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Web労政時報 第9回:診断型と対話型の組織開発の違いについて考える(全12回)

近年、日本において「組織開発」への注目が高まっています。現場からは「これからは人材開発ではなくて組織開発が重要だ」という声がよく聞かれます。
また昨年は、日本においても東京と京都で二つの組織開発に関する国際会議が開催され、組織開発の世界的権威であるダイアナ・ホイットニー氏が来日したり、エドガー・シャイン氏が海外から日本の参加者に向けてビデオ講演を行うなど、一種のブームのような感もありました。

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そうした組織開発の今後の潮流を考える上で、上述したホイットニー氏、シャイン氏がお二人とも、「診断型組織開発」(Diagnostic Organization Development)と「対話型組織開発」(Dialogic Organization Development)という二つのアプローチの違いについて、Gervase R. Bush氏とRobert J. Marshak氏の説を引用して解説されていました(出典は明記されていませんでしたが、おそらく『The NTL Handbook of Organization Development and Change』(Brenda B. Jones、Michael Brazze)の第10章”Dialogic Organization Development”であると思われます)。

今回のコラムでは、これらのアプローチの違いを基に今後の組織開発の在り方や取り組む人々の役割について考えてみたいと思います。

診断型の組織開発は、文字どおり「診断」に重きを置いています。このアプローチでは、組織を、ミッション、戦略、構造、リーダーシップ、カルチャーなどの構成要素から成るものとして捉えます。そして、専門家によって組織の現状が分析・診断され、あるべき状態・ゴールを実現するために、どの要素が問題になっているかが明らかにされ、その解決に向けた効果的な介入手段や計画が立てられます。

例えば、企業において、従業員満足度調査などが実施され、人事部を中心とした専門家チームが分析を行い、満足度を高めるための施策を実行していくといった取り組みなども、こうしたアプローチに入ると言えるでしょう。

こうした診断型の組織開発は、論理的・合理的に感じられ、経営層を説得しやすいものです。しかし、変革をやらせる側とやらされる側に分断してしまい、対象となる組織のメンバーの受け身的な姿勢を生み出してしまったり、施策が現場の状況と不適合を起こすなど、期待する成果につながらないことも見受けられます。

一方、対話型の組織開発は、「対話」を通して、自分たちで変化を「生成」していくことを重視します。あらかじめ決められた計画に沿って、変革が進められるのではなく、人々がお互いの背景や想い、物語を理解し合い、みなでありたい姿を共有し、自分たちが始められる主体的な取り組みを生み出していきます。

生み出された解決策のクオリティ以上に、対話のプロセスを通して、人々の間で語られる物語や意味づけ、会話の質が変わり、新しい思考や行動の様式が生み出され、そこから自己組織化的に変革が進むことを大切にしています。

対話型のアプローチでは、やらせる側・やらされる側という垣根が取り払われるとともに、人々の内側にある想いから取り組みが生まれてくるので、エネルギーやモチベーションが高まり、変革が継続しやすくなります。

最初に生まれたアイデアは小さなものであっても、人々が本気になって取り組むことで、仮説検証や学習が促進され、取り組みが進化し、気がつくと最初の想定を超えた大きな変化につながることも多くあります。エドガー・シャイン氏の発表においても、不確実性、複雑性、多様性が高まる現在や未来においては、対話型のアプローチがより重視されるとの言及がありました。

私自身も、クライアントとのお仕事を通して、この二つのアプローチの違い、そして対話型の組織開発の可能性を感じる機会が多くあります。自分の体験例を一つ紹介させていただくと、あるクライアントで若手のモチベーションの向上や活性化が課題となっていました。この問題の解決に向けて、人事部のメンバーはまず若手の実態の理解を深め、問題点を明らかにし、そこから必要な施策を打ち出すために、若手社員を対象としたインタビューを実施しようとしました。私はそのインタビューの企画とデザインをお手伝いすることになりました。

人事部のメンバーも、企画を始めたときは、「診断型」の組織開発のイメージを念頭に置いていたと思われます。しかし、せっかく時間をかけてインタビューをするのだから、ただ問題を聞き出すだけではなく、若手がどんな想いや体験を持っているのか、未来にどんなことを実現していきたいのかといったことも尋ねることにしました。そこで、対話型の組織開発の代表的なアプローチの一つであるAI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)の手法を取り入れながら、丁寧に質問をデザインしたり、インタビュー・トレーニングを実施し、対話が促されるようにしました。

そうしたプロセスを経て、若手150名に対して、人事部メンバーがインタビューを行ったのですが、スタート時には、やや懐疑的だったり、何を聴かれるのか不安げだった若手が、丁寧に話に耳を傾けるうちに、どんどん自分の想いや体験を語り始め、気がつくとインタビュー時間が予定を大幅にオーバーすることも多かったようです。

若手からは、「こんなに丁寧に時間をかけて自分の話を聴いてもらえたのは初めてだった」「自分の想いを語っているうちに勇気が湧いてきた」といった感想が聴かれ、インタビューが終わったときには、みなポジティブで活気に満ちた状態になっていたそうです。
90分間のインタビューを通して、相手が大きく変化する様に、インタビューを実施した人も驚かれたようです。また、インタビューを受けた人が職場に戻った後、その変化を実感したマネジャーから「他のメンバーにもインタビューをしてほしい」というリクエストが相次いだり、そこからより規模を拡大した対話の場が生まれるなど、組織的な広がりにつながっていきました。

加えて、印象的だったのは、人事部メンバーも、若手の想いにじかに触れることを通して、あらためてこの人たちの成長を支援していきたいという新たな使命感が生まれるなど、インタビューを実施した側も大きな影響を受けていたことでした。そして意識や使命感が高まった人事部と現場が協働して、これまでにはなかった新たな取り組みが創発されていきました。

当初は問題の原因を「診断」するために始められたインタビューでしたが、結果的にインタビューによる「対話」そのものが、人々の間の関係性を変え、意識を高め、変革を促進することにつながったように思います。私自身この体験を通して、診断型と対話型のアプローチの本質的な違いや意味を体感として学ばせていただいたような気がします。

人事や人材開発に携わる人々は、さまざまなサーベイやアンケート調査、ヒアリングなどを通して組織を診断する機会が多くあると思われます。科学的なデータに基づいた診断や分析ももちろん大切ですが、それだけでは、組織の自律的な変革に寄与することは難しいと言えます。今後の組織開発の在り方は、現場の参画や協働を促しながら、対話を通して、価値を生み出す場をいかに創っていけるかが重要になるのではないでしょうか。

第9回:診断型と対話型の組織開発の違いについて考える(全12回)

Web労政時報HRウォッチャー2015年2月13日掲載

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