組織イノベーション

シリーズ:組織イノベーション1

ヒューマンバリューのカフェトーク
語り手:主幹研究員 兼清俊光
聞き手:客員研究員 コーデュケーション代表 石川英明

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・シリーズ:組織イノベーション1「ジェネレイティブとコントロール」

「ベンチャー・新規事業の継続的成長について語る」

ジェネレイティブとコントロール   2008/3/25

たとえば、ベンチャー企業や新規事業において、会社が成長し規模が大きくなると共にいろいろな問題が増えてくるということがあります。経営者の目の届かないところが出てきたり、社員の活発さが以前ほど見られなくなったり…。今日は「ベンチャー・新規事業において、組織の継続的成長を目指すにはどうしたらよいか」というテーマで、いろいろと聞かせていただけますか。

一般論としては、新規の企業の立ち上げもそうだし、新規事業の立ち上げもそうなんだけど、立ち上がった頃というのは、組織のメンバーは共通の目的意識や共通のゴールを見出しやすい状況にあるんですよね。特に定義するとか、ステートメントとしてちゃんと書かれているということではなく、なんとなく、自分たちがどこに向かっているのか、そういう目的を関係者で共有しやすいんですよね。立ち上げの段階では、お互いがある方向に向かって頑張ったり努力したりということが、特段に高い配慮がなくとも進みやすいケースが多いかと思いますね。

また、そういった状況の中で、何人かの優秀な人、たとえばパフォーマンスマネジメントに優れている人がいたりすると、規模がそれほど大きくないので、いろいろな手立てを生み出して、高いモチベーションの基に仮説検証を繰り返して、事業が拡張していくというサイクルが一般的に回りやすくなったりすると思います。

ところが、ある段階以上に事業規模が膨らんでくると、目的意識を共通のコンテクストとして共有する度合いが薄れてきたり、新しい仲間が加わることで違う価値観や違う信念が持ち込まれてきて、ある種の場の揺らぎが起きてくる。この場の揺らぎが起きた際に、マネジメントのスタイルは一般的に2つに分岐するといえると思いますね。

1つは、よりコントロールを強化して、組織の方向性を揃えていこうとする。

2つ目は、新しい人々の多様性を取り込んで、より事業を生成的に生み出していこうとする。

コントロールを強化しようと、人数が増えて曖昧になったところに対して、制度や仕組みを整備したり、目標による管理のようなものを導入しようとするなど、「きちんとした」運営スタイルに入っていこうという傾向が多いと思います。

ところが、初期の頃にいた仲間たちが、共通の目的意識の基で主体的に取り組んでいたのが、制度や仕組みによって回していくというスタイルになってくると、当初の面白さが失われるということが起こったりするんですよね。また、新しく来た仲間もベンチャーでいろいろな可能性があると思って入ってきたのに、ルールを守れという圧力を感じて、面白くなくなってしまうというのが一般的には起きがちだったりとか…。

確かに、曖昧さや不安定さが増してくれば、安定化させたくなりますね。ミッションやバリューを再構築し、共有しようとすることはよくありますよね。

仮に、小さな村として例えたときに、10人しかいなかった頃から、共通の目的意識をもってやっていた仲間は、村が100人になった時に、自分たちがリーダーだと思って、あらためて自分たちの中にある目的意識などを明文化し、他の90人に「こういうことを大切にしよう」と言いたくなるでしょう。

けれど、10人しかいなかった時に楽しかったのは、自分たちが暗黙の目的意識をコミュニケーションでお互いにつくり出していたからということが多いんですよね。

初期の10人が他の90人に「こういうことを大切にしよう」と言うと、残りの90人は押し付けられたような気持ちになり、創業の頃のイノベーションを生み出していこうとする個人の情熱やパワーのようなものは失われていってしまいますよね。

このように、人が増えて、多様性も増してきて、曖昧になってきた自分たちの事業の目的や意味を明確にしていきたいという時には、「わからせよう」というメンタルモデルの中でやることが多くあるように思います。しかし、「わからせよう」というメンタルモデルで進めていけば、結局ビジョンやミッションをつくっても、制度をつくっているのと同じで、メンバーはビジョンを共に創り上げたとは捉えずに、枠組みがつくられたというふうに捉えることが多いかなぁと思います。

「わからせよう」という想いは、1つには対外的に事業やサービスの品質を均質化したいという想いからくることもあるかと思います。もう1つには、自らの経験を伝えて、後進を育てていきたいというような想いもあるかと思います。それらの想いと、個人の情熱といったものを、どうバランスさせていけばよいと思いますか。

日本が高度成長期に入る手前の頃は、新しい事業を立ち上げても、現在の拡大のスピードと比べると緩やかな拡大だったんだと思うんですね。そういう昔の状況では、初期の頃の何人かが一生懸命頑張ってきた中に、もの凄く深いコンテクスト、それは目的意識や想い、文化や思考パターン、何を信じるのかといったもので、そういうコンテクストが長い期間をかけて創り上げられていたんだと思います。そういうところに新しい人が入ってきたわけですよね。

その時代では、新しく入ってきた人も、何年かしたら辞めてしまおうといった気持ちはなく、ここでずっと頑張ろうという気持ちでやっていたので、すでに創り上げられた信念や目的意識を共有して、そこに向かっていこうというふうになりやすかったはずだと思うんです。

しかし、最近の起業や新規事業の立ち上げでは、立ち上がる段階で面白い、ユニークなナレッジやアイデアがあり、ビジネスサイクルが格段に速いため、1年から3年程度で人数も売上も急拡大することが多々ありますよね。しかし、急拡大ゆえに、何人かの人が長い期間をかけて形成し熟成した文化といったものがないので、組織としてバラバラになってしまうという可能性が高まっているのが、現在のビジネス環境だと思いますね。

