GROW THE PIEの探究

日本企業のパーパス経営を問い直す(ビジネスパラダイムの再考 vol.4)

アレックス・エドマンズ氏の『GROW THE PIE』を読まれた山口周氏に、書籍の感想とともに、これからのビジネスパラダイムを探究するインタビューを行いました。(山口周氏 Interview Series

本記事は、そのVol. 4となります。

前回は、ビジネスにおけるヒューマニティの重要性を語っていただきました。
今回は「パーパス経営」を切り口にして、企業経営のあり方を考えていきます。

Index
- 企業がパーパスを掲げるとは、どういうことか
- パーパスが新たな問題を生成し、新たなパイの起点となる
- パーパスと事業のねじれ、概念矛盾を乗り越える
- 大胆な戦略策定が、未来のパイを広げてゆく

聞き手:ヒューマンバリュー 霜山、菊地、内山
話し手:山口 周氏

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企業がパーパスを掲げるとは、どういうことか

― ここまで、ビジネスにヒューマニティを取り戻すために大切なことを語っていただきました。企業経営という観点で話を続けると、昨今、多くの企業が自社の経営の変革に向けて、パーパスを策定しています。
日本企業は、パーパスから新しい価値創造を広げていけるでしょうか?

パーパスに関して言うと、僕は「知行合一」ということがすごい重要だと思っているんです。

Googleで聞いた話なのですけど、インターンシップ参加者にも、かなりの程度、社内の情報を開示されるそうです。その理由を聞いたら、

「基本的には情報は透明性が重要だし、『全ての情報にアクセスできるようにすること』を会社のビジョンとして掲げている以上、インターンだからアクセスできないっていうのは、Googleの価値観に反することなんだ」 と言ってたんですよね。

あともう1つの例ですが、埼玉の所沢に石坂産業という会社がありますよね。産業廃棄物の再資源化に取り組んでいる会社です。僕が石坂さんの会社に遊びに行った時にトイレをお借りしたら、「当社にはゴミ箱がありません、ゴミは全て持ち帰ってください」と、トイレに紙が貼ってあった。それは、会社のコーポレートビジョンとして「世の中からゴミという概念をなくす」ということをいっているので、自己矛盾のないように徹底しているわけですよね。全てのものを資源にするといっている以上、ゴミ箱はあってはならないということ。

どちらも、経営として掲げることと実際にやっていることが一貫している。一貫しているから、大胆な意思決定が可能になったり、その企業独自の新しいビジネスがつくられていくわけです。

だから、パーパスを掲げる企業には、「それはどういうことか、分かっていますか?」と問いたくなる。 つまり、多くの企業で、パーパスが軽んじられている気がするんです。

例えば、モビリティに関わるパーパスを掲げている会社があります。そこで僕が、「寝たきりの人やモビリティから疎外されている人はどうするんですか?」と聞いたんです。すると、「そこはスコープに入っていないんです。然は然りながら、利益にならないので……」という返答でした。

パーパスとして掲げるのであれば、利益が出せないリスクがあっても、事業として向き合わなければいけない。

パーパスが新たな問題を生成し、新たなパイの起点となる

本当にそのパーパスが素晴らしいものだったら、そのパーパスに基づいていろいろ行うことで、どこかで利益になっていく可能性を秘めているんです。Googleは、「世界中の情報を整理して誰もがアクセスできるようにする」と掲げて、Googleマップを始めた。「あれ、何の利益になるの?」って、みんな最初思っていたわけですけど、様々な情報が組み合わさる形で、今では巨大なビジネスになっています。
YOUTUBEは、それまでは一度も利益が出たことのなかった会社ですが、それでもGoogleはYouTubeを買ったわけです。こちらも今は結果的に巨大なビジネスですよね。

パーパスを掲げて、従前から満たされてない領域があれば、それは全部ビジネスチャンス。すなわち、問題が生成されるわけです。だから、やればいいと思うんですけど、するとすぐに「収益が……」とか、「市場が……」という話になる。テスラができた時、市場はありませんでした。彼らがまさに0からパイをつくったわけです。

そもそも、パーパスを何のために掲げるのかという目的を考えなくてはいけない。 それはやっぱり、「問題をつくる」ということ。今までなかった問題が、パーパスを立てることで生成されると。そして、その問題を解くと、今度はそれがビジネスになる。当然そこにパイが生まれるということなる。

企業が社会貢献を通してパイを拡大するための特定の道筋を表現するのが、パーパスなのだ。

『GROW THE PIE』第8章 企業

エドマンズさんも、企業のパーパスをこのように語っていますけど、パイとパーパスって非常に密接になるんです。

「新たな問題をつくる」という機能は、市場にはないわけです。

例えば、ガソリンエンジンの自動車に乗ることが多くの人にとって当たり前なんですけども、「もしかしたら、これってあんまり良くないのかもしれない」と思う人が少しずつ増えて、電気自動車に替わりつつある。

