システムシンキングカンファレンス

System Thinking in Action 1998 ラーニング・オーガニゼーション(学習する組織)、ビジョナリーカンパニーの可能性を探る

"1998 Systems Thinking in Action Conference"が、9月16~18日の4日間、米国サンフランシスコ市のハイヤット・リージェンシー・エンバカデロ・センターで行われました。 例年、このコンファレンスでは、ラーニング・オーガニゼーションを研究する人々やコンサルタント、導入企業の推進者等が集まり、ラーニング・オーガニゼーションの新しい考え方や導入事例が発表され、活発なダイアログが行われています国際会議に参加すると、そういった経営手法が具体的にどのように活用され、組織の中でどういった成果を上げているのか、そしてどういった点でうまくいっていないのかなどを知ることができます。 今回のHVDリポートでは、今後ビジョナリーカンパニーやラーニング・オーガニゼーションを目指す日本の企業の方々に、この会議の内容をぜひ知っていただきたいと思い、いくつか概要を紹介することにします。 ※「HVDリポートVol1 No.10(1998/12/01発行)」より抜粋

関連するキーワード

「システム・シンキング・コンファレンス」とは

ラーニング・オーガニゼーションやビジョナリーカンパニーについては、日本でも『最強組織の法則』や『ビジョナリーカンパニー』という書籍の中で紹介されていますが、 実際にそれらを実現するための方法やラーニング・オーガニゼーションで扱われているダイアログやシステム思考などの概念や手法をどのように活用していったらよいのかは明確にされていません。
システム・シンキング・コンファレンスは、こうした課題に対して多くの人が集まり検討を行ったり、新しい取り組みや企業での事例を紹介する場となっています。

スケジュール概要

システム・シンキング・コンファレンスでは、毎年3日間の本会議が行われます。
さらに、プリ・コンファレンスとしていくつかのセミナーが開催されます。今回は、9月14、15日にラーニング・オーガニゼーションの主要なテーマで1日または2日間の有料セミナーが開催されました。またその中では、システム思考の紹介・入門セミナーも行われました。
16日から18日までの本会議では、連日8:00am~9:30pmのスケジュール(18日は0:45pm終了)で、基調セッションが5回、90分のコンカレント・セッションとフォーラムなどが全部で59会合開催されました。コンカレントセッションは、同一時間帯に約10セッションが並行して行われており、参加者はその中から自分の学びたいテーマを選択します。
この会議の主催者は、システム思考に関するテキストや機関誌を発行しているペガサス・コミュニケーションズ社です。会議のスポンサーとしては、MITのSoL(The Society for Organizational Learning:組織学習協会)、システム・ダイナミクス協会、アーサー・アンダーセン・ビジネス・コンサルティング社等、16の団体が登録されています。
今回は世界25カ国から約900名が参加しました。そのうち日本人参加者は7名で、期間中はセッション終了後に大半のメンバーが集まり、日本人同士の情報交換会を行いました。

運営の特徴

今回の大きな特徴として、会議全体が「ラーニング・コミュニティーのためのワールド・カフェ」として位置づけられていることが挙げられます。
「ラーニング・コミュニティー」とは、学習は個々の組織(オーガニゼーション)を超えてコミュニティーという枠組みの中で行われる、または行う必要があるという認識に基づいた、ラーニング・オーガニゼーションを包括する概念です。「ラーニング・コミュニティー」という言葉は、1997年4月にMIT(マサチューセッツ工科大学)にSoL(組織学習協会)が設立された頃から頻繁に使われています。
今回は、参加者がそれぞれ「会話によって結びついている集合的知性の網の目の一部」であることを、カフェでの会話を通じて認識することが会議の大きな目的として掲げられました。これを受けて、期間中は、あらゆる機会に参加者同士のダイアログができるように様々な配慮がされていました。

例えば、昼食(無料で提供)時においては、初日の昼食を”コミュニティー・テーブル”、2日目の昼食を”トピック・テーブル” として、それぞれのテーブルにダイアログのテーマが示され、人々は関心のあるテーマのテーブルに行けば、世界各国の人々と食事をしながら話し合えるようになっています。休憩時間はセッションの間に45分間も取られ、セッション内容を振り返ったり、語り合うことが十分できるように配慮がされていました。また、コーヒー、ソフトドリンク、クッキー、果物等が無料で会場の随所に用意されるなど、話 し合いが促進される環境整備がなされています。夕方からは、「コンファレンス・コミュニティーの集い」「著者との集い」「体験セッション」が開催され、参加者同士が和やかな雰囲気でインタラクティブなやり取りをしながら、関係づくりや創発を行うことが可能な設定となっていました。
このように、期間中随所で、会議のスピーカーや企業の推進者と直接情報交換を行い、今後のネットワークを広げることができるのがこの会議の特徴です。

「永続的な能力の構築」に向けて

今年の会議のテーマは、「ラーニング・コミュニティー:永続的な能力の構築」でした。短期的な能力を育成することは容易ですが、永続する高い能力を育てるには何年も前からの計画が必要です。今回のテーマは、永続する能力を構築するためには組織が成長し、学習する様子を深く理解した上で、学習プロセスを制度化していく必要があるのではないかという提起をしたものといえるでしょう。

