インタビューの様子

成功の循環モデルの誕生

川口:

学習する組織の黎明期に、どのような企業と、どのような実践を重ねてこられたのか。とても興味深いストーリーですね。

そして、そうした研究と実践の積み重ねの中から、「成功の循環モデル(Core Theory of Success)」が生まれてきたのだと思います。このモデルは、どのようにして形づくられていったのでしょうか。

キム博士:

この考え方の起源は、MIT組織学習センターで実施していた「5日間のコアコース(基礎コース)」にあります。このコースは、先ほどお話ししたようなスポンサー企業のメンバーを対象に、私たちの仕事に対する理解や気づき、そして実践する力を育てるためのものでした。

そのコースの中で、誰が最初に言い出したのかは正直よく覚えていませんが、私たちは次第に、こんなことを教えるようになっていきました。

「関係性の質が、思考の質に影響する」

つまり、マネジャーやチームの間にある関係性の質を高めることに私たちが注力するのは、それが彼らの思考の質に直接影響するからだ、という考え方です。これは表面的には、誰も反対しません。誰もが「それはそうだ」と納得します。

ただ、私はシステム思考の背景を持っているので、「AがBを引き起こす」という一方向の説明だけでは、どうしても満足できませんでした。実はこれは、私が多くの社会科学研究に対して感じていた不満でもあります。

社会科学の多くは、AとBの相関や因果関係を示し、回帰分析をして終わります。けれど、それだけなのです。システム思考では、最も重要な分析単位は「要因」ではなく、「ループ(循環)」です。だから私は考えました。「関係性の質 → 思考の質」で止めるのではなく、ループを閉じるには何が必要なのかと。

そこで、次のように整理しました。

  • 関係性の質が上がれば、思考の質が上がる。
  • 思考の質が上がれば、それは当然、行動の質につながる。
  • 行動の質が上がれば、結果の質が上がる。
  • そして、共に高い質の結果を生み出すことができれば、それは自然に、互いの関係性の質をさらに高める。

こうして、ループが閉じるのです。そして、これはフォードやハーレーダビッドソンをはじめ、私が関わってきた多くの企業での経験とも強く重なっています。

そして、もちろん逆も真です。人は忘れがちですが、「成功の循環(Core Theory of Success)」は、同時に「失敗の循環」でもあります。このループを逆回転させれば、組織やチームはあっという間に下り坂になります。皆さんも、きっと見たことがあるでしょう。

関係性の悪いチームは、集まっても最善のアイデアが出てきません。というより、そもそも一緒に考えていない。議論というより、互いを否定し合っている状態です。そうなると、行動の質も落ち、結果も悪くなる。すると責任のなすりつけ合いが起こり、関係性はさらに悪化し、思考の質もますます低下していきます。

成功の循環は、注意していなければ、簡単に逆回転してしまう。だからこそ、この循環を常に意識し、意図的に育て続ける必要がある――私はそう考えています。

理論が果たす役割:エドワーズ・デミング博士からの教訓

キム博士:

私が「What is your organization’s core theory of success(あなたの組織の成功のコア理論は何か)」という記事を書いたのは、この考え方をさらに広げたかったからです。

私はピーターが『学習する組織』で述べたリーダーの新しい役割――「デザイナー」「スチュワード(守り手)」「教師」――に加えて、「理論構築者(theory builder)」と「コーチ」を追加して教えています。

中でも理論構築者は中心的な役割だと思っています。なぜなら「学ぶ」ためには理論が必要だからです。ここで大きく影響を受けたのが、W.エドワーズ・デミングです。戦後の日本の産業的成功の背景に彼の考え方があったと評価されることも多く、日本の方々もよくご存じだと思います。

彼はこう言いました。
「理論がなければ、経験には意味がない。」

人はよく「自分は経験がある」と言う。でも、その経験を意味づける理論がなければ、経験は意味を持たない。さらに彼は、「理論がなければ、問いが生まれない」とも言いました。学びのための“本当の問い”を立てられない。なぜなら、検証するための枠組みがないからです。

