ATD(The Association for Talent Development)

ATD2018カンファレンス・レポート(2018/05/11)

2018年のATDインターナショナルカンファレンス&エキスポは、5月6日(日)~5月9日(水)の日程で、米国カリフォルニア州サンディエゴのサンディエゴ・コンベンション・センターにて開催されました。

関連するキーワード

ATD2018の参加国・参加者数

本年の参加国数と参加者数は以下の通りとなっています。

・トータル:13,000名
・米国外からの参加者:2,450名
・参加国数:93カ国
・国別の参加者上位(米国除く)
カナダ:349名
韓 国:298名
日 本:269名
中 国:180名
ブラジル:123名

ATD2018の主要テーマ

ATD2018で行われるセッションは、以下の14個のカテゴリーに分けられています。

・ラーニング・テクノロジー(Learning Technologies)
・リーダーシップ・ディベロップメント(Leadership Development)
・トレーニング・デリバリー(Training Delivery)
・インストラクショナル・デザイン(Instructional Design)
・タレント・マネジメント(Talent Management)
・キャリア・ディベロップメント(Career Development)
・グローバル・ヒューマン・リソース・ディベロップメント(Global Human Resource Development)
・ラーニングの測定と分析(Learning Measurement & Analytics)
・ラーニングの科学(The Science of Learning)
・セールス・イネーブルメント(Sales Enablement)
・マネジメント(Mnagement)
・ガバメント(Government)
・ヘルスケア(Healthcare)
・ハイヤーエデュケーション(Higher Education)

ATD2018カンファレンスの報告

ATD2018 International Conference & EXPO (ATD-ICE2018)は、今年で75周年を迎える。

節目の年の記念大会として開催された本カンファレンスには、バラク・オバマ前米国大統領が基調講演に招聘されるなど、主催者側の力の入れ様も高く、参加者も13,000名と過去最高を数えるなど、例年以上に熱気のある会となっていた。開催場所がサンディエゴという温暖な街であることなどと相まって、会場全体もどことなくポジティブでリラックスした雰囲気に包まれていたように感じられた。

カンファレンスの内容に目を向けてみても、例年以上に多様で質の高いセッションが行われていたように思う。ヒューマンバリューのツアーの参加者からは、「カンファレンスのオーセンティックさが増している」といった声も聞かれ、多くの本質的なインサイトが得られる場になった。

本レポートでは、カンファレンスでの検討内容、及び毎晩カンファレンス終了後に行われた、ヒューマンバリュー主催の情報交換会でのダイアログの様子を参考に、ATD-ICE2018から浮かび上がってきた今年の傾向やキーとなるテーマを整理し、全体の報告を行うことにする。

デジタル・トランスフォーメーションとヒューマニティ

今年のカンファレンス全体を貫くように背景に流れていた大きな文脈を一言で言うならば、「デジタル・トランスフォーメーションとヒューマニティ」といった言葉で表されるのではないかと思う。

ATDチェアであり、TDバンク・グループにおけるTalent and Organizational Effectivenessのヘッドを務めるTara Deakin氏は、基調講演の冒頭にスピーチを行い、急激に進むデジタル化による環境の変化が、私たちに及ぼす影響について、次のように強く訴えかけていた。

「AIをはじめとしたテクノロジーの進化が、ナレッジ・ワーカーを含むあらゆる職業に影響を与えます。何百万という仕事が自動化され、人間の仕事がロボットに取って代わられることに対して、私たちは皆、恐れを感じています。そこで私たちに求められるのは自分たちの仕事を再定義することです。その中で、タレント開発に関わる私たちは、AIの時代における新しいタレント開発を生み出していくことが必要です。マシンと人間が共存するハイブリッドな職場において、私たち自身がデジタルやデータについて学び、タレント開発のあり方や能力を進化させ、一緒に成功していくことを支援していきたいと思います」

ATDにおいては、これまでにもテクノロジーの影響について言及されてきたが、どちらかというと、モバイル・ラーニングなどの学習のツールや手段のデジタル化の話が中心であり、ATDのチェアが、より広い文脈でデジタル・トランスフォーメーションを捉え、ここまで大々的に話すのは初めてであったかもしれない。
こうした傾向は、基調講演にとどまらず、カンファレンスで行われたセッション全体の中でも、私たちの仕事そのものがデジタル・トランスフォーメーションの大きな波の中にあることへの言及が多くなされ、ATDにおいても潮目が大きく変わり始めていることを多くの人が感じたのではないかと思う。

