インサイトレポート

キャリア観を転換する ー 「生成的キャリア開発」へ(Chapter 2)

ヒューマンバリュー 阿諏訪 博一、菊地 美希、内山 裕介

前章では、人と組織の関係性が揺らぐ今日において、「職場におけるキャリア開発」を探求する意義を考察しました。実際、今日の企業や働く個人を俯瞰すれば、自社のキャリア開発の仕組みを再考したり、個人として自分なりにキャリア開発の実践を歩んでいく人は、従来より増えているのではないでしょうか。

その一方、

「キャリアシートを書いても、結局、会社がキャリアを決めるのだから意味はない…」(メンバー)
「本当に社員のキャリア開発と向きあったら、社員が辞めてしまわないか…」(マネジャー)
「一方向の『昇進・昇格』をベースとした人事制度運用で、キャリア開発の限界を感じているが、仕組みの見直しには取り組めていない」(経営・人事)

といった、「キャリア開発」を取り巻くあきらめや葛藤の声も少なくありません。
こうした声から推察できるのは、根底にあるキャリア観が「昇進・昇格」「異動」「転職」といった計画的発想のみに囚われることで、個人の意向と組織の意向を乖離させ、取り組みが行き詰まってしまうことです。

「職場におけるキャリア開発」を再考する時、共に成長する人と組織を実現するには、まず根底にある「キャリア観」を見つめ直すことが必要になります。そこで本章では、「キャリア観」の変化について、その要因とともに解説していきます。

1. 「キャリア観」の変化の要因を考察する
2. キャリア観を転換する:「計画的キャリア開発」から「生成的キャリア開発」へ
3. 「生成的キャリア開発」の実践

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1. 「キャリア観」の変化の要因を考察する

組織を取り巻くビジネス環境が変化し、人の長寿化が進行する今日、働く人の「キャリア観」は変化しています。

より具体的には、計画的に職業人生を設計していく「計画的キャリア開発」のパラダイムから、生成的に実現したい成長や経験を育んでいく「生成的キャリア開発」のパラダイムへとシフトしました。

まず前半では、なぜ、そうしたキャリア観の変化が起きているのか、変化の要因を考察していきます。

● キャリア開発の軸:レールに乗るような「組織内キャリア」から、自ら育む「ライフキャリア」へ

従来、働く人にとって「キャリア」というと、会社で用意されたキャリアパスに従い、それに登っていくことが前提であり、一社の中で長期的に能力を積み上げ、ポストを上っていくことが志向されていました。キャリア開発とは「職位や職務、職歴における上昇的移動」と捉えられ、主には自社でどのようにポストを上っていくかに、焦点があてられました。

しかしながら、ビジネス環境の変化が激しく未来を見通しづらい今日、大半の人にとって、一つの組織内だけを前提にして、自身のキャリアの全てを考えることに限界を感じています。会社が用意した枠組み(職位や役割)に、自分自身を当てはめるだけでは、自分自身の成長や経験は限られたものとなるからです。

「人生100年時代」と言われ、人生がマルチステージで進んでいくようになってきた今、3ステージで誰もが同じように「一斉行進」する生き方は終わりを迎えました。自分なりに職業人生を築き、仕事だけでなくプライベートや学び直しなど、さまざまな経験を通じて自分なりのライフストーリーを紡いでいくことが、大切になっています。

*職業人生のあり方の変化:『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』(著)リンダ グラットン,アンドリュー スコットを参考に作成

こうした背景から、今日、キャリア開発は「仕事を含む人生においての成長と自己実現」が軸になり、組織内キャリアに自分をあてはめるのではなく、自分自身の実現したい人生や職業人生をキャリア開発の起点とする、キャリア観の捉え直しが起きています。

● 方向性:上方向から、全方向(上・下・左・右)へ

ライフキャリアのあり方をより掘り下げてみると、エンゲージメントの大家であるビバリー・ケイ氏は、今日におけるキャリア開発のあり方の変化を、「ラダー型(はしご型)」から「ボルダリング型」へと表現します。

組織の仕組みとしても、従来の新卒一括採用中心から採用の多様化が進み、複線型・ジョブ型といった直線的ではない人事制度が慣例になっているように、働く人のキャリアを一方向の階段状に運用していくことは難しくなっています。

