インサイトレポート

職場で取り組む「生成的キャリア開発」 ー 共に成長する人と組織を具現化する(Chapter3)

前章では、計画的なプロセスから生成的なプロセスへとシフトする「キャリア観」の変化について、解説しました。こうした「生成的キャリア開発」の取り組みを、例えば個人の実践から始めることもできるでしょう。

しかし、自社の職場で取り組むにあたっては、個人の責任だけでできることも限られています。また、同じように、組織の施策や仕組みだけで進めていくにも限界があります。

個人と組織が共に、職場での実践に向き合うことにより、「生成的キャリア開発」の実現と、共に成長する個人と組織につながります。本章では、個人と組織は「職場」を通じて何に向き合い、どう取り組むべきなのか。検討する視座と具体的なアプローチを解説していきます。

1.「外的キャリア」と「内的キャリア」を融合し、個人と組織の共創を図る
2. 多様性を認め合い、インクルージョンの文化を醸成する
3. キャリアカンバセーションを日常的に実践する
4. 組織マネジメントと統合的に実践する
5.「人」に対するフィロソフィを転換する

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1.「外的キャリア」と「内的キャリア」を融合し、個人と組織の共創を図る

 2章で触れたように、キャリア開発の軸には、「外的キャリア(外的基準)」と「内的キャリア(内的基準)」の2つが存在します。これらは個人と組織にとってどちらも大切な要素ですが、その2つの基準が多くの職場で乖離しがちであり、そのずれが生成的キャリア開発実践のボトルネックになります。

● 「外的キャリア」と「内的キャリア」の大切さ

外的キャリアとは、「役職、専門性、職務(仕事上の役割)、業種、年収」といった目に見えやすい客観的基準のことです。組織は、外的基準があることによって、長期的な視点で人材の育成や採用を可能とし、個人にとっても、職業人生の成長を見通すうえで分かりやすい物差しになります。

内的キャリアは、「自分にとっての価値観や成長、好奇心、つながり、ウェルビーイング」といった、自分自身に活力を与えてくれる目に見えづらい主観的な価値基準です。

個人にとっては、自分らしいライフキャリアに向けて、日々の経験を通じて成長を育んでいく上で大切な要素であり、組織にとっても、働く社員の内的キャリアが満たされていれば、職場のエンゲージメントや創造性、生産性が高まります。

● 職場で生まれる「外的キャリア」と「内的キャリア」の乖離

そうした「外的キャリア」と「内的キャリア」、この2つの要素が職場で乖離してしまうとは、どういうことでしょうか。職場での例を挙げてみます。

ー 「外的キャリア」だけで、自分をあてはめてしまう例

ある人にリーダーの職務が与えられ、「業務上、自分がやらなければいけない」といった状況に直面したとします。それを単にこなすだけでも、目に見える経歴になるかもしれませんし、場合によっては給料もあがるかもしれません。しかし、それだけでは、組織の枠組みや外的基準に自分自身をあてはめることになり、自分自身の実現したい成長には必ずしもつながりません。

ー 「内的キャリア」だけで、空回りしてしまう例

あるいは、対照的な例もあるかもしれません。

「自分は、◯◯のような仕事をしてみたい」「私は趣味を大切にしたい」といった、キャリアビジョンがあるが、現状の仕事・人生とありたい姿の乖離に直面した人がいたとします。そうした内的な想いを持つことは大切ですが、職場での仕事や役割は、顧客や組織への価値創出が起点にあります。「自組織にとって、自分自身の望むビジョンはどんな意味があるのか?」「そのライフを大切にしながら、仕事上ではどんなことを大切にしたいのか?」といった視点で外的基準にも意味づけられていなければ、内的な想いが具体的な仕事やキャリア形成につながりづらくなります。

こうした2つの例にみられるように、外的基準と内的基準が乖離していると、次第に個人のキャリアビジョンと職場での経験も乖離していきます。しかしこれらは必ずしも、二項対立の基準ではありません。

大切なのは、自分なりに外的基準と内的基準を融合し、職場で意味化していくプロセスです。

例えば、

「新しい職務が与えられた時、それって自分にはどういう意味があるのか?」
「自分がやりたいことって、社会や組織にとって、どんな価値を生み出すのか?」
「組織からはどんな期待があり、自分なりに、どう応えたいのか?」

こうした問いや観点で探求を深めることで、外的キャリアと内的キャリアを自分なりに融合させていくことが大切です。

2章で述べたように、個人として「意味化する力」がコアになりますが、それは単に個人の努力だけではなく、職場での会話やアサインメント(役割分担)、マネジメントの中で次第に育まれていくものでしょう。

職場で意味づけるプロセスを通じて、個人は、職場での経験を通じてキャリアビジョンを育んでいくことができ、組織も、メンバーのキャリア開発支援を通じて、実現したい成果や価値創出につなげていけます。

2.多様性を認め合い、インクルージョンの文化を醸成する

一人ひとりが外的キャリアと内的キャリアの融合を図り、自分らしいライフキャリアを紡いでいくには、それを可能にする組織文化も必要です。

 従来の組織は、一律的な価値基準(外的基準)で、キャリアのポストをつくり、そこに人をあてはめがちでした。言い換えれば、従来的なキャリア開発とは、一人ひとりが組織文化に同化していくプロセスだったと言えます。そうした文化では、個人が自分なりにキャリアビジョンを描いても、結局は同質的な振る舞いを求められ、組織の枠組みの中にとどまりがちであり、内的基準と外的基準を融合することはできません。

