ATD(The Association for Talent Development)

自分自身とつながる時代の人材開発
〜市民として問う、L&Dの新しいミッション〜

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<ATD International Conference and Expo 2026 インサイト・レポート>

研究員 佐野シヴァリエ 有香

7年ぶりのATDで「体感」した学びの変化

2026年5月17日〜20日、ロサンゼルスで開催されたATD International Conference and Expo 2026に参加しました。コロナ前の2019年以来、7年ぶりに足を運んだ今回、まず感じたのは「学び方の変化」でした。今年のカンファレンスでは、AIによるリアルタイムの翻訳機能やセッションの要約、得られた気づきまで、自分の手を介さずに手に入れることができました。7年前に参加したときは、セッションで話された内容を聞き漏らさないようにすること、帰国後に内容を共有できるようにしっかりメモを取ることに一生懸命でした。

「今年は情報を輸入することだけが学びではない」と、頭では理解していましたが、現地に身を置くことで、その事実を7年分の時代の変化としてリアルに体感することになりました。特に、カンファレンス初日のセッションで、メモを取る必要のなくなった私が「今、自分が成すべきことは何なのか」を改めて自問する時間を過ごしたことは、今回最も印象深い体験の一つとなりました。

ATD2026のテーマについて語る、Tony Bingham氏

誰を主語に、何を見て問うか

AIが情報処理を引き受けた結果、人間には何が残るのでしょうか。それは「何を問うか」という部分ではないかと思います。そのことを実感しながら今年のカンファレンスに参加した私には、もう一つの問いが浮かんできました。「誰を主語に、何を見て問うか」という問いです。

元オープンAIのGo-to-market責任者であるZack Kass氏は、著書『The Next RenAIssance: AI and the Expansion of Human Potential(次なるルネサンス:AIと人間の可能性の拡大)』について語る中で、こんなエピソードを話してくれました。彼が本を書き終えたとき、これは一体誰に向けた本なのか、自分でもすぐにはわからなかったそうです。しかし娘が生まれた瞬間、これは「Parents(親たち)」ーおそらく次世代が生きる社会を形づくる責任のある大人たちという意味ーに向けた本なのだ、と確信したといいます。

AIをめぐる議論では、機能的な話に終始したり、恐れや不安が強調されがちですが、Kass氏はAIの時代が人間にもたらす4つの可能性について述べています。

① Expansion of Human Potential(人間の潜在能力の拡張)
一人の人間が生み出せる価値は、1800年比で約100万倍になったとKass氏は述べています。特定の才能を持つ人間の数は増やせませんが、既存の研究者・専門家が「1000倍生産的になる」世界は今まさに実現しつつあるといいます。

② Scientific Breakthrough(科学の飛躍的進歩)
がんの生存率の向上や、生態系を破壊せずにエネルギーを生み出す方法など、これまで科学的に不可能だと考えられていたものが可能になる未来が、AIの支援によって可能性を帯びてくるといいます。ライト兄弟の功績を「飛行機を発明したことではなく、自らの挑戦を録画し、可能性を証明したこと」と語り、不可能だという前提が覆されたときに起きる、ブレークスルーがあると語りました。

③ Deflation(生活コストの低下)
長期的な目線で見ると、様々な技術革新によって私たちの生活コストは安くなってきています。ただし、住宅・医療・教育の3つは1990年以降700%もの価格上昇を遂げているそうです。Kass氏はこれを「技術の失敗ではなく、政策の失敗」と断言しています。AIなどのテクノロジーはこれだけ進化しているにも関わらず、私たち人間の意思決定によって、このような歪みが生まれているのです。「What are we doing?」と語りかける彼の姿が非常に印象的な場面でした。

④ Time(時間の増加・寿命の延伸)
技術の進歩により、人間の寿命が長くなるという考えは一般的ですが、Kass氏は「一日の中の時間の質」が高まると考えています。AIがルーティン業務を引き受けることで、人間が人間らしい活動——創造・つながり・探求——に使える時間が増えるからです。本当に見直さなければならないのは、「人間とスクリーンとの関係」なのではないかと語りました。

Zack Kass氏:AIが無限の知性へのアクセスをもたらす

この4つの「AIがもたらす希望」を貫いているのは、「AIは人間の制約を外すが、何のために使うかは人間が決める」という点ではないかと思います。そして、「何のために」を考えるときに間違えてはならないのが、冒頭に述べた「誰を主語に、何を見て問うか」ではないでしょうか。彼の講演は全体を通して、ビジネスやトレーニングについて語るのではなく、AIを含めた変化の時代に生きる私たちが、どうしたらより良い社会を次の世代に残していけるのか、私たち一人ひとりが、大人として、社会に生きる一市民として、何を信じ、どのように振る舞っていくのかを問うているのだと受け止めました。

