ATD(The Association for Talent Development)
もやもやの先にあったもの
〜頭と心と身体で紡ぐ未来〜

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<ATD International Conference and Expo 2026 インサイト・レポート>
研究員 萩森 聖香
はじめに
ATD-ICEへの参加も、今年で4回目になりました。情報を受け取ることで精一杯だった1年目。視野を広げて全体に通じるテーマを受け取ることのできた2年目。どんな情報であれ、そこからいかに学びを得るかに意識が向かった3年目。そして4年目の今回は、また新たな体験でした。一言で表現するなら、「もやもやした」ということです。
4日間のカンファレンスを終え、改めて今年の体験を振り返ったとき、わたし個人として感じていたもやもやが、世の中で起きている変化と地続きであることに気がつきました。そして組織変革や人材開発に携わる人間として、これから向き合うべき問いを受け取ったように思います。
このレポートでは、わたしが参加したセッションをご紹介すると同時に、わたしの頭と心、そして身体に何が起きていたのかを紐解き、これから向き合うべき問いの探究へとつなげていきたいと思います。
整った情報に思考停止する脳
今年、カンファレンスでの体験は大きく変化していました。AIによるリアルタイム翻訳や要約によって、英語のセッションであっても、その場で内容を理解することがはるかに容易になっていました。
どのセッションで語られている内容もスムーズに届き、理解もできる。その一方で、情報に対して、自分はどう感じ、どう考え、どう行動していくのかという、セッションに参加した先の道のりに、うまく進めない自分がいました。
そんな私にひとつの手がかりをくれたセッションが、「脳を意図的にオフにすること」が学びの定着に欠かせないプロセスであると教えてくれた「Brains Off for Learning: Design With Processing in Mind(学習のための思考停止:Processingを念頭に置いたデザイン)」でした。
そこで提示されたのは、私たちが情報を「知っている」から「使える」へと変えるためには、ワーキングメモリから長期記憶へと情報が移行するプロセスが必要であり、そのプロセスは、インプットを続けている間ではなく、立ち止まっている間に起きるという指摘です。だからこそ、学習の設計の中に情報を処理する間を組み込むこと、つまり立ち止まることが重要なのだ、というメッセージでした。
セッションでは、このアプローチが「アイデアベースの休憩」と「時間ベースの休憩」に分けて紹介されました。
アイディアベースの休憩とは、情報量や学習内容の区切りに応じて取り入れる休憩のことです。たとえば、新しい概念やアイデアの合間、あるいは重要なポイントを説明した直後に設けるもので、具体的には、学んだ内容の振り返り(Reflection)や要約(Recap)を行ったり、参加者同士の対話・やり取り(Interactivity)を促すことなどです。
時間ベースの休憩とは、物理的な時間の長さを基準にして、定期的に組み込む休憩です。具体的には、次のようなことです。
- 3〜5分ごと: 講師が一方的に話し続ける(モノローグ)のは5分以内にとどめるべき。数分おきに画面の表示を切り替えたり、参加者に問いかけたりして、細かな変化(メタ認知の瞬間)を作る
- 30分ごと: 大人が1日のうちに物理的に体を動かすべき頻度として推奨されている時間。席を立って体を伸ばしたりする「バイオ・ブレイク」を取り入れる目安になる
- 52分(または53分)ごと: 長い集中に対する休憩の目安。ポモドーロ・テクニックなどの研究に基づき、例えば52分間の集中の後には17分間程度の休憩をとるなど、「集中した時間に対して比例した長さの休憩」をとることが重要
また、過去の研究では、一度に処理できる情報の塊は5~9個とされていましたが、最新の研究では、脳が処理できる情報の限界数は3〜4個と示されているようです。
自分自身を振り返ってみた時、AIの進化によって脳に届く情報量が増える一方で、知らず知らずのうちに認知負荷を負い、情報を処理できない状態になっていたのかもしれない、と腑に落ちたのでした。
