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Web労政時報 第11回:ラーニングのあり方の革新(全12回)

今年の5月17~20日に、米国フロリダ州オーランドにて、人材開発の世界最大のコンファレンス「ATD ICE 2015」が開催されます。今年は例年以上に日本からの関心も高まっているように感じます。

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ATDでは、世界における人材開発の最新動向や潮流に触れることができますが、ここ数年、私自身の関心の高いテーマとして、「ラーニングのあり方の変革」が挙げられます。近年のテクノロジーの進化の支援もあって、職場における人々の学習のあり方、およびその支援の仕方、そして背景にある思想や哲学が大きく変化してきているのを感じます。
では、具体的にどのようなシフトが起きているのでしょうか。
 ※旧ASTD American Society for Training & Development)は、昨年からATD(Association for Talent Development)に名称変更しています。

元ゼロックス・パロアルト研究所所長で、ASTD ICE 2013でも基調講演を務めたジョン・シーリー・ブラウン氏は、ナレッジがストックからフローの世界へと移り変わった今、ナレッジを蓄積するような学習ではなく、ナレッジのフローに参加し、新たなナレッジを創造していくような学びを生み出していくことの重要性を提唱しています。
同氏は、「The Power of Pull」(邦題:「PULL」の哲学 [主婦の友社])という書籍を出していますが、その書籍のコンセプトになぞらえると、学習のあり方が、「プッシュ型」から「プル型」へとシフトしていると考えられます。

企業における「プッシュ型」の学習とは、組織側が学んでほしいことを学習者に文字どおりプッシュする形での学習と捉えられます。例えば、決められた戦略ゴールの達成に向けて、高めるべきコンピテンシーが定められ、それを高めるために学ぶべきコンテンツが開発され、長時間にわたる研修やeラーニング等を通じて社員に提供されていくといった形がイメージされます。

そこでの学習をデザインする主体者は、インストラクショナル・デザイナーです。人材開発部門の役割は、インストラクショナル・デザイナーとして、いかに組織の戦略ニーズ、学習者のレベルを分析して、SME(Subject Matter Expert:コンテンツの専門家)の協力を得ながら効果的な学習プログラムを開発し、提供するかがポイントとなります。

企業の戦略を実現していく上で、こうした学習のあり方はもちろん重要ですが、昨今ではコンテンツがすぐに陳腐化して変化のスピードに対応できないといった課題があります。また、学習者を受け身の存在とみなして学びを押し付ける形が強く出すぎると、学習者は与えられたことしか学ばず、新たなナレッジを創造したり、イノベーションを生み出すといったことにつながりづらくなるとも言えます。

一方、「プル型」では、組織側ではなく学習者の視点で学習を捉えていきます。学習者を能動的な存在とみなし、組織側が学習を一方的に押し付けるのではなく、学習者の想いや情熱、好奇心や創造性を高め、自ら関心を持つテーマや領域を発見し、主体的に学びを生み出していくことを大切にしています。

学習者は、多様な学習の媒体や機会の中で、モバイルやソーシャルなテクノロジーを駆使して、自身に合ったユニークな学習プロセスを自ら構築し、学んでいきます。実際に組織の中で、成長スピードが速く、大きなチャレンジやパフォーマンスを生み出している人は、教わったり、与えられるのではなく、まさにプル型で日々学習しているように思います。

ブラウン氏は、そうした学習者のことを、Entrepreneurial Learner(起業家的学習者)と呼んでいました。こうした学習者は、自分の周りにあるすべての機会に意味を見いだし、そこから学ぶことができる存在です。そこでの人材開発部門の役割は、適切な学習コンテンツを学んでもらう支援を行うことではなく、社員一人ひとりが起業家的学習者のマインドセットやメタ知識を育めるような機会や場、カルチャーを創り出すことが重要になります。

その際、「Questing(探求する)」「Connecting(つながる)」「Reflecting(内省する)」「Playing(遊ぶ)」といった行為が学びの中心となるような環境をいかにデザインしていくことができるかが大切であるとのことでした。
これは私見になりますが、上述したインストラクショナル・デザイナーの役割も、コンテンツの開発以上に学習環境のデザインや、情報やネットワークのキュレーションに重きが置かれるようになるのではと思います。

ATDにおいても、変化が激しく、正解が見えづらいビジネス環境の中で、よりプル型の学習のあり方を推し進めていこうという傾向が垣間見られます。使われる言葉も、ラーニング・アーキテクチャー、ラーニング・エコシステム、イベントからジャーニーへ、ラーニング・カルチャーといった、学習者を中心に置いた環境の構築を指向したキーワードが散見されるようになってきています。

具体的な取り組みとしても、例えば、昨年私が参加したキンバリー・クラーク社の事例セッションでは、約2万人の社員が、ビデオクリップ、Podcastによるラジオ形式の放送、スクライブビデオ、3Dのバーチャル・シミュレーションなど異なるメディアを使った数分間のストーリーテリングによる学習コンテンツを継続的に学習できる環境を構築している様子が紹介されていました。

長時間のコースやプログラムを提供するのではなく、日常の中にラーニングを行うポイントが埋め込まれるとともに、学習者は、それらを素材として各職場でコミュニティを形成し、周囲の人との対話やコミュニケーションを通して学び合うなど、学習のスケールが自発的に広がるように工夫を重ねている点が特に印象に残りました。

2013年のカンファレンスで、上述のブラウン氏と直接お話させていただく機会に恵まれましたが、その時ブラウン氏は、「プッシュ型の学習は、近い将来姿を消していくのではないか」といったことを冗談めかしてお話しされていました。あれから2年が経過した今、企業における学習のあり方がどれほど進化しているのか、ATD ICE 2015では、その変化の動向にも着目してきたいと思います。


Web労政時報HRウォッチャー2015年2月13日掲載

第11回:ラーニングのあり方の革新(2015年3月13日)

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