必ずしも組織のキャリアパスに従って、昇進・昇格(上方向)を目指すことを前提とするのではなく、それぞれの多様なキャリアビジョンに向けて、それぞれの経験を育み、各人の多様なキャリアパターンをつくっていくことが大切になっています。

● 能力開発:直線的から、網の目状へ

また、能力開発や専門性を深化させる捉え方も変化しました。自身の知識、スキル、能力を磨いていくことはもちろん大切ですが、今日の目まぐるしいビジネス環境の変化によって、そうした専門性は陳腐化しやすくなっています。

単に既存の専門性(資格やスキル)を直線的に積み上げ続けるだけでは、今日の顧客や社会のニーズとズレが起き、具体的な成果や価値創出に必ずしもつながりません。また、個別の専門性を深めるだけでは、自分が見えている枠組みの延長線上の中で深めていくことになり、たこつぼ化による限界に直面しやすくなります。

自分自身の専門性を深めつつも、実現したい成果や価値につながるように、未知の領域に踏み込みこんだり、新しい分野を組み合わせるなど、専門性の枠組みを更新し続けることが大切です。

今日の専門性とは、1本の直線のようなものではなく、網状に広がるネットワークのようなものです。

特定の専門分野にこだわるのではなく、多様な脈絡によって動的に枠組みを広げ続けることで、新しい成果や価値、独自のスキルや専門性につながっていきます。

2. キャリア観を転換する:「計画的キャリア開発」から「生成的キャリア開発」へ

ここまで、「組織内キャリアからライフキャリアへ」、「上方向から全方向へ」「直線的から網の目状へ」、働く人のキャリア観の変化の要因を考察しました。
こうした潮流をふまえ、後半では、キャリア開発の実践プロセスの具体的変化を考察していきます。

● 計画的なプロセスの限界

上の左図にあるように、従来、キャリア開発は長期を見通して計画的に進めていくイメージを持たれがちでした。

しかし、上述したように、目まぐるしい変化によって、組織が常に上方向へのキャリアパス(ラダー)を提示できるわけはなく、能力開発も必ずしも直線的ではありません。また、キャリアに影響を与える外的環境や職場の出来事は、個人の意志や意向でコントロールできないものです。計画的プロセスのみで、キャリア開発を進めようとすることは、個人も組織も限界があります。

● 生成的なプロセスへ

そこで、日々起きる変化と偶発性をいかしていく取り組みが大切になります。

キャリア理論の大家であるクランボルツ氏は、「キャリアの8割以上は、偶然の出会いや経験から生まれる」と明らかにしました。実際、筆者が日本企業内で働く人々に、キャリア形成についてインタビューしていても、ほとんどの人が「計画的に階段を登ってきたのではなく、自分なりに偶然の機会を生かし続けることによって、結果的に自分なりに充実したキャリアに至っている」といった回答が得られ、同様の示唆を得ています。

具体的には、右図のイメージにあるように、仕事や人生で起きる偶然の出来事や機会を自分の実現したいキャリアビジョン(ライフキャリア)に生かしていく。そうした柔軟なアプローチによって、変化を生かしながら、自らの経験を育んでいくことが必要です。

3. 「生成的キャリア開発」の実践

このように、今日のキャリア開発は、「計画的なプロセス」から「生成的なプロセス」へと変化しています。

では、こうした「生成的キャリア開発」は、具体的にどのように進め、どんな実践が大切になってくるのでしょうか。以下の通り、整理した図を元に解説していきます。

「ポジティブ・コア」を探求し、自分自身の羅針盤をつくる

まずはじめに、日常の機会を生かし、自分自身の成長や自己実現につなげていくには、「ポジティブ・コア」を探求し、自分なりの核や方向性を明らかにすることが出発点になります。

ポジティブ・コアとは、自分自身の人生を歩む上で「大切にしたい想い・独自性・特徴・強み・価値観」のことです。

従来の計画的キャリアでは「役職、専門性、職務(仕事上の役割)、業種、年収」といった目にみえやすい外的な価値基準が重視されました。しかし、外的基準だけでは、組織の昇進・昇格の枠組みに職業人生が左右され、外発的動機に基づいて働くことになりがちです。それだけでは、職場の偶発的な機会を生かしたり、柔軟に経験を育みづらくなります。

