編集後記:ビジネスパラダイムの革新に向けて、私たちにできること
ここまで5編にわたり、『GROW THE PIE』をお読みいただいた山口周氏のインタビューを掲載しました。ビジネスのあり方を考察し続けてきた山口さんとの対話は、日本企業の現在地をクリティカルに見つめ直す機会になり、GROW THE PIEの実践に向けて様々な気づきがありました。
最後に、編集後記として、インタビューの感想を交えながら、ビジネスパラダイムの革新に向けて私たちにできることは何か、現在の想いを共有したいと思います。
Index
- 一人ひとりが自らの感性を解き放つことから…
- 概念矛盾を乗り越える、対話のエコシステムを創造する
- バウンダリーを越えて、パイを広げる
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一人ひとりが自らの感性を解き放つことから…
記事にあるように、今回のインタビューでは、パーパス経営のあり方が一つのテーマになりました。
『GROW THE PIE』は、サブタイトル(パーパスと利益の二項対立を越える)にもある通り、今日、企業がパーパスに基づいた経営を行っていく文脈が強くなっているからこそ、翻訳出版した書籍でもあります。
従来の企業は経営理念を掲げつつも、社会的には、「企業としては利益を出していればいいし、それを株主に還元していればいい」というように受け止められていたかもしれません。しかし企業に限らず、教育やキャリア、結婚や家族など、あらゆる社会制度の規範や存在理由が、今問い直されている時代です。
企業が利益だけでなく、自社の存在理由(パーパス)を問い、社会に貢献していくために、誰もが取り組めることは何でしょうか。山口さんはインタビューで、「まずは、自分自身が感じた違和感がきっかけになる」と語りました。
企業とは、人の集合体です。経営者などの限られたメンバーだけでなく、働く個人も自分自身の目的意識や自分たちのパーパスを探求し、それを体現していくことができるはずです。たとえそれが小さなことであっても、働く一人ひとりの変容は企業変革の起点になり得ます。
そして、そうした個人の目的意識は、日々働く中での違和感や感情、衝動といった自分自身の感性から生まれてきます。それは一見、当たり前のことかもしれませんが、企業の日常ではそれが大切にされていないという場面も多くあります。日々の業務があまりにも忙しかったり、トップダウンの外圧で動いていくことが当たり前になっていると、そうした日々の違和感や感情を表すことへの価値になかなか着目できません。
インタビューでは「企業の知行合一が大切」という話もありましたが、会社で掲げていることとやっていることが違うという状況に、違和感を感じる人は、実際には多くいるはずです。しかし、それを修正しようとするプロセスが起きません。それは、「会社って、こういうものだよね」「仕方ないよね」ということにして、自分の違和感や感情にふたをしてしまっている人が、大半になっているように思います。
ビジネスパラダイムの革新に向けて、組織として取り組むべきことも多くあると思いますが、働く一人ひとりにできることもあります。それは、まず自分の感性を大切にして、少しでもそこから動いていくこと。そのようにして、一人ひとりが自身のパーパスを磨き、「積極的に善を為す」あり方を誰もが体現していく先に、新しいビジネスや企業をつくり出していけるのではないでしょうか。
概念矛盾を乗り越える、対話のエコシステムを創造する
また、個人の意識だけでなく、誰かが感じたテンション(問題意識や違和感)をキャッチできる場やエコシステムをつくっていくことも大切です。
インタビューでは、日本企業が向き合うテーマとして、「概念矛盾を解消する」という話がありました。
最近は、自社が新しいテクノロジーやAIをどう使うかにおいて、Chief Ethics Officerや、さらにはChief Philosophy Officerが経営メンバーに必要ではないかという議論もあります。普通に仕事をしていると、概念矛盾になかなか気づかない中で、哲学者や倫理学の専門家の必要性が語られているわけです。
ただし、そうした検討の役割を、哲学者や専門家だけに任せてもよいのでしょうか。
「この取り組みの背景には、どういう思想があるのか?」
「これは、我々の実現したい状態と一貫しているだろうか?」
「この施策は、今掲げている方針と矛盾していないか?」
というような、矛盾に向き合い本質を洞察する対話に、私たちは誰でも取り組むことができます。
そもそも組織として、常に概念矛盾のないパーフェクトな状態があるわけではありません。ただし、日常のルーティンにどっぷり漬かっていると、現実の矛盾に気づきづらくなります。そのため、違和感があればキャッチして軌道修正していく、対話(=ダイアログ)の場が必要です。
もちろん、毎週・毎月の定例会議で頻繁に話すことではないかもしれませんが、開かれる会議がいつも業績やタスクばかりを追いかけている場だと、概念矛盾は話題になりません。
また、経営と株主の間の一般的なコミュニケーションも、「どう成長するか?」といった話や目先の財務状況が主題になりがちです。一方で、上記に挙げた問いのように、「いま取り組もうとしていることと、掲げているパーパスは、矛盾していないか?」といった哲学的な対話を行うこともできるはずです。
全てのステークホルダーが対話を通じてシステム全体を捉えることで、パーパスに向けて一貫してビジネスに取り組み、パイを拡大していく新たなビジネスの探索にも踏み出していくことができます。
概念矛盾に向き合う対話の場を育み、広く対話のエコシステムを創造していくことを、私たちヒューマンバリューのさらなるチャレンジとして、今後取り組んでいきたいと思います。
バウンダリーを越えて、パイを広げる
そして、対話のエコシステムを創り広げていくには、あらゆる境界線(バウンダリー)を越えていくことが必要です。組織内部にある部署・職位の境界線、社外・社内の境界線、民間・行政といった境界線など、現実のあらゆるところに境界線が引かれ、その境界線によって関心やコミュニケーションが遮断される場面は少なくありません。
定められた境界線の中で、人間関係や役割を固定化させ、同じ業務を続けることは一見合理的で安全であり、自らを危険に冒すようなリスクを最小限に抑えられるかもしれません。
エドマンズ教授は『GROW THE PIE』を通じて、企業のリスクの捉え方について問題を投げかけました。それは、企業はとかく「実行による過ち」ばかりに注意しがちであるが、「不実行による過ち」こそ重大な過ちであるということです。自らリスクを取って実行することが、新しい価値創造やパイを広げる起点であり、さらにはそうした姿勢は個人のリーダーシップにも通ずるものだと強調しています。
新たな投資や新規事業といった大胆な行動に限らず、小さなリスクを取って、日常にある境界線を一歩越えてみること。それも、とても大切なリーダーシップになるのではないでしょうか。それは、普段は関わらない人との会話かもしれませんし、業務には直接関係のない、関心ある領域の探索かもしれません。そうしたバウンダリーを越える実践によって、対話のエコシステムは広がり、パイを広げていくきっかけにもなります。
インタビューでも語られたように、いま見えている世界を越えて、空間軸・時間軸を広げて現実と向き合うことは、システムを捉え直すきっかけとなり、パイを広げていく可能性を探索する機会になるからです。
今回の『GROW THE PIE』の翻訳出版や山口周さんへのインタビューは、私たちヒューマンバリューにとっても、一つの境界線を乗り越えてみる機会になりました。
今ある境界線を越えた探究と実践の旅路を続けること、さらなるバウンダリーレス・ジャーニーに臨んでいくことを、これからも大切にしていきたいと思っています。
ヒューマンバリュー 内山、菊地、霜山
山口周氏 Interview Series ビジネスパラダイムの再考
Vol.1:経済とビジネスの前提から、企業のあり方を問い直す
Vol.5:パイの拡大を導くリーダーの思考様式と在り方とは
編集後記:ビジネスパラダイムの革新に向けて、私たちにできること