SHRM(Society for Human Resource Management)

SHRM ダイバーシティ&インクルージョン・カンファレンス2018参加報告

SHRMダイバーシティ&インクルージョン・カンファレンス&エキスポ2018が、2018年10月22〜24日の3日間、米国アトランタで開催されました。

関連するキーワード

日本において、ダイバーシティ&インクルージョンの重要性が認識されて久しくなります。ダイバーシティ&インクルージョンが求められる文脈も、人事施策の領域を超えて、人的・事業価値の創造、エンゲージメントの向上、組織の変革、働き方改革、イノベーションなど多岐にわたってきています。

こうした広がりを見せるダイバーシティ&インクルージョンの取り組みについて、今グローバルではどんな実践が行われているのか、そしてこれからどんな方向に議論が進んでいくのかといった、実践知や議論の観点を得るために、SHRM(米国人材マネジメント協会:Society for Human Resource Management)が主催する「2018ダイバーシティ&インクルージョン・カンファレンス&エキスポ」に参加してきました。

本レポートでは、カンファレンスの様子や注目されていたトピック、キーワード、議論の内容などをダイジェストで紹介させていただき、日本企業においてダイバーシティ&インクルージョンを推進している人事担当者の方と最新のトレンドを共有することはもちろん、広く事業に関わる方とも同領域における知見や世界観を広げる機会としていけたらと思います。

<カンファレンスの概要>

2018ダイバーシティ&インクルージョン・カンファレンス&エキスポは、2018年10月22〜24日の3日間、米国アトランタで開催されました。SHRMの中でも特に規模の大きなカンファレンスとのことですが、今年は約900名の参加者が集いました。冒頭の発表では、3年連続で席がソールドアウトになったことが報告されていました。ダイバーシティ&インクルージョンは、米国においては決して新しいテーマではないと思われますが、参加者の熱心度も高く、この領域への高い関心がうかがえます。

ダイバーシティ&インクルージョンをテーマにしたカンファレンスなので当たり前かもしれませんが、参加者の人種・ジェンダー(トランス・ジェンダーを含む)・年齢層など多様な人が参加していました。私が周囲の人と話した限りでは、グローバル企業のダイバーシティ&インクルージョン担当者やプロジェクトに携わっている人、またSHRMの会員でサーティフィケーションをもっている方などが多いという印象を受けました。

多様な参加者とのダイアログを楽しみます。

カンファレンスは、基調講演とコンカレント・セッション、そしてエキスポで構成されています。今年の基調講演には、アップルの元CHROで、同社のダイバーシティ&インクルージョンを促進してきたデニーズ・ヤング・スミス氏、The National Down Syndrome Society (NDSS)のCEOであるサラ・ハート・ウェア氏と、自らもダウン症をもち、同団体の代弁者としてロビー活動を行うカイラ・マッケオン氏らが登壇しました。また、特別講演として行われた、ベテラン(退役軍人)にフォーカスを当てたパネル・ディスカッションにも非常に多くの人が集まっていました。

カンファレンスを彩るキーノート・スピーカーたち

<探求テーマ、トピック>

今回のカンファレンスでどんなテーマやトピックが挙がり、どんな議論が行われていたのか、そのすべてを捉えられたわけではありませんが、以下に特に印象に残ったところについて、セッションの様子を交えながらポイントを紹介したいと思います。

(1)「インクルージョン」への強いフォーカス 〜D&IからI&Dへ〜

カンファレンス全体を通して感じられたこととして、ダイバーシティ&インクルージョンのうち、ダイバーシティ以上に、「インクルージョン」のほうにフォーカスが当たっていた点が挙げられます。

象徴的だったのが、カンファレンス冒頭で行われた、SHRMのCEOを務めるジョニー・C.テイラー・ジュニア氏のスピーチでした。テイラー氏は、「私たちが住む世界がかつてないほど多様化が進み、かつ分断されている今、すべての人が、“Belong and Included”を感じることができるようにしなければなりません。そのためにも、ダイバーシティ&インクルージョンのプラクティショナーが、人々に与える影響は大きく、世界を変える力があることを認識すべきです」と、力強く訴えます。明確には言及されていませんでしたが、スピーチの背景には、トランプ政権以降に広がりつつある分断的な世界観に対する警鐘の意味も含まれているように思われます。

