TechLearnで議論されたテーマ
これまでTechLearnでは、企業の人事あるいは能力開発担当者がEラーニングに取り組む上で、その年々にまさに直面している問題やチャレンジに対する新鮮な議論が交わされてきた。そこで本レポートでは、本年度TechLearn2001で取り上げられた議論のテーマ、及び、昨年まで議論されてきたテーマを総括的にふりかえり、その推移をたどることによって、Eラーニングを取り巻く諸問題がどのように変化してきているのか、そして今現在最も注目されているポイントは何なのかを把握することにする。
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1.昨年まで議論されてきたテーマ
本年度TechLearn2001最終日に行われた、国防省のトレーニング部門ディレクターであるMichael Parmentier氏の基調講演におけるカンファレンス・サマリーの中で、前年までのTechLearnで取り上げられた議論のテーマについて言及されていたので、その概略を述べる。
TechLearn’98
・どのように我々はこの未来の学習環境を確立していくのか?
・誰がそれを行うのか(候補者は私企業、大学、政府が挙げられ、キーとなるのはこの3者の協力であると結論付けられた)
・テクノロジーとコンテンツのバランスを取る必要性
TechLearn’99
・学習のための学習から、学習とビジネスもしくは組織におけるゴールの整合性をとる必要性
・ADLのイニシアチブによるSCORMのリリースの発表
・Collaboration, Globalization, Learning objects, specification, guidelinesといった言葉が使われ始めた
TechLearn’00
・Eラーニングのコンセプトの議論から、導入の議論への推移
・Eラーニングは重役には受け入れられても、中間管理層には受け入れられないというコンセンサス
・モデリングやシミュレーションとEラーニングをいかに結びつけるか
・”Blended Solution”というのはどのようなものか?(ブレンデッドという言葉が大きく取り上げられた)
・その他、ビジネスモデル、コラボレーション、互換性、再利用性といったテーマへのフォーカス
・進化したSCORM
2.TechLearn2001で議論されたテーマ
前年までの論議を踏まえ、本年度TechLearn2001にて大きく取り上げられたテーマは以下のようであった。
1.最も優れたブレンドとは何か?
昨年に引き続き、本年度カンファレンスでも最も大きなテーマとして取り扱われ、基調講演中も再三言及されたのがブレンデッド・ラーニングであった。これまでの「クラスルームは生き残るか?」あるいは「Eラーニングは本当に機能するのか?」といった二元論から脱皮し、いよいよ学習をブレンドすることが絶対であるとの認識が高まってきたようだ。ブレンドが必要な理由として挙げられていたメタファーに、「ブレンドとは決して新しい概念ではなく、これまでの我々の学習体験も、教室で授業を聞き、休み時間に友人と議論し、家でテキストを見て復習をしてきた」とのElliott Masieのコメントがあり、これは1カ月前に行われたOnlineLearning2001でも挙げられており、既に米国のEラーニング関係者の間では共通の概念であると言える。
14を数えるブレンデッド・ラーニングのブレークアウト・セッションの中でも積極的に企業事例が報告されたり、またブック・ショップではASTDから”Blending E-Learning: The Power is in the Mix – Karen Mantyla-“という事例集が新しく発売されるなど、ブレンデッド・ラーニングの実践例が雑多に出始めていた。しかしながら、ブレンドを行ううえでの理論に関してはまだ明確なものがなく、各企業とも試行錯誤を繰り返しながら実験を行っているという状態であった。
その中で、導入理論の一例を挙げると、Oracle Universityの提唱するブレンドは以下のようであった。
・学習の行われるサイクル
Acquire(習得)→Apply(応用)→Collaborate(協力)→Validate(評価)→Demonstrate(実践)→Acquire(習得)
この各フェーズに適した学習形態(例えばAcquireのフェーズならWBT、Collaborateのフェーズならチャットなどのコミュニティツール、Demonstrateのフェーズならオンライン・サポートというように)を提供する。 このように、時系列で学習を捉えて、各フェーズで最適なものを選択する(当然コストは考慮されるが)ものの他にも、学習の効果性を高めるために同時期に様々なツールを組み合わせて提供するものなど、その企業の目指すゴールに合わせて様々な形態のブレンデッド・ラーニングが紹介されていた。 今後は、良いブレンドがどんなものであるかを裏付けるデータの取得、及びブレンドの効果をいかに測定するかが課題となるであろうと、セッションの中でも言及されていた。 (なお、ブレンデッド・ラーニングに関するセッションの詳しい記述は、下記のページを参照のこと)
2.学習環境をどのように強化すべきか?