昔は、「何のためにこの事業をやっているのか」「お客さんに対して我々が大切にしたい優先順位は何なのか」「よりよいやり方をどうやってお互いに見つけるか」、そういったことを一部の人たちがじっくり創り上げて、それを他の人が理解するというパターンで対応できていたんですけど。

現在は、一部の人たちが創り上げたものをみんなで理解するということが、拡大スピードが速いために難しくなっていると思うんですね。また、環境の変化が激しいため、一部の人が創り上げたアイデアや方法といったものが理解される頃には、正解や最良のものではなくなっているということも起きているんだと思います。

そういった現在の状況においては、新しく入ってきた仲間たちも含めて、我々にとって今この環境の中で、この仕事に取り組んでいる意味は何なのか、どんな方向に進んでいて、どういう優先順位で捉えていくのかということについて、毎年のようにみんなで探究し続ける必要性が高まっていると思います。

以前は、会社の理念やミッションといったものを一度創ったら、後はみんながそれをずっと理解していくというプロセスで対応できたものが、毎年みんなで集まったりしながら、今我々にとって重要なことは何か、お客さんに対して何を大切にしていきたいか、そういったことをみんなで生み出していくプロセスをくり返していかなければ、今、話にあがったような品質のバラツキというものに対して、担保ができないと思いますね。

その一方で、経験者、先輩が「教える」ということへのこだわりもなかなか捨てられません。

ベンチャーの創業者も、新規事業の責任者も、事業を立ち上げた当初の頃を思い返せば、誰にも教わっていないということが多いと思います。初期のメンバーが何から学んだかというと、非常に頻繁な仮説検証を繰り返し、試行錯誤しながら、自分たちの経験から学んでいることが多いわけです。「多分こうしたらうまくいくんじゃないか」「ここはうまくいったけど、ここは違った」「では、ここは直してみよう」など。短い時間の中でも仮説検証のスピードを上げながら、こうした経験的な学習をして理解を深めたことがたくさんあったと思うんですね。

後に入ってきた新しい仲間たちも実は同じで、自分の中で仮説検証を回しながら学習していくことが大切なことが多い。しかし、創業者などは、自分も人から教わって学んできたわけではないのに、新しく来た人たちには「教え込もう」とするというのは、ある意味で自己矛盾に陥っているといえるのではないかなと思ったりします。

組織が一定規模以上になると、均質的な品質のサービスを量産しなければならないところがあるように思います。そうした中で、さらに拡大していこうと考えると、教えることによる均質化が必要なのではないかと思うのですが…。システム開発のベンチャー企業などでは、特に必要なようにも感じられます。

システム開発の現場で見られた、要求仕様を固めて、誰かが基本設計をし、それを詳細設計して、次にプロトタイプを開発して、検証して合体させるというのは以前のやり方だったかと思うんですけど。

以前は、基本仕様を固められる人や基本設計できる人がいて、それぞれに必要な知識とか能力があって、それで作り上げていくプロセスであったのが、変化が激しい環境では、最初の要求定義が変わってしまうことが頻繁に起きるので、開発手法もウォーターフォールからスパイラルとかプロトタイピングというようなものに変わってきたのだと思うんですね。それと同じことが、組織においても必要になってきているのではないでしょうか。

社会、事業で起きていることは、実は組織でも同じことが起きていて、誰かが完璧な要求仕様を固めて制度や仕組みなどをしっかりつくり、運用は現場でしっかりやっていくというやり方は、あまりにも変化が激しい現在では追いつかなくなっていますよね。

そうすると、現場の中から「こうしたほうがいいんじゃないか」という仮説が出てきて、いいやり方がすごく速いスピードで関係者に共有され、それをメンバーがものにしていくという循環が、重要になってきていると思います。企業の中の制度や仕組みといったものは、こうしたサイクルを支える基盤、プラットフォームであって、人々が行動する時の細かな手順を決めるものではないというように変わってくる、変わってきているのではないかと思います。

ラボのようなところで、最高のやり方をつくってそれを横展開していくというよりは、それぞれの現場でつくられていく新しいやり方や経験、知見をいち早く共有し続けるのが大切ということですか。

そう思います。

以前からナレッジマネジメントといったコンセプトがよく言われているけど、具体的に実践していこうとした際に、このナレッジマネジメントは簡単ではないのです。データベースに情報を入れて、みんなで参考にしましょうといっても、データベースに入っているのはストックの知識なので、変化が激しい現在では、入れてあるものを誰も使わなかったり、また誰も使わないことがわかると入れる価値がないと捉える人が増えたり、という悪循環が起きてしまうんですよね。

これからは「自分はこの領域に関して、もっといいやり方が絶対あるはずだから、それに取り組んでいきたい」「同じような想いをもっている人たちがいたら、この領域に関してお互いに取り組んでいるものをシェアしたい」という人たちが集まってコミュニティーを形成して、そこで知識を還流させたり生成したりする必要が高まっているんだと思いますよ。

それは、いわゆるコミュニティー・オブ・プラクティス(CoP)のような、実践の共同体というものが、フォーマル組織ではなく、インフォーマルにいくつも形成されているような状況をつくるということでしょうか。

そのコミュニティーの中で、自分たちの実践したことが共有されて「うちもやってみよう」「やってみたらこうなったよ」といった情報が飛び交っている状態というのが、組織の知識を生成するプロセスのこれからの主流になってくるのだと思います。

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