ATD(The Association for Talent Development)
心理的安全性を培い、学びに伴う“恐れ”に向き合う
<ATD25レポートChapter2>
株式会社ヒューマンバリュー 研究員 市村絵里
組織変革の取り組みの70%は失敗に終わる。これは今年のATDのセッションの中でも挙げられていた数字で、変革に取り組む人々の間ではよく語られています。世界は変わり続けるので、組織変革の取り組み自体に終わりはなく、最終的な成功をどの時点で達成したと言えるのかという難しい問題はありますが、少なくとも、生み出したい人々の思考や行動の変化と、意図的な取り組みを行って生み出された変化との間に乖離があることは確かかもしれません。
なぜ変化は定着しないのか、どうすれば少しでも人々がより多くを学び、自らを変容させる力を高めていくことができるのか。また、AIが隆盛する時代の流れの中で、今人に求められる変化とは何なのか。そのようなことを考えながら参加させていただいた2025年のATD。多くのセッションの中で強調されていたのは「心理的安全性」の重要性です。その背景には、挑戦への“失敗“や学びに対する“恐れ”が潜在的にあるからだということが見えてきました。
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<心理的安全性:失敗から学ぶことができる文化の醸成>
2日目の基調講演は、日本でも「恐れのない組織」の著者として広く知られているエイミー・エドモンドソン氏でした。セッションの中で氏は、心理的安全性を組織が変化に適応し、成長するために不可欠な要素であると強調し、心理的安全性とは「アイデアや質問、懸念、ミスや失敗を自由に発言できる、安全な環境であるという信念」と定義して紹介しました。そして、失敗を「基本的失敗」「複雑な失敗」「賢い失敗」の3つに分類し、基本的失敗や複雑な失敗を減らし、「賢い失敗」から学ぶことの重要性を語りました。
氏が「失敗」を強調する背景には、「特にイノベーションや新しいことに挑戦する際には、失敗が避けられないものであり、それを学びの機会として捉えることが重要である」という考えがあります。そして「学習には痛みや不快感が伴う」と述べ、いかにして失敗から得られた教訓を気づきや学びに変えていくことができるかについて示唆を与えてくれました。
その方法の1つとして、イーライリリー社の賢い失敗を称える「失敗パーティ」の事例を紹介しました。イーライリリー社では、「失敗パーティ」を開催し革新的な試みに挑戦したものの、望ましい結果を得られなかったチームを称える文化を築いてきました。そうすることで、何がうまくいかなかったのか、どのように改善できるのかを議論したり、同じ失敗を繰り返さないように、どのようにしたら次のプロジェクトに活かすことができるかを考え、それを全社に共有する機会とすることができます。そうした文化がベースとなり、失敗したプロジェクトから新しい成功を生み出すことができているのです。 こうした「パーティー」という、失敗とはかけ離れた言葉と組み合わせることで、これまで学習やそこから得られた失敗の経験を無意識的に「痛み」として捉えていた認知を少しずつ変化させ、挑戦することへの恐れを軽減していくことにもつながるのではないかと感じました。
また、氏は最後に恐れの中でも挑戦し、学びを得ることの大切さを語り、エレノア・ルーズベルトの下記の言葉を紹介しました。
“あなたにとって恐れを感じることを、毎日1つやってみなさい。”
“Do one thing every day that scares you.”
