ATD(The Association for Talent Development)
ATD26を終えて〜AI時代に、問い直す“人間らしさ”と“社会のあり方”〜

2026年5月17日〜20日に、米国ロサンゼルスにてATD26 International Conference & EXPO が開催されました。本コラムでは、今年のATDのセッションや参加者との対話、現地での体験を通して得られた動向や気づきを終了直後の総括として考察をまとめています。
<目次>
・AI時代におけるタレント開発の再定義
・“無制限知性”の時代に、人間は何を失い、何を取り戻すのか
・“効率化”だけではなく、“人間的体験”へ
・“Vibes”という、人間だけが生み出せるもの
・AI時代に、“人間である”とはどういうことか
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ATD26が閉幕しました。
今年の開催地はロサンゼルス。AIが急速に社会へ浸透し、働き方・学び方・人との関わり方そのものが大きく揺れ動くなか、世界中からL&D実務家たちが集い、「人の成長とは何か」を問い続けた4日間でした。
今年は特に日本人参加者が多く(187名)、初めて最も参加者が多かった国となりました。喜ばしいことである一方で、これまでと比べると、世界各地域からの参加者の広がりには、やや偏りが感じられ、全体の参加者数も昨年より多少ですが減少傾向にありました。背景には、世界情勢や政治的・社会的な緊張の影響もあるのかもしれません。
ATDは近年、グローバル化を強く推進してきました。しかし今年は、「多様な人々がリアルに交わる場をどう維持していくのか」ということについても、あらためて考えさせられる機会だったように思います。
街には自動運転タクシーやフードデリバリーロボットが頻繁に目につき、テクノロジーの進化と都市の華やかさを感じる一方で、ストリートの治安の悪化や、地価上昇によって暮らし続けることが難しくなっている人々の存在も目に入りました。進化の明るさと、その裏側にある生きづらさ、重苦しさ、矛盾や葛藤を同時に感じる時間でもありました。

今年のグローバルでの参加者数
また今年は、“カンファレンスで学ぶこと”そのものの意味も、大きく問い直されていたように感じます。
今年のATDでは、ほぼ全てのセッションにAIによる多言語同時翻訳が導入され、セッション終了直後にはサマリーやTakeawayまで自動生成されていました。
以前であれば、必死に英語を聞き取り、メモを取り、後から内容を整理し直す必要がありました。しかし今年は、概要を把握するだけであれば、その場にいなくてもある程度成立してしまう——そんな感覚すらありました。
実際、参加者の間でも、「ここまで来ると、セッションに出なくてもいいよね」といった声が、冗談めかして語られていました。
AIによって、“知識へのアクセス”そのもののあり方が変わり始めている。今年のATDは、カンファレンス体験そのものが、一つの臨界点を超え始めたことを象徴していたようにも思います。

セッション終了後には、サマリーやTakeawayがまとまっている
しかし、そのような状況だからこそ、逆説的に「人が集う意味」もまた、浮かび上がっていたように感じます。
ヒューマンバリューでは、コロナ禍以降、ATDへのデリゲーション派遣を見送っていましたが、今年は「Co-Learning Lab」という形で、一部の参加者と会期中に情報共有を行いながら、セッション後に対話と探究の時間を持つことができました。
参加した方からは、
「溢れ出る情報も、この場があるからこそ、自分の言葉で話し、他の人の解釈を聴くことで、初めて咀嚼したり、自分の考え形にできる」
といった声も上がっていました。
情報を得ることと、アクショナブルな意味を生成することは異なります。AIによって、知識や要約へのアクセスは圧倒的に容易になりました。しかしその一方で、「問いを持ちながら語り合うこと」や、「他者との違いを通して自分の解釈を揺さぶられること」の価値は、むしろ高まっているのかもしれません。
実際、昨年から始まった「Community Conversation(参加者同士の対話を中心としたセッション)」には、今年も多くの人が集っていました。 そこでは、完成された答えを受け取るというよりも、参加者同士が経験や違和感を持ち寄りながら、共に意味を立ち上げていくプロセスそのものが重視されていたように思います。
AI時代におけるタレント開発の再定義
Embrace Disruption, Direct the Future
そうしたカンファレンスの中で、今年はどのような対話が交わされていたのでしょうか。
ATDのCEOである Tony Bingham は、冒頭のスピーチにおいて、今年のテーマである「Embrace Disruption, Direct the Future(変化を受け入れ、未来を切り拓く)」を軸に、現在のタレント開発が直面している大きな転換点について語りました。