オープニング・セッション

MIT教授であり、ペガサス・コミュニケーションズ社役員でもあるダニエル=キムは、オープニング・セッションで「学習」に関して次の提言をしました。
「学習とは、自分の望む未来を達成する能力を拡張する行動であるともいえます。学習は、『自分は知っている』という意識を外さないと起こりません。私たちが小学校や家庭で身につけた『自分は常に正しくなければならない』という姿勢は学習を阻害します。それは、『自分の失敗を認めない』ことであり、したがって、『自他の失敗から学ぶことができない』人間を生みます。『不思議』という感覚や『好奇心』を大切にしましょう。
変化の中心には、正しい問いかけが存在します。あなたにとっての正しい問いかけとは何か?あなたの変革にとって、次の一歩を踏み出すのに必要な問いかけは何か?そういった点について考えてください。」
最近のマネジメントの考え方の中では、「良い質問をすると高いパフォーマンスが生まれる」といわれており、Q&Aが重要視されています。今大会でも質問の重要性について様々なセッションで述べられていました。

ワールドカフェ-大規模な共同学習を促進させるには

また、ワニータ=ブラウン、デイヴィッド=アイザックス、ナンシー=マーガリースの3人がパネラーを務めた基調セッションでは、ある大規模な実験が行われました。それは、会話によって生まれる共通の洞察が、変革や行動の創発を促し、知識の創造と組織の活性化が起きることを体験的に理解しようという試みです。
パリのカフェ風に模様替えをした会場の中で、パネラーは、会場の参加者全員に対して「創発を生む質問」を投げかけ、意見の分かち合いを促進します。その日会場にいた880人は、初対面の人との会話を体験しながら、永続的な事業や社会的価値を生み出す集合学習について考え、探求しました。
パネラーによると、ワールドカフェは、共通の意味を発見し、集合的知性にアクセスしながら、共に未来を創っていく「会話のネットワーク」を認識するためのコア・イメージだそうです。カフェには、「人間を歓迎する暖かい空間」があるので、「発見の精神」と「創発する様々な可能性に対して共に耳を傾けること」が促進されるのだそうです。パネラーからは、これを職場に実現することが必要だという提案がありました。複雑性の理論の中で最も基本的な洞察は、「複雑な行動の背景には、複雑なルーツは必要ない」というものです。つまり、永続的な事業や社会的価値を生み出す集合学習のような、一見、複雑な行動も、ワールドカフェへの参加のような単純な行動を積み重ねることで可能になるのです。
カフェでの会話へ参加することで、私たちは「意味のある質問を見出し」、「より深い英知にアクセスし」、「共通の知識を構築し」、「組織の能力を拡大し」、「事業上ならびに社会的な価値を創造する」ための、様々な可能性を秘めた空間に入ることができるということでした。
確かに、私たちの日常の仕事をみると、公式の会議やミーティングよりも、雑談の中で重要な意見交換が生まれることが多いことに気づきます。最近ではシリコンバレーのベンチャー企業などに職場の中に雑談コーナーを設けているケースも出てきています。また、日本では職場が禁煙になっているところが多くなったため、喫煙コーナーが高い創発を生み出している場になっているようなことをよく聞きます。そういった創発の場づくりとしてのオフィスデザインも今後は必要になるでしょう。

主なセッションの紹介

次に、そのほかに行われた主なセッションの内容を、「学習する組織への変革」「システム思考」「ダイアログ(コミュニケーション)」の観点から紹介します。これらのセッションでは、ラーニング・オーガニゼーションと5つのディシプリンについての最新動向や企業での展開事例の発表が行われました。

学習する組織への変革

従来の組織やマネジメントのあり方からラーニング・オーガニゼーションへと変革する際の考え方や事例を紹介したセッションのうち、基調講演として行われたピーターセンゲとジェリーポラスの講演の内容を、次に紹介します。

1. 未来を垣間見る:組織学習を再編させる新展開

「最強組織の法則」の著者であるMITのピーター=センゲ教授が、「パフォーマンスの測定」「ガヴァナンス」「戦略」の3つのテーマについて話しました。この講演の内容は、トーマス=ジョンソンによる経理手法に関する文章に触発された部分が多いということです。

・パフォーマンスの測定

センゲは、「今日までの企業のキーワードは、『パフォーマンス』『測定』『管理』であった。しかし現在では、事業の業績をどのように定義(評価)するかという点から、3つのキーワードについての見解が分かれている」としています。
その1つは、業績を単純に利益だけに注目する考え方です。しかしこの考え方は、コスト削減こそが利益を上げるための近道であると短絡的に考えてしまう傾向があります。
そしてもう1つ、業績に関する別の見解をしている代表例として、センゲはトヨタ自動車を挙げています。
当時、トヨタ自動車の業績は、世界の他の企業に比べて高い数値を示していました。業績を利益だけから捉える考え方からみると、トヨタが売上を上げるために徹底的なコスト削減を行っていることも十分考えられるわけです。しかし、実際のところは研究開発費用などの主要な部分は、コスト削減の対象にしていないそうです。また、経営者は「精神・エネルギー・充実感」を重視しており、作業員が2時間の作業を終えたときに、スポーツ=ジムで汗をかいた後のような爽快感を覚えるのが理想的だとして、それを実現にするため、様々な努力をしていたとセンゲは説明しました。利益のみに注目する企業では、トップがコントロールするために測定を行うのに対して、トヨタは現場の人々が継続的な向上の努力を行うことができるために、すなわち学習のために測定を行っているのだとセンゲは述べています。
測定された数字は客観的な事実だと考えられがちですが、実は、測定値とは、非常に主観的な観点から物事を測定して得られた数値にすぎません。センゲは、利益やコストのような、一般的には客観的な事実だと考えられる測定可能な数値だけに注目する傾向に対して警鐘を鳴らしています。可能な限りの事象を数値測定しようと努めたあのデミングでさえ「本当に意味のある事柄の97%までは測定不能である」と言っています。にもかかわらず、今日の管理者は測定可能な残りの3%に対して、97%の注意を向けてしまっているとセンゲは述べていました。
さらにセンゲは、シェル石油の世界企画部長をしていたアリ=デ=ハウスの著書『リビング・カンパニー』の中の「会社は、お金を生み出すための機械として考えられ、会社の中の人間はその部品として考えられてきた。しかし、会社の誕生から死に至るプロセスを研究すればするほど、それは機械ではなく、生きた有機体、生きたコミュニティーであると考えざるを得ない。」という一節を取り上げました。ハウス氏が言うように、企 業は有機体であり、それを動かすものは、企画書に記され、機械的に実行されるプランではなく、生きたいくつかのアイデアなのです。
そしてセンゲは、測定に偏る現在のビジネス社会に対して次のような言葉を残しました。「自然は測定しません。ただパターンを認識するだけです。例えば、98.6という数値は自然界には存在しません。パターンの本質は比率です。」

