ニューロサイエンス

パフォーマンス・マネジメント革新における5つの”Rethink(再考)”  〜ニューロリーダーシップ・サミットにおける脳科学×マネジメントの議論から考える〜

脳科学者、グローバル企業のHR、コンサルタントが集い、脳科学の知見からマネジメントのあり方を探求する「ニューロリーダーシップ・サミット」の中で行われている議論をもとに、今、パフォーマンス・マネジメントの領域でどんな変革が起きようとしているのかの潮流を俯瞰してみたいと思います。

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ノーレイティングの人事評価制度などに代表される現在のパフォーマンス・マネジメント革新の動きが促進されたことには、脳科学の発展が大きく寄与しています。特に初期のころには、「グロース・マインドセット※」や「SCARFモデル※」といった、脳科学に裏付けされた知見が企業に導入され、そこから従来型のパフォーマンス・マネジメントを大きく見直そうとしたことが背景にあったといえます。

そして、その後も、より高い価値を生むパフォーマンス・マネジメントのあり方を模索すべく、様々な議論が進展しています。特に、パフォーマンス・マネジメント革新のムーブメントを先導してきた場の1つに、毎年ニューヨークで開催されている「ニューロリーダーシップ・サミット」があります。このサミットは、ニューロリーダーシップ・インスティチュートが主催し、脳科学者とグローバル企業の人事が、組織の垣根を超えて探求するサミットです。脳科学から得られたインサイトを元に、これまで当たり前のように行われてきたマネジメントの仕組みや働く人々の成長支援のあり方、およびその背景にある私たちの枠組みを「Rethink(再考)」し、根本的に異なるアプローチを生み出していこうとする特徴があります。

ヒューマンバリューからも、このサミットにここ数年(2015〜2018年)連続して参加する中で、議論がパフォーマンス・マネジメント革新の領域を超えて広がりを見せていることを実感してきました。そこで、本稿では、サミットの中で見受けられた議論を整理し、参加者の関心度が特に高いと感じられたテーマについて、「5つのRethink(再考)」という視点から紹介していきます。脳科学は、世界的に研究活動が進められており、次々と新しい発見がされています。このサミットで紹介された研究成果も、一般化されたものであったり、すべてを網羅しているとまでは決していえませんが、その一端を垣間見ることで、脳科学を梃子として今どんなシフトが起きているのかを私どもなりに読み解きながら、今後のパフォーマンス・マネジメント変革の方向性を考える一助としてみたいと思います。

※「グロース・マインドセット」は、スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック氏らが提唱している概念です。自分の能力は努力と経験を重ねることで伸ばすことができると捉え、失敗を恐れずに大胆な目標に挑戦し、学びを楽しみ、他人からの評価よりも自分の成長に関心が向かい、成長が促進されやすいといった特徴があります。

※「SCARFモデル」はニューロリーダーシップ・インスティチュートのデイビッド・ロック氏らが提唱している概念です。人間が恐れや不安を感じる社会的要因を脳科学の観点から整理し、まとめたものです。それぞれ「Status (認められている)」「Certainty (将来が見渡せている)」「Autonomy (自分が手綱を持っている)」「Relatedness (安心できる仲間がいる)」「Fairness (公平に扱われている)」の頭文字を取っており、これが脅かされると、人は恐れや不安を感じ、グロース・マインドセットの逆の「フィックスト・マインドセット」に向かいやすくなるといわれています。

<パフォーマンス・マネジメント革新における5つの“Rethink(再考)”>

1. ゴール設定
2. リーダーシップ開発
3. フィードバック
4. チームのあり方
5. 学習のあり方

1. ゴール設定をRethinkする

パフォーマンス・マネジメントにおいて、個人や組織がいかにゴールを設定していくかは、特に重要なテーマであるといえます。近年では、IT系のベンチャー企業を中心に、従来型のMBO(目標管理制度)をやめ、OKRを導入し、高い成果や変革を促進している例が増えていることなどからも、関心が高まっていると考えられます。