CEOのTony Binghamのスピーチも例年以上に力の入ったものに
トニーの投げかけは、「今日が、これからの人生で最も“変化の遅い日”になる」という言葉をもとに、私たちが向き合っている世界の状態を認識するところから始まりました。
そこでは、AIによって仕事のあり方や必要なスキルが急速に変化している一方で、多くの組織はまだその変化に十分対応できていない現状が指摘されていました。特にCEOたちの間では、「このままでは10年後に組織が存続できないかもしれない」という危機感すら広がっており、タレント開発にはこれまで以上に大きな期待が寄せられていると述べていました。
その中で重要になるのが、「人間的な力」でした。AIやテクノロジーへの理解は必要不可欠である一方で、共感、傾聴、コミュニケーション、適応力、人とのつながりといった“Human Skills”が、今後のリーダーシップや組織づくりにおいて決定的な意味を持つと強調していました。
また、職場での孤独感やストレス、バーンアウトの増加にも触れ、「Human Sustainability(人間の持続可能性)」という考え方が重要になっていることも紹介されました。組織は単に“労働力”としてではなく、“人間”として人を見る必要があるという視点です。
そうした問題意識を踏まえ、ATDは今年、「Technology(テクノロジー)」「Humanity(ヒューマニティ)」「Leadership(リーダーシップ)」の3つを重要テーマとして掲げ、リサーチ、能力モデル、学習機会、コミュニティづくりなどを通じて、この変化の時代を支援していくと説明しました。
この数年間、AIとヒューマニティというテーマは、ATD全体の文脈として流れていたように思います。しかし、それをATDとして明確に言語化し、方向性として打ち出したことには、大きな意味があるのではないでしょうか。今回のATDは、そこへ舵を切っていく方向性が、より明確に示された瞬間でもあったように感じます。
その中で、興味深かったのは、「Technology」と「Humanity」をつなぐものとして、「Leadership」が掲げられていたことです。
意味合いとしては、リーダーシップ開発を支援していくということなのでしょう。しかし同時に、ヒューマニティに関わる私たち自身が、この変化の時代においてリーダーシップを発揮していくことへの期待も、そこには含まれていたように思います。
トニーは最後に、「未来の仕事は今まさに書き換えられており、タレント開発に関わる私たちはその共同執筆者である」と語り、参加者同士が対話し、学び合い、未来を共創していくことの重要性を強調して締めくくりました。
そのメッセージに呼応するように、今年のセッション群でも、「AI時代における人間の役割」を問い直すものが数多く見られました。
特に印象的だったのは、昨年との変化です。昨年は、「AI-Powered」という言葉が多く用いられ、L&Dの取り組みにAIを実装することで、可能性をどう広げていくかという議論が中心でした。
しかし今年は、“in the age of AI”という表現を用いるセッションが多く見られました。もちろん、過去にも同様の問題意識を持つセッションはありました。しかし今回は、単なる言葉の違いではなく、AIが“活用する対象”から、“前提となる環境”へと変化し始めていることを意味しているようにも感じます。
だからこそ今年は、AIをどう使うかという議論に留まらず、AIが埋め込まれた文脈の中で、人の価値や役割をどう問い直していくのか——そうした模索が数多く行われていたように思います。それは決して容易いこと、単純な素晴らしい世界というものではなく、今起きている変化に目を背けずに向き合う必要のある痛みや苦しみも伴った模索であるかもしれません。
そうした中でAIをどう導入するかではなく、「どのような世界をつくりたいのか」。 その問いから、あらためてタレント開発のあり方を再考していく——今年のATDには、そうした空気感が静かに流れていたように感じます。
“無制限知性”の時代に、人間は何を失い、何を取り戻すのか
そうしたストーリーを象徴的に語り、AI時代にどのような社会をつくっていくべきかを広い視点から問いかけていた存在が、OpenAI元Go-To-Market責任者の Zack Kass 氏の基調講演でした。

