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しんくみ連載コラム 第4回:日々の会話を通してグロース・マインドセットを育む

あなたの職場で働く人々は、今の仕事を通じて、成長できていると実感しているだろうか? また、仕事の中で、日々得られる学びや気づき、発見を楽しんでいるだろうか?

私が所属するヒューマンバリューが、今年の1月にビジネスパーソン1,000人に対して行った調査(*1)の中では、働く人々の「やる気」と、上記の質問との間に非常に高い相関があることがわかった。つまり、人々が仕事を通じて学ぶことができたり、成長を実感できているような職場では、みなのやる気も高く、いきいきと働くことができるといえるだろう。

*1:「パフォーマンス・マネジメントに関わる日本企業実態・アンケート調査レポート」

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2つのマインドセット

近年は、こうした人々の成長や学習に対する捉え方や考え方=マインドセットに関するさまざまな研究が行われ、注目を集めている。その第一人者であるスタンフォード大学のキャロル・S・ドゥエック教授は、人のマインドセットに2つの種類があることを提唱している。

ひとつは、「グロース・マインドセット(Growth Mindset)」である。グロースは成長という意味だが、このマインドセットを持つ人は、自分の能力は努力と経験を重ねることで伸ばすことができると捉え、失敗を恐れずにストレッチな目標に挑戦し、学びを楽しみ、他人からの評価よりも自分の成長に関心が向かい、成長も促進されやすい。

もうひとつは、「フィックスト・マインドセット(Fixed Mindset)」である。Fixedは「固定化された」といった意味合いであり、このマインドセットを持つ人は、自分の能力は固定的で変わらないものというように捉え、失敗や他人からの評価を恐れて新しいことにチャレンジしなくなったり、すぐあきらめがちになり、成長につながりづらい。

職場活性化の観点からみても、働く人々の中にグロース・マインドセットを育み、学習と成長が促進されるような状態を築いていくことが重要なテーマになっているといえる。

恐れと不安がフィックスト・マインドセットを生み出す

そしてこのマインドセットは、職場の環境や人々の間にある関係性から大きな影響を受ける。では、自分たちの職場を振り返ってみた時、どちらのマインドセットを促進する環境になっているだろうか。

たとえば、短期的な成果志向の影響を受けて失敗が許されなかったり、数値的な結果の良し悪しだけで成績が評価されてしまっている。あるいは、上司が細かく指導しすぎるあまり部下の自律性が損なわれてしまったり、正解を出すことに固執して新しいアイデアが否定される。また、職場内の競争が必要以上にあおられて協力関係が生まれない。そういった状況だと、人々のマインドセットは自ずと委縮してしまうだろう。

昨今はマネジメント領域におけるニューロサイエンス(脳科学)の研究も進んでいるが、人が脅威を感じた時に扁桃体が引き起こす「闘争・逃走反応」が、日々の仕事の中でも起こりうることがわかっている。上述したような職場では人々の間に信頼関係が生まれず、たとえば部下が上司からフィードバックを受けると、部下のほうは不安や恐怖を感じて思考停止状態に陥り、自分の正しさを必死にアピールする闘争反応を引き起こすか、言われたことを聞き流すといった逃走反応に出てしまい、深い内省や創造的なアイデアの探求に至らず、学習性ややる気も低下してしまう。

日々の会話が信頼関係とグロース・マインドセットを育む

では、働く人々のグロース・マインドセットを育むために何が重要になるだろうか。さまざまなアプローチが考えられると思うが、昨今多くの企業において、日常の仕事の中で、上司と部下が、あるいは同僚同士が、頻繁にカンバセーション(会話)を行うことが推奨されている。

「日々の仕事で会話をする」というと、当たり前のことのように聞こえるかもしれないが、ここで述べている会話とは、単なる雑談や、部下を問い詰めたり、結果を迫るような会話ではない。信頼関係を高め、人の成長やパフォーマンスの向上を支援できるような質の高い会話を増やしていくことを指向している。

たとえば、Great Place to Workが毎年行っている「働きがいのある会社」ランキングで今年1位を受賞した日本マイクロソフト社をはじめ、GEやギャップといった企業では、数年前から従来の社員をレーティング(評価段階付け)し、結果を競わせるような人事評価制度をグローバルで廃止するとともに、上司と部下が頻繁に会話を行うことで、社員の主体性や創造性を高められるような仕組みや環境づくりを推進している。
各社の取り組みを調べてみると、上司と部下の間で、次のような内省を促す質問に基づいた会話が行われている。特に、事前に時期や回数を決めて定期的に行っていくことが効果的なようだ。

【振り返りの質問(例)】
「どのような価値やインパクトを生み出したのですか?」
「うまくいったことは何が挙げられますか?」
「そこから何を学びましたか?」
「より大きなインパクトを生み出すには、何が必要でしたか? どういった機会があればよかったですか?」

【今後に向けた質問(例)】
「次の期間にフォーカスしたい目標は何ですか?」
「自らの成長のために、何をしていきますか?」
「さらに成果を高めるために、どんなことに取り組みたいと思いますか?」
「成功するには、どのようなサポートがあるとよさそうですか?」

「これでうまくいくのか?」「なぜうまくいかなかったんだ?」といった姿勢・関わりから、部下を委縮させてしまうのではなく、部下の学びをサポートするような姿勢でていねいに質問を行っていくことで、少しずつ上司と部下の間の信頼関係が高まってくる。

すると、部下の内省的な思考が深まり、失敗を恐れずに新たな一歩にチャレンジしてみようという気持ちが高まってくる。そして、一歩を踏み出した経験から、また新たな気づきや発見を得られる。また上司のほうも部下への理解が深まり、部下の小さな変化を捉えてさらなる支援ができるようになる。

このようないい循環が回っていくことで、人々の中にグロース・マインドセットが育まれ、それがやる気や働きがいにもつながっていくといえる。上に挙げた質問はひとつの例であるので、ぜひ自分なりに問いのあり方も工夫できるといいだろう。

働くということは、本来たくさんの学びを伴うものである。問いや会話を基軸として、働く人々が仕事を通じて学ぶ心を高められ、成長を実感できる職場づくりを推進していきたい。

全国信用組合中央協会機関紙「しんくみ」連載コラム-今日から始める「いきいき職場」づくり~職場活性化の実践~ 2016年7月掲載

第4回:日々の会話を通してグロース・マインドセットを育む

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