では、そうしたゴール設定に関する変化の潮流や背景には、どのようなものがあるでしょうか。様々な議論がありますが、大きな流れとしては、これまでのカンパニーセンタードなチェックリスト・ゴール、つまり企業が外側から取り組むべきタスクや数値目標を定義し、それができたかできなかったかで評価していくようなゴール設定のあり方が見直されようとしているといえるのではないかと思います。具体的には、ゴール設定を通して、個人のパーパス(目的意識)を企業のパーパスと結びつけたり、新しいチャレンジを触発したり、グロース・マインドセットを育めるような次世代的なアプローチを模索していこうという動きが増えていることが見受けられます。

<WhyとHowのネットワークの違い>

たとえば、ニューロリーダーシップ・サミット2017では、Gabie & Harmon-Jonesによる脳内のネットワークの研究が紹介されていましたが、これによると、人間が「Why」を考えるときと「How」を考えるときに活用するネットワークは、基本的にトレードオフの関係にあり、同時に考えることができないとのことです。そして、変化が激しく、働く人々への認知的負荷が高い現在のビジネス環境は、どちらかというと人の考えを「How(タスクをいかに実行するか)」のほうに向かわせ、人を近視眼的にさせ、低い次元の思考に押しやってしまっていて、チェックリスト的なゴール設定がそれを促進させてしまっているといった警鐘が鳴らされていました。

これは決してHowの思考を否定しているわけではありません。その重要性はもちろん高いのですが、一方で思考状態がHowだけに支配されると、新しいものを生み出したり、自分自身を成長させることが難しくなります。そうした状態を脱却し、より高次な「Why」を考え、何のためにチャレンジするのか、どんな価値を生み出したいのかを探求することがグロース・マインドセットを高める上でも重要であり、そのためには、ゴールに関する「豊かな会話」を行うスペースが必要なのです。

ゴール設定においては、マネジャーとメンバーの間のカンバセーション(会話)が重要であるということが提唱されて久しいですが、その会話とは、決してチェックリストを細かく、頻繁に確認し、人々をフィックスト・マインドセットに押しやるものではなく、メンバーがWhyを考えるスペースを生み出すものであるべきといえます。

WhyとHowのネットワークの違い

<次世代のゴール設定に求められるキーワード>

そうした背景から、ゴール設定に求められるものも変わってくると考えられます。これまで、効果的なゴール設定を行うためのキーワードとしては、SMARTが代表的なものとして挙げられてきました。これは、Specific(具体的に)、Measurable(測定可能な)、Achievable(達成可能な)、Relevant(経営目標に関連した)、Time-bound(時間制約がある)の頭文字を取ったもので、主にゴールの明瞭性や正確性を高めるためのものといえます。これらの重要性は変わりませんが、次世代のゴール設定に求められるものとして、たとえばBetter Works社では、MITとの協働研究の中で次の5つのポイントを挙げています。

 Connected:つながり
 Supported:周囲からのサポート
 Progress-based:進化
 Adaptable:適応
 Aspirational:情熱

これを見ると、明瞭性や正確性というよりも、周囲とのコラボレーションを促進するようなオープン性(実際に、ゴールを周囲にオープンにしている組織と個人に閉じている組織では、前者のほうがパフォーマンスが高いという結果も紹介されていた)や、変化に適応できる柔軟性、そして何よりも、日々の目標と個人の情熱が結びついている、またつながりを見出せるといった要素が重視されており、ゴール設定に求められるものが変わってきているといえます。同じセッションにおけるパネル・ディスカッションの中では、「個人のパーパスと企業のミッションをいかにコネクトできるのか、それをどう支援できるのか」が大きな命題として掲げられていました。

また、マーケティング・コンサルティング会社のニールセンでは、自社のゴール設定で大切にするものとして、これまでのSMARTに加えて、新たにHEARTを掲げています。HEARTは、Heartfelt(心からの)、Engaging(エンゲージできる)、Aspirational(情熱的な)、Reflective(内省的な)、Team-oriented(チーム志向の)の略であり、BetterWorks社と同様のポイントが重視されていることがわかります。

<ストレッチ・ゴールに取り組み、実現するためのポイント>

その他にも、ゴールを掲げるだけではなく、それにいかに取り組み、実現していくかについての議論も行われています。たとえばニューヨーク大学のエミリー・バルセティス氏は、自身の実験結果から導き出した、ストレッチ・ゴールに確実に取り組んでいくための3つのポイントを紹介していました。