しかし、なぜ私たちは立ち止まることを忘れて、それほどまでに情報を詰め込もうとしてしまうのでしょうか。その背景にある時代状況を捉えていたのが、「Rewiring Leadership: Leading Teams in the Age of Disruption(リーダーシップの再構築:激動の時代におけるチームリーダーシップ)」でした。 セッションでは、現代のリーダーが直面している状況はVUCAではなく、すでに「BANI」という新たなフェーズに移行しているという指摘から始まりました。BANIとは以下の4つの言葉の頭文字をとったものです。
・Brittle(もろさ):一見安定しているように見えて、突然崩壊する
・Anxious(不安さ):常に心配や不安、恐れがつきまとう
・Non-linear(非線形):因果関係が通用せず、予想外のことが起きる
・Uncomprehensible(不可解):情報が多すぎて処理しきれず、理解不能になる
こうしたフェーズに入ると、人間の脳は注意の範囲を狭め、認知的な柔軟性を低下させます。その結果リーダーは、脆さに対しては思考を硬直化させ、不安に対しては麻痺し、非線形に対しては方向性を見失い、不可解に対しては過分析するといった、固執したパターンに陥ってしまうのだと言います。
そのような状況においても、リーダーシップを再構築するためのツールとして、人間の思考特性を4つの色(象限)に分類するハーマンモデル(Whole Brain Thinking Model)が紹介され、ワークを通じてその効果を体験していきました。
・青(A象限):分析的・論理的・合理的・明確・定量的
・緑(B象限):有機的・詳細・実用的・計画的・リスク管理
・赤(C象限):人間志向・対人関係的・情熱的・感情的・直感的
・黄(D象限):実験的・概念的・全体的・未来思考・大局観
まず参加者は、周囲にいるリーダーの思考特性をカードで示し、それから自身の思考特性をカードで示すことで、互いの違いを客観視しました。そのあと、プレッシャーがかかる時にどのような思考パターンになっているかを確認し、通常時との変化から、無意識の反応への自己認識を高めました。最後には、「AIの影響による業務再編」というシナリオを想定し、あえて自分が最も苦手とする思考パターンで問いを立てるワークに取り組みました。
AIは、それを使用するわたしたちの思考パターンを鏡のように映し、それらをさらに増幅することも容易です。使用するわたしたち自身が、自分の思考パターンを理解していないと、自分が不得意で関心の薄い領域の情報が欠落していることにも気づかず盲信し、「認知的降伏(Cognitive Surrender)」状態に陥ってしまう可能性もあります。
そこでスピーカーからは、自分の考えに異議を唱えたり、思考の偏りを客観視したりするための鏡として、AIを活用することが推奨されました。その上で、自分だけでなくチームやAIを含めたリソース全体の思考を引き出し、統合する「コグニティブ・アーキテクト(認知の設計者)」としての役割を担うリーダーシップが提示され、セッションは締め括られました。
自分の思考パターンを客観視し、意図的に切り替えていくというアプローチ自体は、これまでもさまざまな形で存在してきました。AIによって情報のインプットや客観的な分析が格段に容易になった今、その重要性はこれまで以上に高まっていると言えます。
しかし同時に、現地でのわたしは、頭で理解すること(思考)と実際に動くこと(行動)の間にある溝が、むしろ広がっているようにも感じていました。頭でスマートに捉えようとすればするほど、どう動いていいのか分からなくなる。そんな感覚を紐解く手がかりになったのが、Humanity(人間らしさ)というキーワードでした。
身体が知っているHumanity(人間らしさ)
ATDにおけるAIの存在感が増すとともに、昨年からよく聞かれるようになったHumanity(人間らしさ)というキーワード。今年はそれがより具体化し、人間ならではの表現や身体感覚にフォーカスしたセッションが行われていました。
『Speak the Speech! Executive Presence Lessons From Shakespeare(スピーチをしよう!シェイクスピアから学ぶエグゼクティブ・プレゼンスの教訓)』は、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの元ボイス・ディレクターであるパッツィ・ローデンバーグ氏の理論に基づき、リーダーの存在感と話し方を学ぶものでした。