 社員一人ひとりの内的基準も大切にし、それぞれのライフキャリアを支援するということは、一人ひとりの多様性を認め合える文化です。それは、メンバーがバラバラになった「区別」された組織をつくることではありません。お互いの内的基準を認め合いながら、組織で大切にしている価値基準(パーパス・ミッション・バリュー)ともつなげ、インクルージョンの文化醸成に向き合うことです。

一般的には、従来の日本企業は「同化」の文化によって組織化されていたと言われます。それを踏まえれば、今日の職場で生成的キャリア開発を実践していくには、インクルージョンの組織文化の実現が核にあると言えるかもしれません。

3. キャリアカンバセーションを日常的に実践する

こうしたインクルージョン(包含)の組織文化は、一朝一夕で築けるものではありませんが、具体的な実践をはじめていくことはできます。

その一つが、キャリアカンバセーションの実践であり、一人ひとりが外的キャリアと内的キャリアを融合させ、職場での経験を意味づけていくことを支え合う会話です。

『会話からはじめるキャリア開発』の著者、ビバリーケイ氏は以下のように述べます。

「本当のキャリア開発とは、書類を埋めることでも、タスクを割り振ることでも、昇進を仕組むことでもありません。それは、リーダーと従業員とのあいだで交わされる『会話の質』にこそあります。」*

従来的な計画的キャリア開発は、手続きや仕組みを想起させ、キャリアカンバーセーションが主な焦点にありませんでしたが、生成的キャリア開発実践の核は、一人ひとりの成長を育む豊かな会話にあります。

以下は、キャリアカンバーセーションのあり方の変化を示したものです。

組織的な取り組み方は、企業の状況によっても様々ですが、 例えば、カルビー株式会社では「キャリア探究ノート」を導入しているように、キャリアの対話を生み出す仕組みをつくっていくアプローチも考えられるでしょう。

*参考:対話から始まるキャリア開発 〜カルビーが取り組んだキャリア開発の探究の旅路〜

4. 組織マネジメントと統合的に実践する

最後に、ここまで述べた実践のポイントを、日常のマネジメントと統合していくことがチャレンジになります。

 今日、社内公募制度・キャリア面談・キャリア研修・自己啓発支援など、社員のキャリア開発支援の施策や仕組みを充実させる企業は増えていますが、そこで語られるキャリア開発のあり方と、日常マネジメントとの整合性が図られていない例は、少なくありません。

 一人ひとりが外的キャリアと内的キャリアを融合させ、生成的キャリア開発を進める実践は、日常の職場での働き方と密接に結びついているものです。それは、例えば年1回、イベント的に何かを行えば、変化が生まれるわけではありません。

もし、日常のチーム運営やパフォーマンス・マネジメントのあり方が、アシュミレーション(同化)に基づき、一律的な成果や目標ばかりを追求させ、多様性を認めない働き方であれば、働くメンバーが生成的キャリア開発を実現するのは難しくなります。

以前のPMIレポートでも解説しているように、例えば、目標設定や日常コミュニケーション、人事評価のあり方といった、パフォーマンス・マネジメントのあり方も生成的なパラダイムへ転換させていくことが必要です。

5.「人」に対するフィロソフィを転換する

ここまでのポイントからも見えてくるように、職場の「キャリア開発」のあり方を変えていくことは、自社の組織文化やマネジメントのあり方を再考することであり、その背景にある「人」に対するフィロソフィを見つめ直す機会にもなります。

従来の企業経営とは、「カンパニーセンタード」というように、組織を中心にして、計画によって個人(社員)の仕事やキャリアを管理することに重きがありました。一方、今日の環境下において、社員のキャリア開発に向き合うには、人と組織が共に成長し合う「ピープルセンタード」へ関係性を転換する必要があります。

一人ひとりのライフキャリアと向き合うプロセスは、組織にとっては時に煩雑であり、一筋縄に進めづらい局面もあるかもしれません。しかし、単に役割や外発的動機(外的キャリア)だけで社員が仕事をする職場と、自らの内的キャリアと外的キャリアを結びつけ、生成的キャリア開発を体現する職場では、仕事の向き合い方と生まれる価値にも大きな違いが生じるのではないでしょうか。

1章の冒頭でも指摘したように、今日、AIの進化によって、企業における人材のあり方は大きく揺らいでいます。

人の力を役割や機能でとらえるのではなく、ライフキャリアを支えあい、人間性の解放される職場をつくることによって、組織は新しい価値をつくり続けることができる。

キャリア開発の取り組みは、その可能性へのチャレンジとも考えています。

* 『Help Them Grow or Watch Them Go, Third Edition: Career Conversations Organizations Need and Employee』(著者: Beverly Kaye、Julie Winkle Giulioni)


生成的キャリア開発 インサイトレポート

Chapter 1:揺らぐ人と組織の関係性と、問われる「キャリア開発」のあり方

Chapter 2:キャリア観を転換する ー 「生成的キャリア開発」へ

Chapter 3:職場で取り組む「生成的キャリア開発」 ー 共に成長する人と組織を具現化する


関連するメンバー

私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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