だから、理論がなければ学べない。デミングの言葉を私なりに短く言えば、
「理論がなければ、学びはない(No theory, no learning)。」
これに反対する人は、まずいないと思います。理論がなければ、学ぶための土台がないのですから。

だから私は、理論の役割と重要性を強調するようになりました。これは「唯一のコア理論」と言いたいわけではありません。むしろ、組織には複数のコア理論が必要でしょう。でもこの枠組みは、多くの組織・集団にとって、成功のための“コア理論”の一つになり得る。そして他の人たちにも、自分たち自身の成功の理論を定式化してほしい、という意図でした。

川口:

なるほど。つまりこの理論は、厳密な定量研究から導かれたというよりも、実務家たちの経験を言語化し、共有し、検証可能にするための概念フレームワークとして生まれた、という理解で合っていますか。

キム博士:

はい。その通りです。この理論は、まず概念として形づくられ、その後、人々の日常の実践の中で、徐々に“地に足がついていった”理論だと言えます。

たとえば、シンガポールに「Northlight(ノースライト)」という学校があります。この学校は、中等教育修了試験に2回以上失敗した子どもたちのために設立された特別な学校です。通常であれば、将来の選択肢が大きく狭まり、教育のシステムからドロップアウトしてしまいがちな子どもたちです。

シンガポール政府は、彼らを見捨てるのではなく、新たな学びの場をつくることを選びました。

その学校の校長先生は、学校づくりにあたって「学習する組織」のツールやフレームワークを幅広く活用したと話してくれました。その多くは、おそらく私と妻でありパートナーでもあるダイアン・コリー(Diane Cory)とともに行った3日間のワークショップで扱った内容から来ているのだと思います。その中には「成功の循環(Core Theory of Success)」も含まれていました。

私がその学校を訪問したとき、校長先生はこう話してくれました。「この理論をもとに、学校の職員評価の仕組みをつくりました」と。

具体的には、次のような観点で、職員一人ひとりに問いを投げかけ、評価を行っているというのです。

  • 関係性の質を高めるために、どのような行動を取ったか
  • 思考の質を高めることに、どのように貢献したか
  • それが行動の質や、結果の質にどのようにつながったか

成績や成果だけを見るのではなく、「どのような関係性を育み、どのような思考や行動を生み出したのか」そこに光を当てる評価のあり方でした。

「集合的」な思考の質へ

川口:

あなたの以前の文章では「quality of thinking(思考の質)」 という表現が使われていましたが、ある時期から 「quality of collective thinking(集合的思考の質)」 という言い方に変わっていますよね。その変化について、少し教えていただけますか。

キム博士:

はい。最初にその記事を書いたとき、私の焦点は主に「個人」にありました。ところが、シンガポールでの初期の仕事の中で、ある参加者から大きな示唆をもらったのです。その人はクー・スックリン(Khoo Sook Lin)という方で、後にコーチやティーチャーとしても活躍されるのですが、彼女が教える中で、こんなことを言いました。

「私たちが話しているのは、実際には“集合的思考”ですよね。だって、この話は基本的に“グループ”の文脈で語られているのですから。」

それを聞いて、「確かにその通りだ」と腑に落ちました。もしあの記事を書き直すとしたら、そこは必ず修正しますし、実際、今私がこの理論を教えるときは、必ず『集合的思考(collective thinking)』という言葉を使うようにしています。

一方で、「それなら『集合的行動』『集合的結果』とも言うべきではないか」と指摘されたこともありました。ただ、私はそこはあえて変えなかったのです。

関係性というものは、一人では成立しません。関係性の質が高まれば、集合的思考の質が高まる――これは自然な流れです。

しかし、その後に生まれる思考は、必ずしも「集合的行動」だけを導くわけではありません。
集合的思考は、個人の行動も、チームとしての行動も、両方を導いていく

もし「集合的行動」と書いてしまうと、個人の行動の変化や改善が含まれないように見えてしまう。だから私は、あえて「行動(actions)」という言葉に留めています。それによって、個人の行動も、複数人による行動も、どちらも含めることができる。 同じ理由で、「結果(results)」についても、集合的とは限定していません。