ローデンバーグ氏の理論の核となるのは、人が発する存在感を「3つのエネルギーの輪(サークル)」という概念で捉える視点です。第1サークルは内向きの状態で、エネルギーが自分の内側に引きこもり、受け取るだけで発信しない。第3サークルはその逆で、エネルギーを一方的に外に押し出し続ける、いわゆるパフォーマンスの状態です。そして第2サークルは、自分の内側とつながりながら、相手との間でエネルギーをやりとりする状態であり、真の「今ここにいる」ことです。
さらにセッションでは、スピーチにおいて言葉の音がどのように響くかが重要であるという考えに基づく「音響的モード」の視点も紹介されました。英語の母音は感情を伝え、子音は意味や論理を形作る、という特性を持ち、それによって、言葉の響きが聞き手に与える影響は以下の3つに分類されます。
・モードⅠ:
子音が多く含まれ、言葉を噛み砕くよう(Chewy)に口の筋肉をしっかり使って発音する。知性的、戦略的、あるいは他者を追い詰める際などに用いられるスタイル
・モードⅡ:
母音が多く、口の真ん中(mid-palate)を使って流れるよう(Flowy)に滑らかに発音する。寛大さや高い志、理想を語る際に用いられるスタイル
・モードⅢ:
日常言語の枠組みを超えた、人間の根源的な深い音(うめき声のような響き)。言葉に詰まる(Caught)ような身体的負荷を伴い、深い感情や避けられない運命、あるいは重大な警告を伝える際に用いられるスタイル
スティーブ・ジョブズによるMacintoshの発表(1984年)や、キング牧師の「私には夢がある」(1963年)、グレタ・トゥーンベリの国連演説(2019年)といった優れたスピーチでは、伝えたい意図に合わせてこれらのモードを組み合わせて行われているのだそうです。
セッションでは「音響的モード」が生まれるきっかけとなったシェイクスピア作品を教材として、会場からボランティアを募り、作品の一部を声に出しながら、講師のアドバイスによってエネルギーが「第2サークル」へと整っていくプロセスを目の当たりにしました。その時、声の出し方だけでなく、姿勢や呼吸の状態、言葉に込める意味や届けた先のイメージなど、さまざまな感覚に意識を向けるアドバイスが行われていきました。それに伴って、わたしのもとに届く声の印象がどんどん変化していく様子はとても刺激的でした。
リーダーの存在感(プレゼンス)を磨くと言った時に、「こういう姿勢で、こういう言葉を使えばいい」という理論をなぞるだけでは、人の心に響くとは限りません。自分自身の内側と深くつながり、そこから生み出される言葉を身体とつながりながら発してこそ、聞き手と深く同期し、インパクトが生まれる。このセッションでは、スピーカー自身がそういった姿を体現しており、その場にいるからこそ感じられるリアルな体感覚を得られた、深く印象に残る時間でした。
そして、この「身体感覚に意識を向けること」は、発する側だけが意識することではなく、受け取る側としても意識する必要があると教えてくれたのが、「The Impact of Somatic Learning for Leaders – Using Self Awareness to Accelerate Development(リーダーのための身体感覚学習の影響 ― 自己認識を活用して成長を加速させる)」でした。
このセッションでは、身体の内側で起きていること(internal events)を情報源として活用することで、行動を変え、新しい習慣を形成していくソマティック・ラーニングのアプローチが紹介され、いくつかのワークを通じて、少しずつその力を体感していきました。
そのうちの一つが、意識を集中させて“味わう”ワークです。スピーカーはボランティア数名をステージに上げ、チョコレートとフルーツキャンディーを手渡しました。ステップ1では、それぞれのお菓子を普通に食べてもらい、感想を聞きます。ボランティアは「クリーミー」「ネバネバして酸味がある」などと表現しました。ステップ2では、地面についた足の感覚や、深呼吸をして鼻を通る空気の温度など、体の感覚に意識を向けるグラウンディングを行い、内面的な体験への集中力を高めました。そしてステップ3でもう一度お菓子を食べてもらうと、「実はクリーミーではなかった」「最初は気づかなかったが、なんだかプラスチックのような味がする」と、感想が変化したのです。このワークにより、自分の内面的な体験にしっかりと注意を向けることで、体験そのものや、それに対する認識が変わることが示されました。