そして、テイラー氏はまた「人々の間に違いがあることが明確であるからこそ、“commonality(共通性)”にも着目し、『ダイバーシティ&インクルージョン』ではなく、『インクルージョン&ダイバーシティ』にフォーカスを当てよう」と述べ、インクルージョンに、よりフォーカスを当てていくメッセージを発し、共感を呼んでいました。セッションのにも「インクルージョン」をタイトルに付けたものが多く見受けられましたし、その後の議論の中でも意図的に「インクルージョン&ダイバーシティ」と言い換えているスピーカーも目立ちました。

一般的には、ダイバーシティとインクルージョンを段階的に進化していくプロセスと捉える議論も見受けられますが、違いを認識するダイバーシティのフェーズを超えて、すべての人が自分らしくあることができるインクルーシブな場づくりへの議論へのニーズや期待が、米国の社会全体であるのかもいしれません。

インクルージョンの重要性を語るジョニー・C.テイラー・ジュニア氏

テイラー氏の冒頭の挨拶に続いて登壇した、ブランドン・スタントン氏の講演も印象的でした。スタントン氏は、ニューヨークのストリート・ポートレイトを収めた“Humans of New York(HONY)”のブログで著名な写真家です(http://www.humansofnewyork.com/)。彼は5年間にわたって、ニューヨークの街で、10,000人以上の写真を撮り、インタビューを行ってきました。講演の中では、スタントン氏が、こうした取り組みを始めたきっかけから始まり、撮影した写真やインタビューの内容がゆっくりと語られながら進んでいきました。

詳しくは、上記のブログもご覧いただければと思いますが、1枚1枚の写真、そしてインタビューの中に、ニューヨークで暮らす“ごく普通の人々”の中にあるユニークネスや生き様がありありと表現されていました。それは、すべての人の中に物語があり、それがつながることで、私たちの世界は築かれていることが言葉を超えて伝わってくるような、まさにインクルージョンの世界を体現しているようなセッションでした。

特に、スタントン氏の語りで印象的だったのが、「どうして見知らぬ人があなたにオープンに語ってくれるのですか?」という質問に対して、「私は、ただ尋ね(ask)、耳を傾ける(listen)だけなのです」と答えていると話していたところでした。自分のことや、次の質問を考えるのではなく、100%その場に存在する(Present)。私たちがインクルーシブなカルチャーや職場を創っていく上で、大切なエッセンスであるように思いました。

スタントン氏のポートレイトとストーリーテリングが、多くの人のエモーションに語りかけていました。

(2)インクルージョンの経験とは 〜AssimilationとInclusionの違い〜

カンファレンス全体でフォーカスされていたインクルージョンですが、では具体的にインクルージョンとはどんなもので、実現するポイントには何があるのでしょうか。そうした観点から特に参考になったセッションに、インクルージョンに関する思想家、コンサルタントとして著名なジョー・ガーズタント氏による「Inclusion by Design: Designing and Delivering an Inclusive Employee Experience(デザインによるインクルージョン:インクルーシブなエンプロイー・エクスペリエンスをデザインし、実現する)」がありました。ガーズタント氏は、毎年講演を行っているようで、人気の高いスピーカーです。

ガーズタント氏は、インクルージョンを推進する上では、「どんな施策を行うか」よりも、「インクルージョンされるというのは、どういう“経験的価値”があることなのか」を明らかにすることがより重要であると述べます。そして、次にような問いを掲げていました。「もし自分がインクルージョンされている状態にあったとしたら、そのとき自分は「何を知っているのか、何を感じているのか、何を信じているのか、何を見ているのか、何が聞こえるのか、そして何にアクセスができるのか」。こうした問いをもとに探求を深めることで、インクルージョンをよりイメージ豊かに捉えていくことができるのではないでしょうか。

また、インクルージョンの意味や捉え方を考える上で、サンディエゴ州立大学のリン・ショア氏らによる論文で提唱されている「インクルージョン・フレームワーク(下図)」を紹介していたのが印象に残りました。このフレームワークでは、インクルージョンを、「Uniqueness(ユニークネス)」と「Belongingness(ビロンギングネス)」の2軸で捉えます。日本語でいうと、Uniquenessは、個々人が自分らしさを発揮できている状態、またBelongingnessは、その組織の一員である、所属している感覚がある状態といった意味合いでしょうか。

インクルージョン・フレームワーク 引用:”Inclusion and Diversity in Work Groups”, Lynn M. Shore, Amy E. Randel, Beth G. Chung, Michelle A. Dean, Karen Holcombe Ehrhart, Gangaram Singh, San Diego State University, Journal of Management Vol. 37 No. 4, July 2011