一際反響の大きかったZack Kass氏の講演
彼はAIによって到来する未来を、「Unmetered Intelligence(無制限知性)」という言葉で表現しました。知識へのアクセス、問題解決、創造行為——かつて人間だけが担っていた知的活動が、限界なく供給される時代。
AIの推進を牽引してきた立場でありながら、彼が語っていたのは、むしろその先にある“非人間化”への危機感だったように思います。
そこには、テクノロジーが進化する一方で、社会そのものがどこかうまく機能しなくなっていることへの、かなり強い危機感や、“健全な怒り”のようなものも含まれていたように感じました。
Kass氏は、AI時代に私たちが直面する4つのリスクとして、
- Idiocracy(思考停止社会)
- Dehumanization(非人間化)
- Bad Acting(悪意ある行動)
- Job Displacement(仕事の喪失)
を提示しました。
特に「Dehumanization(非人間化)」についての語りは印象的でした。
“We have abandoned the physical world for far too long.”
(私たちは長い間、物理的な世界を置き去りにしてきた)
彼は、子どもたちが外で遊ばず、人々が地域社会から切り離され、現実空間よりデジタル空間に惹きつけられていく社会への危機感を隠しませんでした。それは、トニー・ビンガムが語っていた「孤立化」の問題とも、どこか呼応しているようにも感じます。
また彼は、退屈(Boredom)や偶然性(Spontaneity)、思いがけない喜び(Random Joy)といった、“人間らしい余白”が失われつつあるのではないかとも語っていました。人の学びや体験に携わる私たちにとっても、この余白の喪失が持つ意味は大きく響きます。
「もっと外へ出よう」という彼のメッセージは、単なる健康論ではなく、「物理世界の中で他者とつながり直すこと」や「自分たちの枠組みを広げること」の重要性を語っていたようにも思います。
また別のセッションでは、「Capability Erosion(能力侵食)」という言葉も語られていました。
AIによって大量のアウトプットは生成される。しかしその一方で、人間が考えなくなり、問いを立てなくなり、判断しなくなっていく。
スピーカーは、
“The real danger is not falling behind.
It’s eroding capability while it looks like we’re progressing.”
(本当に危険なのは、遅れることではない。
進歩しているように見えながら、人間の能力が侵食されていくことだ)
と語っていました。その問題意識は、Kass氏が提示していた「Idiocracy(思考停止社会)」や「Dehumanization(非人間化)」とも深くつながっているように感じます。
またKass氏は、「仕事の喪失」以上に深刻なのは、“identity displacement(アイデンティティの喪失)”だとも語りました。
“When we can no longer say ‘this is my career,’ will we still know who we are?”
(“これが私のキャリアです”と言えなくなったとき、私たちは自分が何者か分かるだろうか?)
それは単なる雇用の問題ではなく、「人間とは何か」という問いそのものだったように思います。
その一方で、彼は繰り返し、
“Optimism is not naive.”(楽観主義は、ナイーブな態度ではない)
とも語っていました。
ここで彼が語っていた“Optimism”は、単なる前向きさではなく、「未来はより良くできると信じ、自分自身もそこに主体的に関わる」という態度だったように思います。
だからこそ彼は、地域社会を良くすること、子どもたちの環境を守ること、テクノロジーとの関係性を見直すことなどを、「誰かがやってくれる話」ではなく、「自分たち自身が関わるべきこと」として語っていました。
また彼は、AI時代において価値を持つものとして、
- Curiosity(好奇心)
- Empathy(共感)
- Courage(勇気)
- Wisdom(知恵)
- Humor(ユーモア)
- Morality(倫理観)
を挙げ、「もしかすると、それこそが唯一の“本当のスキル”なのかもしれない」と語っていました。
そこには、「AIによって人間性が失われる」という単純な悲観論にとどまらずに、「AIによって、むしろ“人間らしさ”や“良い社会とは何か”が問い直され始めている」という、文明論的なメッセージも含まれていたように感じます。
“効率化”だけではなく、“人間的体験”へ
そうした問題意識に対する、一つの応答のようにも感じられたのが、世界的レストラン「Eleven Madison Park」の元共同オーナーであり、『Unreasonable Hospitality』の著者でもあるWill Guidara 氏のセッションです。
彼は、「Unreasonable Hospitality」とは、
“Hospitality is being creative and intentional in pursuit of relationships”
(ホスピタリティとは、関係性を育もうとする営みに、創造性と意図を持つことである。)
だと語っていました。
彼は「料理の卓越性は前提条件にすぎない」と述べます。より良い商品や、より強いブランドは、いずれ必ず現れる。だからこそ、長期的な競争優位性は、「一貫して、惜しみなく、創造的に、関係性へ投資すること」からしか生まれないのだと言います。
その象徴が、「タッチポイント」の設計でした。
お客様が店を思い浮かべた瞬間から、帰宅した後まで、あらゆる接点を洗い出し、
“How can we make this more awesome?”
(どうすれば、これをもっと素晴らしい体験にできるか?)
を問い続ける。
そこでは、「One size fits all」ではなく、
“One size fits one.”
という言葉も印象的でした。
本当に記憶に残る体験とは、“その人のためだけに用意されたもの”という信念がうかがえます。
また彼は、「スケールしないことを恐れてはいけない」とも語っていました。
人の心を動かすものは、最初は往々にして非効率で、再現性が低い。しかし、だからこそ価値がある。
重要なのは、それを単なる偶然で終わらせるのではなく、「どう仕組みにしていくか」を考えることだと言います。
彼はこれを、
“Put intention behind intuition.”
(直感に意図を与える)
と表現していました。
その話を聞きながら感じたのは、AIによって効率化や最適化が進む時代だからこそ、「人間的な体験」そのものの価値が、むしろ浮かび上がってきているのではないか、ということです。
便利さや合理性だけでは、人は本当の意味では満たされない。
誰かのために意図を持って関わること。
思いがけない喜びを生み出すこと。
“一人ひとり”に向き合おうとすること。
そうした、効率では測れない体験の積み重ねこそが、AI時代における「人間性の回復」につながっていくのかもしれません。
今年のATDでは、「Experience(体験)」という言葉が、さまざまな場面で語られていました。 そこには単なる顧客体験設計ではなく、「人はどのような関係性の中で生き、記憶し、意味を感じるのか」という問いが流れていたように感じます。