Eラーニングの普及に際し、懸念の声として挙げられていたのが、「問題はいかにナレッジを運ぶかではなく、いかにナレッジを強化すべきかである」ということであった。つまり、テクノロジーの発展により充実されるインフラストラクチャーのみでは充分な学習は得られず、人々の学習をどうサポートするか、また人々が自発的に学習できるような環境をどのように創り上げていくかということが議論の対象となっていた。そして、その手段の1つとして、以下に示す「オンライン・コミュニティ」と「Eコーチング」が今回大きく取り上げられていた。
・オンライン・コミュニティ
「コミュニティ」という言葉がそのままタイトルにつけられていたセッションの数は2つとまだ少なかったものの、ブレンデッド・ラーニングに関するセッションの多くでは、ブレンディングの1つの形態としてよく取り上げられており、学習環境の強化を目指した「オンライン・コミュニティ」への関心の高さがうかがた。
コミュニティに関する議論の中で興味深かったのは、”Community Driven Environment”、あるいは”Community Driven Organization”という言葉がよく使用されていたことであった。この言葉は、マイケル・ハマーが提唱してきたリエンジニアリングにおける”Process Driven Organization”に続く新しい組織の概念として扱われており、業務のプロセスとしてのコミュニティの重要性を訴えていた。つまり、オンライン・コミュニティとは、決してトレーニングプログラムの延長として、そのトレーニングの復習のために設けられるバーチャルなプログラムのことではなく、知識の交換、あるいは協働作業を通して、ビジネスやビジネスのプロセスと結びつくことにより、始めて価値のあるものになるとの主張であった。
しかしながら、コミュニティに関する議論の中には失敗談も多く取り上げられており、依然としてコミュニティを形成することの困難さも指摘されていた。 (オンライン・コミュニティに関する議論の詳細は、下記のページを参照のこと)
※405 Online Communities: The Real-World Perspective
・Eコーチング
トレーニングの効果を職場に戻ったあとに強化する手段として、Eコーチングという言葉も基調講演を始めとする多くのセッションで取り上げられており、オープニングセッションにおいても、Elliott Masieにより「Eラーニングは今後ますますEコーチングへと変遷していくでしょう」と述べられていた。Coaching.com社のScott BlanchardによるとEコーチングの定義は、”Coaching without a coach physically on your premises”(コーチがフィジカルにあなたのいる構内にいない状態でのコーチング)ということであった。つまり、様々な形態のコーチング(Behavioral Coaching, Strategic Coaching, Life Planning, Career Planning等) に、様々な媒体(e-mail、Voice Mail、Cell-phone等)を通してアクセスできることを指し、Eラーニングと非常によくマッチし、クラスルームトレーニングのサポートにもなると言及されていた。
他にもEコーチングの利点としては、組織の中で優秀なコーチを育てたときに、その人のアイデアをシェアできること、グローバルなコーチングへとスケールアップさせることができることなどが挙げられていた。 (Eコーチングに関するセッションの詳しい記述は、下記のページを参照のこと)
※305 e-Coaching: What Does Business Coaching Like in the Digital Age
3.どのようにやる気のない受講者にEラーニングを取り組ませるか?