フライホイール(はずみ車)という比喩

川口:

あなたの理論を初めて学んだとき、私は「成功の定義そのものが変わった」と感じました。一般的には、成功は結果や成果で測られることが多い。でもあなたは、そこに「関係性の質」まで含めて成功を捉えているように思えたのです。

キム博士:

そうです。成功は「何か一つ」で語れるものではありません。「結果が出たから成功」とは、必ずしも言えない。なぜなら、結果というものは、実はいろいろなやり方で出せてしまうからです。関係性を壊しながらでも、短期的には結果を出せてしまうことはある。

しかし、長期的に、成功を強化し続けるという観点で見ると、もしその結果が、関係性の質を築き、改善し、強めることにつながっていないのだとしたら、私はそれを「持続的な成功」とは呼べないと思います。だからこそ私は、このモデルを「強化ループ(reinforcing loop)」として言語化したかったのです。

そしてもう一つ、私がとても好きな比喩があります。ジム・コリンズが『ビジョナリー・カンパニー2(Good to Great)』で使っている「フライホイール(はずみ車)」という比喩です。これは、まさにこの理論を表しています。

エンジニアや機械の整備に携わる人なら分かると思いますが、フライホイールは、一度回り始めると、ものすごい力を発揮します。でも一方で、回し始めるには、とてつもなく大きな力が必要です。これは、どんな「成功の理論」にも当てはまる、とても良いアナロジーだと思っています。

最初は、大きな投資と粘り強さが必要です。そしてその段階では、ほんの小さなことでも動きが止まってしまう。フライホイールを押しても押しても、最初はほとんど回りません。そこに小さな石を押し当てるだけでも、簡単に止まってしまうのです。

でも、十分に回り出したフライホイールに石を当てたら、どうなるでしょうか。

川口:

跳ね返されますね。

キム博士:

そう。バン!と弾き飛ばされる。私は、人々がこの「成功の循環」のフライホイール効果を体験すると、まさにそういう感覚になると思っています。一度回り始めると、何ものにも止められない。

そういうチームは、何が起きても動じません。障害が現れても、そのまま前に進み続ける。それが、成功の循環が本当に“回り出した”状態なのです。

日本で進化した「成功の循環」――理論が、実践として根づき、育っていった軌跡

川口:

ここまで、モデルが生まれた背景をお話しいただきました。こうして生まれた「成功の循環」は、いまや多くのコミュニティに大きなインパクトを生み出しています。

キム博士:

だからこそ、私はぜひ聞きたいんです。皆さんが、このモデルをどう使ってきたのか。組織が本気で受け止め、あなたたちのように深く活かしてくれるのは、本当に嬉しいことです。

川口:

ありがとうございます。それではここからは、あなたのモデルが日本でどのような影響を生み出してきたのか、私たちが開発した Ocapi(Organization Change Process Indicator:組織変革プロセス指標) の取り組みも交えながらご紹介したいと思います。霜山さん、お願いします。

理論を「見える化」する:Ocapiの誕生と広がり

霜山:

はい。では、ダニエル、あなたの「成功のコア理論」が、日本でどのように根づき、さらに発展し、日本の組織開発の重要な基盤になっていったのかをお話しします。

あなたがおっしゃった通り、「理論がなければ、学びはない(No theory, no learning)」。私たちは、あなたの理論から本当に豊かな学びを得てきました。

まずお伝えしたいのは、このモデルが日本でどれほど広く浸透しているか、ということです。いまやこの理論は、学術的な概念にとどまりません。ビジネスリーダーや人事・HRの専門家にとっての共通言語になっています。