“Vibes”という、人間だけが生み出せるもの
その流れを象徴していたのが、初日のオープニング・キーノートを務めたFreestyle+だったのかもしれません。
即興(improv)、ヒップホップ、ビートボックスを交えながら進むそのセッションでは、「Vibes」という言葉が何度も使われていました。
Vibes——。
もともとは “vibrations(振動)” に由来する言葉であり、1960〜70年代のカウンターカルチャーや音楽文化の中で、人から発せられる空気感、エネルギー、波長、フィーリングのようなものを指して使われるようになったと言われています。
セッションの中でも、ヒップホップ文化の歴史に触れながら、「人と人が共鳴し合うこと」の意味が何度も語られていました。 それは単なる「雰囲気」というよりも、
- その場に生まれる共鳴
- 身体感覚的なつながり
- 即興的なエネルギー
- 人と人の同期
- 説明できない熱量
のようなものだったように思います。
そして、それは“予定調和”では生まれません。AIは、予測し、最適化し、効率化していく。しかし、人間同士の創造性や学びは、むしろ偶然の出会い、寄り道、違和感、即興性の中から立ち上がってくる。
本当の “Vibes” は、誰か一人が作るものではなく、その場にいる人たちの相互作用の中から、偶発的に生まれてくるものなのかもしれません。
だからこそ今年のATDでは、即興、対話、身体性、Speak Up、Psychological Safetyといったテーマが、単なるソフトスキルではなく、「AI時代に人間性を保つための基盤」として語られていたようにも感じました。
振り返ってみると、Freestyle+がATDのオープニングに登場した意味も、そこにあったのかもしれません。
それは単なるエンターテインメントではなく、「人間同士が共鳴しながら、即興的に意味をつくっていくこと」そのものを、身体感覚として体験させる場だったようにも感じます。
AIによって、知識や情報へのアクセスはますます容易になっていく。 しかしその一方で、「人と人の間にどんな振動を生み出せるのか」ということの価値は、むしろ高まっているのかもしれません。

即興からVibesを生成する+Freestyleのセッション
AI時代に、“人間である”とはどういうことか
今年のATDは、「AIをどう活用するか」を学ぶ場である以上に、「AI時代に、人間とは何かを問い直す場」になっていたように思います。
効率化が進み、知識が無制限に供給される時代。その中で、私たちは何を感じ、 誰とつながり、どんな体験を共有し、何のために学び、何を大切にして生きていくのか。
そうした問いが、基調講演からコンカレント・セッションに至るまで、さまざまな形で投げかけられていました。
AIによって、人間の価値が失われるのではない。むしろAIによって、“人間らしさとは何か”が、これまで以上に浮かび上がり始めている感覚を抱いた4日間でもありました。
一方で、その問いに対する答えは、まだ今の延長線上にはないのかもしれません。
AIをどう活用するか。
どう効率化するか。
どう生産性を高めるか。
そうした枠組みだけではなく、「私たちはどんな社会をつくりたいのか」という、より大きな視点からAIを捉え直していく必要がある。
Zack Kass氏が語っていたのも、単なるテクノロジー論ではなく、「人間らしく生きられる社会をどう取り戻すのか」という問いだったように思います。
これからは、AIそのものについて議論するだけではなく、その先にどんな人間観や社会観を描くのか——そこが、タレント開発や組織づくりに関わる私たち自身にも問われているのかもしれません。
様々な矛盾や葛藤を抱えながらも、それをどう受け止め、消化し、未来への意味へと変えていけるのか。「人の成長とは何か」「人間らしく働くとは何か」、そして「AIが社会の前提となる時代に、私たちはどんな社会をつくりたいのか」。日本に戻ってからも、この問いを持ち続けていきたいと思います。