カンファレンスレポート

<HCI インクルーシブ・ダイバーシティ・カンファレンス2020参加報告>  〜変化の時代のD&Iカルチャーを考える〜

HCIインクルーシブ・ダイバーシティ2020バーチャル・カンファレンスが、2020年4月2728日の2日間で開催されました。

関連するキーワード

例年4〜5月の美しいサンフランシスコで開催されるインクルーシブ・ダイバーシティ・カンファレンス(主催:ヒューマン・キャピタル・インスティチュート、以下HCI)。2020年は新型コロナウィルスの影響を受け、会場に人を集めてカンファレンスを開催することが難しい中、バーチャル形式でのウェブ・カンファレンスが行われました。

ダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)は、時代を超えて普遍的なものといえますが、この未曾有の危機の中、あらためて私たちはダイバーシティやインクルージョンというテーマにおいて、社会にどう貢献し、価値を生み出せるのか。そんな問いを考える1つの機会になればと思い、昨年に引き続き、ヒューマンバリューのメンバーが同カンファレンスにバーチャルで参加しました。

本レポートでは、カンファレンスの様子や議論の内容、キーワードなどの傾向を紹介させていただくとともに、そこから私たちがどんな問いをもったり、探求していくことが大切なのかを掘り下げて考えてみたいと思います。

1.COVID-19の影響下でのカンファレンス開催

オープニング・スピーチを行うチャック・フェルツ氏

バーチャルのみで開催するカンファレンスは、HCIとしても初の試みのようでしたが、講演中の参加者同士のチャットや質問のやり取り、参加を呼びかける投票、ランチ・タイムでのソーシャルな交流など、インタラクティブ性を損なわないようなさまざまな工夫が見られました。

登壇される講演者たちも、サンフランシスコに行きたかったという残念な気持ちを残しつつも、この新しい試みや経験を楽しんで進めようとしている様子でした。HCIのCEOのチャック・フェルツ氏が、オープニングで「ここ数カ月、私たちは仕事面でも家庭面でも、タフな決断を行わざるを得ませんでしたが、これから少しずつ未来を向き始め、新しいノーマルについて考える機会にしていきたいという思いで、本カンファレンスをこれまでと違う形で開催しました」と語っている姿が印象に残りました。

Talent Pulseの結果について報告するHCIのジェナ・フィリップコウスキー氏

カンファレンスの中では、HCIが取り組んできた「Talent Pulse」の調査報告も行われましたが、その冒頭では、「COVID-19 Weekly Poll」として、この数カ月間、HR担当者のコメントを集めたサーベイ結果の一部が紹介されました。

「こんなに仕事しなかったのは25年働いて初めてかもしれない・・・」「こんなに晴れた日がうれしいのは、コロナが起きてから・・・」「バーチャルな環境に意外に早く慣れてきているかも・・・」「リーダーシップが欠如している役員と関わるのは通常時以上にフラストレーションがたまる・・・」「今週は周りの人と話しても、比較的ポジティブな意見が多かった・・・」

サーベイに寄せられたたくさんのコメントからは、COVID-19という言葉が出始め、ソーシャル・ディスタンシングという言葉が仕事に大きな影響を与え始め、政府の方針が打ち出され、レイオフが行われ、ニューノーマルへの適応が迫られるなど、事態が刻一刻と変わりゆく中で、ワークフォースをケアする立場のHRの人々の意識や仕事への向き合い方がどう変化しているのかの一端を垣間見ることができました。こうした集合的な意識を可視化し、人々の文脈を理解し、いかに寄り添っていけるかが、D&Iの観点からも大切であるように感じます。

バーチャル・カンファレンス上で交流を図る参加者たち

また、バーチャル・カンファレンスでのランチ・タイムでは、参加者同士がグループに分かれてコミュニケーションを図る「Pasta and Purpose」のセッションが行われ、米国で働くD&I担当者が今どんなことを感じているかについて、生の声を聴く機会に恵まれました。「自社内でCOVID-19に関する差別や分断を目の当たりにした」「社員のレイオフが現実味を帯びている」といったリアルな声が共有され、D&Iの側面からも、今回の事態がもたらしている影響の大きさを感じました。セッションの最後には、経済全体がダウンサイドに向かい、企業がよりビジネスの成果を上げることにフォーカスを高めていく中で、D&Iの取り組みの重要性について、社内でどのように認識してもらうのかといった、参加者の声も聞かれました。今回は、こうした状況の中、「自分たちに何ができるのか」といった葛藤を仲間とともに抱えながら進められたカンファレンスでもあったかもしれません。

