web労政時報

Web労政時報 第3回:個人の主体性・情熱を最大限に高めるチーム・組織づくり~ゴア社から学ぶこと~(全12回)

関連するキーワード

これからの企業や組織の在り方を考える上で、個人的に最も注目している企業の一つにW.L.ゴア&アソシエイツ社(以下、ゴア社)があります。

ゴア社は、私たちにもなじみの深い、ゴアテックスを開発した化学メーカーです。働きがいのある会社として知られ、Great Place to Workが今年発表した「世界で最も優れた多国籍な職場」に関する記事を先日読んでいたら、グーグル、SAS Instituteなどに続き、4位に入っていました(その後にはマイクロソフト、マリオット、アメリカン・エクスプレス、コカ・コーラなど名だたる企業が続きます)。ゲイリー・ハメル氏の著書『経営の未来』(日本経済新聞出版社刊)の中で、経営管理を革新したイノベーティブな企業としても取り上げられています。

ゴア社を有名にした特徴の一つに、同社の組織形態として「一人のマネジャーも存在していない」ということが挙げられます。旧来のピラミッド型の管理組織ではなく、Lattice(格子)と呼ばれる、人と人とが網の目状につながったフラットな組織形態を取り、自己組織化したチームから次々とイノベーションが生み出されています。こうした同社の組織運営の在り方を学ぼうと、毎年多くの人が同社を訪れるそうです。

今年ワシントンD.C.で開催された人材・組織開発の世界的なカンファレンスである、ASTD国際会議(今年からATD:Association for Talent Developmentに名称を変更)では、私自身も、同社のリーダーシップ開発を担当するデブラ・フランス氏のお話を、直接聴かせていただく機会に恵まれました。

講演の中で、最初に印象に残ったのは、フランス氏の発表に臨む姿勢でした。発表の開口一番、「今日私が通常よりもゆっくりとしたスピードで話させていただくことをどうかお許しください。なぜなら、このコンファレンスには、英語を母国語としない国々からもたくさんの人々が集まっているからです…」といった挨拶がなされました。

ASTDには10年以上参加していますが、通常とても早口で話される方が多い中で、こうした配慮に富んだ挨拶からセッションがスタートしたのは、初めての経験でした。決して上からの目線ではなく、「みなで学びを共にしていきたい」といった自然な態度から、同社がイノベーションを生み出していく上で、異なる立場の人々をレスペクトし、多様性、インクルージョンをとても大切にしている様子が、この瞬間に凝縮されて伝わってきたような気がしました。

そして、発表の中で、特に面白いと感じられたのは、ゴア社が、既存の組織運営のイメージや枠組みを大きく超えた、人が持つ主体性・情熱を最大限に高めたチームづくりを、机上の空論ではなく、1万人を超える大規模な組織でリアルに実現しているところにありました。

ゴア社では、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を通して役割が与えられるのではなく、自ら自分のコミットメントを明らかにして仕事をします。そして、仕事やプロジェクトは、コミットメントの高い一人ひとりが自然につながったスモールチームによって進められます。誰かが仕事をアサインしたり、やらせるのではなく、プロジェクトなどの機会に対して集まってきた個人が、自分たちを組織化するといった自律的なチーム運営が行われています。上述したようにマネジャーは存在しておらず、肩書きや権威では人を動かせません。リーダーも誰かから任命されるのではなく、人々から民主的に選ばれるのです。

このような自律的でフラットなチーム運営を行う上ではディシプリン(規律)が重要です。ゴア社には、テクノロジー、セールス、マニュファクチャリングという大きな三つのファンクションがありますが、自分たちの意思決定についての承認を、すべてのステークホルダーから得ていかないと、ビジネスを進められないとのことでした。また、すべての社員が「スポンサー」と呼ばれる存在のメンターを社内に持っており、スポンサーとなった人は彼らの成功を支援したり、ネットワークや知識、機会の提供などを行うといったことも紹介されていました。

特筆すべきは、ゴア社がこうした運営を1万人以上の会社で行っている点にあると思います。小さなチームや数十~数百の組織でこうした組織運営を実現していくことと比較してみると、その難易度は格段に高まるからです。では、その秘訣はどこにあるのでしょうか? 単にゴア社が採用している制度だけをまねしてもうまくはいかないでしょう。前回のコラムでも触れましたが、肝は同社の「哲学・世界観」にあり、それが他との違いを生み出しているように、私には感じられました。

そうしたことを象徴的に感じたのは、フランス氏の発表の後の質疑応答の時間でした。会場からは、「評価は誰が行っているのですか?」「報酬はどうなっているのですか?」といった質問が多く挙がったのですが、何となく質疑応答のやり取りが噛み合っていない感じがしました。こうした質問がなされる背景には、「人は誰かから評価されたり、管理されないと動かない」という世界観や哲学があるように思います。私たちは多かれ少なかれ、こうした世界観を常識とするような組織・社会の中で育ってきており、その枠組みで捉えると、ゴア社の取り組みの本当の意味は理解できないのかもしれません。

ゴア社が目指しているのは、「人は主体性、情熱を持った存在であり、それを解き放つことで最高の価値を生み出せる」という、上記とは対極にある哲学にあるように思います。そして、この哲学をとことん信じ、追求し、具現化し、必要のない管理構造を手放していった結果、今のような経営の在り方が生み出されたのではないかと感じました。

現在、多くのグローバル企業で、イノベーションや新しい価値の創出を起こせるように、人々の主体性・情熱を高められる制度づくりが模索されています。そのとき、大事になってくるのは、単に新しい制度を創るのではなく、自分たちが大切にしていきたい哲学や世界観は何なのかを、みなで真剣に話し合い、考えることにあるように思います。

