ATD(The Association for Talent Development)

ASTD2014概要

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ASTD2014の参加国・参加者数

今年の参加国数と参加者数は、以下の通りである。

参加国数と参加者数
 トータル:92か国、10,500名

米国以外での参加者が多い順
 1.韓国:256名
 2.カナダ:250名
 3.中国:197名
 4.日本:136名
 5.ブラジル:105名

ASTD2014の主要テーマ

今年は、以下の12個のセッション・カテゴリーに分けられている。
(※セッション数は事前の資料による)

・キャリア・ディベロップメント(Career Development):38セッション
・トレーニング・デザインとデリバリー(Training Design & Delivery):48セッション
・グローバル・ヒューマン・リソース・ディベロップメント(Global Human Resource Development):18セッション
・ヒューマン・キャピタル(Human Capital):29セッション
・リーダーシップ・ディベロップメント(Leadership Development):32セッション
・ラーニング・テクノロジー(Learning Technologies):34セッション
・トレーニング・プロフェッショナルではない人向けのワークフォース・ディベロップメント(Workforce Development for Non-Training Professionals):7セッション
・ラーニングの科学(The Science of Learning):11セッション
・ラーニングの測定と分析(Learning Measurement & Analytics):19セッション
・ガバメント(Government):7セッション
・ハイヤー・エデュケーション(Higher Education):4セッション
・セールス・イネーブルメント(Sales Enablement):12セッション

ASTD2014コンファレンスの報告

ASTD2014コンファレンスは、ワシントンDCという日本人にとっては魅力的な都市で開催され、日本からの参加者にとっては実りのある会議であったと思われる。会議には1万人を超える参加者があり、大変活気のある雰囲気に感じられた。開催期間中の5月6日にASTDのCEOのトニー・ビンガム氏からASTDの名称がATD(Association for Talent Development)に変わるというビックニュースの発表があり、翌日の朝には広大な会議場の飾りつけのロゴがATDに変わっているという驚きの演出もあった。

今年の会議では、いくつかのトレンドといったものが見えてきた。
まず参加者の印象に強く残ったのは、「ニューロサイエンス」であろう。近年のfMRIなどを活用したニューロサイエンス(神経科学)の研究から得られた知見によって、パフォーマンスマネジメントのあり方や学習のあり方を再構成しようという動きが出てきている。従来から常識として捉えていたマネジメントやモチベーションの手法が、ニューロサイエンスによる研究結果から否定されたり、今まで使ってきた学習理論や方法論の根拠があらためて得られたといった話題が多かった。

次に印象にあるのは、ラーニングのあり方の見直しが迫られていたことである。従来のイベント型のクラスルームトレーニングが、より長期的なスパンのジャーニー型といった経験学習に変化し、さらにトランスメディアを活用した切片化された様々な学習機会が提供されるラーニング・エコシステムに変化してきている。また、研修プログラムのつくり方もADDIEからSAM、そしてアジャイルへと変化した。さらに研修プロセスは提供側がデザインするのではなく、学習者がデザインするようになることが、ビックデータの活用などから予想されるようになってきている。

次に、「チェンジ」をトレンドとして挙げたい。会議ではいくつかのセッションでVUCAな環境という言葉がよく聞かれた。これは不安定性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、あいまい性(Ambiguity)といった単語の頭文字をつなげた言葉だが、こういった未来を生き抜いていくには、すべての面でチェンジするということが求められる。そういった中で今回の会議では、特に人材開発を進める自分たちそのものが変わらなければならないというメッセージが打ち出されていたように思う。
そして、最後に「チーム」をトレンドとして挙げたい。

リーダーの役割も、優れた人格をもってメンバーを引っ張っていくという従来のモデルから、チームのメンバーを変化させることに焦点が当てられていた。
そして、構造的で官僚的な大きな組織では未来に対応しづらいところから、柔軟でアジャイルな対応ができるチームへの関心が高まり、リーダーはチームが自律的に自己組織化して動くように働きかけることが求められるようになった。また、職場環境として一般化してきたバーチャルチームでのマネジメントの方法などがテーマとして多く取り上げられていた。

今後の課題としては、チームの自主的で柔軟な運用のあり方を大きな組織にどのように広げていくかが求められていくように感じられた。
こういった傾向が、基調講演やコンカレントセッションにどのように表れていたかを紹介していきたい。

基調講演(1) アリアナ・ハフィントン

2日目に行われた1回目の基調講演は、ハフィントン・ポスト・メディアグループの創設者、プレジデント、編集長であり、全米に記事を配信するコラムニストであるアリアナ・ハフィントン(Arianna Huffington)氏によるプレゼンテーションだった。ハフィントン氏は、2013年にフォーブス誌で最もパワフルな女性の一人として取り上げられ、2006年、2011年には、TIME 100(TIME誌の世界で最も影響力のある100人)に選ばれている。この講演では、最新の著書『Thrive』のテーマを中心に「人生における成功の第3の指標」について話をした。一般的にイメージされる「お金」や「権力」ではない、幸福に生きるための4つの柱が彼女の実体験や最新の科学の知見をもとに紹介し、私たち人類がただ生き残るだけでなく、より良く生き、繁栄していこうというメッセージをパワフルに会場に伝えていた。