2.今年のカンファレンス・テーマ: データ、影響力、チェンジ・マネジメントを通して、インクルーシブな職場を築く

本カンファレンスでは、毎年メインテーマを設定していますが、2020年は、「Shaping Inclusive Workplaces Through Data, Influence, and Change Management(データ、影響力、チェンジ・マネジメントを通して、インクルーシブな職場を築く)」が、テーマとして掲げられました。

前述のチャック・フェルツ氏は次のように語ります。「データや科学の力によって、D&Iがもたらす経営へのインパクトや重要性への理解がかつてないほどに深まり、それが、リーダーの中にシフトを起こしています。従業員がインクルージョンな体験をすることは、意図的にデザインすることが可能となり、それがカルチャーや全従業員に影響を及ぼすことにつながるのです。そのためにも、私たちはチェンジ・マネジメントのスキルを高め、D&Iの認識を集合的な思考に広げ、クリティカル・マスの状態をつくる必要があります」

昨年(2019年)のカンファレンスでは、「Making Diversity & Inclusion Part of Everyday Culture(D&Iを毎日のカルチャーにする)」というメインテーマのもと、D&Iをカルチャーにしていくことの重要性が大きく語られていましたが、今年はさらに一歩進んで、そうしたカルチャーづくりを促進する要因を探っていこうとする傾向が見受けられたように感じました。

ここからは、こうしたメインテーマのもとで、どんなトピックが語られてきたかを抜粋して紹介していきたいと思います。

3.インクルーシブ・リーダーシップ

カルチャーづくりは、リーダーシップの影響を大きく受けます。本年は昨年以上に、インクルーシブなリーダーシップのあり方やマインドセットに着目する傾向が見受けられました。

認知的負荷が高い環境におけるリーダーシップ

オープニングの基調講演を務めたデイビッド・ロック氏

オープニングの基調講演を務めたニューロリーダーシップ・インスティチュートのデイビッド・ロック氏は、「The Science of Inclusive Culture(インクルーシブなカルチャーの科学)」と題したセッションの中で、現在ビジネスの環境がD&Iに関してジレンマに陥っていると述べます。

そのジレンマとは、かつてないほどイノベーションが求められ、そのために多様なタレントを生かしていくことの重要性が高まる一方で、変化の激しさや不透明さから人々の恐れや認知的負荷が高まり、それが私たちのバイアスをより強固なものにし、D&Iの実現を難しくしてしまっているというものです。そうしたジレンマを乗り越えていく上で、今求められるリーダーシップのあり方として、「インクルーシブ・リーダーシップ」というキーワードに注目が集まっているとのことでした。

そして、こうした課題を克服していく上では、人々の「違い」にフォーカスをするのではなく、共通する目的や価値観にフォーカスを当てること、そして恐れや不安を和らげるようなポジティブなシグナルを発信していくことが重要であると述べました。

ポジティブなシグナルの具体例として、たとえば、日々の小さな成功を認めることが「承認」に対する恐れを緩和したり、ルールではなく、原理・原則を伝えたり、共有ビジョンに立ち返ることが「不透明さ」から来る不安を和らげたり、自分がコントロールできるものが何であるのかを把握することが「自律性」を高めることにつながるといったことを、リサーチの結果から報告していました。

ロック氏は、明確にCOVID-19と関連づけてリーダーシップについて話したわけではありません。しかし、COVID-19の影響で、社会における恐れや不安は高まっている中、現在は、物理的、精神的の両側面で分断が生まれやすい環境になっていることも考えられます。そうした環境に対して、リーダーシップが及ぼす影響というのは、これまで以上に大きなものになるかもしれません。