1点目は、「Plan for obstacles(障害に向けて計画を立てる)」です。バルセティス氏は、理想の状態を示したビジョン・ボード的な取り組みだけではうまくいかず、障害に向けて計画を立てることの重要性について述べました。実際に、壮大なビジョンだけを掲げる夢見がちなDay Dreamerと、障害や阻害要因をしっかりと理解した上で取り組むObstacle Plannersの血圧検査を行ったところ、前者は最高血圧が下がり、 後者は上がったという実験結果が紹介されていました。

2点目は、「Create the right habits(正しい習慣を創る)」です。不可能なことを可能にするには、正しい習慣を創ることが必要であり、ストレッチ・ゴールを描きつつ、「今日できることは何?」と考えることが重要とのことでした。その際、自分が立てる目標を「If/Then」ステートメントとして、「こういうときには、こうする」という具体的な意図をもつものにフレーミングすることの有効性が紹介されていました。バルセティス氏氏に限らず、「適切な習慣を創り出していくことがグロース・マインドセットを育む」ということについて、多くの議論が行われているように思います。

3点目は、「See the goal closer(近いゴールを見る)」です。ゴールが遠すぎると、最高血圧も下がってしまい、ゴールを近くに見せる戦略が重要とのことでした。彼女が登壇したセッションの中では、クササイズの際、「Eyes on the Prize」という、エゴールにフォーカスを当てるアプローチを活用することで、人はタスクを17%簡単に感じ、スピードが23%上がったという実験結果が報告されていました。

ニューヨーク大学のエミリー・バルセティス氏の講演

ここまでゴール設定に関する議論の一端を見てきましたが、単に効果的なテクニックを生み出そうとすること以上に、「なぜゴールを設定するのか」という背景にある哲学そのものが、脳科学などの科学的な知見の後押しを受けて大きく変わろうとしていることが感じられます。それは、あらかじめ定められたゴールを確実に実現することから、ゴールを設定する営み自体から人の創造性や情熱、そして成長へのマインドセットを育むことを目的としたものへとシフトしてきているといえるかもしれません。

2. リーダーシップ開発をRethinkする

リーダーシップ開発の再考についても、大きなテーマとして掲げられています。ニューロリーダーシップ・サミット2016に登壇した、i4cpのジェイ・ジャムログ氏は、「リーダーシップ開発が自社に必要だと述べるエグゼクティブが78%であるのに対し、リーダーシップ開発が効果的に行われていると思っているエグゼクティブは28%にとどまる」といった自社の調査データを紹介し、これまでのリーダーシップ開発が、必ずしも思うような成果を上げてこなかったことを指摘します。

そうした背景を踏まえ、ニューロリーダーシップ・インスティチュートCEOのデイビッド・ロック氏は、これまでのリーダーシップ開発のあり方が、複雑なコンピテンシー・モデルや、それに即した学習プログラムを提供することに過度にフォーカスしてきた弊害を指摘します。たとえば多くの企業が、下の写真にあるようなコンピテンシーに関する完全なフレームワークを構築し、リーダーシップのスキルを細かいレベルに分解することに力を注いでいるものの、こうした複雑なモデルは、実際は理解・記憶といった脳の機能に結びつきません。また煩雑で一貫性がないことが、脳の混乱を招き、結果として行動にもつながらないといった課題が述べられていました。

複雑・煩雑になりすぎたコンピテンシーは、リーダーシップの発揮に結びつきづらいことが脳科学の観点からも指摘されている

そして、このような「コンピテンシーに基づいた完全なフレームワークや学習プログラムを提供することに重きを置いたリーダーシップ開発」のあり方を再考し、より「シンプルに、一貫性をもって、習慣を生み出す」ことにフォーカスを置いたものにシフトしていこうとする動きが、現在の潮流としてあると思われます。

ニューロリーダーシップ・サミットでは、特にマイクロソフトの例が大きく取り上げられ、同社が自分たちのミッションや戦略を踏まえて、リーダーが大切にする「プリンシプル(原理)」や組織の「カルチャー」を再構築していったストーリーが紹介されました。その中で、同社のジョー・ウィッティングヒル氏は、次のように述べています。

