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Web労政時報 第5回:職場で始める小さな組織変革(全12回)

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最近は、「人材開発ではなくて組織開発だよね」という声をよく聞くようになってきました。一人ひとりの能力にフォーカスするよりも、組織が集合的に学習する力を高めるほうが、成果が高まると感じて、自分の職場で何かの取り組みをしたいとお考えの組織のリーダーが増えてきていると思います。
しかし、どこから取り組んで良いか分からないし、予算も少ないし、忙しくて時間も取れないという難しさがあります。今回のコラムでは、このテーマについて、私が最近体験した事例を紹介させていただきたいと思います。

ここでは仮にA社としておきたいと思います。A社のある事業部では、組織内の風土に問題を抱えていました。メンバーの間で不信感があり、コミュニケーションがうまくいかず、お互いが協力することも少なく、新たなチャレンジも生まれない閉塞感がありました。
過去にはチームビルディングの研修等も行われていましたが、多少は雰囲気がよくなるものの、長続きしませんでした。予算も時間もほとんど割けないという状況でしたので、まずは各職場のリーダーが集い、短い時間でもいいので、対話をする場を設けるのはどうかということになりました。

ただし、いきなり何もなしにただ集まって話し合うのでは、2~3時間という時間では、変化が起きるのを期待するのは難しいでしょう。そこで、自分たちの組織がいまどんな状態にあるのかを鏡のように見える化する「組織変革プロセス指標(Organizational Change Process Indicator:Ocapi)」を用いて、対話する場を持つことにしました。

対話をする事前に、今回の対話の場や「組織変革プロセス指標(Ocapi)」についての説明資料を参加者に配布し、スマートフォンやPCで60問の設問に答えてもらっておきました。そして、アンケートの回答結果が反映されたレポートを人数分コピーして、社内にある会議室に向かいました。用意した対話の時間は2時間半です。

対話の場は、最初に今の率直な気持ちや気になっていることを一人ひとりが1分程度語る「チェックイン」からスタートしました。そして、自分たちの組織の望ましい状態とは何かを20分程度使って各人が出し合いました。
当然ですが、これまでの取り組みへの不信感もあり、参加したメンバーは、最初は様子見で、本気で話し合う雰囲気ではなく、当たり障りのない発言を中心とした「儀礼的会話」になっていました。

しかし、レポートのデータを基に、自分たちの組織の現実に目を向けはじめたところから、少しずつ話し合いの雰囲気も変わってきました。これまで抽象的な話し合いに終始していたところから、背景に具体的にどんな出来事や想いがあったのかなどを、より踏み込んで、現実と向き合いながら、話し合いを行うようになってきました。
例えば、「関係の質が想像していたよりも全般的に低いですね。これってどんな背景があるのかな?」といった探求する言葉が出たり、「お互いのこれまでの行動に対して疑心暗鬼があるように体験から感じている。例えば私の場合で言うと...」というような今まで表に出さなかった気持ちを語ってくれる人も出てきました。

そこから、

「本当のところみなさんこのチームについてどう思っているのですかね?」
「もっと具体的な話を聴かせていただけますか」
「私たちって問題は指摘し合うけれど、結果をお互いに喜び合うことってないですよね。そこが大切なのではないかな...」

など、お互いへの問い掛けや、背景となる仮説を提示する会話が続くようになりました。

その後もさまざまな本音の想いや各人のストーリーが共有され、時には混沌とする場面もありました。対話の集まりの最後には、集まったメンバー全員で、皆で合意できる最初の一歩を決めるのですが、「ここから始めていきたい」と本気で取り組める小さな一歩を生み出すことができました。

そして、2カ月後に、もう一度同じメンバーで集まり、再びOcapiで組織を見てみることにしました。すると、ほぼすべての指標が目に見えて向上しており、自分たちが着実に変化していることを実感することができました。それがメンバーの自信につながり、新たなチャレンジや、今までなかったコラボレーションも生まれてきました。こうした変化がたった2カ月で起き、職場の雰囲気が変わってきたことに、取り組んでいる人々も大きな驚きがあったようです。

短い時間の対話の中で変化を起こすことができた理由の一つに、組織の状態を「見える化」することがあったように思います。変革の取り組みを推進することが難しい要因の一つに、目に見えないものを扱っているため、取り組みの成果が見えづらいことが挙げられます。
せっかく素晴らしい取り組みを行っていても、周囲からの抵抗に遭い、心が折れてしまったり、うまくいっているかどうかが分からずに、取り組みが途中でとん挫してしまう、といった話もよく耳にします。それを乗り越えるのに、見える化された指標によるフィードバックを得ることが効果的なのです。

ただし、見える化する際にはネガティブな表現になっていないことが大切です。「あいさつがない」とか「コミュニケーションが不足している」といった、"欠けているところ"を表す指標は適切ではありません。
ポジティブな指標を使うのが効果的です。例えば「自然なあいさつができている」「会話量が多い」といった簡単なことから「仕事への想いやビジョンを共有し、一体感がある」「役割を超えて協働できる」といった深いレベルまでを強みとして表現するのです。

最近日本で発刊されたマーティン・セリグマンの『ポジティブ心理学の挑戦』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)にAI(*)の共同開発者のデイビッド・クーパーライダーの言葉が引用されています(同132ページ)。
※AI...Appreciative Inquiryの略。ポジティブ・アプローチに基づく組織開発の代表的手法

クーパーライダーは大学のクラスで「我々はどんなときに一人の人間として変わるのでしょう? 組織はどんなときに変わるのでしょう?」と尋ねました。すると学生は、「自分がつまずいたときや、何かにひどく失敗したときに変わります。他人からの容赦ない批判によって変わらざるを得なくなることもあります。」と答えました。それに対してクーパーライダーは次のように言いました。

容赦ない批判によって、多くは自分を防御するために自分の考えに固執するようになるか、さらにひどい場合には自分が無気力になることもあります。要するに、批判によってでは私たちは変わらないのです。けれども、自分自身について何が最高なのかを発見するとき、そして、自分の強みをもっと活用する具体的な方法を理解するとき、私たちは変わるのです。...自分たちにとってうまくいっていることに共鳴することで、変化への準備を支える力となるのです

今回のA社の事例をあらためて振り返ってみると、次のようなダイナミズムが生まれていたように思います。まず、自分たちの状況をポジティブな言葉で可視化してみることで、判断を保留して話し合うことができ、人々の「対話の質」が大きく高まりました。そうした話し合いの中から、「みなが本気で取り組むアクション」が生まれ、全員が主体者となります。

そして、小さな実践を重ねることで、職場に「小さな変化」が起きます。そうした「うまくいった小さな変化」を改めて測定してみることで、自分たちの取り組みが正しい方向に向かっているという「自信」が湧いてきます。そうした自信が、さらに対話の質を高め、新たなチャレンジを生み出すといった、好循環が実現でき、それが持続的な変化につながっていったのです。

今回のケースのように、これからは、職場でマネジャーが短い時間で、自分たちで簡単にできる組織変革へ向けての継続的な取り組み方法が開発されるようになっていくでしょう。職場で変革に取り組む際には、いきなり大きなことを始めようとしたり、闇雲に取り組むだけでは、うまくいきません。上述したようなポジティブな循環を、小さなところから少しずつ着実に回していくことが、成功の鍵であるように思います。

第5回:職場で始める小さな組織変革(2014年12月12日)

Web労政時報HRウォッチャー2014年12月12日掲載

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