ここは私見になりますが、現在注目されている各国の政治・経済のリーダーたちの振る舞いも、単に危機に対する明確な判断や意思決定ができているかという側面だけではなく、「Withコロナ」と呼ばれるような、緊張感や不安とともに生きていくことが長期的に求められる状況の中で、より一人ひとりに寄り添う、共感的な、つまりインクルーシブなリーダーシップへの関心が高まっているのではないかと感じました。

インクルーシブ・リーダーシップを構成するもの

インクルーシブ・リーダーシップの特徴について述べるチェリー・アスペリン氏

続いて、「Growing an Inclusive Mindset in Leaders(リーダーのインクルーシブなマインドセットを育む)」のセッションでは、特殊化学物質のプロバイダー企業であるルーブリゾール社において、カルチャー&インクルージョンのディレクターを務めるチェリー・アスペリン氏が講演を行いました。

アスペリン氏は、自社にインクルーシブなカルチャーを築いていく上でのインディケーターとして、デロイト社が提唱するインクルーシブなリーダーの6つの特徴(下記)に着目します。

1) コミットメント:自身の信念とビジネスでの価値に基づいて、D&Iにコミットしている
2) 勇気:現状にチャレンジし、声を挙げ、かつ自分の強みと弱みに対して謙虚である
3) バイアスの認識:個人と組織に盲点があることに気づいており、公平に振る舞うことを支援できる
  ように自己統制がきいている
4) 好奇心:オープンなマインドセットをもち、他者の視点を理解することや様々な世界を経験する
  ことを望み、曖昧なことに寛容である
5) 文化的インテリジェンス:自信をもって異文化と交流し、その交流を深めることができている
6) 協働的:多様な考え方を創造・活用するとともに、個人にもエンパワーしている
参照:The six signature traits of inclusive leadership -Thriving in a diverse new world-Juliet Bourke, Bernadette Dillon

そして、アスペリン氏は、リーダーとして、こうした特徴を発揮したり、多様なパースペクティブ(視点)を育てていくために、どんな機会提供を行っていけるかを考え、具体的に取り組んでいくことを推奨していました。たとえば、リバース・メンタリング(経験の浅い人が、経験豊かな人のメンターになる)を実践したり、NPOのボードメンバーや地域のコミュニティ活動に取り組むなど、リーダーが異なる世界をイマジネーションできる機会づくりについて述べられていました。

自身のストーリーから、インクルーシブ・リーダーシップについて語るミゲル・ジョイ・アヴィレス氏

また、「Building a Culture of Belonging: A Toolkit for Driving Inclusive Conversations with Managers(ビロンギングのカルチャーをつくる:マネジャーとインクルーシブな会話をドライブするツールキット)」においても、D&Iのチェンジ・リーダーであるミゲル・ジョイ・アヴィレス氏から、恐れが蔓延するような「ひどい職場(Toxic Workplaces)」に対する、インクルーシブ・リーダーシップの有用性が説かれました。

アヴィレス氏は、インクルーシブ・リーダーシップに含まれる数ある要因について触れた上で、その中でも、こうした危機の時代においては、「Humility(謙虚さ)」「Empowerment(エンパワーメント)」「Responsibility(責任」「Openness(オープンさ)」の4つが特に重要になってくることを、自身の経験に照らし合わせて述べていたのが印象的でした。

インクルーシブ・リーダーシップ自体は、目新しいキーワードではないかもしれませんが、漠然と言葉を捉えるだけではなく、それが何を意味し、何が含まれ、それをどう高めていくのかというところまで踏み込んで考えていく方向に、今後の探求が進んでいくかもしれません。

4.データ・アナリティクスと環境のデザイン

昨年に引き続き、D&Iの促進にデータ・アナリティクスをいかに活用していくのかをテーマに掲げたセッションも多く見受けられました。

多様な声・変化を理解するエコシステムを築く

データ・アナリティクスについて語るデロイト社のキャシー・エンダース氏

「Beyond Measurement: Using Analytics to Foster Diversity and Inclusion(測定を超えて:アナリティクスを活用してD&Iを育む)」のセッションでは、デロイト社でタレント&ワークフォース・リサーチのリーダーを務めるキャシー・エンダース氏が講演を行いました。