驚かれるかもしれませんが、日本語であなたのモデルを検索すると、何千ものウェブページで議論されています。さらに、日本政府の資料でも引用されています。たとえば経済産業省が発行したレポートの中では、健全な組織運営の標準フレームワークとして扱われています。日本における組織開発やリーダーシップ開発のゴールドスタンダードと言ってもいい状況です。

キム博士:

それは素晴らしいですね。

霜山:

そして私たちは、あなたのモデルをベースに Ocapi(オカピ) を開発しました。

Ocapiについて詳しくはこちら

Ocapiは、あなたの理論が示している「見えない中核」を、具体的に見える形にし、運用可能にするためのツールです。経験や実践を通して概念としてフレームワーク化されてきた成功の循環モデルに、定量的な礎を与えたものとも言えます。

従来の多くのツールが「結果」に焦点を当ててきたのに対し、Ocapiは、チームが次の三つを可視化できるように設計されています。

  • 関係の質
  • 思考(集合的思考)の質
  • 行動の質

Ocapiは2014年にリリースしました。この10年の間に、41の「特性(properties)」を用意し、チームが対話を生み出していくための枠組みとして進化させてきました。評価のためではありません。「いまの自分たちはどこにいて、どこへ向かおうとしているのか」を映す鏡として使うためのものです。

10年ほど前、Ocapiでの成功の循環モデルの使用の許諾をいただく時に、このフレームワーク――関係性・思考・行動それぞれの特性とレベル構造――は、あなたにも共有させていただいたと思います。

たとえば「関係の質」の特性では、最初のレベルは「挨拶」「声かけ」といった基本から始まり、より深いレベルでは「つながり(connectedness)」「協働(joint action)」「信頼(trust)」へと進みます。

「思考の質」でも、最初は「関心の広がり」「共同思考」といった状態から、最も深いレベルでは「意味創造(purposeを立ち上げ直す)」ところまで至ります。

「行動の質」も同様です。「笑顔」「フレンドリー」といった振る舞いから始まり、最終的には「自己組織化」や「共創」へと向かっていく。私たちは、これが“健全に走っている組織”の姿だと考えています。

データが示した、日本の組織における「レバレッジポイント」

霜山:

これらの特性は互いに連動しています。たとえば、関係の質がレベル2にあると、集合的思考の質はレベル1に進む、というように、段階的な進化が見られます。

Ocapiのリリース以降、現在までに、累計で約22万件規模の回答データが集まっています。英語や韓国語版もあるため、少しずつ国際的なデータも含まれています。

長年のデータ分析から、日本の組織において「良い循環」がどう機能するのか、興味深い洞察が得られました。多くのチームがつまずく共通のボトルネックは、「フレンドリーな関係」から「深い相互理解」へ移行するところです。

この突破口となるのが、私たちが「関係性レベル3」と呼んでいる領域です。

そこでは、

  • 感謝と承認
  • 挑戦に向けた心理的安全性
  • 多様性を尊重する姿勢

が重要な焦点になります。

ここに意図的に取り組むことで、循環が一気に加速する。私たちは、このデータが、あなたの理論の妥当性を深く裏づけると同時に、日本のチームにとっての具体的な地図を示していると考えています。

治療から自律へ――理論がエンジンになるとき

霜山:

さらに、結果の質を高め、事業価値・人の価値・社会的価値を生み出すための主要ドライバーも見えてきました。分析の結果、「行動の質のレベル3」が重要なレバレッジポイントになっています。

そこに含まれるのは、

  • 新たな習慣
  • 主体的行動
  • 誠心誠意

といった要素です。

具体例を一つ紹介します。ココルポートという、障害のある人々を支援する組織があります。彼らが直面していたのは対立ではなく、スタッフ間の感情的な距離でした。

Ocapiによってその距離を可視化したことで、焦点は「関係性の質」に移りました。リーダーは、自己開示や、本音の感情・考えを共有するセッションを丁寧にファシリテートしました。その結果、文化が改善しただけでなく、利用者の通所数が増えて、欠席率が半減しました。これは利用者の方にとっても、社会にとっても大きなインパクトです。あなたの理論が、人間中心の成果へと直接つながった事例です。