・ガヴァナンス

ガヴァナンスとは、単純に言えば権力のことを指します。ガヴァナンス(権力)は強いもの、大きいもの、富を集中したものがもっているものと考える風潮があります。伝統的な会社は権力を集結させることによって成功を築き、権力を集結させる組織は富をも集結させると考えられてきました。しかし、センゲは、現在世界で最も大きな利益団体であるVISAを取り上げ、今のVISA社は権力と富を集中させようとしたのではなく、徹底して分散させる組織を考えていく努力の中からできたのだとしています。権力と富を分散させるという概念から生まれた会社が、最大の利益を上げているというのは実に象徴的といえます。
またセンゲは、権力の分散化を考えている企業としてシェル石油も取り上げています。シェル石油は、1991年の経営危機の頃から経営方針を変え、「力はアイデアの中にあり、人間の中にあるのではない」という考え方に基づいて、権力乱用を許す旧来のシステムを、権力の分散化の方向に作り替えてきました。そして今、シェル石油は、世界で最も革新的で注目すべき会社の1つとなっています。
こうした権力の分散化はダイアログを可能にし、また同時にダイアログが権力の分散化を促進します。そして、徹底してダイアログを行うことにより、コア=プリンシプルを生み出すことが可能になります。
センゲは米国独立宣言の3行目の『我々は以下の事実を自明のものと信ずる』という文章を紹介しました。ここでなされている同意は、徹底してダイアログを繰り返した結果生まれたものであり、コア=プリンシプルと呼べるものです。こうしたコア=プリンシプルにこそ、真の力があるのだとしています。