講演では、D&Iのデータを活用するために必要となる柱として、「1.目的(何のためにデータを活用するのか)」「2.チャネル(多様な声や変化を把握するためにどのように情報を集めればよいのか)」「3.マッスル(どのようにインサイトを得て、行動に結びつけるのか)」「4.ガバナンス(得られたインサイトをいかにマネジメントし、オペレーションにつなげるか)」の4点を挙げ、それぞれのポイントや具体例を紹介していました。
たとえば、D&Iのデータを活用する目的には、企業の成熟度に合わせて下記の4段階があるとのことでした(カッコ内の数字は、デロイトの調査結果で、実際企業がどのレベルにあるかの割合)。

レベル1:コンプライアンスへの対応(42%)
レベル2:D&Iプログラムへの活用(31%)
レベル3:リーダーシップにおける説明責任(15%)
レベル4:インクルーシブなカルチャーの醸成(12%)

カンファレンスでは、参加している人たちの企業がどの段階にあるのかについて、その場で投票が行われましたが、上記の傾向に反して、レベル4での活用を目指している人が多く、参加している人の意識レベルが高いところにあることがうかがえました。

バーチャル会場での投票結果。レベル4を目指す人が多い。

そして、目的に合わせて、データを収集する上では、多様なチャネルを活用し、インクルージョンを築く上で阻害している障壁は何かを明らかにしていくことの重要性が投げかけられていました。
チャネルの例としては、「毎年行うサーベイ」「パルス&ライフサイクル・サーベイ」「匿名のフィードバックツール」「パフォーマンス・マネジメントの会話(チェックイン)」「パフォーマンス評価」「スキル評価」「出口インタビュー」「ソーシャル・メディアのモニタリング」「顧客満足度」「従業員ブランド」「感情アナリシス」「ネットワーク・アナリシス」など、多様なものが挙げられていました。

また習得するデータも、「先行指標的なものと遅効指標的なもの」「能動的に取得が必要なものと受動的に手に入れられるもの」「定点的に得ていくものと継続して得られるもの」というように、多面的な指標をモニタリングしようとしている点が印象に残りました。

講演の中では、成熟度の高い企業ほど、多くのチャネルを活用していることが紹介されており、インクルーシブなカルチャーを築いていく上では、多様な声や変化に耳を傾けられるようなエコシステムを築いていくことの重要性が感じられました。

行動や経験を促進するデザインにつなげる

そして、今年のカンファレンスでは、単にデータを取得するだけではなく、そのデータからインサイトを得て、行動変容やD&Iのエクスペリエンスの創造につなげていくための「デザイン」について扱ったセッションが見受けられました。

上述のデロイト社にセッションにおいては、「データ・サイエンス」を活用して現状を分析し、問題が起きている原因や背景を明らかにすることに加えて、「行動科学(Behavioral Science)」を活用して、行動を促進していくことの重要性が語られていました。その中では、行動経済学でよく使われる「ナッジ(Nudge)」がキーワードとして取り上げられていました。

行動科学やナッジがキーワードに

ナッジとは、ちょっとしたきっかけを与えることで、人に行動を促す手法といえます。デロイトのセッションの中では、採用インタビューの中でバイアスを外したり、女性が応募しやすくなるための場のデザインをいかに行っていくかといったことが例示されていたり、データを活用して、誰と会ったり、協働するとよいかを従業員にサジェスチョンする「関係性ナッジ(Relationship nudges)」などの可能性が紹介されていました。

人ではなく、システムに注目すべきと説くニコル・アームストロング氏

また、「Inclusive by Design: Disrupting Gender and Racial Bias in Recruitment and Hiring Practices(デザインによるインクルーシブ:採用活動におけるジェンダーや人種のバイアスを壊す)」では、Queen City Certified社CEOのニコル・アームストロング氏が講演を行いました。

アームストロング氏は、米国内においてダイバーシティのトレーニングに費やされる費用は、フィジーのGDPを上回るほどであるにもかかわらず、D&Iが促進されていない現状を問題視し、人々のバイアスに直接働きかけることだけではなく、バイアスが生み出されるシステムをデザインによっていかに変えていくことができるかという視点にフォーカスを当てます。