受講者をいかにモチベートするかという恒久的なテーマが、基調講演におけるパネルディスカッションの中で、改めて強く問題提起されていた。この問題に対する議論のポイントになると考えられるテーマを以下に記す。
コンテンツの充実化
カンファレンス中、Elliott Masieは「我々はテクノロジーやインフラストラクチャーを揃えるところから始まったが、今はコンテンツを作り始めなければいけない重要な時期に差し掛かっている」と強調していた。また、他のセッションにおいても、「標準化はもう充分焼きあがった。次はコンテンツを作り始める番だ」などの発言も出ており、OnlineLearning2001と同様に、Eラーニングのコンテンツの充実が、今後受講者をモチベートする鍵となることが主張されていた。
コンテンツに関するセッションはインストラクショナル・デザインを扱ったもの、同期学習について扱ったものなど様々であったが、その中でも、シミュレーションを扱ったセッションには会場にも参加者が大勢集まり、その注目度の高さがうかがえた。同様にE-Labにて提供されていたコンテンツのデモの中にも、ソフトスキルを学ばせるためのシミュレーションプログラムが多数含まれていて、昨年のTechLearn2000で議論のポイントとなった、「Eラーニングとシミュレーションをいかに結びつけるか?」というテーマが着実に実を結び始めている様子だった。 (シミュレーションに関するセッションの詳しい記述は、下記のページを参照のこと)
学習と業務のボーダレス化
上述のArthur Millerの問題提起に対して、Communispace社のDiane Hessanは、学習と業務の壁を取り払うことの重要性を強調し、そのためには、Eラーニングの教材のラーニング・オブジェクト化に伴い、そのコースに要する時間がどんどん短縮され、将来的には5分のコースも汎用的に使われる必要があるとのコメントを残していた。
4.Eラーニングの成功は何をもってメジャーとするのか?
パネルディスカッションにおいて、「Eラーニングが成功したというとき、我々は、時間がどれだけ短縮されたとか、コストがどれだけ削減されたといった”How many”の要素しか注目していない。本当に注目すべきは行動をどれだけ変化させたかということだ」という発言が出されるなど、評価に対する本質的な問題提起も行われた。評価に関するセッションはROIをテーマとしたセッションが2つあったのみであったが、ブレンデッド・ラーニングのセッションや、基調講演の中でブレンドの効果を測ることの重要性が再三訴えられるなど、Eラーニングも他のトレーニングと同様に、導入のステージから、いかにコースを評価するかといったことがテーマとなり始めていた。
5.この困難な時期において学習とはどうあるべきか?
今回のTechLearnは、現在における米国の経済の停滞、及び9月11日のテロの影響を考慮して、サブテーマとして、”Learning in difficult times”を掲げており、この困難な時期に我々は何をすべきか、あるいはどう生き抜いていくべきかという問題提起が、カンファレンスのオープニング・セッションにてなされた。それに伴い、カンファレンス中も、困難な時期におけるリストラ、予算の削減、厳しい投資状況といった諸問題への対処法を、参加者同士で頻繁に議論させていた。
カンファレンス中盤においては、GEの元会長Jack Welchを基調講演に招き、この困難な時期にこそ、組織にとって学習を継続することが唯一競争力を身につける道であるということを再確認した。
また、カンファレンスの後半には、Harvard Low SchoolのArthur Miller教授による司会で、パネルディスカッションが行われ、これまで参加者もともに議論してきた、現在における学習のあり方について、様々な視点が投げかけられた。
最後にクロージング・キーノート・スピーカーには、Ken Blanchardが招かれ、”Managing and Leadership in Difficult Times”というタイトルで講演を行い、この苦しい時期に我々こそがリーダーシップをとって、組織の心をつかんでいかなければいけないというカンファレンスの最後を飾るのにふさわしい感動的なスピーチで、参加者を強くモチベートして、幕を閉じた。
(なお、上述したそれぞれの基調講演の詳細な記述に関しては下記のページを参照のこと)
※Jack Welch: The Business Case for Learning, Training, and Technology
※Ken Blanchard: Managing and Leadership in Difficult times
基調講演の流れひとつとってみても、オープニングからクロージングまでの起承転結がはっきりととられた構成になっており、改めて米国のカンファレンスの構成力の高さを感じるに至った。