そして、こうした状況に、私たち人と組織の学習・成長に携わるものがどう対峙するのか。ATD全体で発信されていたメッセージをあえて統合するならば、こうした時代だからこそ「ヒューマニティ」、つまり人としてのあり方や人間性、そして、人だからこそ生み出せる価値や強みに目を向け、今一度大切にしていこうということではなかったかと思う。

今年のカンファレンスの目玉であるバラク・オバマ前米国大統領は、基調講演の中で、バリューを生きることの重要性について繰り返し言及を行っていた。
オバマ氏は、正直であること(Honest)、他者に親切であること(Kindness)、他者を尊敬すること(Respect)といったシンプルなバリューが、私たちの行動や考え、そして生き方に影響を与え、このバリューこそが我々を遠くに導くものであることを自分の体験を交えながら語り、人としてのバリューに立ち返ることの重要性を強調していた。

また、自分のことを「慎重なオプティミスト」と呼び、変革は一朝一夕で進むものではなく、正しい答えがない中で、現実を直視し、あらゆる人々の言葉に耳を傾け、バリューや信念に基づいて一歩ずつ変化を生み出していくことの大切さを自身の半生を振り返りながら述べていた。そして、そのためにも、私たち人材開発に携わるものは、「人の最高(best-self)」を解放していくことにあると述べ、聴衆に大きな感動を与えていたことが印象的であった。

オバマ氏に続いて、3日目の基調講演を務めたのは、Strength(強み)によるレボリューションの生みの親として著名なマーカス・バッキンガム氏であった。
バッキンガム氏は、FCバルセロナのプレーヤーのリオネル・メッシの左足をわかりやすい例に挙げながら、すべてに均整の取れたWell-rounded(丸い人)を育てるのではなく、強みにフォーカスを当て、一人ひとりのユニークネスを発揮できるようにすることが重要であると述べる。そして、タレント開発の専門家である私たちの役割は、人々が自分の中にある強みのパターンを発見し、それを育む支援をすることにあるとの主張を行った。また、強みを解放する上では、仕事を愛する(Love)ことが重要であり、バッキンガム氏はそれを「赤い糸」と称し、自分のユニークさや強みをベースに、自分の仕事を赤い糸で織り成していこうとのメッセージで講演を締めくくっていた。

また、ヒューマニティを重視する傾向は、カンファレンス全体を通じても感じられた。特に今年は、上述したバリューにも通ずるものとして、「パーパス(目的)」という言葉が多くのセッションの中で用いられ、人々がより意味のある仕事を求めていることへの言及が増えていたように思う。

たとえば、「M106:Wired to Become: The Neuroscience of Purpose(人間の天性はパーパスを追うこと:パーパスの神経科学)」においては、昨年「チームの神経科学」をテーマに掲げたブリット・アンドレッタ氏が、今年は「パーパス」をメイン・テーマに取り上げ、講演を行った。セッションの中では、「89%の社員が、個人的な想いにつながった仕事や、社会にインパクトを与える仕事をすることを望んでいる」といったデータをもとに、パーパスの今日的な意義を考えるとともに、脳科学の視点を交えながら、何が人や組織のパーパスを生むのかについて多くの洞察が紹介され、注目を集めていた。

ここまで紹介してきた2人の基調講演者のメッセージやパーパスへの関心の高さを振り返ってみると、「一人ひとりの素晴らしさやその人らしさをもとに、より良い世界を創っていくこと」こそが、私たち人間がもつ共通の価値であるということがうかがえる。

くしくも、今年で75周年を迎えるATDがミッションとして掲げる「Together We Create a World That Works Better(共により良い世界をつくる)」とも共通したメッセージであり、そこを自分たちの核となる強みとして世界に貢献していこうという強い意志が感じられたカンファレンスでもあったように思う。