・戦略

多くの企業では、いまだに経営上層部が戦略を設定して、組織の末端がそれを展開していくというやり方が行われています。ところが、企画された戦略よりも、創発的なプロセスにより生み出された戦略の方が強いということが、最近ますます明らかになってきています。
たとえば、キャノン社は、セールスパースンからの米国の顧客ニーズに関する情報を元にコピー機の製作に踏み切り、世界一のコピー機メーカーへと成長しました。同様に、インテルの戦略はCEOであるアンディー=グローブが出すのではありません。次々に生み出される新型マイクロ=プロセッサーは、中間管理職のアイデアに負うところが大きいのです。センゲは、「ヒエラルキーを撤廃せよ」と言っているのではありません。ヒエラルキーが組織に残ることが避けられない場合でも、従業員全員が新製品を探している組織にならなければならないと主張しています。
また、センゲは3年前から世界最大の広告業者の地位を守っているインターフェイス社を取り上げ、紹介しました。インターフェイス社は、「100%リサイクル」を会社のビジョンとして、大きな発展を遂げています。「○○年までに売上を××%増やす」というようなビジョンを掲げる会社がありますが、そういう数字を見た従業員はせいぜい、「そんなこと自分には関係ない」と考えるくらいです。ビジョンを数字という形で掲げても、それだけでは決して人々の情熱や創造力はかき立てられないと、センゲは言います。
会社の目的は、お金を生み出すことだという考え方が誤っていることは、すでに40年前にピーター=ドラッカーが看破しています。お金を生み出すのは結果であって、そのことは決して会社の健全な目的とはなり得ないのです。
そしてセンゲは、こうした動きは一企業にとどまらず、世界的な動きとして起こっていることであるとしています。自然界は100%リサイクルのプロセスで動いています。ところが、人間が作る機械類の製造工場では、廃棄物の97%がリサイクル不能です。私たちにとって、環境維持可能な産業形態を作っていくことが、政治的に正しいあり方です。またそうした動きは、北欧で始まり、現在、世界中の100以上の企業の連合体となっている『ナチュラル=ステップ』の動きなどにみられるように、従業員の士気と創造性を高め、めざましい成功を収める企業体になるための道でもあるのです。「私たちは自然の一部であり、人間のDNAの98.6%は、他の生物と共通しています。にも関わらず、私たちは自分がいかにも他の生物たちと異なっているという錯覚に陥っている。我々人間は、自分たちの発明によって地球そのものを破壊しようとしている」とセンゲは言っています。
また私たちの多くは、「人間社会は変わることができない」という考えと「私たち人類は、このまま今の状態を続けていくことはできない」という考えの両方を抱えています。ところが、この2つの考え方は両立し得ないものなのです。私たちは様々な思考の習慣と、そこから生まれる行動の習慣に縛られているため、こうした本来は両立し得ない2つの考えにとらわれているのです。
さらにセンゲは、機械的な世界観にたった現代人のものの捉え方の問題も指摘しています。1つの現象には、様々な側面が存在します。私たちが物質と考えているこの机やこの肉体といった「物体」は、実は99.99%以上が空間なのです。そしてこの空間は、物質的にみれば「無」ですが、そこには関係性や意味がつまっているとセンゲは言っています。自然は無数のつながりの蜘蛛の巣にたとえることができます。150年前の電磁場の発見により、特定の場所に固定されない因果関係の存在が突き止められてから、量子力学は、全宇宙が時空を超えて1つにつながっており、今ここで起きた変化は、瞬時にして宇宙の隅々にまで伝わることを立証しています。
過去の習慣の呪縛を解き、機械的な世界観から脱することができれば、私たちは、短期間で大規模な変化を遂げることができるのです。
リーダーシップについても同じことがいえます。新しい時代のリーダーシップとは、人々を指導し率いる力ではなく、「新しい可能性を生み出すことのできる、組織としての能力」と定義できるとセンゲは言います。こうした観点から、リーダーシップの新しい定義をすることによって、私たちは今日この場で、機械的世界観のリーダーシップを笑うことができます。しかし、現実のマネジメントにおける行動を見てみると、次の日には、自分が笑ったようなやり方でものを見、行動をしてしまうのはなぜだろうかとセンゲは問いかけ、機械論的なマネジメント感から抜け出せないことを指摘していました。
我々を取り巻くリーダーシップやマネジメントも、生きたシステム、自己を再生産できるシステムとして、センゲは捉えています。自然界の中では、すべての成長が小さな形から始まります。そして、種子の中には、初めから成長する能力が備わっています。私たちが植物を育てるときは、「育て!成長しろ!さもないと水をやらないぞ!肥料をやらないぞ!」と植物に怒鳴るようなことはしません。ただ、「自然の成長を阻止する要因を取り除くこと」を心がけるのみでよいのです。
同じように、私たちが組織という生きたシステムの中で、学習しているかどうかは、自分たちが機械的な思考や行動を取り除いていくことに成功しているかどうかを見ることによって測ることができるのです。センゲは、「学習とは、自然の働きを理解し、それを身につけることである。なぜなら、あらゆるものの中に、一切のものが入っているのだから。」という印象的な言葉を述べていました。
200年にわたる機械中心の時代の影響で、私たちは、人間社会のすべての側面を機械のモデルに合わせることをゴールとしてきました。そのため、会社というものは「株主に対して最大の利益を生み出す機械」と考えられ、いくら綺麗事を言っても、現実は顧客も従業員もそのゴールを達成するための部品と考えられてきたのです。ところが、このような概念に基づいた組織形態では、実に凡庸な成果しか生み出すことができないということが、様々な調査によって明らかになっています。VISA、シェル、トヨタ、インターフェイス等々の会社は、成功の鍵にとりつかれようにコストと利益を測定し続けたのではなく、人間の情熱、想像力、創造性、根気、忍耐力、気遣い、貢献したいという願い、といったものを培うところにあることを発見しました。そのような測定不可能なソフトウェアがなければ、けっして大きな成功を収めることはできないのです。このような会社は、自然の働きに沿った方向で、組織変化や業績向上の努力を行っています。

2. 永続可能な組織的コミュニティを構築する

この講演では、『ビジョナリー・カンバニー』の著者の1人であるジェリー=ポラス教授が、ビジョナリーカンパニーのポイントをラーニング・オーガニゼーションに結びつけながら話しました。

・ビジョン

最初に出版された『ビジョナリーカンパニー』のハードカバー版には、ビジョンに関する詳しい記述がありませんでした。そこでポラスは、ペーパーバック版に、ビジョンに関する内容を第11章として書き加えたとのことです。
そこでは、ビジョンとリーダーシップは、ラーニング・オーガニゼーションに深い関わりをもっているとしています。ビジョンとは、どこからどこかへ行きたいという願いです。したがってビジョンを決める際は、本当にそこに行き着くかもしれないということを考え、十分注意することが必要であるとしています。
ポラスは、『ビジョナリーカンパニー』の執筆の基盤となった調査において、「すばらしい組織を起こしたものは何だろう?」「そのような企業において、リーダーシップや事業利益はどのような役割を果たしたのか?」というような疑問を解こうと考えていました。彼は、それらについてある程度の答えを予測していましたが、調査が進むにつれて、予測していた答えの多くが覆されてしまったのです。
その1つが、調査の中で明らかになった「ビジョン」の存在です。
組織のビジョンとは、組織に「インスピレーション」と「方向性」を与え、「組織の焦点を明確にし」「モチベーションを高める」ものです。
1990年の時点で、長年にわたって非常に優れた業績を収め続けていた18の企業を調べてみると、それらの企業は、必ずしも「ビジョン」をもっていたわけではありませんが、ビジョンの役割を果たすいくつかの要素を備えていることがわかったのです。