そう感じたとき、問いの視点そのものが変わる感覚がありました。エンゲージメントも、キャリアも、AI時代の人のあり方も、組織の視点から問えば「いかに人材を活かすか」という問いになります。しかし一市民として、親として、次世代への責任をもつ存在として問えば、全く異なる問いが立ち上がってきます。主語は「組織にとっての個人」ではなく「社会の中の私・私たち」であり、視点は組織の生産性だけにとどまらず、私たちのありたい暮らしや社会の姿なのだと感じました。そして、Kass氏の講演を聞いた後には、「もっと大きな視野で、私たちにはまだまだやらなければいけないことがある」という、宿題を受け取ったような想いが、強く込み上げてきました。

人間であるということ―being present, being human

では、そうした広い視点で問うとき、人間にしかできないこととは何でしょうか。

基調講演に登壇したWill Guidara氏は、”Unreasonable Hospitality”(理不尽なほどのホスピタリティ)について、「be present――この瞬間に集中し、目の前の相手に向き合うこと」そこにこそ、大きなヒューマニティが宿ると語りました。

Will Guidara氏:卓越性は成功への最低条件。One size fits oneで感情的なつながりを

NYでの旅の心残りを語ったお客様に、路面店のホットドッグをサーブして喜ばれたという、有名なエピソードを振り返ったとき、Guidara氏は「なぜあれが起きたのか」を分析します。

もし効率を優先していたなら、テーブルを片付けながら、次に何をすべきか、どうチームを動かすべきかを考えながら歩いていました。そうしたら、あの会話を耳にすることは絶対になかったでしょう。

目の前の一人を、他のすべてを考えるのをやめるほど大切にすること。目の前の人に向き合い、つながること。今日ではスマートフォンが常に人間の注意を集中させている中、最も優秀なリーダーでさえこれが難しくなっていると、彼はいいます。

私たちは効率というものと、歪んだ関係を築いてしまっていると思います。より効率的であろうとすればするほど、より効率的になれると信じている——それは、ある地点までは機能しますが、そこから先は機能しなくなるのです。

また、目の前の人に向き合うということは、彼のホスピタリティの定義に通じていきます。

One of my favorite definitions: hospitality is making other people feel seen, and if that’s the case, the best way to do it is not to treat them like a commodity, but as unique individuals. One size fits all will only ever take you so far.
ホスピタリティとは、相手のことが「見えている(Being seen)」と感じさせることだ。そのためには、相手をひとつの集団として扱うのではなく、ユニークな個人として扱うことが最善の方法だ。

AIがどれだけ高度になっても、目の前の人に「あなたをちゃんと見ている」と伝えることは、人間にしかできないのだと思います。今回のカンファレンス全体を通じて繰り返し聞かれたフレーズ――”being seen, being heard, being valued(周囲から、自らの存在を認められ、意見を聞いてもらえ、自分には価値があると感じられること)”――は、まさにその本質を言い表しているように感じました。

例えば、「Fostering Emotional Intelligence for Neurodiverse Learners(神経多様性をもつ学習者へのエモーショナル・インテリジェンスを育てる)」というセッションでは、発達特性のある人は「EQが足りない・EQを高めなければならない存在」ではなく、環境が本人の特性と合っていないために学習障害が生まれているのだという視点が語られていました。特性に合わせて、学習環境を提供する側がEQ的な視点をもつことで、いわゆる「普通」の学び方や評価軸にとらわれることなく学び続けることができる環境をつくることが大切であると語られていました。特性の有無にかかわらず、排除されずにありのままの自分でいられることは、組織の一員として存在を認められることでもあり、Guidara氏のホスピタリティの定義と深く重なるように感じました。

一方で、ATDのCEO、Tony Bingham氏は、職場における孤独、loneliness epidemic(孤独のエピデミック)とも呼ばれる社会現象の深刻化について言及していました。テクノロジーが進化し、つながるためのツールがあふれる中で、人々はむしろ孤立していっているというのです。2023年には、公衆衛生局長官は米国で孤独のエピデミックを宣言しており、 Gallup社のNational Health and Well-Being Indexでは、米国成人の約20%が「昨日、多くの時間で孤独を感じた」と回答しているといった研究も背景にあるのではないかと思われます。