このように、自身の内面(身体の感覚)に注意を向けるというスキルは、リーダーシップの領域でも極めて重要な意味を持ちます。私たちが日々の業務で抱く不安や苛立ちといった感情も、すべては身体的な反応を伴うもの。そのサインをいち早く読み取り、自分をコントロールする(自己を管理する)力が、優れたリーダーに不可欠だからです。
スピーカーは、効果的なリーダーシップを発揮するために必要な資質を4つに分類し、それぞれ身体的な基盤があって初めて成立するものであると言います。
・自己認識 (Self-awareness):
身体的自覚 (Somatic awareness)を基盤に、自分が今何を体験しているかを知る
・自己調節 (Self-regulation):
身体的承認 (Somatic acknowledgement)を基盤に、自分が感じていることを認め、衝動を抑え、反応を管理する
・責任感 (Accountability) :
身体的リテラシー (Somatic literacy)を基盤に、身体のサインから余白を取り、自身の目標に沿った行動を意識的に選択・管理する
・真正性 (Authenticity) :
身体的習熟 (Somatic proficiency)を基盤に、内部状態を読み解き、感情に支配されずに「どう振る舞うか」を選択する
このように、リーダーシップの資質を身体に紐付ける視点には納得感がありました。その一方で、セッションの冒頭に投げかけられた「ソマティック・ラーニングという言葉を知っていますか?」という問いかけに対して、会場で手を挙げた人は10人にも満たなかったという現実もありました。Humanity(人間らしさ)が盛んに語られるようになっているのに対し、その具体的なアプローチは、まだあまり知られていないのか、というギャップが、私の中に静かな衝撃として残っています。
この問題意識は、ホリスティック医師のブラッドリー・ネルソン博士による「Release the Invisible Burden. How Trapped Emotions Create Hidden Barriers to Workplace Performance – And What You Can Do About It(目に見えない重荷を解放しよう。閉じ込められた感情が職場でのパフォーマンスに隠れた障壁を生み出す仕組み、そしてそれに対処する方法)」でも提示されていました。
彼は、職場でのウェルネス投資が増えているにもかかわらず、バーンアウトやストレスが減っていない状況を取り上げ、「わたしたちはずっと症状を治療してきたのではないか。根本にある身体の状態に目を向けてこなかったのではないか」と問いかけました。そして、従業員やリーダー自身が自覚のないまま抱え込んでいる「過去の未処理の感情」が職場のパフォーマンスを下げる隠れた障壁になっており、それらは職場において、以下のようなサインとして現れるのだと言います。
・つながりの欠如:優秀だが心理的な壁があり、チームに馴染みきれない
・変化への抵抗:高いポテンシャルを持ちながら、理由をつけて昇進や新しい役割を拒む
・持続的な不安:休暇や従来のセラピーを取り入れても解消されない、根深い不安
・身体的症状:慢性的な緊張や原因不明の痛み
・自己破壊:成果を上げると、自らトラブルを起こして元の状態に後戻りする
そうした潜在意識から心を守るために、約93%の人が「ハートウォール(心の壁)」という未処理の感情エネルギーを積み重ねた壁を築いているのだそうです。そして、人間の心臓には独自の神経系(約4万個の細胞)が存在し、脳とは独立して直感やコミュニケーションを司っているため、ここが遮断されることで、アイデアの創出やリーダーシップ、本質的なコラボレーションの能力が著しく制限されるのだそうです。
セッションの後半ではキネシオロジー(筋肉反射テスト)を用いたデモンストレーションが行われ、参加者が首や腰に抱えていた痛みの根本原因となっている過去のストレス感情を突き止め、わずか数分で痛みのレベルが劇的に軽減するという変化が起こりました。この個人の身体における変化をふまえ、リーダー自身が自らの「ハートウォール(心の壁)」を自覚し、それを解放する体験をすることが、人間本来のつながりを取り戻し、真に健康的な組織を作るために重要である、という結論でセッションは締め括られました。

キネシオロジー(筋肉反射テスト)を用いたデモンストレーションの様子
振り返れば、わたしがこのカンファレンスを通じて抱えていたもやもやのうち1つの答えが、こうした複数のセッションの根底に流れるメッセージの中にありました。いくら理屈でわかっていても「動けない」「変われない」という状態にあるとき、その本当の理由は身体(ソマティック)にあるのではないか。その問いがわたし自身の体験と重なったのです。