この2軸で捉えたときに、両者が共に低い状態は、「Exclusion(排他的)」と表され、Uniquenessだけ高くてBelongingnessが低い状態は「Differentiation(区別)」として表されます。「Differentiation(区別)」とは、組織の成功のためにそれぞれの個性を発揮することが求められるものの、個々人は組織の一員としては扱われていない状態を指します。

また、Belongingnessだけ高くて、Uniquenessが低い状態は「Assimilation(同化)」と表されます。これは、「個々人が組織の一員として扱われるものの、そのためには自分らしさを押し殺して組織のカルチャーや暗黙の規範に従わなければならない状態」のことを指しており、インクルージョンとは異なる概念です。

そして、両者が高い、つまり個々人が組織の一員として扱われ、かつ自分らしくあり、それぞれのユニークネスを発揮することを奨励されている状態を、真の意味での「Inclusion(インクルージョン)」として表しています。

ガーズタント氏は、その中でも特に、「Assimilation(同化)」と「Inclusion(インクルージョン)」の違いにフォーカスを当てていました。セッションの中では、個々人が自分たちの職場カルチャーをレイティングするならどちらが強いか、それはなぜか、その場合何が起きるのか、改善するために何ができるのかを参加者同士で議論する場を設けていましたが、想像以上にリアリティの高い話し合いができたことが興味深く感じられました。

これは個人的な所感になりますが、日本企業でインクルージョンに取り組む上では、一体感や組織の一員であることを重視するあまり、Uniquenessが損なわれ同質化する「Assimilation(同化)」に寄りがちな傾向があるようにも思います。

「うちの組織はみな関係の質も高くて、仲がいいし、インクルージョンできているんじゃない」といった発言のある職場において、本当の意味で個々人が自分らしさを発揮できているのか、自分が周りと同化するのではなく、自分自身の個性や価値が周囲のカルチャーの進化により良い影響を与えることができているのか、疑問に思う場面も多く見受けられます。

米国においてもその点にフォーカスが当たっていましたが、日本においても、BelongingnessとUniquenessとの間にあるバリア(障壁)をどう乗り越えていくのかが、重要な視点であることを感じさせられました。

自職場のAssimilation(同化)とInclusion(インクルージョン)をスコアで表してみる。

(3)インクルージョンのカルチャーを築き、価値に結びつける

インクルージョンの経験(エクスペリエンス)の議論と併せて、インクルージョンを単に施策として捉えるのではなく、「カルチャー」へと昇華させていこうといった議論も多かったように思います。

上述したジョー・ガーズタント氏は、インクルージョンの取り組みを、「1.フィジカル(プロセスやツール)」「2.インフラ(戦略やシステム、報酬や成果指標)」「3.行動(個と集団の実践)」「4.カルチャー(深く刻まれた信念や価値観、規範)」の4つの層で捉えます。そして、インクルージョンが進まない背景に、多くの企業が、1~2の層の取り組みにフォーカスが当たってしまい、3~4の層にいかないことを挙げます。

インクルージョンを「4つの層」で捉える

そして、3〜4層に向かうためには、下記に示すような、日常における一つひとつをあらためて見返し、その場面場面でインクルージョンを高める行動や実践をいかに行っていけるかにうちて、皆が考えていく必要があると述べていました。

<仕事の場面>
 1日の始まり
 1日の終り
 1対1で対話する場面
 チームのミーティング
 意思決定
 衝突が起きたとき
 社会規範
 パフォーマンス評価

インクルージョンを特別な施策で高まるものとして捉えるのではなく、日々の様々なタッチポイントを再考していこうというのは、カルチャーを築いていく上での共通のレバレッジであるように思われます。

また、インクルージョンそれ自体を目的にするのではなく、実現したい価値に結びつけていく必要があるといった議論も見受けられました。たとえば、エドワード・ハバード博士による「Leveraging Cognitive Diversity to Boost Business Performance and ROI(認知的多様性をもとに、ビジネスのパフォーマンスとROIを高める)」では、ダイバーシティを、「アイデンティティー・ダイバーシティ(Differences in Who We Are)」と「コグニティブ・ダイバーシティ(Differences in How We Think)」の2つの側面から捉え、その双方がビジネス・パフォーマンスやイノベーションに重要であると説きます。そして、ダイバーシティをただ良いことを行っているという状態にとどめずに、実現したい価値に結び付けるために、「ダイバーシティ・スコアカード(バランス・スコア・カードにダイバーシティの視点を取り入れたもの)」が取り上げられ、たとえば「多文化における製品開発のイノベーション」といった戦略テーマにあわせた例などが紹介されていました。