ココルポートの事例はこちらを参照

私たちが日本のHRコミュニティやクライアントと実践を共有する中で、繰り返し浮かび上がってきたテーマがあります。それは、「診断から自律へ」という流れです。専門家が外から入って「直す」のではなく、チーム自身が、あなたのモデルとOcapiを使って自己修正し、生成的な対話を生み、創造的な関係性を育てていく。

成功の循環は、もはや問題の「治療薬」ではありません。自律的なイノベーションを生み出すコアエンジンになっています。

キム博士:

ありがとうございます。これは本当に嬉しい時間ですね。自分に返ってくる「鏡」として、何が起きてきたのかを聞くことができました。

皆さんが注いできた努力と情熱に、心から感銘を受け、光栄に思います。理論を生きたものにし、研究し、そして使いやすい枠組み・理論・ツールへと育ててきた。本当に素晴らしいことです。

「5段階」という発想への共鳴――技能獲得モデルと、「挨拶・笑顔」から始まる変化

川口:

ここまで霜山さんから紹介した日本での取り組みを聞いて、感じたことや印象に残った点はありますか?

キム博士:

はい。まず強く印象に残ったのは、皆さんが「関係」「思考」「行動」といった変数を、非常に具体的に分解し、しかも段階(レベル)として整理していることです。私自身の仕事では、もう少し非公式な形でこれらを扱ってきました。しかし、皆さんのように段階づけることで、はるかに実行可能性が高まると感じました。

読んでいて思い出したのが、ドレイファス&ドレイファス(Heburt L. Drefyus and Stuart E. Drefyus)が『Mind Over Machine』で示した技能獲得モデルです。技能は次の5段階を経て育つ、という考え方ですね。

  • 初心者(novice)
  • 上級初心者(advanced beginner)
  • 一人前(competent)
  • 熟達者(proficient)
  • 達人(expert)

私はこの枠組みを、1年あるいはそれ以上にわたる長期の人材開発プログラムで、「人が今どの段階にいるか」を捉えるために使っています。皆さんのOcapiの1〜5のレベル構造も、ある意味でとても近い感覚があると感じました。

初心者の段階では、まず技能の「基本」を学び始めます。ただし、より大きな文脈理解や深い気づきはまだありません。それでも、手順やルーティンには従える。

だから初心者には、「1、2、3をやりなさい」と言えばできる。でも、なぜそれをやるのかは分かっていない。うまく“こなせる”ようにはなるけれど、そこから先にはまだ行けない。

上級初心者になると、少しずつ文脈理解が生まれます。「なぜやるのか」が少し分かり、判断も少しできるようになる。ただ、多くはパターンマッチングです。「この状況は、前に見た状況に似ている。だから同じことをやろう」という感じですね。そして、ここで止まりやすい。

一人前(competent)になると、経験と理解がさらに積み重なり、「こちらの行動より、あちらの行動の方が効果的だ」と、意識的に比較衡量できるようになります。目標と選択肢の関係を考えながら、行動を選べる段階です。

熟達者(proficient)になると、判断はさらに内在化されます。状況把握は、計算というよりも、経験の蓄積に支えられた全体的・直観的な理解に基づくものになります。

そして達人(expert)になると、ほぼすべてが無意識のレベルで行われる。いちいち意識的に考えなくても、「こうするものだ」と分かっている状態です。

ただし、達人には一つ問題があります。初心者を助けられないことが多いのです。初心者が「何をして、なぜそうしたんですか?」と聞いても、達人は「他に何があるの?」という顔をする。「どうして分かるんですか?」と聞かれても、「ただ、そうなんだ」としか言えない。理解があまりにも暗黙的で、それを言葉として明確にすることが難しいからです。だから、専門家が必ずしも初心者にとって最良の教師になるとは限らない。