Devin Hughs氏がスピーカーをつとめた「From Blah to Belonging: How L&D Can Fix the Funk(無気力から帰属感へ:L&Dはどうやって職場の閉塞感を変えられるか)」というセッションでも、EYが実施した意識調査『Belonging Barometer 3.0』では、最も帰属感を感じる場所として「職場」を挙げた人は41%(家庭に次いで2位)であるにもかかわらず、75%が職場で疎外感(excluded)を感じたことがあると回答したという調査を引き合いに出し、職場でのつながり(Belonging)を生み出すことの大切さを語りました。セッションでは、デロイトによる調査『Uncovering Culture』(2023年)によると、米国の就労者の60%が職場でcovering(周囲に同化するために、不利とみなされる自己のアイデンティティを意図的に目立たなくすること)を経験したと報告しており、さらに74%がcoveringへのプレッシャーによってネガティブな影響を受け、60%がウェルビーイングへの悪影響を報告しているという調査も紹介されました。L&D(Learning & Development:組織学習と人材開発)の役割は今や、職場における恐れをなくし、つながりを生み出すCulture Architect(カルチャーの設計者)でなければならないという話がありました。

Devin Hughs氏:一人ひとりのストーリーを通して、つながりが生まれる

AI時代における、L&D専門家の新たなミッション

前章の「Culture Architect」という言葉が象徴するように、カンファレンス期間中は、L&D専門家に求められる役割が根本的に変わろうとしていることも、多く言及されていました。これまではOrder Taker(御用聞き)、つまり経営や現場の要求を聞き取り、必要なトレーニングを実行することが中心であったところから、今後は相談が持ち込まれた際には、問いをもって課題を深堀りし、他者と共創できるコンサルタントや戦略パートナーのような役割へのシフトが迫られているといいます。「Scaling Enterprise Learning: The Shift from Engagement to Outcomes(組織学習を広げる:エンゲージメントから成果へのシフト)」というセッションで、Britt Andreatta氏は「Order Takerではなくコンサルタントになっていくためには、組織の外に出て、自分がいる業界のことを学びましょう。経営がL&Dに何を求めているのかの解像度が上がり、より良い提案につながるでしょう」と発言しています。このこと自体は、これまでも議論されてきたことではありますが、今年のATD全体の文脈と照らし合わせてみると、少し違った意味で捉えられるように感じました。

Kass氏から感じた、AI時代に問いの主体を変え、組織の論理ではなく市民として問うことの大切さや、Bingham氏から言及のあった孤独のエピデミックといった現象は、職場で起きていることと社会で起きていること、働くことと生きることが、これまで以上に近い距離感で存在していることを実感せざるを得ません。そうしたときに、L&D担当者だけでなく、人や組織に携わる私たちが果たす役割は、より大きく、重要な意味をもつものになっているように感じられます。人・組織に携わる人々自身の枠組み、つまり、どのような視野をもって世界を捉え、組織の目的を捉えているのか。人や組織に関わる私たちのあり方次第で、社会的役割を担う組織をつくる「推進者」にもなれば、あるいは変化の「ボトルネック」にもなり得るのではないか——そんな責任の重さを感じずにはいられません。

このカンファレンス中の体験にはもう一つ、忘れがたい文脈がありました。ここ数年米国のニュースに触れる中で、現地での空気感はどんなものなのか、多少の不安をもって現地に入りました。昔住んでいた頃好きだった、米国で感じる明るさやオープンさ、人への優しさが、変わらず存在していることにホッとする瞬間もあれば、現在の世界情勢や会場周辺(LAのダウンタウン)の雰囲気を目にしながら、そのような状況に接しながらも、人々の「変わらなさ」にどんよりとした違和感のようなものを感じたりもしました。

そうした意味でも、社会の状況と切り離された状態で人材開発に関わることの危うさを、改めて感じさせられたカンファレンスでもありました。

Agencyとつながる

では、どのように自らの視野を広げ、問いの質を変えていけるのか。先にご紹介したKass氏は、私たちがこれからどう生き、視野を広げるべきかについて、以下の5つの指針も残しています。