外的基準だけでなく、「自分にとっての価値観や成長、好奇心、つながり、ウェルビーイング」といった、自分自身に活力を与えてくれる目に見えづらい内的な価値基準もあります。そうした内的基準は、日々の経験を通じて自分自身の実現したい成長や自己実現を図っていく上で、とても大切な要素です。

外的基準だけでなく内的基準もとらえながら、自らの「ポジティブ・コア」が明らかになることで、人生や仕事でどういった未来を実現したいのか、どんな経験を育んでいきたいのか、「キャリアビジョン」を探求しやすくなります。

機会を生かし、動的に学ぶ

ここでの「キャリアビジョン」とは、遵守すべき計画やゴールのことではありません。自分自身の人生や仕事を通じて実現したい自分自身の姿を中長期的な未来像であり、現状の視野を広げたり、日々遭遇するさまざまな機会を活かしていくための羅針盤になるものです。

「ポジティブコア」と「キャリアビジョン」が羅針盤にあることで、単に環境や出来事に受け身になるのではなく、そこに向けて周囲の「機会」を生かし、自分なりの学びや成長につなげていきます。

また、キャリア観の変化でも上述したように、ここでの学び・成長は、必ずしもビジョンに向けて直線的に登っていくものではありません。例えば、昇進・昇格だけ(上方向)でなく、現在の仕事において新たなチャレンジに取り組んだり、視野を広げるために別プロジェクトに横移動してみるなど、様々な経験の育み方があります。

一度立てた計画に囚われず、様々な機会を通じて自身の経験を育むことを通じて、自身の専門性も動的に枠組みを更新し、拡げ続けていきます。

意味づける力を高める

羅針盤となる「キャリアビジョン」を描き、様々な機会を生かして成長に結びつけていく。こうした「生成的キャリア開発」の取り組みは、実践し続けるサイクルであり、そのサイクルを回すコアには「意味づける力」があります。

以下の図は、それを示したものです。

「キャリア・ビジョン」の実現に向けて「日常の実践」に取り組みますが、人生や仕事において、周囲の「出来事」の変化に影響を受けます(ゆらぎが生まれます)。

例えば、業務やチームの配置において、自分自身のキャリアの意向や得意分野とは異なるような「機会」と出会うかもしれません。そうした偶然の「機会」を、単に業務課題として対処するだけでは、日常の実践は、単なる業務遂行の意味に留まってしまいます。それでは本人の望む成長にはつながりづらく、徐々に、その職場におけるキャリア開発をあきらめることになるでしょう。

そこで、「日々の機会を、自分自身の成長や経験にとってはどんな意味があるのか」、自分なりに意味づけることで、キャリアビジョンにつながる日常の実践を進化させていくことができます。そうした職場での試行錯誤を通じて、自分が大切にしていること(ポジティブ・コア)の意味も深化し、キャリアビジョンも変化・深化していきます。

以上、本章では「キャリア観」の変化の要因とともに、計画的に職業人生を設計していく「計画的キャリア開発」から、生成的に実現したい経験と成長を育んでいく「生成的キャリア開発」へ、「キャリア観」の変化を考察しました。

ここまで述べてきたように、今日の環境下において「計画的キャリア開発」の枠組みで発想することは、組織も個人も限界に直面します。個人は組織の枠組みにあてはめられ、自分自身のライフキャリアを手放すことになったり、組織も、適合しない個人が離職するのを傍観することに留まるでしょう。

個人が職場で生成的に経験を育むことを通して、共に成長する個人と組織を具現化することにつながります。

(もちろん、 転職や職場の移行が必要な場面もあります。問われるのは、一人ひとりの経験や成長に、真に向き合うプロセスがある職場なのか、向き合うプロセスがない職場なのか、ということです。)

今日の職場で、キャリア開発を再考する時、「生成的キャリア開発」へとキャリア観を転換していくことが、最初の一歩目となります。


生成的キャリア開発 インサイトレポート

Chapter 1:揺らぐ人と組織の関係性と、問われる「キャリア開発」のあり方

Chapter 2:キャリア観を転換する ー 「生成的キャリア開発」へ

Chapter 3:職場で取り組む「生成的キャリア開発」 ー 共に成長する人と組織を具現化する


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私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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