セッションの中では、求人広告や採用募集の文章が、グロース・マインドセット的な表現になっている場合とフィックスト・マインドセット的な表現になっている場合を比較すると、前者のほうが、女性が採用される確率が2倍高く、またポストが埋まるスピードも速いといった実際のリサーチ結果が紹介されるなど、デザインの側面からD&Iに基づいた採用のあり方を変えていこうといったことが提言されていました。

その他にも、エンプロイー・エクスペリエンスに着目した「Designing an Intentional Employee Experience(意図的なエンプロイー・エクスペリエンスをデザインする)」や、フィデリティ・インベストメンツ社のD&Iに関するデータ活用が取り上げられた「Using Diversity Data to Drive Action(ダイバーシティのデータを活用してアクションを促進する)」など、同様のテーマのセッションが数多く見受けられました。

データを活用して、行動や経験を促進するデザインにつなげるといったテーマについては、カンファレンス全体を通して、まだ具体的な実践例などに多少乏しい印象はありましたが、そこへの関心はかなり高まっていると思われます。

COVID-19の影響で、私たちの働き方やコミュニケーションのあり方も大きく変わろうとしています。たとえばZoomなどを活用したオンラインの会議では、図らずも皆が同じ大きさのウィンドウに収まり、声が大きい人もそうでない人も、比較的フラットにコミュニケーションが取ることができたり、途中で割り込んだりせずに、一人ひとりの話を聴く姿勢が自然に生まれるといった価値を指摘する人も多いと思われますが、こうしたこともナッジやデザインの効果といえるかもしれません。

今後は、社会全体でソーシャル・インクルージョンを高めていく上でのデータとデザインの活用が重要な探求テーマであると感じました。

5.その他、カルチャーに関連したセッション

その他にも、D&Iのカルチャー創造に関連したセッションがありましたので、抜粋して紹介します。

アプリシエーションのあり方について話すポール・ホワイト博士

「The Vocabulary of Inclusion: The 5 Languages of Appreciation(インクルージョンのボキャブラリー:感謝・承認の5つの言語)」のセッションでは、ポール・ホワイト博士が、『愛を伝える5つ方法』(いのちのことば社、2007年)の著者であるゲーリー・チャップマン氏と共同研究を行った、感謝や承認(アプリシエーション)に関する講演を行いました。

アプリシエーションを示すことは、インクルージョンを築く上で重要なファクターになります。しかし、北米で仕事をしている65%の人は、この1年の間に一度も周囲からの承認を受けていなかったり、51%のマネジャーは自身がメンバーを承認していると答えている一方で、メンバー側でマネジャーから効果的な承認を受けていると答えた人は17%にしかすぎないといったデータを示し、その難しさについて語ります。

ホワイト博士によると、アプリシエーションと同じ意味で使われているレコグニションには、実は根本的な違いがあり、レコグニションはパフォーマンスに対するものであり、アプリシエーションはその人の人間性に対するものであるという見解を示しました。

その上で、ホワイト博士は、アプリシエーションには、「言葉による肯定」「質の高い時間」「奉仕の行動」「具体的な贈り物」「フィジカル・タッチ」の5つがあることに触れ、人によって何に価値を感じるかが変わるので、組織内でアプリシエーションの言語を増やし、多様なアプリシエーションを実践していくことが重要であるとのことでした。

自身の特殊部隊での経験について語るクック氏

その他、興味深かったセッションに「To Live is to D.I.E.: Diversity, Inclusion, and Equity Lessons from Special Operations(生きることはDIE:特殊部隊から学ぶダイバーシティ、インクルージョン、エクイティ)」があります。自身も入隊経験があり、現在は軍のリーダーシップ開発を支えるNPOに所属するシャベソ・クック氏が、特殊部隊や緊迫した状況におけるリーダーシップから、特に現在のようなクライシスにおいて私たちが学べることについて紹介しました。特殊部隊で最も大切にされているバリュー(People are more important than hardware)を紹介しながら、「もっているスキルや過去の経験だけから、人は判断されるものではない。思考や信念、機会や経験を通して、その人が将来的に成長できるかどうかが重要である」と語りました。

6.今後探求したいD&Iの視点

ここまで、バーチャル・カンファレンス内で見受けられた傾向や議論の内容を紹介してきました。参加を通して、様々な気づきや発見があった一方で、今回のカンファレンスの中ではあまり見受けられなかったテーマや議論もあったように思います。

そうした感想をもとに、今回参加したヒューマンバリューのメンバー(川口、佐野)同士でダイアログを行う中で、D&Iに関して今後探求したい、より根源的な問いが浮かび上がってきたように思います。最後に私たちの所感も交えながら、そうした視点について共有します。

D&Iのビジョンや哲学は何か?