Web労政時報HRウォッチャー2014年11月14日掲載

第3回:個人の主体性・情熱を最大限に高めるチーム・組織づくり~ゴア社から学ぶこと~(2014年11月14日)

関連するメンバー

私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

関連するレポート

実践者から学ぶDAO(Decentralized Autonomous Organization)型組織

2022.11.11インサイトレポート

株式会社ヒューマンバリュー プロセスガーデナー清成勇一 2022年に入ってから、一般のニュースなどのメディアにおいても、Web3やNFT、メタバース、DAOというキーワードをよく耳にするようになりました。筆者は、「自律分散型組織」について調査・研究を進める中で、数年前から、DAO(ダオ)に着目していました。DAOとは「Decentralized Autonomous Organization」の

コラム:ピープル・センタードの人事・経営に向き合う5つの「問い」

2022.10.28インサイトレポート

株式会社ヒューマンバリュー 取締役主任研究員 川口 大輔 「人」を中心に置いた経営へのシフトが加速しています。パーパス経営、人的資本経営、人的情報開示、ESG経営、エンゲージメント、ウェルビーイング、D&I、リスキリングなど様々なキーワードが飛び交う中、こうした動きを一過性のブームやトレンドではなく、本質的な取り組みや価値の創出につなげていくために、私たちは何を大切にしていく必要がある

自律分散型組織で求められる個人のマインドセット変容

2022.10.19インサイトレポート

株式会社ヒューマンバリュー 会長高間邦男 今日、企業がイノベーションを行っていくには、メンバーの自律性と創造性の発揮が必要だと言われています。それを実現するために、先進的な取り組みを行う企業の中には、組織の構造を従来の管理統制型のピラミッド組織から自律分散型組織に変えていこうという試みをしているところがあります。それを実現する方法としては、組織の文化や思想を変革していくことが求められます

組織にアジャイルを獲得する〜今、求められるエージェンシー〜

2022.01.20インサイトレポート

プロセス・ガーデナー 高橋尚子 激変する外部環境の中で、SDGsへの対応、イノベーション、生産性の向上などの山積するテーマを推進していくには、組織のメンバーの自律的取り組みが欠かせません。そういった背景から、メンバーの主体性を高めるにはどうしたら良いのかといった声がよく聞かれます。この課題に対し、最近、社会学や哲学、教育の分野で取り上げられている「エージェンシー」という概念が、取り組みを検討

アジャイル組織開発とは何か

2021.10.25インサイトレポート

株式会社ヒューマンバリュー 会長 高間邦男 ソフトウエア開発の手法として実績をあげてきたアジャイルの考え方は、一般の企業組織にも適応可能で高い成果を期待できるところから、最近では企業内の様々なプロジェクトにアジャイルを取り入れる試みが見られるようになってきました。また、いくつかの企業では企業全体をアジャイル組織に変革させるという取り組みが始まっています。本稿ではこういったアジャイルな振る舞いを

<HCIバーチャル・カンファレンス2021:Create a Culture of Feedback and Performance参加報告> 〜「フィードバック」を軸としたパフォーマンス向上の取り組み〜

2021.10.01インサイトレポート

2021年 6月 30日に、HCIバーチャル・カンファレンス「Create a Culture of Feedback and Performance(フィードバックとパフォーマンスのカルチャーを築く)」が開催されました。

コラム:『会話からはじまるキャリア開発』あとがき

2021.08.27インサイトレポート

ヒューマンバリューでは、2020年8月に『会話からはじまるキャリア開発』を発刊しました。本コラムは、訳者として制作に関わった私(佐野)が、発刊後の様々な方との対話や探求、そして読書会の実施を通して気づいたこと、感じたことなどを言語化し、本書の「あとがき」として、共有してみたいと思います。

ラーニング・ジャーニーが広げる学びの可能性〜『今まさに現れようとしている未来』から学ぶ10のインサイト〜

2021.07.29インサイトレポート

過去に正しいと思われていたビジネスモデルや価値観が揺らぎ、変容している現在、「今世界で起きていることへの感度を高め、保持し続けてきたものの見方・枠組みを手放し、変化の兆しが自分たちにどんな意味をもつのかを問い続け、未来への洞察を得る」ことの重要性が認識されるようになっています。 そうした要請に対して、企業で働く人々が越境して学ぶ「ラーニング・ジャーニー」が高い効果を生み出すことが、企業の現場で認

不確実な時代において、なぜ自律分散型組織が効果的なのか?

2021.07.19インサイトレポート

自律分散型組織については、1990年初頭に登場した「学習する組織」の中で、その必要性や有用性が語られて以降、変革の機運が高まり、様々なプラクティスが生まれてきました。一方、多くの企業は未だに中央集権的なマネジメント構造に基づいた組織運営から脱却することの難しさに直面しているものと思います。しかしながら、COVID-19の世界的なパンデミックをはじめ、社会的な文脈が大きく変わっていく流れの中で、これ

自律分散型の文化を育む上での阻害要因に向き合う

2020.10.07インサイトレポート

いま多くの組織がアジャイルな振る舞いを組織に取り入れ、自律分散型組織を育んでいくことを求めるようになっています。ヒューマンバリューでは、2018年より計画統制型の組織構造の中にアジャイルな振る舞いを取り入れていく、チームマネジメント手法「チームステアリング」を開発してきました。​今回は、計画統制型組織において自立分散型組織の振る舞いを導入しようとした際に起きがちな阻害要因と、阻害要因に向き合いなが

もっと見る