その問題は、以前はなかったけれども、テスラという会社が「いやいや、ガソリンエンジンの利用者、いつまで乗っているんですか?」と。「あなたたち、それ心苦しくないんですか?」と言って、市場の顧客の要望を、ある意味、肯定するんじゃなくて、むしろ批判したわけです。これはまさに、モスコビッシュの小数派影響過程*そのもの。ごく一部の人が行っていることに、多数派の人たちが少しずつ共感し始めて、市場が生まれてくる。

以前は問題でなかったことが、パーパスを掲げる企業によって、問題になるわけですよね。

パーパスと事業のねじれ、概念矛盾を乗り越える

そして、パーパスを掲げることの目的が、既存の市場に存在しない新たな問題の生成なのだとすると、そこから考えられる事業は当然、市場調査や分析とはなじまない。サラス・サラスバシー教授の言う、エフェクチュエーション*のコンセプトが必要になりますよね。

そこがボタンのかけ違いっていうか、プレスの上段と下段で組織の要件が、ねじれちゃっている気がして。パーパスを掲げて問題を生成するんだけど、事業をやる時には収益目標を追って市場調査をやる、これは概念矛盾している。

求められる人材要件やリーダシップのスタイルも変わってくる。 パーパスを掲げるけど、パーパスドリブンで衝動に突き動かされる人というより、経営リテラシー高くてロジカルシンキングができる人を求めるというのは、システムとして整合的に組み合わされていない気がしますよね。

組織におけるコヒーレンス、一貫性は大切ですよね。

パーパスを掲げるのであれば、一気通貫でやっていかないといけないんだけど、多くの場合、二枚舌になってしまっている。

パーパスを掲げているけれども、「そうは言っても事業なんだから、そんなにロマンティックなことを言っても……」みたいなことになっている。

「自社のパーパスに対して、これができていないから、この領域でこんな新規事業をやりたいです」と提案すると、「その市場規模の概算、見せろ」とか「収益目標を見せろ」とか言われて、結果、「時期尚早である」となるわけです。逆に、「手堅い、儲かりそうなものだったらいいのか」と言うと、今度は「パーパスがあるし……」みたいになって。

そうすると、社員としては「どっちなんですか?」とよく分からなくて、身動きがとれなくなっていくわけですよね。

経営とは矛盾の塊なんだという考え方ももちろんありますが、中途半端なパーパス経営は、メンバーの認知的な混乱を引き起こすことになります。
新たな事業シーズをつくり出していく立脚点として、パーパスと向き合っていくことが大切であるように思いますね。

大胆な戦略策定が、未来のパイを広げてゆく

事業創造に関連して、いま多くの企業がコロナ禍を終えて、新たな事業戦略や中期経営計画を策定しています。企業が事業をつくり、パイを広げていくために、経営戦略の策定には、どのようなことが大切になるでしょうか?

戦略の定義はいろいろありますけども、要となるのは資源配分だと思うんです。個別の事業遂行をどうやっていくかは、今は環境がすぐに変化していくので、各事業によって個別の事業執行者がオーナーシップを持って進めた方がいいのがほとんどだと思いますね。もちろん例外もありますが。

マッキンゼーが『ホッケースティック戦略』(東洋経済新報社、2019年)という本を出していますが、あれは結構、衝撃的な内容だと思っていて。その内容は、GROW THE PIEにもつながるんですけど、市場のパイが広がらずに、そこの中でシェアを大きく伸ばして成長した会社は、ここ20年で1社もないという話。大きく伸びている企業は、衰退・成熟市場に配分している資源をマーケットが伸びているところに再配置している。


そうした大胆なリソースの振り替えをできるかどうか。

実際、多くの企業はいろんな政治闘争があったりして、大胆な振り替えができずに、結局は現状の延長戦上での資源配分になってしまう。

資源配分の問題は、やはり経営にとって非常に重要な役割だと思います。

これは一概に直感とか衝動でやればいいということではなく、ある程度の根拠やストーリーをもって経営資源を大胆に動かしていく役割は、非常に重要なんじゃないかなって気がしますね。

そうした大胆な意思決定の判断軸にも、パーパスは大切になりそうですね。

Vol.5に続く

*少数派影響過程:

社会心理学者 セルジュ・モスコビッシュによる実証研究。

社会や集団の中では、多数者が少数者に強い影響を与える「同調行動」だけでなく、少数者が多数者に影響を及ぼして行動や態度を変化させるプロセス(=少数派影響過程)が存在することを明らかにした。

*エフェクチュエーション:

適応的・創発的アプローチ。手元にある資源をもとに、許容できる損失の範囲内でまずやれることをやった上で、状況の変化をポジティブに取り込んでいくことを目指すアプローチ。計画的・因果論的アプローチの「コーゼーション」と対比される。


山口周氏 Interview Series ビジネスパラダイムの再考

Vol.1:経済とビジネスの前提から、企業のあり方を問い直す

Vol.2:日本社会の課題に向き合う

Vol.3:ビジネスにヒューマニティを取り戻す

Vol.4:日本企業のパーパス経営を問い直す

Vol.5:パイの拡大を導くリーダーの思考様式と在り方とは

編集後記:ビジネスパラダイムの革新に向けて、私たちにできること


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