彼女自身もこの言葉を心に留めており、実際に多くの場面で実践していると語りました。そうした氏の姿勢とその言葉はとても印象に残り、私自身の日々の生活や、取り組みの実践の中で大切にしたい言葉の1つにも加わりました。 一人ひとりが日々の実践の中で、どんな小さいことでもいいので挑戦してみる、そして学習に伴う「恐れ」を乗り越えるということを繰り返し、そのサイクルを回す習慣を身につけることで、少しずつ学習に対する恐れが軽減され、経験の深まりや視野の広がりに繋がるのではないかと思います。
<痛みが伴う学習:フィードバックに向き合う>
では他に、「基本的失敗」や「複雑な失敗」を減らし、「賢い失敗」から学ぶために、必要なことには何があるでしょうか。その鍵となるのは、お互いの学習や成長に繋がる健全な「フィードバック」を日常的に提供し合えるような文化を生み出すことではないかと思います。
しかし本当に役に立つフィードバックを提供したり、そのフィードバックを組織の学習や自身の成長に活かしたりすることができるようになるには、依然として多くの障壁があることも実感します。なぜ、それが難しいのか、どうすればフィードバックを本当に役に立てるものにしていくことができるのかといった観点は、これからも探求していきたいテーマの1つです。
そういったテーマに脳科学の視点からインサイトが得られたセッションに「Truth Hurts- Why Facts Won’t Change Learner Behavior」があります。セッションの中では、既存の知識と矛盾する情報が与えられ、認知的不協和が生じると、脳の一部が物理的な痛みを処理する領域と同じ領域を活性化させるため、身体的にも痛みが伴うということが語られました。また、脳は全体のエネルギー消費の多くを占めるため、できるだけ少ないエネルギーで物事を処理しようとします。このため、脳は既存の信念や知識に基づいて情報を処理し、新しい情報を受け入れる際に必要な認知的な負担を避けようとするのです。
本当にフィードバックを活かすことができる組織文化を作っていくためには、こうした脳の「痛みを避ける」「エネルギー消費を減らそうとする」といった特性を踏まえたうえで、それに対処するためには何ができるのかを考えていく必要があります。
その方法としてセッションの中で語られていたのは、「真実を受け入れるときに脅かされる恐れを軽減する」「セールスの戦術を使う」ということです。 そこで強調していたのは、下記の言葉でした。
“知識は道徳的優位性ではない。”
“Knowledge is Not a Moral Superiority.”
人間は社会的な動物なので、自身の社会的地位が脅かされると感じると、フィードバックを受け入れづらくなる傾向があります。特に、他者からの指摘が自分の能力や知識に対する攻撃と受け取られると、社会的地位が低下する恐れを感じるため、必要な際にはプライベートな空間を確保し、相手の知識の欠如を非難するのではなく、支援する姿勢が重要だと語りました。
また、人の脳は社会的なつながりや安全性を評価するために、イングループ(個人が所属感を持ち、共通の価値観や目標を共有する集団)とアウトグループ(自分が所属していない、または疎外感を感じる集団)を区別するということです。そして、情報を提供する人がイングループであると感じられていると、その情報を受け入れやすくなり、逆にアウトグループだと感じていると抵抗を示しやすい傾向があるとのことでした。
そのため、相互に効果的なフィードバックを与え、学習に活かすためには、組織に所属する人々がいかに、イングループの一員であると感じる状態を生み出せているかも重要な要素だと言えます。
また、既存の価値観に共感を示すことや、相手の立場に立った見方をすることの必要性も合わせて共有されました。
もう1つ、フィードバックを脳神経科学の側面から語っていたものに「Ouch that Hurt! The Science of Giving Effective Feedback」というタイトルのセッションがありました。
その中においても、「社会的苦痛は、身体的苦痛への反応に重要な役割を果たす2つの脳領域を活性化し、自己報告された苦痛と相関している。」(Eisenberger, N., Lieberman, M. and Williams, K. (2003). 拒絶は痛みを伴うか?社会的排除のfMRI研究。Science, 302, 290-292.)という論文の一部が紹介されました。