皆さんのOcapiのレベル構造が、この技能獲得モデルと完全に一致するかは分かりません。

でも読んでいて、確かにその “味わい”があると感じました。

最初は初心者レベルで、まずやるべきことがある。たとえば――

  • 笑顔をつくる
  • 気分が乗らなくても、まず笑ってみる
  • 「こんにちは」と言う

そういうとても小さな行動から始まるのです。

川口:

確かにOcapiは組織的な技能獲得モデルと言えるかもしれませんね。たとえば、私たちが経営層のミーティングでOcapiを使うときも、最初は、「まずお互いに目を見て挨拶をしよう」といった小さなところから変革が始まっていくことが多いんです。

30年後の景色――人間性への回帰と、関係性から始めるという選択

川口:

成功の循環という理論を生み出してから、20年、30年という時間が経ちました。いまの社会や組織、コミュニティの姿を見て、どんな景色が見えていますか。

キム博士:

……そうですね。
振り返ってみると、ある意味では、だからこそ「成功のコア理論」がこれだけ長く生き続けてきたのかもしれません。

この理論の核心にあるのは、人間そのもの、人間の営み、そして人と人との関係です。それは、どんな事業であっても、どんな組織であっても、避けて通れない本質だと思っています。

そして今、私たちは少しずつですが、「デジタル化しすぎたこと」「人間的な相互作用から離れすぎたこと」への揺り戻しを目にし始めているように感じます。“反動(backlash)”というほど強い言葉ではないかもしれませんが、確かに兆しはあります。

最近読んだ記事に、こんな話がありました。大学生たちがグループをつくって、「スマートフォンをやめる」と互いにコミットし、シンプルな折りたたみ式の携帯電話――いわば昔のガラケーのようなもの――に戻している、という話です。彼らは、スマートフォンが不健康で、自分たちに悪影響を与えていると判断した。だからこそ、意識的に距離を取ろうとしているわけです。

そこには、「もう一度、つながり直したい」という欲求があるのだと思います。そうなったとき、自然と浮かび上がってくるのが「関係性の質」というテーマです。その意味で、Ocapiのように、人々がいまどこにいて、どうすればより高いレベルへ進んでいけるのかを“見える形”で示してくれるものは、とても重要だと思います。これから、ますます必要になっていくでしょう。

私たちは今後も、テクノロジーの有用な側面と、不健康な側面のあいだを行き来しながら、それでも自分たちなりの道を見つけていかなければならないのですから。

川口:

いまは社会の断片化がますます進んでいるようにも感じます。そうした状況の中で、成功のコア理論の重要性は、むしろ高まっているのではないでしょうか。この理論は、今日の社会にどのように貢献し得ると思われますか。

キム博士:

私は、意図的に「関係性の質」をモデルの“上”に置いてきました。もちろん、これはループです。

理屈の上では、どこから始めても、最終的には循環に入ります。だから「どこから始めてもいい」と言うこともできます。

「始点はどこか」と問われたら、それは鶏と卵のような問いになってしまいますよね。それでも、組織という文脈においては、私は「関係性の質を築くこと」から始めるのが最も妥当だと考えています。そこから始めれば、他の要素は自然に流れ出していく。

逆に、関係性の質が整っていない状態で、思考や行動、結果といった他の要素を無理に回そうとすると、ループのどこかが“力づく”になります。そして、力づくでやることは、たいてい関係性の質を損なう方向に働いてしまう。

だから別の場所から始めると、実は最初から足を踏み外している――そんな可能性が高いのです。あなたが言ったように、関係性への回帰や再焦点化は、これからさらに強まっていくと思います。

AI時代の可能性とリスク――両刃の剣としてのテクノロジーと、人間の判断

川口:

その話につながるかもしれませんが、AIが急速に働き方や組織のあり方を変えつつある今、あなたの視点から見て、AIとHuman Value――人の価値をめぐる可能性とリスクには、どのようなものがあるとお考えでしょうか。

キム博士:

テクノロジーというのは、いつの時代でも両刃の剣です。良いことを生み出す力がある一方で、害や破壊をもたらす力も持っている。

だから大切なのは、新しい技術について、その可能性(promise)と危険性(perils)の両方を、私たちがより深く理解することです。そしてもう一つの重要な問いは、その理解や知見を、技術変化のスピードに追いつく速さで育てていけるのかという点です。

私がリスクだと感じていることの一つは、ほんの数年前までAIの危険性について警鐘を鳴らしていた人たちが、いまでは全速力で突き進み、かつて自分たちが「存在論的リスクから私たちを守るために必要だ」と言っていたガードレールさえ取り払おうとしていることです。たとえば、OpenAIのサム・アルトマンは、2年ほど前にはAIのリスクを語り、政府による規制の必要性を訴えていました。しかし今は、かなり状況が違って見えます。つまり、どんな道具であれ、野放図な拡大(unfettered expansion)には、現実的で具体的な危険が伴うということです。

私は子どもの頃のことを、今でもよく覚えています。X線が発明され、使われ始めたばかりの頃の話です。この話を聞いたことがありますか。当時、靴屋にはX線装置が置かれていました。靴を買いに行くと、その装置の前に立って足を入れ、靴の中でつま先がどうなっているかを“見る”ことができたのです。

いま振り返ると、これは深刻な健康リスクでした。私たちはいま、放射線の危険性を理解しています。しかし当時の人々は、靴を買うためだけにX線を浴びていたのです。

これは、新しい技術が登場したときに、その危険性を十分に理解しないまま、ただ解き放ってしまう――そうしたことが起き得る、非常に分かりやすい例だと思います。人々は、靴を買うためにX線を浴びていたわけですから。

私にとってこれは、AIにどう向き合うべきかを考える上での、一種の警告サインです。もちろん私は、AIの有用性も信じていますし、実際に使っています。他の人ほど多用しているわけではありませんが、その可能性は確かに見ています。

ただ、どんな技術についても、私たちはもっと注意深くあるべきです。誰かが原子力を例に挙げていましたね。原子力には、規制や原子力委員会のような統制の仕組みがあり、むやみに拡散しないように管理されています。

もしそれを完全に開放してしまったら、誰もが核爆弾を作れてしまい、世界ははるかに危険になるでしょう。だからこそ、厳しく管理する一方で、原子力の良い側面は活かそうとしている。

どこかでその記事を読んで、私は「これはとても有用なアナロジーだ」と感じました。つまり、世界が協力して、便益を引き出しながら、同時にリスクを最小化するにはどうすればよいのかを考える必要がある、ということです。

次世代のリーダーに必要なもの――「目的(purpose)」の明確さと整合から始まるリーダーシップ

川口:

ありがとうございます。最後にもう一つお聞かせください。これから次世代がリーダーシップを担っていくことを考えたとき、どのような能力や感受性が、最も重要になるとお考えでしょうか。

キム博士:

結局のところ、私にとっては、いつもここに戻ってきます。どの世代であっても――とりわけリーダーの立場に立つ人にとっては――自分自身の目的意識が明確であることが、何よりも重要です。

私たちが行っている長期プログラムでも、最初に取り組むのは、必ずそこです。自分の人生の目的を見つける、あるいはあらためて再発見すること。そして、自分が何者なのかを理解することです。

それが分かれば、自分はどのような形で他者に奉仕できるのか、そしてそれが自分自身の目的と、どのように整合しているのかが見えてきます。

次の段階では、その人自身が、他者が自分の目的を見つけ、それを生きられるよう支援する立場になります。さらに重要なのは、その人が属している組織の目的と、自分自身の目的が整合しているかどうか、という点です。

『Built to Last(ビジョナリー・カンパニー)』に立ち返ると、あの本に登場する企業は、はっきりとこう示していました。「私たちは万人向けの企業ではない」と。彼らは、自分たちの目的や中核となる価値観――すなわち中核理念(core ideology)に深く共鳴する人たちのための組織だったのです。

では、目的のある企業を、どう築いていくのか。チームが、自分たちの目的と、組織の中での役割、そしてチームの中での役割を、きちんと理解している状態を、どうやってつくるのか。