ダイバーシティ・スコアカード提唱者のエドワード・ハバード博士による講演

その他、ダイバーシティ&インクルージョンを段階的に育んでいこうといった視点も、各所で見受けられました。たとえば、「Let’s Get Strategic – A Step-by-Step Process to Develop Your DE&I Strategy(戦略的になりましょう~あなたのダイバーシティ&インクルージョンの戦略を開発するステップ・バイ・ステップのプロセス~)」では、多文化なマインドセットにフォーカスが当てられていました。セッションの中では、そうしたマインドセットが進化するプロセスとして、

「1. Denial(否定):違いを認めない」
「2. Polarization(分極):違いがあることを認め始めるが、違いを好きになれず、グループを分ける」
「3. Minimization(最小化):共通性を想定し、違いを最小化する」
「4. Acceptance(受容):ジャッジすることなしに違いを明確に認めることができる」
「5. Adaptation(適応):他者の文化的振る舞いにマッチするように行動をシフトしたり、適応させる」

の5段階を示し、それぞれの段階の意味や超えていくためのポイントが紹介されていました。

そして、そうしたマインドセットを育み、D&Iのカルチャーを築いていくエリアとして、下記の13の領域において、ベスト・プラクティスを生み出していくことの必要性が語られていました。

 Marketing to Diverse Consumers(多様な消費者へのマーケティング)
 Retaining Diverse Talent(多様なタレントの保持)
 Recruiting Diverse Talent(多様なタレントの採用)
 Leadership Commitment and Involvement(リーダーシップのコミットメントと関わり)
 Inclusive Culture & Values(インクルーシブなカルチャーとバリュー)
 Training & Development(トレーニング&ディベロップメント)
 Community Involvement(コミュニティの関わり)
 Advancing Diverse Talent(多様なタレントの成長)
 Career Development for Diverse Talent(多様なタレントのためのキャリア開発)
 Communications(コミュニケーション)
 Employee Involvement(従業員の関わり)
 Supplier Diversity(サプライヤーのダイバーシティ)
 Performance Accountability & Management(パフォーマンス・アカウンタビリティ&マネジメント)
出典:The American Worker Speaks, National Urban League

ここまで紹介してきた数々のセッションから、D&Iのカルチャーを育てていくためのフレームワークが手に入るように思います。

(4)バイアス・チャレンジ

その他、参加者の関心の高かったものに「バイアス」があります。現在アンコンシャス・バイアスは、ダイバーシティ&インクルージョンに限らず、注目度の高いキーワードといえます。

基調講演を務めた、アップル元CHROのデニーズ・ヤング・スミス氏は、「バイアスは社会的な苦悩ではなく、単に脳科学的な現象である」と述べます。私たちは、人に出会った際に、無意識のうちに(150マイクロ秒で)、ジェンダーを区別します。つまり、バイアスが発生するのはごく自然なことであり、それを受け入れるとともに、共感を生むことによって、バイアスに対応していくことを訴えます。スミス氏は、そのためにも、私たちが「good stories(良いストーリー)」を伝えていくことが重要であると述べます。「あなたや他の人のストーリーを伝えましょう。それがバイアスをシフトするのです」というメッセージが印象的でした。バイアスは、すべての人に存在することを前提とするのは、共通のポイントであるように思われます。

各セッションでも、バイアスは中心的なトピックでした。「Unconscious Bias: When What You See Is NOT What You Get(アンコンシャス・バイアス:あなたが見たものや瞬間が、あなたの得るものではない)」では、アンコンシャス・バイアスが職場やカルチャーに及ぼす影響について多面的に言及し、私たちがバイアスとどう向き合っていくべきかが探求されました。セッションの中では、様々なティップスが紹介されていましたが、その1つとして、リーダーがセルフ・リフレクションを行うために、下記のような問いを投げかけるべきであるといったポイントが共有されていました。

 私は同じタイプの人を採用しがちだろうか?
 私が「この候補者はうちに合わない」と言ったとき、それは何を意味するだろうか?
 私の候補者名簿はどのように見えるだろう? 十分に多様性が確保されていないときに、私は声を挙げているだろうか?
 私が採用した過去のメンバーのうち、成功しているのはどんな人だろうか? うまくいかなかったケースの選択から何を学べるだろうか?
 私はどんな人をプロジェクトにアサインしたり、リードさせることを好んでいるだろうか? いつも同じようなタイプの人を選んでいないだろうか?
 重要なクライアントとのミーティングやクロス・チームのミーティングに、誰を連れて行くだろうか?
 ミーティングでどんな人にリードしてもらったり、話してもらおうとしているだろうか? 自分の能力を示すことが苦手な内向的な人にも、私は機会を提供しているだろうか?
 プロモーションやサクセションの候補者をどのように特定しているだろうか?