・ビジョンの二大要素

講演の中でポラスは、ビジョンの二大要素は、「基本理念(コア=イデオロギー)」と「望まれる将来像」であるとしています。ここでの基本理念とは、コア=バリューと目的のこととしています。そして、この二大要素のうち特にコアバリューを取り上げ、その重要性を次のように説明しています。
コア=バリューとは、組織の中で変わることのない価値観のことで、通常、3つから5つの価値によって構成されています。コア=バリューとは、組織がそのために喜んで苦しむことのできる価値観のことであり、組織の文化として実践されている価値観とは区別されるべきものです。
ポラスは、コア=バリューを大切にすることによって危機を乗り越えた例として、1982年に起きたジョンソン=アンド=ジョンソン社(J&J社)の製品である『タイロノル』という頭痛薬に毒物が混入された事件を取り上げています。
当時、タイロノルを米国全土で販売していた小売店チェーンのマネジャーからポラスが聞いた話によると、この事件では、販売店のマネジャーが事件の発覚した2時間後に、小売りチェーンの経営者会議に召集されたそうです。彼がミーティング=ルームに入ると、すでにJ&J社から詳しい情報提供があり、全国のすべての小売店にある全製品回収という方針が伝えられました。この時、J&J社は情報を隠蔽するような動きをするどころか、逆に、顧客の安全を守るために、できる限りの情報を公開したのです。彼らは、この決定に際して、全製品を回収するためのコスト計算すらしませんでした。そしてJ&J社は、製品の安全を確保するために6週間にわたってタイロノルの製造工場を閉鎖しましたが、その間誰一人として解雇することはありませんでした。
J&J社の信条は、1番目が「顧客(エンド=ユーザー)の安全を守ること」であり、2番目は「従業員の生活を守ること」です。株主への利益の配分は、最後の項目として5番目に挙げられているに過ぎません。1番目から4番目までを大切にすれば、結果として株主に利益を戻すことができると考えたのです。そしてこの事件では、彼らはまさに、J&J社の信条の項目にある順番を行動規範の優先順位としました。
この事件に対する一連の対応には、当時1億ドル以上もの損失があったといわれますが、結果的には、欠陥商品騒ぎに巻き込まれた1つの製品が後に生き残ったばかりでなく売上を伸ばしたという、稀に見る経過をたどったのも十分うなずけます。
そしてポラスは、コアバリューの大切さを次のように述べています。「組織として大きな業績を上げ続けるために大切なのは、コア=バリューが何であるかということではなく、組織がコア=バリューをもち、それを生きていることです。コア=バリューは重要なインスピレーションをもたらします。」

・ミッション・目的

ミッションは「大事なゴール」と「組織の存在の理由」を示し、目的は「あなたが何をしているのか」と「なぜそれをしているのか」を示します。ポラスは、企業におけるミッションの例として、ディズニーとメルク社を取り上げました。
ディズニーのミッションは人々を幸せにすることであり、漫画映画を配給することではありません。
メルク社のミッションは、人間の命を守り、人生を向上させることです。1900年、ジョージ=メルクⅠ世は、「薬は人間のためのものであり、儲けるためのものではない」と宣言しました。メルク社は、1945年に、戦後の日本に結核菌がまんえんするのを阻止するために、コストすれすれの価格で大量のストレプトマイシンを輸出しました。そしてその直後に、メルク社は日本最大の製薬会社にのし上がったのです。
メルク社のモットーは「正しいことを行う」ということでした。同社は、中国に対して肝炎の薬をただ同然で提供したそうです。またアフリカでは、ある国に必要とされていた薬の無料提供を申し出るとともに、それを現地まで運ぶ交通手段がないということがわかると、薬を運ぶための交通機能をも提供しました。それだけでなく、医者がいないのでどうにもならないという話を聞いて、医者たちまで会社の負担で現地に送り込んだそうです。
ポラスは、これほどまでに人々を動かす力こそが、基本理念だと言います。

・ビーハグ(BHAG:Big Hairy Audacious Goals)

ビーハグ(BHAG)とは、社運を賭けた大胆な目標のことです。それは言い換えれば、経過通りに実行すれば100%達成可能な目標ではなく、50%~60%しか達成の可能性がない目標のことです。ポラスは、そのような大それた目標を、まざまざと描写することが重要だとしています。
例えば、ケネディーはNASAに対して、1960年代のうちに、月に人間を送り込むという目標を与えました。当時、月に人間を送り込むことは、達成の可能性の低い目標であったといえます。しかし、そうした目標も時間枠を設けることによって、エネルギーが結集され、意識の焦点が定まるのです。ポラスが友人のそのまた友人から聞いたという話では、当時のNASA研究所では、庭の掃除をしている人に「あなたは今何を しているのですか?」と尋ねると、「私は、月に人間を送り込む仕事を手伝っているのです。」という答えが返ってくるという伝説があったそうです。
1960年代のIBM社の360システム開発計画や、ボーイング社のボーイング707型機、747型機、777型機なども、同様のビーハグとみなすことができます。いずれもビーハグを掲げることでエネルギーを結集させることができ、それが達成の可能性が低い目標を実現させることに結びついたのです。