1つ目の柱は「Well-being(健康であること)」だ。「私たちは、成功するために、睡眠が少ないほうがよいと思い込んでいる。しかし、実際には十分な睡眠を取り、瞑想し心を整えることが効率的であるということが、アスリートの世界や最新の科学で実証されている」と述べていた。彼女自身は4~5時間の睡眠から7~8時間の睡眠へと習慣を変え、また、ハフィントンポストでの運営の際には、組織内で昼寝をする時間を設けたそうだ。

2つ目の柱は「Wisdom(知恵)」だ。「知恵とは、世界がどうなっているかを理解する能力である。そのため、デジタルの世界から自分を切り離して、知恵とつながり、創造性や直観を養う必要がある」と述べていた。そのための一歩として、1日の中でデバイスから離れる時間をつくることが大事であると伝えていた。

3つ目の柱は「Wonder(不思議に思うこと)」だ。「私たちは、宇宙の神秘さを不思議に思い、自分の人生は単に自分のためのものだけとは思いたくないのです。より大きなものがあると思いたいのです」と述べ、マルチタスクはWonderを阻害するものであり、周りのことや自然のことを不思議に思うことを忘れてしまうと話していた。

4つ目の柱は「Giving(与えること)」だ。人類は遺伝子的に、与えるということに喜びをもっている。ウィスコンシン大学とノースカロライナ大学のニューロサイエンスの部門では、Givingは幸福への近道だといわれている。また、私たちは、感謝祭やクリスマスに限らず、何かを与えるということを祝福している。ハフィントンポストではグッドニュースのセクションを設け、毎日そうした良いことの記事を載せている。

講演の最後は、「Give me a place to stand and I can change the world」と述べており、人生をその場とコネクトして生きること、十分に睡眠を取ること、クリエイティビティや変化する力を養うこと、より多く感謝し、コンパッションをもって生きることが大切であるというメッセージで締めくくられた。会場はスタンディングオベーションになり、聴衆に深い感動を与えていたことがうかがえた。

基調講演(2) スタンリー・マクリスタル将軍

3日目に行われた2回目の基調講演は、組織におけるイノベーティブ・リーダーシップ・ソリューションの実践を主張するスタンリー・マクリスタル将軍(General Stan McChrystal)によるプレゼンテーションだった。マクリスタル氏は、オバマ大統領の政権下におけるアフガニスタンでの対反政府活動での戦略を立案・実践し、軍組織間でのコミュニケーションや実践の仕方を生み出し、包括的な対テロ組織を創設・指揮したことでも知られている。また、『My Share of the Task: A Memoir』という自伝の著書でもある。

この講演の中では、危機的な状況に素早く柔軟に適合して生き残ることのできる自己組織化したチームや組織をつくるためには、共通の目的と信頼、外的な変化への感受性とエンパワーメントが重要であるというメッセージが、豊富な事例や彼自身の軍での経験を基に語られた。

マクリスタル氏は、9.11に象徴されるテロリズムの変化が、米軍の官僚的組織の基盤を揺るがせたことを例に取り、組織が大きく官僚的になることで得られる秩序や強さが、変化が激しい状況下においては環境への不適合により脆弱性に変わるという危険性を強調した。そのような状況でチームや組織が生き残り、成果を上げるためには、「予測できるという傲慢さ(Predictive Hubris)」「組織的な適合性(Organic Adaptability)」「共有化された意識と権限委譲による実行(Shared consciousness & Empowered Execution)」の3点を組織の中で意識して行動できるかがポイントであると述べていた。

未来は予測できず、適応することしかできない。そのため、未来を予測できるという傲慢さを捨てて、現実に適応する力を高める必要性があるということを、航空会社の危機管理研修を通して死亡事故が減った事例や、パキスタンにおけるアクシデント下での軍事作戦の事例などを参考に挙げて説明していた。

複雑で危機的な状況においては、関わる人々がお互いに信頼し、チームとして一体感をもった状況でないとミッションは達成できない。小さなチームでは一体感をもちやすいが、組織が大きくなったときにその状態を実現するには、コミュニケーションや実行力が必要である。ここでは、アルカイダのリーダーを捕らえようとした際、米国政府の組織が官僚的であったため組織間の情報共有がうまくできなかったが、コミュニケーションをして意識の共有をすることで、問題解決ができたという事例が紹介された。

権限委譲をすることでミッションが達成される。権限を委譲すると、決定する権利をもった人は注意深く行動し、生産性の高い活動を行うことができるという。その具体的事例として、マクリスタル氏に許可を取らなければ行動できなかった軍の指揮系統を変更して権限委譲を行ったことや、スコットランドやオハイオの病院で権限委譲を行うことで、生産性が上がったことなどを紹介していた。

リーダーの役割は、目標達成のために権限委譲をすることである。マクリスタル氏の体験やホッケーのコーチ、ジョージ・ワシントンなどの事例とともに、「目標を達成するためには人に権限を委譲して下さい」という強いメッセージでセッションが締めくくられた。

基調講演(3) ケヴィン・キャロル

最終日に、ケヴィン・キャロル・カタリスト社の創設者であり、3冊の本、『Rules of the Red Rubber Ball』『What’s Your Red Rubber Ball?!』『The Red Rubber Ball at Work』の著者であるケヴィン・キャロル(Kevin Carroll)氏による基調講演が行われた。
キャロル氏は人間の可能性を最大限に高めたり、意義深いビジネスの成長を持続的なものにしたりする、Playの精神やクリエイティビティの抱擁者として多くの人々(フォーチュン500のCEOや従業員から、学校の子供まで)をサポートしている。