また、「fMRIの結果、アセトアミノフェン(痛みや熱を抑える薬)を摂取したグループのみ、サイバーボールゲーム(※心理研究で孤立、社会的排除、その他の社会的現象を研究するために使用される仮想のボール投げゲーム)中に身体的な痛みと関連する脳領域(背側前帯状皮質)における神経反応が減少したことが示された」(DeWall, C., et al., (2010). Acetaminophen reduces social pain: Behavioral and neural evidence. Psychological Science, 21, 931-937.)という研究が共有され、本セッションにおいてもフィードバックが身体的痛みを伴うものであることが強調されました。 そして過去のメタ分析で、フィードバック介入の3分の1がパフォーマンスの低下を招いたという結果もあるとのことでしたが、別の研究では、「適切なタイミングのフィードバック」が重要だとわかったと述べ、「フィードバックが、頻繁で(例えば毎週)、上司からのものである場合、および/または自ら求めた場合、パフォーマンスを向上させるための効果的な介入であることがわかった。」(Sleiman, et al.組織設定におけるパフォーマンス・フィードバックの定量的レビュー(1998-2018)。Journal of Organizational Behavior)というデータを共有しました。
そして、フィードバックを成功させるための条件として下記の3つを紹介しました。
- 理解する(Understanding):受け手が何を改善すべきかを正確に理解できるように、具体的な状況や行動、そしてその影響を明示する。
- 受け入れる(Acceptance):受け手が準備できているかを確認し、受け手の視点や背景を考慮すること。
- 行動へのコミットメント(Commitment to Action):フィードバックが具体的な行動に繋がるようにサポートをする。そうすることで利益が得られるのか。
またそのためには、文化と神経多様性の側面を考慮し、受け手の文化的背景や個人的な特性を踏まえてフィードバックをすることが重要だと強調し、エリン・マイヤーズのカルチャー・マップを提示しました。
スピーカーは、アメリカでは直接的なフィードバックが一般的だが、日本などの文化ではより間接的な方法が好まれることがあるといったことや、イギリスでは「それは興味深いですね」という表現が、実際には批判的な意味を含むことがあるといった事例も紹介し、会場からも文化的な受け取り方の違いを感じた経験を共有したりする場面もありました。
また、フィードバックを与える側にとっても、相手の感情を傷つけないように配慮しながら、必要な情報を伝えるという難しいバランスを取ることに対する心理的負荷やストレスが生まれることについても言及されました。
そして最後に、AIによるフィードバックの可能性についても触れられました。
現在AIを用いたフィードバックの効果を検証するための研究も進められていることに触れ、AIがフィードバックの質をどのように向上させるかについての理解が深まることが期待されていると述べました。
フィードバックが、社会的地位やつながりを脅かされることへの恐れや、それに伴って痛みが生まれたり、フィードバックをする側の恐れや痛みにも繋がっているのであれば、AIによるフィードバックでは、そうしたマイナスの要素が取り除かれ、自身の社会的地位も脅かされず、そのフィードバックをフラットに受け止められる状態で、必要なタイミングで即時に得られ、人々の学習を加速するものになるのではないかという可能性も感じました。一方で、個別の文脈を読み取ったうえでのフィードバックはどの程度提供できるのか、AIによるバイアスを取り除き、人々の思考の枠組みを広げることにどの程度役に立つのかはまだ未知数であると言えます。
これらのセッションで語られた事は、これまでの経験を通して多くの人がフィードバックを受けたり、与えたりした際に経験的に感じていたことであり、新しい気付きは多く無いかも知れません。しかし、それが脳科学的にそうした傾向があるということを理解することで、フィードバックを受けたり、与えたりすることが必要な場面で、困難な状況に直面した際にも、冷静に次の方法を考えることに繋がるのではないかと思います。
セッションを通して語られた脳の特性を踏まえて、学習や成長の「恐れ」「恥ずかしさ」「痛み」の側面に目を向け、それをどのように対処し、その痛みをどうしたら少しでも和らげることができるのか考えることが、心理的安全性の高い環境や文化を育み、失敗できる組織を実現するためには重要なのではないでしょうか。
<まずは沈黙を破ることから学びが始まる>
また、フィードバックの重要性を理解していたり、フィードバックがしたいという思いが生じたりしたとしても、まずその声を上げるということに対するハードルがあるのではないかと思います。人々が沈黙を破り、声を上げることをテーマにしたセッションがありましたので、その内容を紹介します。
「Silent Signals: What Learners Lacking Psychological Safety Aren’t Saying」のセッションの中でスピーカーは、「学ぶためには何か新しいことを試みる必要があり、その過程で失敗する可能性がある、失敗のリスクがなければ、真の学習ではない」と述べ、そのために人々が沈黙を破り、周囲と異なる意見を表明できるよう心理的安全性を高める必要性があることを強調していました。
そして心理的安全性を下記のように定義しました。
“リスクを取ることが安全であると、相互に共有された信念“
“The shared belief that it is safe to take interpersonal risk.”