「マイクロソフトでは、新たなミッションの実現に向けて、カルチャーの変革を大切にしています。それは、働く人々が、グロース・マインドセットになり、よりカスタマーにフォーカスが向かい、1つのマイクロソフトになり、違いを生み出せるようなカルチャーです。そして、そのためには、リーダーシップが不可欠です。私たちは、リーダーシップのプリンシプル(原理)を3つに絞りました。Create Clarity(透明性を築く)、Generate Energy(エネルギーを生み出す)、Deliver Success(成功を生み出す)の3つです。リーダーシップは、リードすることを望む人すべてに関わるものなのです」

マイクロソフトのこの取り組みは、リーダーシップのプリンシプルを3つに絞り、それを徹底していることが特徴的といえます。こうしたシンプルで一貫性のあるデザインを持つことで、人々の行動が促進され、その重要性が脳に刻まれ、習慣化につながっていくといったことが提唱されていました。

こうした傾向は、マイクロソフトに限ったことではなく、今多くの企業が、複雑化したコンピテンシー・モデルを手放し、よりシンプルなものへと再構築していこうとしています。これも、前述のゴール設定の議論と同様に、「何のためのリーダーシップ・コンピテンシーなのか?」とうことに対する哲学に違いがあるように思われます。それは、リーダーの発揮すべき行動を詳細に定義して、やらせる、守らせることではなく、「シンプルなプリンシプル(原理)や組織の目指す大きな方向性をもとに、一人ひとりが、自分がどんな行動を発揮していくかを熟考したり、内省したり、周囲と話し合うといった、より高次な脳の活動を行うことを通して、主体性や創造性を育んでいくこと」共通の軸として根底にあるのではないでしょうか。

3. フィードバックをRethinkする

パフォーマンス・マネジメント革新の大きなテーマの1つに、頻繁なフィードバックを通じて、人の成長を促進し、エンゲージメントを高めることがあります。しかし、効果的なフィードバックを行うことは簡単なテーマではありません。ギャラップ社によると、毎週フィードバックを受けている社員は全体の20%にとどまり、その中でフィードバックが役に立つと答えた人は27%であったという厳しい結果も紹介されています。そこで、多くの企業は、マネジャーに対して、効果的なフィードバックを行うためのトレーニングを実施し続けていますが、それもうまく機能しているとは言い難い状況かもしれません。

そうした背景から、ニューロリーダーシップ・サミットでは、これまでのフィードバック・モデルを見直したり、神経科学者や心理学者との研究やインタビュー、クライアントとの実践を通じて、これまでの私たちのフィードバックへの考え方が間違っているのではないかという発見が共有されました。デイビッド・ロック氏は、次のように語ります。「私たちは、人間はそもそもフィードバックが嫌いなものだと捉えていました。そうではなく、他人から指摘されるのが嫌なだけなのです。これまでのフィードバックは、フィードバックを与える人の主導で行われてきてしまったことに課題があったのです」

そして、フィードバックをRethink(再考)する1つの方向性として、「フィードバックを与えることを奨励するのをやめて、フィードバックを求めることを奨励し始めよう(Stop Giving Feedback, Start Asking for Feedback)」という仮説が提示されました。実際にトップ・パフォーマーほどフィードバックをより頻繁に求める傾向があります。これからは、適切なフィードバックをいかに与えるかというマインドを手放し、一人ひとりが、多くの人からより積極的にフィードバックをもらいに行けるような環境やカルチャーを築いていくことにフォーカスしたほうがよいのではないかという主張といえます。

「フィードバックをいかにもらうか」ということにフォーカスすることで、様々な違いが生まれてきますが、1つにはフィードバックを与える側、受ける側、双方の恐れが減少する効果があるとのことです。実際にフィードバックを与える人は、「正しいフィードバックを与えなければいけない」というマインドに捉われてしまいがちですが、そうした恐れを手放すことができます。また、フィードバックを受ける側は、多くの人からフィードバックをもらうことで、フィードバックにつきものであるバイアスを軽減することができるとのことでした。

実際にこうした「フィードバックを求めるカルチャー」をいかに築いていけるかは、今後さらに探求が必要になりますが、そうした実践的な試みも様々な領域で多くなされています。たとえば、メンタリングの分野で名高く、ATDにおいても人気のあるスピーカーの1人であるランディ・エメロ氏は、「モダン・メンタリング」という考え方や実践を提唱しています。