講演では、人は誰しもオリジナルの才能をもっていて、その人オリジナルの情熱をもって自分ができることをし続ければ、誰でも世界を素晴らしい方向に変えられるということ、そうしたことの実現を手助けするPlayの特徴や素晴らしい点についての話が紹介された。

講演はまず、キャロル氏のライフストーリーを語ることから始まった。一般的には決して恵まれているとはいえない環境において、様々な人たちのお陰で自分の天職に気づいた一連のストーリーが、ユーモアのある心のこもった口調で語られた。
いろいろな人が手伝ってくれて、それが現在の自分を形づくっていること、そのことに気づき感謝して、自分にだけあるタレントを最大限に発揮し周りの方に貢献することが、そのまま周囲の人たちのその人だけにあるタレントを輝かせることにつながる。すべての人にあるタレントのカタリストとしてあり続けることで、誰でも世界を素晴らしい方向に変えることができるというメッセージがあった。
 
また、その人が本来もっているタレントをもって現実の世界をより素晴らしくする際にPlayやスポーツが手助けできることについての話も、様々なビデオやキャロル氏の語りを通して紹介された。
Playやスポーツがあることでより自分らしさを発揮することができ、よりお互いを理解し合えて、人と人がコネクトしていくことができる。また、Playとは本質的にとても真剣なものである。だからこそビジネスに応用した時に、世界を変えるようなゲームを生み出すことができるということが、サッカーボールと発電機を組み合わせたSoccketのストーリーなどを通して語られていた。

最後に、

There are two great days in life. The day that you were born and the day you find out why.

という言葉で講演は締めくくられ、会場はスタンディングオベーションであった。

今年のトレンド(1) ニューロサイエンス(神経科学)

ASTDのCEOであるトニー・ビンガム氏は、昨年のコンファレンスにおいて、「ニューロサイエンスによって、人材育成を加速させる方法を探し出そうとしている。ニューロサイエンスは個人や組織にとって、素晴らしいものをもたらしてくれると期待している」といったように、ニューロサイエンスへの今後の期待を表明する発言があった。
その流れを受けた今年のコンファレンスでは、ニューロサイエンスのセッションを中心に扱う「サイエンス・オブ・ラーニング」のトラックが設けられたことをはじめ、他のトラックにおいても、部分的にニューロサイエンスに触れるセッションが散見されるなど、ASTDとして積極的にニューロサイエンスを人材育成に活用していこうという明確な姿勢がうかがえた。今年はニューロサイエンスをセッションテーマに掲げたものや、そうでないセッションでもそれに関する言葉やスライドが至るところに出ていた。

それでは、ニューロサイエンスと人材育成について、実際にどのように語られていたか、特に注目を集めたセッションの紹介を通じて振り返ってみたい。

まず、ニューロサイエンスを応用したHR、OD、L&D、チェンジマネジメントに関するリサーチを行っているニューロリーダーシップ・インスティテュートのCEOであるデビッド・ロック氏による「TU200:神経科学を通じたパフォーマンスマネジメントの変革」について紹介したい。
このセッションでは、変化の時代において、新たな価値を生み出すためのイノベーションやコラボレーションが求められている状況下、これまで行われてきたチームメンバーにランキングをつけることを前提とした数値偏重型のパフォーマンスマネジメント(業績評価)の限界を説いていた。そうしたパフォーマンスマネジメントは人に恐れをもたらし、チャレンジや改善を促す意識を阻害するらしい。
人間は一見合理的かつ論理的に動くように思われがちだが、実態は異なるため、生物学的な側面から人間の思考や行動を理解する必要があるとのことだ。そこで、神経科学の知見を生かし、真のパフォーマンス向上につながるようなメンバーのマインドセットの醸成と、マネジャーとメンバー間の対話の質を高めるアプローチが重要であるというのが、ロック氏のメインメッセージであった。

次に、同じくロック氏による「M202:脳を踏まえたコーチング」では、神経科学の知見を踏まえた効果的なコーチングのアプローチと、その押さえ所となるモデルが紹介された。ロック氏は成功するコーチングとは「相手の内側から想いが湧き、行動が起きる」ことだと考えている。そのためには、コーチングの最初のステップにおいて、いかにCoachee(コーチングのクライアント)の恐れを軽減することができるかがポイントとのことだ。恐れは神経回路のつながりを弱め、クリエティビティ、コラボレーションといった行動を抑制し、認知(物事の受け止め方)の歪みも生じさせてしまうようである。

一方、Coacheeが喜びや精神的な報酬を感じるような方向にマインドが向くと、神経回路がより広くつながり、コラボーションの行動が促進されることで、コーチとの間にエンゲージメントが生まれるとのことである。恐れが軽減した次のステップとして大切なことは、よりCoacheeが自分の内面をリフレクションするような働きかけをすることだという。このようなメタ認知を高めることで、本人の当事者意識やモチベーションが高まるらしい。
3つ目に注目を集めたセッションは、同インスティテュートのジョッシュ・デービス氏による「TU101:学習の神経科学」である。開始20分前の時点でセッションフルになるなど、参加者が高い関心を寄せている様子であった。