今回のカンファレンスでは、「データ、影響力、チェンジ・マネジメントを通して、インクルーシブな職場を築く」というメインテーマのもと、インクルーシブな職場やカルチャーの創造を促進する様々な要因が紹介されましたが、その一方で、D&Iを実現することでどんな組織になっていきたいのかといった、ビジョンや実現したい組織の姿については、自明のこととしてあまり語られなかった印象を受けました。

今後、多くの企業が厳しいビジネス環境に置かれる中でD&Iを推し進めていく際には、D&Iが「あったらよいもの」ではなく、組織の成長や価値創出のために必要なものとして、各組織でD&Iに取り組むビジョンを明確化しながら進めていくことが、重要になってくるのではないでしょうか。

そして、より根源的には、「我々はなぜD&Iに取り組むのか」「D&Iとは何のためにあるのか?」「私たちはD&Iをどう捉えるのか?」といった問いに向き合うこと、言い換えると、D&Iの哲学を探求し、明らかにしていくことが大切ではないかとも感じました。

今回のカンファレンスでは、多くの人が「D&Iのビジネスケースをいかにつくるか」という視点にフォーカスを当てていたのが気に掛かりました。COVID-19のような危機の時代において、自分たちの存在価値を証明していく上では、そうした発想はもちろん大切です。しかし、哲学のないところにビジネスケースのみを追求すると、目的が手段と化してしまい、表面的な数字や形だけはきれいであっても本質を外した取り組みにつながりかねません。こうした時代だからこそ、D&Iがよって立つ考え方、拠り所としての哲学がどこにあるのかを、実践の中から探求していくことが必要ではないでしょうか。

多様性の目的について語るナターシャ・ミラー・ウィリアムズ氏

そうした観点から、1つ参考となったセッションに、フェラーラ・キャンディ・カンパニーでD&Iのヘッドを務める、ナターシャ・ミラー・ウィリアムズ氏による「Diversity & Inclusion During Change(変化の時代におけるダイバーシティ&インクルージョン)」がありました。

ウィリアムズ氏は、次のように語ります。「皆さんは、ダイバーシティを高めることで、ビジネスのイノベーションにつなげたいとお考えですよね。確かにそれも重要です。しかし、この変化の時代において、なぜダイバーシティが必要かを鑑みると、それは私たちのレジリエンスを高めることにあるのではないかと、私は考えています」

そして、東アフリカのチーターの生態系を例に出しながら、多様性を欠き、均質性が高いことが、変化する環境へ適応したり、想定外の困難を克服することを、いかに難しいものにするかについて述べ、多様性こそが自分たちがサステナブルであるための源泉であり、レジリエンスを高く保つことに目的があると説きました。

ウィリアムズ氏は、昨年秋に同社のD&Iのヘッドに就任し、それ以来D&Iを推進する体制づくりを進めてきましたが、パンデミックが発生して、当初の予定を大きく狂わせる変化に直面したとのことでした。しかし、そうした中でも柔軟に方向転換し、それまで準備してきたERG(※Employee Resource Group:同じ特質をもつメンバーで構成される従業員主導のグループ。人種、ジェンダー、宗教など、あらゆる属性に基づいたグループが存在し得る)の各グループ・リーダーたちとコミュニケーションを密に取ったり、COVID-19サーベイを実施して、従業員の声を丁寧に拾うようにしました。