エメロ氏は、これまで企業で行われてきたメンタリング、つまり、人事部のマッチングによって、シニアと若手リーダー層が1対1の特定な関係を結び、定期的に会って長時間をかけてメンタリングを行うようなスタイルでは、今の時代はうまくいかないと投げかけます。その背景には、ソーシャル・ネットワークの環境で育ってきたミレニアル世代は、こうした硬直的で一方向的な学びのあり方を好まないことが挙げられていました。

そこで、今日的なメンタリングのあり方として、誰もが学習者であり、誰もがアドバイザーになれるような、メンタリングのネットワークを創り、より多くの人の経験やストーリーから、気軽に、短時間で、時にはバーチャルで、フラットに学び合えるような環境を創っていくことが推奨されていました。

実際に同氏のセッションの中では、2人1組のペアになって、短い時間で交互に役割を変えながら、お互いの体験から学び合うという演習を、ペアを変えて繰り返し行いました。そこからは、私たちが複数の他者の体験から学べること、そして与えられるのではなく自ら働きかけて学ぶ力を身につけていくこと、相手に答えを教えて誘導するのではなく、体験を語って、そこから学んでもらうことの重要性が肌身感覚で伝わってきました。テーマはメンタリングでしたが、この考え方は、上述したフィードバックのあり方と通ずるものがあります。

フィードバックを求めることを奨励するカルチャーも一足飛びで実現できるわけではありませんが、こうした実践を重ねることで、少しずつフィードバックの価値や効果、ポイントを体感的につかんでいく場を構築していくことが、フィードバックのあり方のRethink(再考)を、現実のものにしていく上で必要だと思われます。

4. チームのあり方をRethinkする

近年、マネジメントや学習における脳科学の議論の中で、前述してきたような「個人」のパフォーマンスやリーダーシップ開発をいかに促進していくかといった枠組みを超えて、「チーム」や「コラボレーション」といったキーワードに表されるような他者との関係性にフォーカスした議論が増えてきていることが見受けられます。

<チームからチーミングへ>

中でも特に影響を与えているのが、心理的安全性の権威でもあるハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授といえるでしょう。エドモンドソン氏は、「チーミング」のコンセプトの提唱者としても著名です。下図に示すように、チームを名詞として捉え、静的な物体として外側からデザインするのではなく、チームを動詞(チーミング)として捉え、目まぐるしく変わる環境の中で、関わる人々が素早く信頼関係を築き、実現したいビジョンを共有し、アジャイルにチャレンジし、協働を通してチームワークを築き続けるような、より動的なプロセスを構築していくことの重要性を語っています。

エドモンドソン氏は、ニューロリーダーシップ・サミットにもスピーカーやパネラーとしてよく招かれていますが、2016年のサミットに登壇した際に、次のようなことを述べていたのが印象的でした。

「ビジネス世界の複雑性が増し、変化が大きくなり、組織の境界や領域を超えたコラボレーションがますます必要になってきています。そうした時代において求められるのは、『エクストリーム・チーミング』というものです。その中では、『信頼』を『素早く』築く技術が大切です。多様な背景や経験をもつ人々が、素早くお互いのことを理解して、自分が知っていることを共有する。こうしたチームでのコンピテンシーを高めることができると、チームの有り様が変化し続け、環境の変化に適応できるのです…。」

パネル・ディスカッションに登壇するエイミー・エドモンドソン氏(右)

激しさを増すエクストリームな環境の中で、ゆっくりと関係性をつくるのではなく、瞬時にチームの効果性を高めていけるような、コラボレーションのあり方が模索されようとしていると思われます。

<脳科学の知見をチーミングに適用するチャレンジ・模索>

こうした動きを脳科学の側面からサポートするような研究も進められています。例を1つ挙げると、たとえば、UCLAのマット・リーバーマン博士は、「ニューラル・シンクロニー(Neural Synchrony)」に着目した研究を行っています。ニューラル・シンクロニーとは、「私たちの脳が、他者と同じときに同じことを行っている度合い」のことを指します。たとえばある実験では、人同士の脳のシンクロ度合いから、その2人の間に友情が芽生えるかどうかを推測することができるそうです。