このセッションのメインテーマは、学習の定着化を促進するための神経科学の活用についてであった。特に興味深かったのは、感情と記憶の関係が神経科学の観点で整理されていたことである。脳の中にある情動を感知する扁桃体は、学習者のポジティブな感情をキャッチすると、記憶を司る海馬へと信号を送ることで、長期記憶を強化することにつながるようである。
長期記憶に残るということは行動にもつながりやすいとデービス氏は説明していた。活用のポイントとしては、研修プログラムのデザインやファシリテーションをする際、学習者のポジティブな感情に影響を及ぼすような工夫や働きかけを意識することが大切とのことだ。また、長期記憶をさらに高めるためには、脳の神経可塑性(脳は変化するということ)を踏まえ、学習期間の間隔を設けた反復学習を行うことが有効とのことだ。

ニューロサイエンスをテーマとしたセッションに参加して感じたのは、ニューロサイエンスはラーニング(学習)の次元を変える可能性を秘めているということである。
今回のASTDコンファレンスでよく出てきたキーワードであるVUCA(変動性/不確実性/複雑性/曖昧性)のビジネス状況下において、より一層組織学習の能力を向上させることが組織のサステナビリティ(持続可能性)を高めることにつながるという文脈を再認識した。
その組織学習能力向上の鍵の1つが、学習やパフォーマンスに影響を与える脳の特性やパターンをまず知ることなのかもしれない。

実際、ニューロサイエンスに関するリサーチ結果が根拠として提示されることで、これまで説明や証明することが難しかった学習やパフォーマンスの促進要因および阻害要因が、次々と明らかになってきた。今後、ニューロサイエンスが、さらなる研究と実践を通じて、よりよい個人と組織の成長や変化に貢献することを期待したい。

今年のトレンド(2) ラーニングのあり方の変化

今年のコンファレンスでは、ラーニングのあり方の変化としていくつか個別の傾向が見られ、全体としても大きな変化の潮流を感じることができた。以下に、コンファレンスで見えた傾向と、そうした傾向の背景に流れる大きな変化について、私なりにまとめてみた。

ラーニングへビッグデータを生かす

今年の新たな兆候として、ビッグデータをラーニングに生かそうという趣旨のセッションが出てきたことが挙げられる。具体的には、「SU210:ラーニングとパフォーマンス・サポートのためのビッグデータ:真の価値を提供する秘密の情報源」「TU104:ビジネス優先の、ビッグデータを扱うL&Dリーダーになる」がある。

また、「M301:ビッグ・ラーニングの運営とビッグ・ラーニング・データ」では、エリオット・メイシー氏がビッグデータにより、今後のラーニングは誰かに与えられるのではなく、学習者が自分で様々なメディアから学習を選び、デザインする形になる可能性について語っていた。
ビッグデータがラーニングのあり方にどのような影響をもたらすのかということについて、まだ具体的な活用事例は出てきていないものの、ビッグデータは今後ラーニングのあり方そのものに根本から影響を与えるかもしれない。

クラスルームではなく、日常の中でのラーニングの比重の増加

今年は多くのセッションで「70:20:10」という言葉が聞かれた。「M100:70:20:10フレームワークの効果的な実施」というセッションで、学習の構造として70%は経験学習、20%はソーシャル・ラーニング、10%はフォーマル・ラーニング(いわゆるクラスルームでの学習)であるとまとめている。

これまでのクラスルーム学習への偏重に対する反省から、より幅広い視点でラーニングを捉えようという意識が高まり、そのアプローチが模索されていたように感じられる。ただし、「SU317:インフォーマル・ラーニングのインパクトを最大化する:インストラクショナル・デザインへの新しいアプローチ」の中でも、この「70:20:10」というのはデータとして正確な指標ではないと述べられていたように、どちらかというと明確な根拠のあるデータではなく、ラーニングのあり方のフレームワークとして捉えられていた。

「小さな塊」となったコンテンツとモバイル化

もう1つの傾向として、「小さな塊(Small chunk)」となったコンテンツとモバイル化による学習がある。

「M108:キンバリークラークにおけるグローバル・ダイバーシティとインクルージョンをイノベーションへ変える」の取り組みでは、小さな塊にしたコンテンツを複数提供し、組み合わせていたのが特徴的であった。具体的には、5分程度、長くても8分のビデオクリップやPodCastのコンテンツが紹介されていた。

さらにそうしたコンテンツにアクセスするためのリンクをメールだけではなく、社内に掲示されたポスターのQRコードを使って様々なデバイスでアクセスできるようにしたり、等身大の人形を置いてプロモーションしたりするなど、日常の中に学習コンテンツへの接点を複数埋め込んでいた。そうした工夫で、学習者が手軽に楽しんでラーニングができるようにしていた。
また、「TU100:サムスンの最近の業績の秘密」では、「スマートラーニング」を実現するために、デバイス・ソリューション・コンテンツ・システムを統合させて、多様なアプリケーションやモバイルへのアクセス可能なプラットフォームを構築した取り組みが紹介されていた。

コンテンツが小さな塊となり、モバイル化することで、誰もが、いつでも、どのような形ででも、ラーニングがしやすい環境づくりが行われているように感じられた。今後は、長時間のコースやプログラムを提供するのではなく、日常の中にラーニングを行うきっかけや接点を「埋め込み」、モバイルを使って短時間で学習するラーニングのあり方が高まってくる可能性もある。