・ビジョンとシステム

ポラスはビジョンを、航海する船を導く星にたとえて説明しています。船乗りたちは、星に到達するわけではありませんが、星は航路を導いてくれます。また、船は目的地に向けて直進するわけではありません。しかし、空の星は蛇行しながら進む船の方向性を示してくれます。ビジョンもそれと同じです。途中で試行錯誤を繰り返したり、苦しいことがあった時も、我々の進むべき道を示してくれるのです。
そして、こうしたビジョンの働きはシステムとして考えられるとポラスは述べています。ビジョンのような価値観は、構造的に実現されていくものです。つまり、ビジョナリー=カンパニーは、基本理念、進歩への意欲、様々な戦術、ビーハグ等々が、システム的に相互作用を起こして実現されていくものなのです。
しかし、毎日、あるいは四半期ごとに数値目標の達成を迫られるような事業環境では、基本理念がないがしろにされやすくなります。そうした中でビジョンを掲げ続けることが重要となってくるのです。そのためにはアライメント(連携、一線性)が大切になります。ポラスは、このアライメントの例として3Mを取り上げています。3Mは、磁気テープやビデオテープの事業部を思い切って廃止することによって組織 を強くすることができました。彼らのビジョンは「革新」です。3Mでは、プロジェクトに失敗した責任者が、30人ものマネジャーたちの前で、詳細にその失敗したプロジェクトの振り返りを行います。それは、皆がそこから何らかの教訓を学び取るためです。不動産業の成功要因は、「用地、用地、用地」といわれますが、組織の成功要因は同様に、「アライメント、アライメント、アライメント」だといえます。3Mは、アライメントを重んじることでも知られています。
さらにポラスは、ビジョンは組織の文化に合ったものでなければならないとしています。売上総額をビジョンにすると、従業員は「自分には関係ない」と思ってしまいます。そうならないためには、利益を超える基本理念が必要となるのです。

・リーダーシップ

前述の調査をする前、ポラス達は、真に優秀なリーダーとは水の上を歩くようなカリスマ性をもった人物ではないかと考えていました。ところが優秀なリーダーに関する調査データからは、「人の話をよく聞く」「言葉遣いが柔らかい」「謙虚である」などの、とにかく普通の人という印象が強く浮かび上がってきました。そのリーダーは、自分たちがいなくなったずっと後になっても、組織が見事に機能し続けるような、優秀な組織を作ったのです。
一般的に言われるカリスマ的なリーダーは、個人崇拝的な空気を醸成し、組織全体がそのリーダーに依存するようになることを喜びます。したがって、彼らが去ってしまえば、すぐにその組織は力を失ってしまいます。ポラスは、真に優秀なリーダーとは、「時を告げる人ではなく、時計を作る人」だとしています。

・成長を続ける鍵

最後にポラスは成長を続けるには、基本理念を保つ一方で、進歩への刺激(ビーハグ等)を与え続ける必要があるとしています。基本理念を保つのみでは存続することすらできません。かと言って、進歩への刺激のみでは、存続することはできても発展はできません。それは右の図にあるように、一見相反するように思われる2つの 事柄が、バランスを取りながら共存している状態といえます。
ポラスは次のように述べています。「組織にとって、基本理念以外には神聖なものは何もありません。基本理念のみを残して、他のすべてを変え続けることにより、成長を続けるのです。」

ラーニング・オーガニゼーションの具体的な導入事例

次に挙げる3つのセッションでは、AT&T社とスイスポストにおける導入事例および、ラーニング・オーガニゼーション的な戦略構築法が紹介されました。
これらについては、日本企業がラーニング・オーガニゼーションを導入する際のプロセスデザインとして参考になる内容が多いので、その後の調査レポートを含めて改めて別の号で詳しく紹介したいと思います。

1.AT&Tのグローバルビジネスサービスを通してラーニング・オーガニゼーションの構築を探る
AT&T社が伝統的なセールス行動からナレッジコミュニティーへの変革を果たした事例を紹介したセッション。

2.学習とパワー:官僚的文化の挑戦
スイスの郵政省が、どのようにして官僚的組織から学習する組織への変革を図ったかのプロセスを紹介したセッション。

3.戦略開発;組織学習のためのエンジン
Clorox companyにおいて、戦略を構築するプロセスに組織学習の方法論を適用していった事例を紹介したセッション。

システム思考に関係するものでは、次の3つのテーマがありました。

システム思考の紹介

例年好評を博している、初心者のためにシステム思考を紹介するセッション。

コーザルループからストックとフローへ

コーザルループだけでは説明の難しい現象も、ストック&フローの概念を用いると容易に説明することができます。またストック&フローを活用することで、実際の数値を入れたシミュレーションが可能になります。このセッションは、ストック&フローを用いたシステム図を基に、『ithink』というパソコンソフトを使ったシミュレーションの方法を紹介しました。

「早期教育:アリゾナ州ツーソンのカタリーナ=フットヒルズ校区の例」

システム思考については、本リポート第5号でも取り上げました。ここでは、特に非常に評判の良かったジョウン=イェーツとK-12校区(6/3/3年の学校)の3人の生徒たちが発表したシステム思考を学校教育に取り入れた事例を紹介したいと思います。

導入の経緯

アリゾナ州ツーソンのカタリーナ=フットヒルズ校区では、1990年に公立オレンジ=グローブ中学校が、生徒のカリキュラムに『システム思考』を導入しました。その成果がめざましかったために、現在では、同校区にある7つの小・中・高校のすべてが、システム思考をはじめとするラーニング・オーガニゼーションのディシプリン(システム思考の他に共有ビジョン、メンタルモデル、自己マスタリー、チーム学習)のツールの教育を進めています。