その他のバイアス関連のセッションの中では、「Artificial Intelligence: The Impact of AI on Bias in the Workplace(人工知能:職場のバイアスに対するAIのインパクト)」や「Correcting Age Bias in Digital Recruiting(デジタル・リクルーティングにおいて年齢のバイアスを修正する)」のように、AIをベースにしたHR techをバイアスに活用していこうとするセッションも散見され、注目を集めていました。こうしたセッションの中では、バイアスの影響を取り除いていく上でのAIの可能性が語られていましたが、その一方でカンファレンス直前に、アマゾンが開発していた採用AIツールが、女性に対する偏見を示していたことがわかったため、プロジェクトを中止したことがニュースになっていたこともあり、その難しさについても議論がなされていたことが印象的でした。

バイアスは本カンファレンスを貫く1つの大きなテーマにもなっており、今後もこの領域における探求や実践が進んでいくものと思われます。

(5)ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む私たちのあり方の探求

本カンファレンスの参加者の多くは、企業や行政でダイバーシティ&インクルージョンに取り組む実践家たちでしたが、その多くは、時には周囲の無理解や抵抗にも遭遇する中、自ら未来を切り拓こうとしているリーダーでもありました。そうしたリーダーとしての自分たち自身のあり方を今一度振り返り、進化させていこうといったメッセージも、カンファレンス全体を通して根底に流れていたように思います。

参加者の共感を最も受けていた1人が、基調講演を行ったアップルの元CHROで、同社のダイバーシティ&インクルージョンを促進してきたデニーズ・ヤング・スミス氏でした。スミス氏は、アップルにおいて、初めてバイス・プレジデントになった黒人女性であり、シリコンバレーでも広く知られた存在です。

「私たちのスキルは、組織のあらゆるレベルで必要になります。私たちは“ヒューマニティー”に関するプロフェッショナルなのです」「デジタルなビジネスの世界では、アジャイルなリーダーが求められます。そして、そうしたリーダーはPurposeをもち、ヒューマニティーをシステムやビジネスと統合するのです」。スミス氏の語りは、デジタル&ソーシャルな現代において、会場に集まった人々の存在意義は何なのかを問うところからスタートします。

その上で、変革の実践者としてのスタンスとして、「Learn to care for you」、つまり、自分たちをケアすることをまず学びましょうと説きます。ダイバーシティ&インクルージョンの変革を進める上では、疲弊することもあるかもしれませんが、自分たち自身のウェルビーイングこそ、最も貴重なアセットであり、それを大切にしていこうというメッセージを投げかけます。

また、「Words Do Matter(言葉が重要である)」と述べ、私たちが使う言葉を選んだり、定義することが大切であり、あなたが語る言葉の意味を多くの人々が理解しているとは思わずにて、言葉の意味を確立していくことの大切を語りました。

講演の中盤では、今D&Iが向き合うテーマとして、「Functional Inclusion(機能としてのインクルージョン)」というコンセプトも語られました。たとえば企業においては、カスタマーサービスやマーケティングなど様々な機能や部署が存在しており、その存在を疑う人は、いません。インクルージョンもそうした他のビジネスファンクションと同様に、優先され、価値づけされ、予算が充てられるような存在にしていく必要があります。また、同時に「Culturally Competent Leaders(文化的に優れたリーダー)」、つまりあらゆる人々に耳を傾け、ケアをし、インクルーシブなカルチャーをつくっていけるリーダーを育てていくことの大切さが述べられていました。

最後に、今後の私たちの仕事はとても大きなものである(The Vast Work ahead)と述べながら、「“HRとダイバーシティ”といった自分たちのレーンにとどまらないようにしましょう。Curiosity(好奇心)が、インクルージョン&ダイバーシティに取り組む上で重要です。関心とケアの心をもって、あらゆるところに踏み出すのです。テクノロジーに挑み、あなたのストーリーを語り、橋を架け続けましょう」といった力強いメッセージで講演が締めくくられました。