相互学習の促進

「SU202:優れたマネジャーは、どのようにして人材開発に心理学を取り入れているか」では、最も開発に貢献するリソースはマネジャーであると強調し、マネジャーが日常的に心理学に裏付けられたティップスを使って、部下の自己認識を促進し、ラーニングを促す方法について扱っていた。

また、「SU114:私たちの友人からの支援で:研究に基づいたソーシャル・ラーニング戦略」では、開発的な関係(Developmental Relationship)の構築を組織の中で促すために、学習者のレディネス(Learner Readiness)、開発者のレディネス(Developer Readiness)、関係性のレディネス(Relational Readiness)、組織のレディネス(Organizational Readiness)を高めていくことが重要であると述べていた。
以前のASTDでも、インフォーマル・ラーニング、ソーシャル・ラーニングといったキーワードでも語られていたが、こうした相互学習を促進するという傾向は変わらずに続いている。その中で、マネジャーがラーニングを支援することで、より仕事の場において質の良い学習が起こりやすい人間関係の構築が重視されてきているように感じられた。

研修プログラムのつくり方の変化

「M201:SAMがADDIEより優れている5つのアドバンテージ」では、分析、デザイン、開発、実施、評価、というプロセスを通じて、eラーニング・アプリケーションや学習プログラムをデザインするADDIEの代替として、SAM(Successive Approximation Model)を提言している。
セッションの中では、SAMの考え方を提唱し、『Leaving Addie for SAM』の著者でもあるマイケル・アレン氏がツールを使って、eラーニングをアジャイルに開発するSAMの考え方の紹介をしている。

また、「W108:デザイン:アジャイルとADDIEを融合してパフォーマンスを向上させる」「W317:学習のためのアジャイルなプロジェクト・マネジメント入門」でも、同様にSAMによるアジャイルな学習開発を扱っている。
また、学習デザインのアプローチはADDIEが主流であるものの、短時間の小さな塊にして複数つくる流れとともに、コンテンツの開発自体もより短時間で行われる流れになってきているのかもしれない。

全体傾向~ラーニング・エコシステムへのシフト~

今回のコンファレンス全体を通じて、ラーニングのあり方に関する考え方が根本的にシフトしてきていることが感じられた。一言で表現するのであれば、「SU114:私たちの友人からの支援で:研究に基づいたソーシャル・ラーニング戦略」のセッションでスピーカーが最後に触れていた「ラーニング・エコシステム(学習生態系)」への変化ともいえる。
これは、学習をデザインしたプログラムの提供という観点からではなく、学習者を中心に置いた、日常も含めた全体システムというより大きな観点から捉えようとしているともいえるだろう。

また、「ラーニング・エコシステム」という言葉自体は、コンファレンスの中で多くは使われていなかったが、ASTD以外でも広く教育分野で議論され始めているコンセプトである。狭義では、モバイルやソーシャルのテクノロジーを使って、学習者に合わせて、カスタマイズされたコンテンツやツールを提供することや、仕事の中のパフォーマンス・マネジメント、組織内のコラボレーションを生み出すラーニングのあり方という捉え方がある。

広義では、TEDなどの豊富なコンテンツをもっている情報ソース、Tech Shopのようにコミュニティにおけるラーニングの場、教育機関のリソース、人と人をつなげる仕組みなど、膨大で多様なラーニングのコンテンツや機会を破片(Piece)として捉え、個人が教育、キャリア、人生のステージに合わせて組み替え、進化させ続けるラーニングのあり方とも捉えられている。

まとめ~企業におけるラーニングの今後~

企業におけるラーニングの今後についてまとめると次のことがいえるのではないか。
これまでのラーニングは、既存の仕事や役割におけるパフォーマンスに直結する能力やスキルを高めることに重点が置かれていた。そこで、企業は必要な学習内容を定義し、体系的なクラスルームやeラーニングのプログラムを通じて比較的長時間の学習プロセスを提供することで、学習者が仕事にとって必要なスキルや能力を獲得できるように支援していた。

今後は、社会全般におけるラーニング・エコシステムの発展に伴い、企業内外の人間関係・場・コンテンツ・機会がネットワーク的(網目状)につながり合う環境の中で、個人が自分で学習を組み合わせることでラーニングしていくことが想定される。
企業はそうした全体像を踏まえて、個人が日常の営みの中で小さな塊となったコンテンツや学習機会への接点をもち、メンターの支援により自己認識を深めたりすることで、自分の仕事や仕事以外のライフステージに合わせた有機的な学習を行えるように支援することが大切になってくる。

結果的に、一人ひとりが自身のユニークな学習プロセスによって確立した強みを生かして自分らしく仕事に関わり、クリエイティビティを発揮しやすくなることで、組織がイノベーティブに未来を生み出す力を高めることにつながるのではないだろうか。

今年のトレンド(3) チェンジ(変化)

今年のコンファレンスでは、「チェンジ(変化)」が大きなテーマの1つとして取り上げられていた。毎年、冒頭の基調講演の前に、ASTDのCEOであるトニー・ビンガム氏から参加者にメッセージが投げかけられるが、その中でも今年は「チェンジ」がメイン・テーマとして掲げられていた。過去数年は、モバイル・ラーニングやインフォーマル・ラーニングなどにフォーカスが当てられていたことを考えると、ASTD側のフォーカスもシフトしていることがうかがえる。