「デジタル・トランスフォーメーションの時代において、一人ひとりのヒューマニティを基軸とし、人間の価値や素晴らしさをいかに解放していけるか」という命題に、私たちはどう向き合っていくのか。
こうした深く、力強い問いに対して、多くの実践家や研究者たちが、多様なテーマのもとで議論を行っていたというのが今年のカンファレンスの大きな傾向といえるだろう。そして、そのテーマには以下のようなものが挙げられる。

1.心理的安全、コンフリクト、バイアスへの対応
2.マインドフルネス
3.キャリア観の転換
4.リスキルとラーニング環境の構築

ここまでは、カンファレンス全体の文脈を紹介してきたが、ここからは、上に挙げたそれぞれのテーマで、具体的にどのような議論が行われていたのかを概説し、深堀りすることで、カンファレンスをより立体的に捉えてみることにする。

1.心理的安全、コンフリクト、バイアスへの対応

変化が常態化し、未来が不確実な世の中において、組織として継続的な学習を通じて価値創出を行うためには、組織や職場のサイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)を高め、人々の信頼関係を構築し、コラボレーションを促進することが大切であるとの認識は周知ものとなっている。
その背景には、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授の先行研究をはじめ、神経科学分野における研究から、サイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)の有用性を裏付けるエビデンスが次々と明らかになってきたことがある。

こうした文脈を踏まえ、ATD ICEにおいてもここ数年、サイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)をテーマとしたセッションが複数登場し、カンファレンスの参加者から注目を集めてきた。
今年のATD ICEにおいてもこのトレンドは変わらず続いているものの、サイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)のつくり方や高め方といったHOWについて具体的に語られたセッションが増えるなど、より踏み込んだ内容となっていた。また、サイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)と合わせて、人々の信頼関係やコラボレーションを高める切り口として新たに露出してきたのが、対人関係におけるコンフリクトや無意識のバイアスへの対応である。無意識のバイアスへの対応については、以前も扱われたことがあったが、より実践的に活用できるような内容になっているように見受けられた。

それでは、上述したサイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)、対人関係におけるコンフリクト、無意識のバイアスへの対応に関連したセッションの概要を紹介しながら、振り返ってみたいと思う。
まず、「M109:T.R.I.B.E.: A Model for Managing Biases and Building Psychological Safety T.R.I.B.E(バイアスを管理し心理的安全性を築くモデル)」では、最新の神経科学の知見に基づき、無意識のバイアスが個人やチームの環境にどのような悪影響を及ぼすのかを明らかにし、サイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)を実現するポイントが説明されていた。

具体的には、サイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)が脅かされる以下の無意識のバイアスS.A.F.E.T.Yに対応するためのアプローチとして、T.R.I.B.Eモデルが紹介されていた。同モデルを活用することで、自分自身の感情的な反応を是正する力を向上させ、サイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)を高める行動を促進することを意図しているようであった。

<バイアスとしてのS.A.F.E.T.Y>
・Security (安全:不確実なことに対して脳が感じる恐れ)
・Autonomy (主体性:脳は自分でコントロールすることを望む)
・Fairness (公平性:不公平に扱われると嫌気がさす回路が作動する)
・Esteem (尊重:自尊心の高低によって扁桃体は恐れを誘発する)
・Trust (信頼:自分と同じ<イングループ>か、否か<アウトグループ>での反応、いわゆる自己防衛バイアス)
・You (あなた:上述のS.A.F.E.T.が発動する自分のパーソナリティ、状況の理解)

<バイアスに対応するT.R.I.B.Eモデル>
・TRigger (トリガー)
自分は、S.A.F.E.T.Y.のうちのどのようなことがきっかけで、サイコロジカル・セーフティを脅かすようなバイアスが誘発(トリガー)されるのか、注意を高める
・Interpret (解釈)
自分がそのトリガーをどのように解釈しているのか、脅威の対象となる人をどのように解釈しているのかについて、再評価する力を高める
・Build (相手の立場になって考える)
トリガーを引き起こしている相手の立場に立って考え、考え方の違いの多様性を理解することで、神経のバイアスを緩和することができる
・Engage & Embed (定着化させていく)
バイアスのトリガーの再評価を繰り返し実践することで、長期的に扁桃体の反応を変えていくことができることが証明されている。そして、コンフリクトの是正にもつながる