スミス氏のメッセージの1つひとつは当たり前のものかもしれませんが、D&Iの変革を促進する上で、意義深く、大切なプリンシパルのようなものが随所に語られており、余韻の残るセッションでした。

講演するデニーズ・ヤング・スミス氏。決して派手ではない静かな語りが印象的でした。

もう1つ印象に残ったのが、クロージング・キーノートです。「Ready, Willing and ABLE to WORK – How You Can Tap Individuals with Down Syndrome in Your Workforce(働く準備、意志、力があるーダウン症のある人をあなたの職場で生かすには)」というテーマのもと、The National Down Syndrome Society (NDSS)のCEOであるサラ・ハート・ウェア氏と、自らもダウン症をもち、同団体の代弁者としてロビー活動を行うカイラ・マッケオン氏が講演を行いました。

マッケオン氏は、ダウン症のある人として、初めて政府のロビイストとして登録された方です。講演は、マッケオン氏の生い立ちから、彼女が今の役割を担うようになる過程のジャーニーのストーリーテリングからスタートしました。マッケオン氏は、「ダウン症は悲しい診断結果ではありません。私たちがその生きた証なのです」と語ります。車の免許を取ったり、アオードを受賞したり、議員にインタビューを行ったり、彼女自身のこれまでのチャレンジをユーモラスに語る姿に、聴衆がだんだんと引き込まれていきました。

しかし、米国では、障害をもつ人の失業率が、もたない人の倍の値を示したり、平等な給与体系になっていないなど、取り巻く環境は明るいものばかりではありません。マッケオン氏や共に働く仲間は、そこに自ら働きかけます。様々な取り組みが紹介されていましたが、中でも、「ダウン症のある人は、Medicaid(公的医療保険)を失うリスクを負うことなしに、フルタイムの仕事に就くことはできない」という法律を時代遅れのものと批判し、法律を変えようと働きかけた「#LawSyndrome Campaign」の取り組みは、聴衆に大きなインパクトを与えていました。

このキャンペーンでは、「私たちを止めるのはダウン症ではありません。法律が私たちを後退させるのです」と訴えかけます。そして、ダウン症のある人のみで運営される初のレストランをオープンし、その最初の日に、何も知らされていない議員たちを招待する様子が動画で紹介されていました。(https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=adk17-ZUNP8)

講演の最後には、マッケオン氏がジョン・レノンのイマジンの一節を朗読して終了しました。文章では表現しづらいのですが、多様性の価値を自らアクションを起こして実現していく力強く勇敢な姿、そして、至るところで仲間への感謝や共に働ける喜びを表現する姿に、本カンファレンスで初のスタンディング・オベーションが行われました。私自身も感銘を受けましたし、会場全体が一体感に包まれた瞬間でもあったように思います。

講演の締めくくりとして、SHRMのChief of Staffのエミリー・ディケンズ氏が、「私たちHR自身が“Social Force(社会への力)”とならなければなりません」と訴えかけていました。HRやダイバーシティ&インクルージョンを推進する私たち一人ひとりが、一企業の取り組みに閉じることなく、大きなビジョンを持って社会を変えていこうといった役割のシフトを促すカンファレンスであったように思います。

講演の最後にはスタンディング・オベーションが・・

以上、ここまで3日間にわたるカンファレンスの模様をダイジェストでお伝えしてきました。米国と日本では、多様性やインクルージョンの文脈や意味合いが異なるところはあると思いますが、一段高い視座のもとで日本においても生かせるマップや視点が得られたカンファレンスでした。そして、何より多くの実践家たちのメッセージから、勇気づけられる場でもありました。

こうした学びを生かすべく、日本でHRに関わる人たちとも、探求と学びの輪を広げていきたいとも思います。その機会のひとつとして、2019年2月21日(木)に、ヒューマンバリュー主催(PMI研究会共催)で、「パフォーマンス・マネジメント革新フォーラム2019」を開催します(場所:虎ノ門ヒルズ)。

例年開催している本フォーラムですが、今年は「ピープル・センタードへのパラダイムシフト」をテーマに、企業が人材を一律の型にはめるのではなく、働く一人ひとりの焦点を当て、人間性中心に考えるピープル・センタードへのシフトを探求します。これはまさにダイバーシティ&インクルージョンが目指す世界観であるように思います。ぜひ多くの人たちとの対話と探求を行えることを楽しみにしています。

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私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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