今年のコンファレンス全体でも、「VUCA(V:Volatility<変動性>、U:Uncertainty<不確実性>、C:Complexity<複雑性>、A:Ambiguity<曖昧性>)」というキーワードが、様々なセッションで取り上げられていたが、今年あたらめてチェンジ(変化)にフォーカスが当たった背景には、このようなVUCAな環境が促進される中で、変化に適応する、あるいは変化を生み出していくことの重要性がこれまで以上に高まっており、その中で学習や人材開発がどんな役割を果たすべきかを考えていきたいという想いがあるように見受けられた。

トニー・ビンガム氏の講演では、ウィンドミル・ヒューマン・パフォーマンス社、スチールケース社、サムスン社といったグローバル企業の人材開発トップのインタビュー動画を紹介していたが、その中でも「私たちは、戦略的なエージェント、変革のエージェント、トランスフォーメーションを実現するためのエージェントにならなければいけない」「私たち自体が変革を学び、研究しなければいけない。人材開発の部門にいる私たちが学ばなければいけない。」といったメッセージが投げかけられていた。

またチェンジのメッセージが投げかけられた背景として、ASTD自体が、ATD(the Association for Talent Development)へと組織名を変更したことも考えられる。自分たちのミッションやパーパスを再定義し、トレーニング&ディベロプメントからタレントのもつ可能性を最大に高めていくことへと貢献範囲を広げていくことへの意志が感じられた。

そして、冒頭のメッセージに呼応するように、コンカレント・セッションにおいても、Change、Change Management、Transformation、Innovationといったキーワードが、例年以上に多く見受けられた。
そうしたキーワードを直接扱ったセッションとして、たとえば、「M308:影響力のあるチェンジ・マネジメント:前例のない文化の変化を達成するための6つのキー」「M216:変革のリーダーシップ:マネジメントのスピードからリーダーシップの意義へ移るために一歩離れて見る」「M110:ストーリー・カルチャーになる:ストーリーを通して組織の変革と行動をアライメントする」「W110:シーンの変化: チェンジ・マネジメントのための新しいスクリプトを書く」などがあった。

その中でも今年は、人々の変化に対する捉え方やマインドセット、また変化やイノベーションを生み出すことのできる組織の風土や文化を変えていこうとするような、より深いレベルでの変化の実現を指向したセッションが増えてきたように見受けられた。
その1つが、「SU110:すべては心の中に:変化についての考え方を変える」である。
このセッションでは、ハーバード大学のロバート・ケーガン教授が提唱する「Immunity to Change(変化への免疫)」という概念にフォーカスを当て、「人や組織は、どんなに変化が必要であると理性で理解していても、変化に対しては抵抗する存在であるということをまず受け入れよう」というスタンスの大切さが、数々の事例とともに話されていた。

その中で、スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック教授が提唱する「Fixed Mindset(知性は固定化されている、失敗したくない、周囲からよく見られたいといった信念、考え方)」と「Growth Mindset(知性は開発することができる、失敗を恐れない、学びたいといった信念、考え方)」の概念が紹介され、変化への抵抗を生み出す背景には「Fixed Mindset」があり、私たちの思考様式を「Growth Mindset」に変えていくことの必要性が述べられていた。

そして、Growth Mindsetを育て、Immunity to Changeを克服するためには、私たちが、変化を実現するために「何をすべきか(Do)」という問いから、「何を学習する必要があるのか、何を学びたいか(Learning)」という問いへとフォーカスをシフトし、その問いを通して人々のマインドセットに変化を生み出しながら、ラーニング・カルチャーを築いていくことが重要だとのメッセージがあった。

また、「TU108:Little BIGS:行動の変革パワーに火をつける小さな変化」のセッションでも同様に、変化を生み出すことを阻害する要因として、私たちのマインドセットがパターン化してしまうことをニューロサイエンス(神経科学)の考え方等も取り入れながら紹介していた。
そして、その克服のために、私たちが当たり前としている前提をひっくり返したり、不要なルール(多くはルールではなく思い込み)を取り払ったり、イノベーションに向けて自分たちの枠組みを超えたところでの他者とのコラボレーションを生み出していくといったことの重要性が、単なる概念ではなく具体的な方法論・アプローチとともに語られていた。

これらのセッションに代表されるように、今年はチェンジやイノベーションをテーマにしたセッションの中でも、人や組織のマインドセットに働きかけて、人や組織が変革するための能力を高めることを指向した取り組みが増えてきているように見受けられた。この背景を推察してみると、VUCAの環境の中では、1つの変革のイニシアチブを成功させること以上に、どんな状況においても、変化に適応したり、変革を推進できるような「メタ変革能力」を高めていくことの重要性が高まっていると考えられる。今後は、イベントとして変革の施策を推進するような表層的な取り組みから、カルチャーそのものを変革していくような深い取り組みが増えていくのではないだろうか。
また、上記の傾向に加えて、今年は「リーダーシップ」についても、「チェンジ」とセットで語られることが例年と比較して多かったように思われる。たとえば、「TU100:サムスンの最近の業績の秘密」では、サムスン社の様々な取り組みが紹介されていたが、その中で同社が哲学に掲げる「Change」に基づいて、いかに変革を推進できるリーダーを開発してきたかが語られていた。(なお、上述したトニー・ビンガム氏の講演の中で紹介されたサムスン社HRDセンターCEOのTae Gyun Shin氏は、同社の哲学として、有名な「change everything except your family(家族以外はすべて変革する)」について述べていた)

