インサイトレポート

揺らぐ人と組織の関係性と、問われる「キャリア開発」のあり方(Chapter 1)

ヒューマンバリュー 阿諏訪 博一、菊地 美希、内山 裕介

価値観や働き方が多様になり、個人と組織の関係性が揺らぐ今日、多くの企業が自社の「キャリア開発」のあり方や仕組みを再考しようとしています。

本レポートでは、私たちヒューマンバリューの実践支援やリサーチから得たヒントや洞察から、職場でのキャリア開発のあり方を変革していくアプローチを探っていきます。

まず本章では、主にクライアントの企業変革や組織変革を支援する私たちが、なぜ「キャリア開発」をテーマをとりあげるのか、その問題意識と意義について考察していきます。

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揺らぐ人と組織の関係性、揺らぐ企業の人材投資

近年、 「人的資本経営」が盛んに叫ばれるように、企業における人材投資への関心は高まっています。例えば、リスキル推進、1on1や組織開発など、多くの企業が自社における人材育成や人材活用の施策に取り組んでいます。

特に今日、AIやテクノロジー活用が進展し、人のあり方に根源的な問い直しも起きています。

「Chat GPTの台頭により、生成AIに代替される人・代替されない価値を生み出す人の二極化が起きてくる。そうした状況に、どう向き合えるか?」

ある企業の人事責任者は、そうした趣旨の問題意識を共有されました。AI活用が進展する中で人の力とどう向き合い、どんな人材投資を行うのか。多くの企業は、試行錯誤を始めています。

 しかしその一方、

「社員の成長に投資することに、会社として本当に意味や効果があるのか?」
「個人のキャリア開発を支援したら、会社を辞めてしまう人がいないか?」

というように、経営・マネジメントに関わる人の葛藤の声も聞こえてきます。

その背景には、「人と組織の関係性」が希薄化し、分断が広がる状況も見受けられるからです。

終身雇用は終わりを告げ、人材流動性の高まった現在、組織で一体感や仲間意識を維持することは、難しくなりました。また、リモートワークをはじめとした働き方の多様化は、人と組織の物理的距離のみならず、心理的距離を広げる結果を生み出しています。

例えば、昨今メディアでも頻繁に取り上げられる「静かな退職」※1 という働き方は、そうした分断が起因した事象の一つとも捉えられるかもしれません。日本企業においての低いワークエンゲージメントについては、従来から頻繁に課題として取り上げられていましたが ※2、その状況に拍車がかかるように、会社の仕事に熱意を失って最低限の仕事しかしない働き方が、広がりをみせています。

人材投資への関心は高まる一方で、揺らぐ人と組織の関係性。そうした中で、企業はどのように社員の成長やキャリア開発に対して、企業と個人はどう関わり合い、どう支援するべきなのか。逡巡を重ねている状況にあると言えます。

揺らぐ個人のキャリア開発

人と組織の関係性が揺らぐ中、働く個人にとっても、自らの職業人生を見通すことは容易ではありません。

近年、キャリアを会社任せにするのではなく自らオーナーシップをもって築いていく「キャリア自律」や「キャリアオーナーシップ」といった考え方が、広く受け入れられるようになりました。

そうした潮流の中、企業でワークショップを実施すると、

「自分のキャリアプランや未来像なんて描けない」
「キャリアを考えるのは苦しくなる」

そういった声をよく聞きます。

ビジネス環境の変化が激しい今日、緻密な未来計画をたてることに終始したり、明確なキャリアパスやロールモデルを求めるような、従来的な「計画的キャリア開発」を進めることは困難です。(2章で詳しく述べます) 自律的キャリア形成が求められる今日、働く個人もまた、どのように自身のキャリアを形成し、成長や経験を育んでいくのか。逡巡を重ねている状況にあります。

個人と組織をつなぐ「職場におけるキャリア開発」

人と組織の関係性が揺らぐ中で、組織として個人として、何ができるでしょうか。

組織(経営・人事)がどれだけ戦略的な人材投資を図っても、それを生かせるかは働く社員次第です。働く社員の心が職場から離れ、気持ちが仕事に向いていなければ、その効果は限られたものになります。

働く個人がどれだけ自分のキャリアに向きあい、自己投資を図っても、仕事の熟達や経験とは、実際の職場で育まれるものです。働く職場での経験を抜きにした個人のキャリア開発だけでは、得られる経験は、限定的なものになります。

分断した状況での限界を乗り越えるために、組織と個人が共に成長し合う「共創」の関係性を築いていきたい。そのためには、「職場におけるキャリア開発」のあり方を変革していくことが、一つのレバレッジになるのではないでしょうか。すなわち、働く社員一人ひとりのキャリア(成長・経験)と真に向き合い、共に成長できる職場をつくることで、個人と組織の成長をつないでいく取り組みです。

ヒューマンバリューでは、これまで多くのクライアントの企業変革・組織変革を支援する中で、個人と組織が共に成長する「キャリア開発」の実践に取り組んできました。

本レポートでは、近年の取り組み事例やリサーチから得られたヒントや洞察を踏まえ、より具体的な変革のアプローチについて解説していきます。

企業の経営・人事、現場のマネジャーなど、これからの人と組織の関係性や、これからの「キャリア開発」に関心ある方に、広くお読みいただけたら幸いです。

*1 静かな退職(クワイエット・クィッティング):実際に退職するわけではなく、会社の仕事に熱意を失って最低限の仕事しかしない働き方。2022年にアメリカのキャリアコーチ、ブライアン・クリーリー氏がソーシャルメディアを通じて発信したことをきっかけに広がった。

*2 the State of the Global Workplace: 2024 Report(2024年のギャロップ調査においては、日本の従業員エンゲージメントはわずか6%に過ぎず、世界で最もエンゲージメントの低い国のひとつとなってる)


生成的キャリア開発 インサイトレポート

Chapter 1:揺らぐ人と組織の関係性と、問われる「キャリア開発」のあり方

Chapter 2:キャリア観を転換する ー 「生成的キャリア開発」へ

Chapter 3:職場で取り組む「生成的キャリア開発」 ー 共に成長する人と組織を具現化する


関連するメンバー

私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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