導入のプロセス

校区内に住む、MIT出身のあるビジネスマンが、オレンジ=グローブ中学校の校長先生にシステム思考とラーニング・オーガニゼーションの概念を紹介したところ、校長は深い興味を覚えました。そしてそのビジネスマンと中学2年担当の先生に、この概念を学生に教えるためのプロジェクトを進めることを委任しました。
まず、そのプロジェクトでは、校区内の生徒と学校職員にシステム思考教育を普及させるために、6人のメンターが育てられました。
このプロジェクトのモットーは、「小さく始めて大きく育てる」と掲げられました。また、「止まっている汽車を動かすのではなく、動いている汽車を捜す」という観点から、最初からシステム思考を学習しようとする意欲が全くない人に教えるのではなく、自発的な興味と学習意欲をもつ人々にシステム思考を教えていったそうです。そこでは、「無意識の無能(システム思考に関する知識もなく、システム思考もできない)」から「意識的な有能(システム思考を知り、システム思考ができる)」の状態に至るまでの様々な段階を規定し、それぞれの段階に応じた教育が行われました。
プロジェクト発足時は、前述の6人のメンターが学校の職員全員に職員研修としてシステム思考を教え、それから生徒のカリキュラムにシステム思考を導入しました。また、その過程で、プロジェクトスタッフ養成の補助金制度も確立していきました。その後、プロジェクトがうまくいきはじめ、2年後には、次々と有志者による経済的支援の申し出を受けるようになったとのことです。

活用されたシステム思考の概念とツール

生徒たちがどのようにシステム思考の概念とツールを使っているかを簡単に紹介します。

A.システム思考の概念理解

1.時間の推移に伴う変化
小学校4年生で、システム図から行動変化グラフを描くことを学ぶ。
2.相互依存性
3.因果関係と円環的フィードバック
フィードバックの概念は小学2年生にも理解されている。
4.ストックとフローにおける累積
小学2年生から教える
5.行動の結果生ずる短期的影響と長期的影響

B.システムに関する理解を深めるために使われるツール

1.時間の推移に伴う行動変化グラフ(略称:行動変化グラフ=BOT)
2.コーザル=ループ図(システム原型を含む)
生徒が学校の中の問題をシステム原型で理解し、校内コンサルタントと共にシステム原型を使って解決策を考え、実践に移すというようなことが日常的に行われている。
3.ストックとフローの図
4.システム思考ゲームやシステム思考活動
5.システム力学コンピューター=モデルとシミュレーション

<生徒システム思考活用の具体例>

また、セッションの中では実際に校区内の生徒3人(高校生、中学生)が、授業の中でどのようにシステム思考などのラーニング・オーガニゼーションのツールが使われているかを発表しました。そこでの内容をまとめると以下のようになります。

・歴史上の事件や社会の出来事をシステム原型を使って理解する
・化学の授業や物語の筋を行動変化グラフを使って理解する
・システム図を使って、実人生や物語の出来事・感情・影響関係・メンタル・モデルを理解する
・コンピュータ・モデルを使って社会事象を理解する

などが生徒たちによって示されました。
3人に共通していた感想は、「システム思考は理解しやすい」「システム思考があるために学校の授業が面白い」「システム思考は多くの学科に応用できる」「実生活の理解が深まる」といった意見でした。

ダイアログ

ダイアログ(対話)については、「ダイアログとconversation」という括りで4つのセッションが行われました。ここでは、その中から「ダイアログの紹介」と「ダイアログを通した変革」のセッションを取り上げます。

「ダイアログの紹介」

・セッションの概要

ウイリアム(ビル)=アイザックス、ピーター=ギャレット、マイケル=ジョウンズの3人のプレゼンターが、それぞれの体験に基づいてダイアログを語り、最後に、ピーター=ギャレットの指導で3つのダイアログ=ワークを行いました。
現在ダイアログは、新しい知識を生み出すための最も重要な手段として、各方面から注目されています。個人1人ひとりの知性ではなく、各個人の総和以上の集合的知性が働く「場」としてのダイアログの理解と体験を深めることを目的として進められたこのセッションのねらいは次の3点です。

1. 初歩的なダイアログを体験すること
2. ダイアログの中核的原則について学ぶこと
3. 実際的な場面における応用の可能性を見出すこと

・参加者の感想

このセッションの参加者のうち15%の人が、過去にダイアログを体験していました。6~7年前までは、このようなセッションにおけるダイアログ体験者は皆無だったそうです。
参加者に共通した感想は、参加者全員が作りあげていく「場」のエネルギーによって、ダイアログの体験が起きやすい状況が生まれたというものでした。

プレゼンターの発表内容

次に、各プレゼンターが発表した内容を取り上げます。

【ビル=アイザックス】

(MIT経営学部講師。ダイアロゴス社社長。過去15年間にわたり、ダイアログを通じて企業の組織学習を促進する仕事に関わる。MITのダイアログ=プロジェクトの中心人物)

