現場主導による組織・風土づくりの実践(電鉄会社D社の取り組み)

現場の安全文化づくりを進めるにあたり、それまでの管理型による体制強化のやり方を抜本的に見直し、職場の一人ひとりが「ありたい姿」を語り、自分たちの力で「誇り」「笑顔」「憧れ」にあふれる職場づくりに取り組む主体的なアプローチのもとで組織変革を促進した。乗務員が集い、自分たちの未来に向けた対話を行う「ストーブ・ミーティング」などが各職場で自律的に展開され、働く人々の関係性や意識、そして組織文化が大きく変わるとともに、乗務員のエラー件数が大幅に減少するなど目に見える成果も生み出された。

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背景 / プロジェクトのはじまり

現場の人々によるボトムアップ的な取り組みで成功した事例

D社の事例で最も特徴的なのは、すべて現場の想いに基づいて取り組みを行っていて、本社から一方的に押し付けたものは何一つないということである。
現場の人々が「こういうことを実現したい」という想いを語り、それに関心のある人々がプロジェクトのメンバーとして参加し、自分たちが主体者となって展開していった。
それが結果として、変革の取り組みを職場全体に広げるとともに、継続させる要因になったと考えられる。
ここでは、D社が具体的にどんな取り組みを行っていったかを紹介したい。

管理強化による安全体制確立の限界・副作用

2005年に起きたJR西日本福知山線脱線事故などを契機に、社会的に安全への注目度が高まっていた。
D社においても、安全管理体制のさらなる確立が求められ、運転職場においてこれまで以上に厳しい管理やルールの徹底が行われるようになった。
しかし、管理の強化を行ったことで一時的に乗務員によるエラーの件数は低下したものの、その効果は限定的であった。
また乗務員は、細かい点まで厳しく管理されることにより、やらされ感が高まり、乗務員としての誇りを失いがちになっていくという副作用が生まれた。次第に職場の雰囲気もぎすぎすしたものになっていった。

「誇り」「憧れ」「笑顔」にあふれ、お客様に感動を与えられる職場を創りたい

そうした職場のあり方に危機感をもった当時の運転車両部課長のS氏は、たまたま書店で購入した「学習する組織」(高間邦男著・光文社新書)を読んで、書いてあることがD社のアプローチとまったく逆であることに驚いた。そこで書籍を参考に、現場のトップや本社スタッフを交えて、自分たちの「ありたい姿」を話し合った。
話し合いの中から、強い組織を創るために、大切にしていきたいキーワードとして、「誇り」「憧れ」「笑顔」という言葉が導き出され、お客様に感動を与えられる職場を創るというありたい姿が共有された。

「学習する組織づくり」の実践がスタート

自分たちが「ありたい姿」として掲げたような職場をどのように築いていったらよいのだろうか。S氏は、自らの職場でその実践を行っていきたいと考え、そのサポート役としてヒューマンバリューに声を掛けた。

コアチームの結成 / 展開プロセスの検討

オープンに語り合う職場を創る

取り組みのスタート時には、D社の担当の方々とヒューマンバリューのスタッフで、「ありたい姿」を実現していくためにどんな取り組みから始めていくことができるかを、D社の文化や組織状況などの理解を深めながら時間をかけて話し合った。
D社では以前は「ストーブ談義」というものがあった。休憩時間になると、運転士や車掌たちみんなが、暖かいだるまストーブの火の周りに集まり、年配者も若手も今日あったさまざまな出来事を語り合い、心の通った叱咤激励をする、そんな光景がよく見られた。

そんな場を、いまの時代に合った形で、乗務員一人ひとりが、お互いのことを尊重し合い、全員が本音をオープンに語り合える職場を築くことができたら、より素晴らしい組織になれるのではないか。そんな想いから、全員が本音で話し合える「ストーブ・ミーティング」と呼ばれる場を設けることを推進することにした。

AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)の適用

ストーブ・ミーティングを行うにあたっては、みなが本音でありたい姿を話し合える「場」と「プロセス」を構築することが成功要因と考えられた。
D社の担当の方々と検討し、組織開発の方法論の1つであるAI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)を活用することにした。
AIを活用し、お互いの強み・価値を認め合いながら、最高の未来像を描き、大切にしていきたいことを見出していくミーティングの内容と進め方を開発した。

プロジェクトの推進

ストーブ・ミーティングの実践

ストーブ・ミーティングの開催日の前には、運転職場の幹部や現場リーダーに招待状が送られた。
その招待状には、「全員が想いを語り、全員が話を聴くことによって、お互いから学び合い、新たな一歩を踏み出していきませんか」という文章を載せた。
会社の会議室を活用した会場では、机を取り払い、椅子だけを丸く並べて、お菓子なども置いて、いつもとは一風変わった雰囲気をつくることで、リラックスした雰囲気でミーティングをしてもらえるように配慮した。

総勢240名が4回に分かれて集まった。
ミーティングの中では、互いにインタビューを行って、過去の最高の体験を共有したり、自分たちがどんな職場を創っていきたいかをオブジェや宣言文として表していった。
特にインタビューの共有場面では、自分たちが取り組んできた素晴らしい体験を全員で思い返すことで、乗務員としての誇りが全体によみがえってきたようであった。
4日間に渡って開催されたストーブ・ミーティングに参加した人たちからは、

「一体感が醸成された」
「自分たちはコミュニケーションを欲しているんだということが実感できた」
「ビジョンやゴールがより鮮明になった」

といった感想が寄せられた。

生み出された成果 / その後の展開

オープンに話し合う文化の定着

ストーブ・ミーティングを体験し、その価値を感じた人々を中心として、職場でオープンな話し合いを行いたいという想いが高まってきていた。 そこで、現場の社員自らが、自分たちが実現したい「素晴らしい話し合いの進め方」を考え、それを自分たちが運営する公式・非公式の会議の中で活用することになった。
ヒューマンバリューが、開発のプロジェクトのファシリテーションと知識提供を行って開発された方法は、「D社型ミーティング」としてまとめられた。これには、ファシリテーションのマニュアルとさまざまな話し合いのツールが用意されている。
現場主導で行ってきた取り組みということもあり、この「D社型ミーティング」はD社の中に瞬く間に広がった。いまでは、各職場で当たり前のように、これを活用したミーティングが開催され、オープンな話し合いが行われている。

安全性の向上と現場の変化

こうした取り組みを続けてきた結果として、D社では乗務員によるエラー件数が前年対比で大幅に減少している。
また、現場の乗務員からも、「5年前と比べて、自分たちの職場は大きく変わった」という声がさまざまなところで聞かれ、組織の文化そのものが変化したことがうかがえる。

私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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