1. Anchor to Your Vision & Values|ビジョンや価値観を軸に行動する
変化に無限に適応するのではなく、目的(WhyやWhat)は自分自身の信念を明らかにすること。目的に向かう手段を状況に適応させる。

2. Learn How to Learn|学び方を学ぶ
自分が本当に夢中になれるものを学ぶ。重要なのは知識の習得ではなく、何かに熱中し、自分の限界を超え、自己犠牲をいとわず深く探究する「経験」そのもの。

3. Go Outside|外に出る
かつて読書や思索、偶然の出会いに使われていた「隙間の時間」を意識的に取り戻すことが、精神的健康と人間的つながりの回復につながる。

4. Be Human|人間である
勇気・共感・好奇心・道徳性・ユーモア——長年「ソフトスキル」と呼ばれ軽視されてきたものが、実はAI時代における唯一の本質的スキルである。

5. Choose Optimism|楽観主義を選択する
子どもを持つ人、誰かを養う人、社会の一員である人にとって、楽観主義は世間知らずの甘さではなく、義務。意識的に「良いことを探し、人に伝える」行為が必要。

Zack Kass氏:私たちの内側から生まれるものに基づいて行動しよう

知識やスキルがコモディティ化した今、人間に残るのは内発的な意思や価値観だというKass氏の議論は、カンファレンスで複数のセッションに登場した「Agency」という概念とも重なり合います。

Julie Winkle Giulioni氏がスピーカーをつとめた「Career Agency: The Next Frontier in Development, Engagement & Retention(キャリア・エージェンシー:人材開発・エンゲージメント・リテンションの次なる地平)」では、従業員が自分のキャリアにオーナーシップをもつことがだんだんと難しくなっている現状が語られました。長期的なキャリア計画を立てることよりも、自らのこれまでの経験やありたい将来の姿に自覚的になったうえで、外部環境の変化に適応しながら、意図的なキャリア・アクションを一歩ずつ積み重ねていく——そうした「キャリア・エージェンシー」の考え方が、これからより重視されるべきだというメッセージでした。

Judith Katz氏とFrederick Miller氏の「Smothered or Supported? Actions for Unleashing Individual and Team Agency(抑圧か、支援か:個人とチームのエージェンシーを解き放つための行動)」というセッションでは、個人のAgencyを組織の中で守り、発揮していく方法について議論されました。セッションの中で語られた言葉が、印象に残っています。

エージェンシーとは、個人の自律性を大切にしながら、同時に他者との相互依存と共創を通じて、組織をより良くしていくことを目指す姿勢である。 そしてそれは、役割や経験年数、アイデンティティにかかわらず、すべての人が、自分の仕事と組織の未来に関わる選択や意思決定において、力をもち、影響を与え、声を上げられることを保障することでもある。

Judith Katz氏とFrederick Miller氏:普段の職場で、私たちはどれだけ相手の目を見て挨拶しているだろうか

このAgencyという概念は、「問いの主語を社会へ」というメッセージとも、重なり合うように感じます。組織に与えられたキャリアや役割を受け取るのではなく、社会の中に生きる一人の人間として、自らの意思と責任をもって選び取っていく。そうした主体性こそが、AI時代における人間の在り方の核心ではないでしょうか。

ATD2026から持ち帰った問い

ATD2026で得たのは、答えではなく、問いでした。私たちが向き合うべきなのは、誰のための学びで、誰のための問いなのでしょうか。

AIが学びの形を変え、社会の変化が問いの主体を変えようとしている今、私たちは何を学び、何を問い、誰のために働くのでしょうか。そしてその問いを、どういう視点で立てるのでしょうか。組織の論理の中だけで問い続けるのか。それとも、一市民として、親として、次世代への責任を持つ存在として、組織や個人のあり方を問い直すのか。

その答えは、まだ手元にはありません。だからこそ、これからの時代に必要なAgencyとは、本来の自分自身とつながり、自分が望むあり方、生き方、そして未来に手渡したい社会の姿を明確にしたうえで、一人の人間として目の前の人や仕事に向き合うことから生まれるはずです。

問いの主語と視座を変え、自らの全体性を取り戻すことが、これからの実践を変えていくのだと信じながら、私自身、これからの仕事や人生に向き合っていきたいと思います。


ATD26参加レポート

ATD26を終えて〜AI時代に、問い直す“人間らしさ”と“社会のあり方”〜

<ATD26 INSIGHT REPORT>

1. 自分自身とつながる時代の人材開発 〜市民として問う、L&Dの新しいミッション〜

2. 進路を定めるのは誰か 〜変節する世界におけるリーダーシップをめぐる問い〜 
                    (2026/7/7掲載予定)

3. もやもやの先にあったもの 〜頭と心と身体で紡ぐ未来〜 
                    (2026/7/9掲載予定)

関連するメンバー

私たちは人・組織・社会によりそいながらより良い社会を実現するための研究活動、人や企業文化の変革支援を行っています。

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