今年のカンファレンスでは、情報を受け取ることがスムーズになる一方で、その情報を自分なりに咀嚼し、解釈する前段階にあるはずの感情や身体感覚が刺激されることが少なかったように思います。今までであれば、目の前にいるスピーカーがどのように話をしているのか、どのように周りの参加者とつながっているのか、姿や立ち振る舞いから受ける印象も含め、印象に残るセッションや浮かび上がっていました。しかし今回は、画面に映し出されるテキストを追うことに頼りすぎてしまい、スピーカーと同期できないまま、情報だけが頭に届いてくる。それは一見、効率的な体験のように感じられていましたが、言葉の奥にある生々しい熱量や空気感、スピーカーの人間性が削ぎ落された情報をうまく受け取ることができていなかったのだと気づいたのです。
そうした気づきを抱えながら、今年のATDでよく語られていたもう一つのキーワード、Emotion(感情)を扱うセッションに目を向けてみたいと思います。
Emotion(感情)の解釈をめぐる違和感
「職場で『感情的だ』と言われたら、どう感じますか?」そんな問いかけから始まったのは、「The Hidden Power of Friction: A New Leadership Framework(摩擦の秘めた力:新たなリーダーシップの枠組み)」でした。
会場からは「ヒステリック」「気まぐれ」といったネガティブなイメージが次々に挙がり、「立場が上がるほど、感情を持つこと自体が贅沢なことのように感じる」というリアルな声も聞かれ、感情を表現することがいかにタブー視されてきたかを目の当たりにしました。
セッションで紹介された全米のリーダー層を対象にした調査データによると、「AI活用が進むにつれて、EQがさらに重要になる」と回答した割合が世代を問わず一貫して約6割にのぼるのだそうです。しかしその一方で、全米の一般就業者を対象にした調査では、38%の人が「EQという言葉を一度も聞いたことがないか、正しく定義できない」という現実も明らかにされました。
そんな状況も背景に、EQ(感情知性)を実践する第一歩として、リーダーを取り巻く環境で発生する「摩擦(Friction)」を次の3つに分類し、活用可能な「情報(インフォメーション)」に変換するアプローチが紹介されました。
1)Internal(内面的摩擦):
昇進後のインポスター症候群、完璧主義による失敗への恐怖など
2)Interpersonal(対人関係の摩擦):
有害な上司、頻繁に方向性を変える役員、部下との衝突など
3)Systemic(システム・構造の摩擦):
競争を生む評価制度、不適切なチェンジマネジメント、心理的安全性の欠如など
まず、1〜3のどこで摩擦が起きているかを客観的に特定した上で、感情を言葉にして正しく名付けること(Labeling)、身体を動かしてストレスをマネジメントすること、ポジティブなフィードバックの割合を増やすことといった、日常で実践できる小さな実験(Experiment)の重要性が共有されました。
「AIが仕事の多くを代替していく時代だからこそ、この泥臭くも人間らしい感情のマネジメントに投資することが、これからの組織の成果を左右する」というスピーカーからのメッセージは力強く、納得できるものでした。しかし同時に、現場の実態との間には大きなギャップも存在しています。
こうした現実を頭の片隅に置きながら、ここではもう一つ、Emotion(感情)を扱った「Fuel or Friction? Leveraging Emotions to Accelerate Business Strategy(燃料か、それとも摩擦か?感情を活用してビジネス戦略を加速させる)」を取り上げたいと思います。このセッションではAI導入をはじめとする、変革の多くが思うような成果を生み出せていない現状の中で、その加速のための燃料として感情に着目していました。
根幹にあるのは、「脳は感情的に反応する前に予測している」という最新の脳科学に基づく視点です。私たちの脳は、過去の経験や信念からなる「パーセプション・ボックス(認識の箱)」を持ち、そこで次に何が起きるかを予測し、その予測が感情を生み、行動を決定します。変革への抵抗やエンゲージメントの低下も、この予測のメカニズムから生まれているのだと言います。
