経営にコミュニケーション・デザインを取り入れる<学習する組織ショート・コラム第8回>
本連載では、学習する組織や組織開発の考え方や洞察をビジネスの文脈に照らし合わせて、短いコラムとして紹介しています。今後の組織づくりに役立つヒントやインスピレーションを得る機会となれば幸いです。
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「ビジョンや経営方針を自分ごとにしたい」というご相談が増えています。本コラムの第1回(ビジョンは「浸透」させるもの?)でも述べましたが、近年ESGやパーパス経営、サステナビリティへの意識の高まりなどから、革新的なビジョンや経営方針を新たに提示しようとする企業が増えている一方で、そのビジョンが働いている人の心に届かず、他人事になってしまうことも多いように感じています。
自分事化に向けては様々なアプローチがあります。たとえば経営者が職場を回って座談会を行うキャラバン的なものや、ビジョン・ワークショップを開催する企業もあるでしょう。私たちもそうしたご支援をすることも多くあります。
ただ、そうした中で時折「そもそも経営者やリーダー層が、ビジョンを伝える努力を本気でしているのだろうか?」と疑問を感じることもあります。
経営者が自分の言葉でビジョンを語る、ということは、ある意味当たり前(それが経営者の役割)のように聞こえますが、意外とできていないことが多いように思います。ある会社では、ビジョンや方針を伝える時は、原稿をスタッフが用意し、それを経営者が読み上げるようなスタイルでこれまでやってきたが、果たしてそれでいいのだろうか?といった悩みや疑問を経営企画の方から共有いただいたこともありました。
現在ビジョンを作成する会社は多いですが、それをどのように伝えるのか(伝わるのか)という観点が抜けていることが多いかもしれません。
ヒューマンバリューでは昨年、劇作家の平田オリザさんをお招きし、ワークショップを行っていただきましたが、その際、日本と米国の研究施設の作り方の違いをお話になられたことが印象に残りました。大学等に新しい研究機関をつくる時に、日本はいかに素晴らしい研究施設を整えるかに注力する一方、米国はプレゼンテーションルームやビジターセンターをつくることが構想にあらかじめ盛り込まれ、そこにも多大な投資が行われるとのことでした。
米国では、研究者自身が自らの成果を「魅力的な物語」として語り、支援者を巻き込むことが求められるため、それを補助する施設やインフラが発展していると言えます。良い研究をすることがゴールではなく、研究やプロジェクトの価値を視覚的・具体的に伝え、スポンサーを含むステークホルダーにコミュニケーションすることが前提となっているとのお話はなるほどと感じました。 私たちも、「良いものは良い」という発想からそろそろ抜け出すことが必要なのではないでしょうか。
コミュニケーション・デザインを取り入れる
そうした背景から、ヒューマンバリューでも企業のコミュニケーション・デザインの支援を行うことが増えています。コミュニケーション・デザインとは、情報やメッセージを単に伝えるのではなく、受け手との共感や行動を引き出すために、内容、方法、タイミングを意図的に設計することを指します。これには、視覚や言葉だけでなく、ストーリーテリングや対話等のインタラクションを活用して、受け手とのつながりや影響力を最大化することが含まれます。
たとえばビジョンについても、ビジョン策定のできるだけ早い段階から、コミュニケーション・デザイナーに入ってもらって、自分たちの想いをどう伝えていくのかというところから設計を行っていきます。
たとえばある会社では、毎年全社員が参加する年次大会を行っており、以前はその年の経営方針の説明が行われていましたが、そのスタイルを変え、経営者のストーリーテリングから始めていくことにしました。
ストーリーテリングを行う上では、経営者とコミュニケーション・デザイナーが協働し、どんな想いを伝えていきたいのか、どんな物語があるのか、どんなメタファーが共感を呼ぶのかといったことに耳を傾け、対話しながらストーリーを組み立てていきます。デザイナーは、スライドを作成しますが、説明用のスライドではなく、経営者が想いを語るのを支援するようなデザインスライドを作成していきます。 このプロセスは、経営者の想いやあり方(Being)が、デザイナーのクリエイティビティを介して、昇華し、解き放たれていくようで、私自身横から見ていていつも感動を覚える時間でもあります。

経営者が想いを語れるストーリーを構築していく
また、ストーリーを語る場自体も、どんなデザインにすると共感が生まれたり、聴いている人の想いが立ち上がる場になるかを考え、チームでデザインを行っていきました。参加した人からも経営者と従業員の距離がより近づき、ビジョンを身近に感じることができたといった声も多数聞かれました。
また、そうしたストーリーをもとに、職場でも対話が起きるように、ビジョンに関連する「しおり」をデザインし、語り合えるような場づくりにも取り組んでいきました。丁寧に時間を欠けて取り組んできたことで、ビジョンに掲げた対話への取り組みの自分ごと度合いも大きく高まったことが、サーベイの結果からも実感できた取り組みとなりました。今では社内でコミュニケーション・デザインの力を高めたり、取り組みを進める動きも起きてきています。
ここでご紹介したのは一例であり、各企業にあったデザインの仕方があると思われます。冒頭で紹介した経営層に自分の言葉でビジョンを語ってもらいたいという相談を受けた会社では、今では期初に役員や部長層から自事業の展望やビジョンをストーリーテリングし、それを全社員が視聴するといったことが会社の文化として定着してきています。ビジョンを自分の言葉で伝える、自分ごととして捉えることの意味を今一度見返しながら取り組んでいきたいものです。
学習する組織ショート・コラム
<第1回>ビジョンは「浸透」させるもの?
<第2回>「静かな退職」から「静かな成長」へ
<第3回>経営者に今投げかけたい問いは?
<第4回>インクルージョンは「同化」とどう違うのか?
<第5回>バランス・スコア・カードが再び脚光を浴びる理由と課題
<第6回>エンゲージメントは誰かが高めてくれるもの?
<第7回>フィードバック・シーカーを育む
<第8回>経営にコミュニケーション・デザインを取り入れる