リーバーマン博士の研究は、fNIRSという機器・技法を用いて、複数の人が同じ作業や相互のコミュニケーションを行っているときに、人々の脳がいかにシンクロするかを測定し、それを「チーム・シンクロニー」として、チームについての分析に生かそうというものでした。こうした研究が進むと、優れたチームの研究などから、効果的なチーミングを生み出すためのポイントやプロセス、またカルチャーの浸透度合いといったものを、脳の動きから解明していくことにつながるかもしれません。現時点ではまだ発展段階の研究になりますが、今後チームの価値を最大化することを脳科学の観点からサポートしていく動きも増えてくると考えられます。

5. 学習のあり方をRethinkする

パフォーマンス・マネジメント革新の目指す方向の1つが、人々のグロース・マインドセットを育むことであるならば、私たちがいかに学ぶのか、そして企業や組織、人事やインストラクショナル・デザイナーはそれをいかに支援するのかを本気で考え、変革していくことが重要となるといえます。

ニューロリーダーシップ・サミットをはじめとしたカンファレンスでは、そうした学びのあり方の変革を象徴するように、「インサイト」という言葉が多用されていることが見受けられます。インサイトには様々な意味の捉え方があるように思います。日本語にすると「洞察」という意味合いがありますが、「気づき」といった意味合いが近いでしょうか。ニューロリーダーシップ・サミットでは、「脳に形成される新しいつながりのパターン」といった意味で使われており、インサイトによってこそ、変化への意志が生み出され、その強度によって行動変容につながる度合いが高まるとされています。

つまり、インサイトとは、客観的な知識を習得するような静的な学びというわけではなく、より創発的・内省的な学びの一環であることが示唆されます。

では、これまでの私たちの学びのあり方や、その支援のあり方はどうなっているでしょうか。もしかしたら「企業・組織側が、働く人々が学ぶべきことや高めるべきコンピテンシーを規定し、幅広い学習プログラムを提供する」ようなスタイルになってしまっているかもしれません。ニューロリーダーシップ・サミットでは、企業における学習のあり方が下図のようなフレームワークに収まったものになっていることが揶揄されていました。

学習プログラムをフレームワーク的に提供するような学びを脱却する

インサイトを得るような学習は、こうしたプログラムから生まれるというよりは、日々の行動や経験、そしてそれらを振り返り、知恵を生み出す会話、未来をイメージし、新たなチャレンジ、アクションを創造する機会といった、あらゆる場面に埋め込まれているものであるはずです。

ニューロリーダーシップ・インスティチュートでは、最近インストラクショナル・デザイナーという肩書をやめ、「インサイト・デザイナー」という役職を新たに設けたそうです。その真意はわかりませんが、恐らく、人のインサイトがどのようにして生まれるのかの深い理解と知見をもち、日々の中でそうしたインサイトが育まれていくようなワークプレイスのデザインを行うといった意味合いがあると思われます。そうなってくると、デザイナーの役割も、プログラムをデザインするのではなく、あらゆる場面、瞬間の中で気づきが生まれるようなプロセスや環境(デジタルを含む)のデザインへと枠組みが広がり、シフトしていくことが求められるでしょう。

まとめ

以上、ここまで、脳科学×マネジメントの議論から、パフォーマンス・マネジメント革新における5つの“Rethink(再考)”を見てきました。では、こうした変化の方向性の共通点、言い方を変えると、根底に流れる変化の潮流には何があるでしょうか。それは「カンパニー・センタードからピープル・センタードへのパラダイム・シフト」といえるかもしれません。

近年の企業経営では、企業が設けた一律の型に当てはめるのではなく、働く一人ひとりの能力や個性、人間性を中心に考える傾向が高まっていますが、脳科学もその流れを後押ししていると思われます。今回取り上げた、ゴール設定、リーダーシップ開発、フィードバック、チームのあり方、学習のあり方の、いずれも、カンパニー・センタードの視点を外し、ピープル・センタードで見たときに私たちは何を手放し、何を新たに構築していく必要があるのかを考えていくことがRethinkの本質だったように思います。そうした視点で企業経営やそれを支える制度、文化を眺めてみると、私たちが今後Rethinkしていく必要のあるものが見えてくるのではないでしょうか。

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