リーダーがそうした目に見えない予測をいち早く察知するための指標として、BEATSというフレームワークが紹介されました。変革の場面で、メンバーの中に生まれやすい問いとして、それぞれ次のように表すことができます。
Belonging(帰属意識):
「この新しい働き方になっても、自分はまだ価値を生み出せるだろうか?」
Efficacy(自己効力感):
「新しい環境で成功するために必要なことを、自分は実際にやり遂げられるだろうか?」
Agency(当事者意識・主導権):
「この新しい仕組みが作られるプロセスにおいて、自分には発言権があるだろうか?」
Trust & Fairness(信頼と公平性)
「リーダーはこれからの計画について、私たちに対して誠実(正直)だろうか?」
Safety(安全性):
「新しい技術を試して失敗したり、懸念を口にしたりしても安全だろうか?」
セッションでは、変革に取り組む実際のメンバーを思い浮かべながら、相手の行動変化を観察し、感情を推測し、その背景にある予測を仮説として立て、BEATSに分類するというワークを行いました。大切なのは「正解を当てること」ではなく、仮説をもとに誠実な対話の準備をすることだと強調されていました。こうしてリーダーが感情的な転換を早期に察知して介入できた場合、変革を成功させる確率が12倍高まるというデータも示されました。
ワーク自体は面白く、実践的な手応えも感じました。ただ、感情へフォーカスした先に、「変革の加速」「競合優位性」という言葉に着地していくことへの違和感が拭えませんでした。それは、人間をパフォーマンスのための道具として扱っているようにも感じられたからです。
「人間をパフォーマンスを最大化するための道具として見るのか」、それとも「存在そのものとして尊重するのか」―「The Hidden Power of Friction: A New Leadership Framework(摩擦の秘めた力:新たなリーダーシップの枠組み)」で示された理想と現場のあいだにあるギャップの正体も、ここにあったのかもしれません。
AIにできることがさらに増えていく時代において、組織変革や人材開発に携わる人間として、働くことや生きることをどう捉えるのか。このカンファレンスを通じてわたしが受け取っていたのは、最先端の情報だけではなく、自分自身の哲学への問いだったのだと感じています。
おわりに
振り返れば、「はじめに」で書いたもやもやの正体は、AIの進化によって思考の効率化が進む一方で、人間としての身体感覚や感情がパフォーマンスのための道具として消費されようとしていることへのアラートだったのだと思っています。そして、それがもたらしてくれたのは、わたし自身の内側にあった、「人間を存在そのものとして尊重したい」という哲学でした。
それに気づくことができたのは、今年「Co Learning Lab」という形で、ヒューマンバリューメンバー以外の仲間ともATDに参加し、探究の旅路を一緒に歩んだからだと感じています。言葉にならない違和感や、生煮えの解釈をそのまま出して、ともに言葉を紡いでいく。あの時間があったからこそ、もやもやにまっすぐ向き合い、その先の未来に向けて一歩を踏み出すことができるのだと実感しています。それは、今年のATDのテーマである「Embrace Disruption. Direct the future.」を体現していたとも言えるかもしれません。
カンファレンスへの参加も4年目となり、自分自身のなかに見出した哲学を、どのように実践していくのか。また新たな探究が、ここから始まるのだと感じています。
ATD代表のトニー・ビンガム氏は、「今日が、一番変化の遅い日」という言葉を贈ってくれました。最初に聞いたときはよくわかりませんでしたが、ATD26を終えた今、この言葉を自分なりにこう解釈しています。それは、今この瞬間が、未来に向けて動き出すのに一番最高のタイミングだ、ということです。
これからも多様な実践家のみなさんと、今、ここから始まる探究の旅路を、ともに歩んでいけたら嬉しく思います。

Co Learning Labでの現地ダイアログの様子
ATD26参加レポート
・ATD26を終えて〜AI時代に、問い直す“人間らしさ”と“社会のあり方”〜
<ATD26 INSIGHT REPORT>
1. 自分自身とつながる時代の人材開発 〜市民として問う、L&Dの新しいミッション〜
2. 進路を定めるのは誰か 〜変節する世界におけるリーダーシップをめぐる問い〜
3. もやもやの先にあったもの 〜頭と心と身体で紡ぐ未来〜