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Web労政時報 第10回:組織のマインドセットを変える(全12回)

近年、人材開発や組織開発の領域で、マインドセットへの関心が高まっているように感じています。クライアントと話す中でもキーワードとして語られることが増えていますし、私が所属しているASTDインターナショナル・ネットワーク・ジャパン組織開発委員会の中でも、多くの人が「人や組織のマインドセットをいかに変えるか」を主要な探求テーマの一つとして掲げています。

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マインドセットとは、一般的な意味合いとしては、人々の思考様式、枠組み、思い込み、価値観、世界観、信念といったものを指しており、組織開発の分野では、組織文化を形成する根底にあるものとして捉えられています。こうしたマインドセットへの関心が高まる背景としては、組織変革を目指す上で、いくら表面的に制度や仕組みを変えても、人々の考え方の深い部分が変わらなければ、望ましい成果を生み出していくことはできない――という問題意識が現場で高まっていることがあるように思います。

では現在、どのようなマインドセットを生み出していくことが求められているのでしょうか。

そのヒントが、近年注目を集めているスタンフォード大学のキャロル・S・ドゥエック教授の研究にあるように思います。ドゥエック教授の研究は、ASTDを中心とした海外のコンファレンスでもよく引用されますし、日本においても同氏の書籍『「やればできる!」の研究』(草思社)が発刊されています。DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの最新号(2015年3月号)においても、巻頭の「Idea Watch」で紹介されていました。

ドゥエック氏は、人々のマインドセットを大きく二つに分けて捉えています。一つは、フィックスト・マインドセット(Fixed Mindset)と呼ばれるもので、上述の書籍では「こちこちマインドセット」と訳されています。これは、「自分の能力は固定的で変わらない」という考え方に基づくマインドセットです。
こうしたマインドセットを持つ人は、失敗したくないという意識が強く、他人からの評価ばかりが気になり、新しいことにチャレンジしなくなったり、すぐにあきらめてしまい、成長につながりづらいという傾向があるようです。

もう一つは、グロース・マインドセット(Growth Mindset)と呼ばれるもので、上述の書籍では、「しなやかマインドセット」と訳されています。これは、「自分の能力は努力と経験を重ねることで伸ばすことができる、開発することができる」という考え方に基づくマインドセットです。こうしたマインドセットを持つ人は、失敗を恐れず、学びを楽しみ、他人の評価よりも自身の向上に関心を向け、成長が促進されやすい傾向があるようです。

現在ドゥエック氏は、このマインドセットを個人の領域から組織に広げて研究を進め、組織においても、フィックスト・マインドセットを持つ組織とグロース・マインドセットを持つ組織があることを明らかにしています。

私が昨年参加したASTD ICE 2014のセッションにおいては、数値に偏重した短期的な成果志向の影響を受けて、組織的にこちこちになってしまったマインドセットを、いかにしなやかなマインドセットに変え、イノベーションを起こしていけるかといったことが議論の中心となっていました。

昨今では、例えばマイクロソフトやGEが、人事評価制度の在り方を見直して、より主体的なチャレンジを奨励しようとしていたり、ユニリーバが四半期決算報告を廃止し、より長期的な思考が育まれるようにするなどの取り組みが行われていますが、その動きの背景にも、こうしたマインドセットの変革指向があるように思います。

では実際に、組織的なマインドセットをしなやかなものにしていくには、具体的に何がポイントになるでしょうか。

そこにはさまざまな考えがあることと思いますが、上述したASTD2014のセッションの一つ「It is All in the Mind: Change the Way You Think About Change(すべては心の中に:変化についての考え方を変える)」の中で、オーストラリアのコンサルタントであるテニル・ハリデイ氏が、私たちが行う「問い」のフォーカスを変えていくことの重要性を説いていたのが印象に残りました。

つまり、これまで私たちは仕事を成果やKPIで見ることに慣らされ続けており、そうした環境の中では、「何をすべきか」「どんな成果が出たのか」「これでうまくいくのか」「なぜうまくいかなかったのか」といった問いにフォーカスが当てられています。これでは、働いている人のマインドセットは自ずと萎縮してしまい、新しいチャレンジが生まれづらくなってしまいます。

そこで、職場で行われる問いの質を「そこから何を学べたのか」「これから何を学んでいきたいのか」といった学びにフォーカスを当てたものへとシフトすることで、失敗やチャレンジから学ぶ姿勢を生み出していくことがレバレッジになる――とのメッセージが投げかけられ、私自身も共感することが多かったです。

不確実性や複雑性の高まる中で、人や組織のマインドセットを変えていくことの重要性がさらに増してくるものと思われます。組織開発においても、このマインドセットの変革にどうアプローチしていけるのか、今後も探求と実践を続けていきたいと思います。

第10回:組織のマインドセットを変える(2015年2月27日)

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