これは、どの世代にとっても中心的なテーマです。ただ、デジタルやテクノロジーによる「気を散らすもの」があふれている今の時代においては、若い世代にとって、なおさら重要になっていると感じています。

日本のリーダーへのメッセージ――関係性から始まる、持続する成功へ

川口:

本日はたくさんのお話をお聞かせいただき、本当にありがとうございました。最後に日本の変革リーダーに向けて、メッセージをいただけますか。

キム博士:

了解しました。

日本のみなさま、今日は、日本で私の「成功のコア理論(Core Theory of Success)」が、どのように使われ、どのように広がってきたのかについて、お話をしてきました。それが日本で深く根づき、組織の仕事に取り組む人々のあり方に影響を与えてきたというお話を聞き、私は心から動かされ、そして大きな感謝の気持ちを抱きました。

このことを考えているとき、ある言葉が思い浮かびました。エドワーズ・デミング博士の言葉です。デミング博士は、日本とも非常に縁の深い方ですよね。

彼は、ピーター・センゲの著書『学習する組織(The Fifth Discipline)』の初版に、推薦文を寄せています。現在流通している版では差し替えられてしまっているので、今の本では見ることができませんが、ピーターは私にこう語っていました。

「もし推薦文をもらえるなら、たった一人だけ、どうしても欲しい人がいる。それがデミング博士だ」

そして実際に彼は、その推薦文を得ました。初版の『学習する組織』に載っていた推薦文は、デミング博士、ただ一人のものだったのです。

そのデミング博士は、次のように語っています。

現在主流となっているマネジメント・システムは、人々を破壊してしまった。

人は、生まれながらにして、内発的動機づけ、自尊心、尊厳、好奇心、学ぶ意欲、そして学ぶことの喜びを持っている。破壊の力は、幼い頃から始まる。最も良いハロウィン衣装への賞。学校での成績。金の星(ゴールドスター)。そして大学へ、職場へと続いていく。

人々は、チームは、部門は順位づけされる。上位の者には報酬が与えられ、下位の者には罰が与えられる。

しかし本来、教育、産業、政府におけるマネジメントの仕事とは、システムを最適化することであるはずだ。決してそれを断片化することではない。目標による管理、割当(クォータ)、インセンティブ賃金、部門ごとに別々につくられる事業計画――これらは損失を生み出す。そしてその損失は、見えないまま、把握されることもない。」

この言葉を私が初めて読んだのは1990年でした。そのときの衝撃は今も忘れられませんし、この言葉は、今なお私の仕事の方向性を照らし続けています。

そして私は、「成功の循環理論」は、ほんの小さな形ではありますが、デミング博士が語っていたことに応えようとする試みなのだと感じています。成功とは何かを、より全体的に、よりシステム的に――ホリスティックに捉え直そうとする試みです。

その中心にあるのが、「関係性の質」への注意です。それは職場であれ、家族であれ、友人関係であれ、あらゆる人間の営みに共通する、成功の核だと私は考えています。

関係性の質に投資すれば、そこから集合的思考(collective thinking)の質が高まっていきます。

集合的思考の質が高まれば、より質の高い行動を生み出せる可能性が高まる。そしてそこから、結果が生まれます。

それは、結果を無理に「出そう」とするからではありません。関係性の質に投資したことから、自然な流れとして生じるのです。そして、その結果は、さらに関係性を強め、循環をいっそう強化していきます。

私は、フライホイール(はずみ車)のイメージがとても好きです。関係の質が、その回転を始める。成功のコア理論は、より大きな成功へ、そして短期的で儚い成功ではなく、持続する成功へと、みなさんを導いてくれると信じています。

この理論が、AIとデジタルの新しい世界の課題が続く中でも、これまでと同じように、意味のある役割を果たし続けてくれることを、心から願っています。

みなさんのご成功を、心よりお祈りしています。

2026年1月6日Zoomでの対談にて

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