心理的安全性は、グループ全体で共有されるものであり、個人間の信頼関係だけでは成り立ちません。また、心理的安全性は、拒絶や屈辱、個人のブランドが毀損されるといったリスクを取ることに関連していると述べます。
会場の参加者に、人が話すか、話さないかを選ぶときにどのようなことを考えているかを尋ねた際には、「間違った答えを出したくない」「反発があるかも知れない」「他の人も同意してくれるだろうか」というような答えもあり、どれも共感できる内容で、そうした要因から自分自身も発言をせずに沈黙をしていた経験があることを思いだしました。 そして、心理的安全性は、学習や意見交換の場で重要な要素であるとして、ティモシー・クラーク氏の心理的安全性の4段階を紹介しました。
- インクルージョン・セイフティ:グループに受け入れられ、存在を認められること。
- ラーニング・セイフティ:自分が完璧でないことを認め、学ぶことができる安全性。
- コントリビューター・セイフティ: 自分の意見やアイデアを共有できる安全性。
- チャレンジャー・セイフティ: グループ内で異なる意見を述べたり、現状に挑戦したりできる安全性。
この4つの段階は、参加してしたり(Show up)、学習に注意を払うよう促したり(Paying attention)、答えを知っている人を聞いたり(Who knows the answer?)、例を共有するよう尋ねたり(Who is willing to share example?)、なにか質問があるかを聞いたり(Any questions?) する段階に応じて、心理的安全性の高まりが必要になるということです。
また質問をした際、回答が得られるまでの「沈黙の間」が平均で7秒あることが紹介されました。この7秒間には、参加者が質問を聞き、理解し、答えを考え、発言するかどうかを決め、実際に発言するまでの一連のプロセスが含まれており、ファシリテーターにとっては長く感じられるかもしれませんが、参加者にとっては重要な思考時間だということが強調されました。 チームの一人ひとりが、リスクを取りながらも沈黙を破ることができるようになることは、チームの学習の質を上げていくこと、他者や自身の学習に重要な要素だと思います。セッションを通して、心理的安全性を4つの段階に分けることで、少しずつ心理的安全性を高めていくために気をつけたいことなどを考える際にも参考になるのではないかと感じました。
<時代の変化とともに重要性が高まるアンラーニング>
恐れを伴う学習の一つに、私たちがこれまで学んできた習慣を手放し、新しい枠組みを獲得していく「アンラーニング」があるのではないでしょうか。
今年のセッションにおいて、Unlearningという単語がタイトルに含まれるセッションが2つありました。1つは世代間の違いを超えるためのアンラーニング、もう1つはAIの台頭によって必要となるアンラーニングがテーマとして据えられています。
世代間の違いを超えるためのアンラーニングのセッション「Unlearning: The Conscious Path to Cultivating a Cohesive, Multigenerational Workplace」では、世代によって染み付いている信念、ステレオタイプがあることを指摘し、それを手放し、世代を超えて協働することの重要性が語られていました。
世代で育まれてきたそうした信念はもはや自身のアイデンティティとも結びついており、それを手放すことの難しさがあることを受け止めつつも、そのマインドセットを乗り越える意図的な努力が必要だということを、「利き手ではない手で自分の名前を書く」というエクササイズを交えて強調しました。 また、そうした学んだことをアンラーニングするために
- 一旦立ち止まり(Pause)、
- 観察し(Observe)、
- 意識的に新しいアプローチを選択し(Choose)、
- 行動する(Act)
というPOCAモデルが紹介されました。
異なる価値観をもつ多世代が職場でともに働く環境の中で、よりよいパフォーマンスを生み出していくために、自分自身のリーダーシップスタイルや、もはや役立たない習慣が自分にも染み付いているのではないかと一旦立ち止まり、振り返ってみる時間を取ることの重要性を感じるセッションでした。
また、AIの台頭によるアンラーニングが扱われたセッション「Navigating the Frontier: Learning & Unlearning in the AI Era」では、現在は単にテクノロジーの時代ではなく、「アンラーニングの時代」であると述べられていました。これは、AIの進化が単なる技術的な進歩にとどまらず、私たちの思考や行動の仕方を根本的に変える必要があることを示しています。
セッションの中では、AIよりも人が優れている点や、AIが行うことが難しいこととして、「情報に意味を見出し、文脈を理解するセンスメイキング(意味づけ)」や「カオスへの対処、適応力やレジリエンスが求められる場面」といったことが挙げられました。
そして、アンラーニングを下記のように定義しました。
“アンラーニングとは、既に存在する(障害となるような)信念、行動、または仮定がある場合、個人または組織のレベルで、それらを乗り越えて、異なる思考、行動、または認識を学ぶプロセス。”
アンラーニングを実践する中で、これまで身につけたことを一時的に脇に置くことで、新しい知識やスキルを習得するためのスペースを作ることができるということです。