また、「M119:NASAのゴダード宇宙飛行センターによるリーダーシップ開発の統合的アプローチ」では、直接「チェンジ」という言葉は使われていなかったが、リーダーシップのラーニングのフレームワークを 1. 自分自身、2. 自分と相手、3. グループ、4. 組織、5. 環境というように順に定め、まず自分をリードして、相手をリードし、グループをリードし……というように徐々にリードする対象を広げていくことで、実際に変革を生み出していけるリーダーを統合的に開発する取り組みが紹介されていた。

例年リーダーシップに関しては、組織の戦略やビジョンから求められるコンピテンシーを明らかにし、それを高めるためのスキルセット教育を体系的に行っていくといった取り組みが多く見受けられたが、今年はそうしたものがあまり見受けられなかった。この背景にも、上述したVUCAの環境の中で、変革を推進するリーダーシップの開発のあり方がシフトしてきていることがあるように思われる。
現在では、従来行われてきた計画的なリーダーの育成が難しくなってきており、リーダー自身が学ぶ力を高め、自分が対峙している目の前の状況の中から、変化を生み出す力、つまり上述したような「メタ変革能力」を高めていく方向へとリーダーシップ開発が変わってきていると考えられる。

そして、このパートの最後になるが、より根本的な「チェンジ」として、最初の基調講演の中で、ハフィントン・ポストCEOのアリアナ・ハフィントン氏が、私たちの生き方そのものを変えていくことの大切さを訴えかけ、参加した多くの人の共感を呼んでいたことも特筆すべきといえる。
(基調講演後のサイン会のイベントには、これまでのASTDの中でも最も多くの人がサインに並んでいたように見受けられた)

ハフィントン氏は、私たちが成功を再定義し、十分な睡眠を取ること、子供たちとの時間をもつこと、ネットワークを遮断し、瞑想のような静かな環境で過ごすことの意義を自らの体験をもとに説いた。VUCAのような環境において、変化に反応的になるのではなく、こうした時間の過ごし方、自分のあり方を大切にすることが重要であるとのメッセージをIT系のトップランナーのCEOが提唱していることと、サイン会に参加した人数の多さから、すでに世の中の働き方のモデルがチェンジし始めていることがうかがえた。

さらに、最後の基調講演では、ケビン・キャロル氏が、「Play@Work:Unleashing Growth Through Creativity and Innovation」というテーマで講演を行った。
その中では「Play(遊び)」を通して、人と人とをコネクションし、新たな世界を築いていくこと、そして、自分に与えられたギフトを基に、自分が喜びや楽しさを感じるところから、革新、創造、世界の問題解決につなげていくことの大切さが語られた。そして、最後に自分ができることから世界をチェンジすることを会場の聴衆に投げかけていた。

今年は、基調講演が3名によって行われたが、学者やコンサルタントが「チェンジ(変化)」のあるべき姿や方法論について述べるのではなく、これまで様々な変革を実現してきた実践者が、自らの生き方を通して大切にしてきた世界観や想いを物語っていたことが印象的であった。
こうした3名がASTDの基調講演として登壇し、その存在(Being)が多くの人に影響を与えていたことからも、チェンジ(変革)のあり方が、外的なものからより内面的なものへ、静的(計画的)なものから動的(実践的)なものへ、表層からより深く本質的なところを扱うものへとシフトしていることが象徴的に感じられ、意義深いと思った。

今年のトレンド(4) チーム

今年のコンファレンスでは、例年以上に「チーム」に関するセッションが多く出てきており、チームの捉え方には1つの傾向があるように感じられた。
コンファレンスの中で感じられた傾向を紹介しつつ、そうした傾向が生み出されている背景について、私なりの捉え方をまとめてみた。

「チーム」のもつ意味合いの変化

これまでも「チーム」がテーマになることは多くあったが、それはチームビルディングやチームの生産性・効率性を上げようという意味合いでのことが多かった。しかし今年は、「日々生み出される予想しえない変化に適合し、そうした変化を捉えてイノベーションを起こしていくには、小さいチームが自律性をもって活動していくことが重要である」「チームの自律性や潜在的にもっている力をあらためて捉え直し、組織の運営方針を再構築する必要がある」といった文脈で、「チーム」という言葉が使われる傾向が見受けられた。

自律的なチームの集合体としての組織

3日目の基調講演に登場したスタンリー・マクリスタル氏は、そうした傾向を最も表していた1人であろう。

基調講演の中でマクリスタル氏は、アフガニスタンでの司令官としての経験を例に出しながら、官僚的なヒエラルキー構造をもつ組織が引き起こす不適合の危険性を強調し、適合すべきギャップがどんどん大きくなっていく世界において重要なのは、テクノロジーではなく人々やその集合体であるチームにフォーカスを当てて、その力を最大限に高めることであるということを語っていた。

マクリスタル氏は、最大限に力を高められたチームの集合体としての組織のイメージを、鳥の群れをメタファーとして伝えていた。
指示を出す個体やリーダーとなる個体が特にいるわけでもないのに、周辺環境の変化に合わせて変幻自在に飛び方を変えながら、それでも1つの集合体として目的地に向かって飛んでいく鳥の群れは、自律的なチームの集合体として機能する大きな集団の一例だということである。
このような自律的なチームによって運営される組織を構築するためのポイントとして、