アイザックスは、ある大手企業の例を取り上げて、ダイアログの効果を説明しています。その企業では、ある製品を開発して以来、長い間市場でトップシェアを誇っていましたが、近頃は競合他社がさらに優れた商品を売り出したため、売上が低下する一方でした。そこでダイアログを始めることになったそうです。ダイアログを始めた当初は、コミュニケーションができないという症状が、従業員に共通して見られました。しかし、セッションを重ねるうちに、正直に自己を表現できる空気が生まれてきました。それに伴って、何かがはっきりしてきた感があり、仕事に対する皆のコミットメントも高まってきたということです。
アイザックスは、ダイアログの重要な要素として、次の2つを挙げています。1つは「他者の話を聞く」ということです。しかし、それは、アクティブ=リスニングと呼ばれるようなスキルの開発では得られないものです。ダイアログでは、参加者が正直な気持ちを発言できる「器」が構築されて、その中で相手の話を心を開いて聞くという状況が自然に起こるというのが、これまでの皆の体験です。つまり、「器」がなければダイアログは起きないのです。したがって、そのような「器」の構築こそがダイアログにおける最初の仕事となります。
ダイアログに欠かせないもう1つの要素は、「その場にいる」ことです。それは、その場にいつも焦点を合わせておくことであり、発言者の言葉だけでなく、表現されない感情や「場の気」までも感じ取ろうとする姿勢です。アイザックスは、「ダイアログは言葉を超えた現象であり、それを言葉で規定することは難しいと思われる。」と言います。そして「相手が話す言葉だけでなく、全人格的なもの、相手の深いものを受け入れられるようになってから、初めてダイアログができるようになる。話してはいけないことが一切ないような空間をつくることが必要である。」としています。

【マイケル=ジョウンズ】

(ダイアロゴス社スタッフ。今回は、講演会場で詩的な雰囲気のピアノ演奏をした。)

ショウンズは、「ダイアログは、自然が人間を通じて語るプロセスである」としています。それは、ピアノの演奏中に、自分が音楽を演奏しているのか、音楽が自分を通じて自己表現をしているのかわからなくなるような状態に似ているということです。
ショウンズは、人間の行う経済活動には「市場経済」と「贈り物の経済」との2種類があるとしています。そして、ダイアログは贈り物の経済に属するものであり、贈り物の精神のみがダイアログを可能にすると述べています。ダイアログの場では、私たちの疑問に対する答えが贈り物として返ってくるのです。
ショウンズは、ダイアログが起こる状況についてショパンを取り上げて説明しています。ショパンのピアノ練習曲は、1つの音を15種類もの異なったタッチで演奏させるものになっています。それによってピアノに対する単なる技術ではない力をつけることができます。これは、ダイアログにも同じことがいえます。ダイアログが起きやすい状況を生み出すためには、異なった様々な観点から話をするようなワークを行い、固定された自分の思考回路や感情から自由になることが必要です。

【ピーター=ギャレット】

(ダイアロゴス社スタッフ。長年、デヴィッド=ボームと共にダイアログの研究開発を進める。1980年代前半にボームのグループがイギリスで開いた会合で、初めてダイアログが起きたと言われているが、ギャレットはその会合の主催者。現在ギャレットは、刑務所内の囚人のためのダイアログ=セッションに尽力している)

ギャレットは、ダイアログの中で起こる創発の重要性を述べています。私たちは、何かの課題に対して1人で考える訓練は受けていますが、皆で考える術は身につけていません。ダイアログは、まさに共に語り、共に考えることができる術といえるものです。一般的な話し合いでは皆が知性を殺し合うことが多く、その内容は、その場の中で一番能力のある人のレベルを超えることはできません。ダイアログの場は、誰の発言も同じ重みをもち、どのような発言も無視されないような話し合いの場です。そこでは、その場にいる最も能力の高い者のレベルを超える創発が生まれます。

「ダイアログを通した変革」

1998年発行の『Dialogue』という本を書いたグレナ=ジェラードと企業のHR担当ディレクターのウェンディ=ロンバルドが、従業員60人位の企業にダイアログを導入したプロセスを発表しました。
この組織は研究と教育を仕事としており、組織のメンバーは、家族のような関係を築いていました。最初、この組織ではダイアログが自分たちの組織のバリューに合うだろうと考え導入しましたが、途中で立ち消えになってしまったそうです。しかし、その後もう一度取り組み、最終的にある程度の結果を収めることができました。セッションでは、その成果を小冊子にまとめ上げるまでのプロセスを表したチャートを使いながら、ダイアログ導入で起きがちな問題点と対応法を紹介していました。そこで取り上げられたダイアログにおける2つの障害は、「メンバーがダイアログに参加したがらない」点と「ダイアログとディシジョンメイキングの切り分けができなくなった」点の2つでした。
そのほかには、言語学者のデボラ=タンネンが、男女間のダイアログについてのセッションを行いました。タンネンのセッションでは、臨床研究のために少年少女の行動をVTRで撮るうちに、男女の社交プロセスの違いを発見し、この違いが文化を超えたコミュニケーション・パターンであったことを知りました。セッションの中では、男女の性差に関する観察結果と、性差に対処するための考え方について、VTRを交えた講演が行われました。
以上紹介しましたように、欧米諸国ではラーニング・オーガニゼーションの導入成功事例も数多く出てきており、その中で成功するためのレバレッジもだいぶ明らかになってきている印象がしました。今まで、出版されている書籍を読んだだけでは、具体的なコンテントや導入プロセスが理解しづらかった部分もあったかと思います。しかし、今年の発表内容からは成功プロセスがかなりはっきりしてきたことがうかがえました。米国が10年かかってここまで探求してきた現在のマネジメント手法を、今度は日本がベンチマーキングをして学習する時がきたと強く感じます。

HVDリポート 1998年12月1日発行
発行所 株式会社ヒューマンバリュー

私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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