そしてAIを単なるツールとしてではなく、同僚としてともに働くというマインドセットの転換が重要であることが強調されて、その際にアンラーニングが必要な観点として下記の3つの変化を挙げました。
- 静的な専門知識(Static Expertise)から(to/and)柔軟な専門知識(Flexpertise)へ
- 「天才の文化」から(to/and)「成長の文化」へ、
- サイロの構造から、(to/and)橋渡しの構造へ
そして、個人や組織がどのようにして古い知識や習慣を手放し、新しい状況に適応するためのスペースを作るかを考えるヒントとして、BBCモデルを共有しました。
- 信念(Beliefs): 現在の状況において、どの信念や仮定がもはや有効でないかを特定します。これにより、古い考え方を見直し、新しい視点を取り入れる準備をします。
- 障壁(Barriers): アンラーニングを妨げる可能性のある障壁を特定します。これには、心理的安全性の欠如や、変化に対する抵抗などが含まれます。
- コンテキスト(Context): 現在の状況や新しい状況を理解し、過去の経験に頼るだけでなく、今何が新しいのかを把握します。これにより、変化する環境に適応するための新しい知識やスキルを学ぶ準備が整います。
このモデルに加えて、スピーカーは「Empathy(共感)」と「Identity(アイデンティティ)」の要素を加えたいと述べ、個人がアンラーニングの過程で経験する感情に寄り添い支援することや、個人が新しい役割や状況に適応する際に、自分のアイデンティティを再構築するプロセスを支援することの必要性を強調していた事が興味深かったです。
また、セッションの中で「私たちの役割は、学習体験のキュレーターやデザイナーから、集合的なアンラーニング体験のキュレーターへと移行しつつある」と語られ、もはや学習と同じレベルで、アンラーニングを扱っていくことの重要性を強調されていたことが印象的でした。
一方で、会場からは費用やセキュリティの観点でどのようにAIを導入することができるかといった、AIを導入するための質問もあり、AIとともに成果を創出することが当たり前になってきている組織と、未だAIによる影響を受けていない組織の間には大きな乖離がある様子も感じられました。
アンラーニングをテーマに扱った2つのセッションからは、これまで私たちが学んできたこと、身につけてきた信念などは、もはやアイデンティティの一部になっているということを改めて感じました。それ故にアンラーニングは一筋縄ではいかないものであり、意図的な努力が必要なものなのだと思います。しかし、自分の信念だと思っているものは、ある時代やある組織文化、ある家族システムのなかで集団的に身につけた行動様式や考え方なのかも知れず、それを手放したからといって、自分自身のアイデンティティを失う訳では無いのかもしれません。 一方で、時代が変わるからといって、安易に変えてはいけないもの、大切なものもあるのかもしれません。けれどそれは、時代に合っていないと薄々気づいていながら変えたくないものなのかも知れません。何を手放し、何を大切にしていくのかを考える事は、変化が激しい時代の中で1つの重要なテーマだと思います。チームの心理的安全性を高め、みなが力を発揮できるチームを実現するために、一人ひとりが内省し振り返る時間を取ったり、組織的にもみなで時間を確保し、そうしたアンラーニングについて向き合う機会を設ける必要があるのではないかと感じます。
<まとめ>
学習に伴う「痛み」に話が少し偏ってしまいましたが、本来、学習は人にとって喜びを伴うものであるのではないかとも思います。けれど成長するにつれて、いつからか、学びが恐れを伴うものになってしまっているのかも知れません。
恐れを超えて、本来備わっている学習への喜びをベースに、主体的に学んでいく力はどのように育まれるのだろうか、そんな問いも持ちながらいくつかのセッションに参加させていただいたり、同僚や、ともに参加していた同業の方々と対話させていただいたりする中で、浮かんできたのは、「好奇心」というキーワードでした。
今回の開催場所はワシントンD.C.でしたが、その場所には無料で入れる博物館や、美術館などが無数にありました。滞在期間中にはナイトミュージアム2の舞台となった国立自然史博物館(通称スミソニアン博物館)にはじめて訪れる機会がありましたが、そこには今まさに動き出しそうな剥製や水の生き物、昆虫から鉱物資源などあらゆるものが展示されており、子どもにも大人にも驚きや喜びの表情がたくさん見られました。人々の関心を引く展示は、好奇心をもった人が作っているからこそ引き出されているものではないのかなと感じる場面もありました。そんなことから、近くにいる人がなにかに熱中して研究していたり、何かを熱心に語ってくれたりすることが、周囲にいる人の好奇心や学び、成長への意欲をくすぶるのではないかというイメージが湧いてきました。
一人ひとりのコンテクストに寄り添い、学ぶことへの“恐れ”に向き合いつつ、関わる方々が少しでも多くの喜びが伴う日々を過ごせるよう、どのような支援ができるのか、これからも模索していけたらと思います。
<ATD25レポート>
Chapter1:AIとヒューマニティ、その間で見つめたもの (取締役主任研究員 川口大輔)
Chapter2:心理的安全性を培い、学びに伴う“恐れ”に向き合う (研究員 市村絵里)
Chapter3:意味を紡ぎ続ける学び 〜AI時代の Collective Insights, Lifelong Learning〜 (研究員 萩森聖香)