・予測できるという傲慢さ(Predictive Hubris)を捨てること
・組織的な適合性(Organic Adaptability)を意識すること
・共有化された意識と権限委譲による実行(Shared consciousness & Empowered Execution)を意識すること

をマクリスタル氏は挙げていた。

軍という伝統的な巨大組織であっても、チームの力を高めて自律的な運営を行う組織に変化できることが、基調講演という場で示されたことの影響力は大きかったといえるだろう。

自律的・自己組織化的なチームの重要性を扱う話としては、「SU208:フラットな組織でイノベーションを推進するスキル(Skills for Driving Innovation in Flat Organizations)」のセッションも注目に値する。このセッションでは、W.L.ゴア&アソシエイツ社(以下ゴア社)のスモールチームの力を生かしたイノベーションへの取り組みが紹介されていた。

ゴア社は、ゲイリー・ハメル氏の著書『経営の未来』でも先進的企業として紹介されているが、世界中に1万人以上の従業員を擁しているにも関わらず、1人のマネジャーも存在しない組織である。こうしたゴア社のフラットな組織形態はLatticeと呼ばれており、自分で自らのコミットメントを決めている個人が縦横無尽につながっているイメージから、そのような名前が付けられている。

セッションの中でスピーカーは、ゴア社では、Latticeのような縦横無尽なネットワークの中から、ある機会に対して興味のある人が自然に集まって自己組織的にチームが形成され、そうしたスモールチームによってすべての仕事やプロジェクトが遂行されていると説明していた。
ゴア社においては、「人をマネジメントするのはその人以外の誰かではなく、その人自身である」という基本的なフィロソフィーをベースに、一人ひとりの中にあるどこに向かいたいのかという情熱と、そうした個人の間の関係性(relationship)を重要視して、自律的チームによる自己組織的な組織運営を行っているそうである。

自己組織化したチームを主体とした組織運営が、1万人以上の従業員を抱える企業で実際に機能しているという事実には大きなインパクトがあった。

人々の参加によるチーム運営

その他にも「チーム」に関するセッションでは、「SU307:国境を越えて働く4つの鍵(Four Keys to Working Across Borders)」がある。このセッションでは、国境を超えて、”We(私たち)”と思える状態をもったバーチャルチームを生み出すためのポイントが話されており、評価・判断によるチーム運営のマインドセットではなく、人々の参加によるチーム運営のマインドセットをもつことの重要性が語られていた。

大規模な変革の起点としてのチーム

また、「W113:Leading Change Today(今日の変化をリードする)」では、GEおよびNASAにおいて大規模変革イニシアチブのアドバイザーを務め、アワードを受賞した大規模変革のコンサルタントであるパトリシア・マクラガン氏より、大規模な変革を生み出すレバレッジの話が紹介された。その中で、個人の変革もチームの変革も大規模な変革もフラクタルであり、大規模なレベルで生み出したい変化を、チームなどの小さい単位でも同じように生み出していくことがポイントとして挙げられていた。

まとめ~「チーム」がもたらす組織構造の転換~

全体を通してみると、「伝統的で官僚的なヒエラルキー構造の中で規定されているチームではなく、自律的に形成されたチームを生み出すこと」の重要性と、「チームが本来もっている力を解放すること」への認識が高まっているように感じられた。そうしたチームを生み出すためのフィロソフィーやディシプリンが徐々に語られるようになってきていることが変化として感じられた。

こうした背景には、組織とは何かについての認識のシフトがあるように思われる。先に組織の機能や枠組みを決めて、その中に個人を当てはめていくという考え方から、まず個人とその集合体であるスモールチームが先にあって、それらが寄り集まったものが組織であるという考え方への変化である。

このような考え方のシフトは、昨年のASTDコンファレンスで行われたジョン・シーリー・ブラウン氏による基調講演の中でも言及されていたことである。
ブラウン氏は「世界中の企業の今のチャレンジは、測定可能で戦略的な効率性の世界から、スケーラブル・ラーニング(拡張性のあるラーニング)の世界へどのように移行したらよいかということである」と述べられていたが、そのことに対する1つの答えが「チーム」であるといえるのではないだろうか。

自律的なチームの重要性が高くなるにつれ、人材・組織開発の責任者や経営者の仕事は、直接的な管理を強めることではなく、そうしたチームが生まれやすい環境やエコシステムをいかにデザインするかということになってくる。自律的なチームは指示命令などの管理によって生み出すことはできないからである。

ASTDとは直接関係ないが、今回のコンファレンス期間中、ワシントンDCのアーリントンにあるTechShopを訪問する機会があった。
TechShopは、安価な会費で最先端の3Dプリンターなどの高価な工作機器を自由に使用できる会員制のDIY工房として話題を呼んでいる。そこはただ機械が使えるという場ではなく、個人がそこに来ている人々やコミュニティとつながって、新しいモノを生み出すイノベーションが起きるエコシステムを形成しているのが印象的だった。

今後、予測不可能な変化に直面し続けるとき、企業がその変化に適応するために自律的なチームの力を必要とするのであれば、企業はそうしたチームの力を最大限に引き出せるエコシステム的な組織に変化していく必要があるだろう。
今回のコンファレンスで示された「チーム」というコンセプトは、これまで当たり前とされてきた組織構造に転換をもたらすものであると考えられる。

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