そこから皆で協力して、リモートワークに移行するための緊急対応を行ったり、働く人々が孤立しないように関係づくりにフォーカスをしたり、多様な人々の集合的な思考をもとに、社会やコミュニティにどう貢献していくかを考えてきたそうです。
また、ウィリアムズ氏は次のようにも語ります。「長期的な視点に立つと、COVID-19の影響から、今後社会の不平等性が高まる可能性があり、それは私たちの職場にも影響を及ぼすかもしれません。だからこそ、私たちはメンバーの教育を行い、皆でオープンにダイアログする機会を立ち上げ、ニューノーマルな生活に準備できるようにする必要があるのです。私たちはこうした状況の中でもあえて新しいERGを立ち上げました・・・。」

ウィリアムズ氏や同社の仲間たちが、多様性を梃子として、この変化と危機の時代を生き抜こうとしている姿勢からは、多様性こそがサステナビリティであり、レジリアンスであるという哲学が、一貫性をもって実践に埋め込まれ、柔軟な組織づくりにつながっている様子が感じられ、強く印象に残りました。

1社の事例であり、これが正解というものではありませんが、ここから私たちが学べることも多くあるように思います。恐れや不安が高まり、社会的分断が起きやすい環境の中で、成り行きの世界に向かうのか、あるいはD&Iを梃子に連帯の世界を再構築できるのか、そして、それをつなぐための哲学は何であるのか。そうした問いを多くの人と探求したり、対話していきたいと思いました。

D&Iカルチャーを育むプロセスと技術の深堀り

D&Iのカルチャーを育み、多様性をチームや組織の価値に変えていくプロセスや技術については、これからさらに深堀りをしていきたいところだと感じました。

多様性があり、インクルーシブな組織は必ずしも居心地が良いわけではなく、同質性の高い組織よりもコンフリクトが起こりやすいということは、本カンファレンスでも共通の文脈として扱われていたように思います。そうしたコンフリクトを経験しながらも、多様性を生かしたコラボレーションを通して、新たな価値を生み出していくプロセスや技術については、より踏み込んだ探求や実践からの学びが必要と思われます。

本カンファレンスでは、データ・サイエンスと行動科学を交えながら、D&Iが育まれやすい環境をいかにデザインしていくかといったテーマが取り上げられていましたが、そうした環境デザインに、たとえば組織開発の場づくりのナレッジを取り入れていくなど、領域を超えて検討できる可能性もあるように思います。

また、今回は「インクルーシブ・リーダーシップ」への注目度も高かったですが、D&Iの観点からいかにリーダーシップを開発していけるかについても、今後さらなる探求を行っていきたいと感じました。

キャリアや雇用の側面から捉えるD&I

今回のカンファレンスではあまり取り上げられなかったテーマの1つに、キャリア形成があったように思います。他のカンファレンスなどでも、D&Iとキャリアを結びつけて話されるケースは比較的少ないように感じます。

しかし、ダイバーシティが属性の多様性だけではなく、価値観や指向性の多様性を包含するものであるならば、多様な価値観をもつ人々が、いかに自分らしくキャリアを切り拓いていくのか、またそれを組織や企業がどう支援できるのかといった側面についても、今後探求していきたいテーマであるといえます。

また、より広い視点での話になりますが、米国においては、現在COVID-19の影響から大規模なレイオフが行われており、日本においても少なからず雇用環境への影響は避けられないものと思われます。雇用の格差なども生まれやすくなる可能性がある中で、いかにインクルーシブな社会をつくっていけるかという点も、今後議論を行っていきたいところです。

上述のナターシャ・ミラー・ウィリアムズ氏は、講演の最後を次のような言葉で締めくくりました。「COVID-19以降、私たちは“エッセンシャル・ワーカー”という言葉をよく使い、重視し始めています。ここで皆さんに考えてほしいのは、特別な仕事だけがエッセンシャルなのではなく、私たち一人ひとりが、自分のユニークさをもって奉仕する仕事すべてがエッセンシャルであるということです。多様性があることが、生存に対して“エッセンシャル”なのです」

一人ひとりの存在がエッセンシャルであるという価値や尊厳を、仕事やキャリアを通じて感じられる、そうした職場環境をいかにつくっていけるのか。コロナ渦にある環境は、図らずも私たちが立ち止まって、もう一度そうした本質的な問いを考える機会でもあるように思います。バーチャル・カンファレンスへの参加から生まれた問いをもとに、一企業の取り組みを超えて、議論や実践を発展させていきたいと感じています。

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