また、「TU117:Don’t Overlook This Enabler of Innovation: Build It Into Your Learning Programs(イノベーションの実現要因を見逃すな:あなたの学習(研修)プログラムに組み込むには)」では、イノベーションの実現要因であるサイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)を踏まえた研修プログラムと場づくりの重要性およびそのポイントについて説明されていた。

具体的には、サイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)を高めるために、「オープンさの奨励」「アウェアネスの増加」「具体的なコンテクストづくり」の3点を押さえることが提唱されていた。
「オープンさの奨励」については、研修の参加者が率直に思っていることや感じていることを出せるようなエクササイズを取り入れ、「アウェアネスの増加」については、サイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)とクリエイティビティとの関係性についての説明を行い、参加者同士が互いに率直に対話できるようなタスクを提供し、「具体的なコンテクストづくり」においては、研修が進む中で、参加者に心理的安全性の変化やより良くするためのポイントの振り返りを促すことが推奨されていた。
こうした実践を繰り返していくことで、やがてサイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)が組織のカルチャーになるという話は、印象に残るものであった。

神経科学の研究に基づいた人材開発の実践を黎明期からリードしてきたニューロリーダーシップ・インスティテュートによるセッション「M305:Neuroscience and HR(脳科学とHR)」で、無意識のバイアスへの対応として常識とされている「バイアスの自覚化」だけでは不十分であることを科学的に証明した内容が紹介されていた。

具体的には、まずバイアスを受け入れ、バイアスを特定するためにラベルづけを行い、そして徐々にそのバイアスの作用を緩和していくアプローチとのこと。ラベルづけについては、以下の SEEDS モデルを活用するのがよいとのことである。

・Similarity:類似性
あなたと同じであるほど、いい人と見る
たとえば、リーダーの決定で、似ている人をそばに置いてしまうことがある
・Expedience:便宜主義
迅速化して、早くやってしまおう
・Experience:経験
すべて体験したことはいい感覚だと判断してしまう
・Distance:時間・空間的な距離
脳は時間的、空間的な距離感が近い方を好む
・Safety:安全性
脳は脅威に対して反応する、脳が危ないという信号が与える

さらに、コンフリクトへの対応を扱った興味深いセッションとしては、「M310:Managing Conflict With Emotional Intelligence for a Winning TeamEQ(心の知能指数で対立を解消しウィニングチームをつくるには)」や「TU407:Ouch, That Hurt! The Neurobiology of Feedback(あ痛っ!フィードバックの神経生物学)」が挙げられる。
「M310:Managing Conflict With Emotional Intelligence for a Winning Team(EQ心の知能指数で対立を解消しウィニングチームをつくるには)」においては、EQを活用し、自分と相手の感情を理解しながら、より良い関係構築につながる行動の選択をすることで、コンフリクトを解消するポイントを説いていた。
EQの有用性については、昨今注目を集めているマインドフルネスの分野においても再認識されているが、自分の感情のパターンとその影響を認識するとともに、相手の感情に寄り添ったコミュニケーションを心掛けることは、より良いチームづくりにとって不可欠であろう。

「TU407:Ouch, That Hurt! The Neurobiology of Feedback(あ痛っ!フィードバックの神経生物学)」で、神経生物学の知見を踏まえつつ、対人フィードバックのあり方について説明がされていた。
対人関係におけるストレスは他のストレスと比較すると、ストレスホルモンであるコルチゾールを3倍分泌することや、対人関係による痛みは身体的な痛みと同じ神経回路が作動するなど、対人関係をいかにより良くすることが大切であるかのエビデンスとして説得力があった。

そうしたエビデンスを踏まえた具体的な対人フィードバックのポイントとしては、相手の闘争逃走反応を作動させるような「タスク・ポジティブ・ネットワーク(TPN)」回路に基づいたものではなく、相手が安心して受容できる反応を作動させる「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」回路に基づいたコーチング的なアプローチがより効果的であり、相手の満足度を高めるとのことである。
具体的には、たとえば、相手のネガティブ感情を引き起こすような言葉の使用を避け、課題と人格を切り離し、行動に焦点を置きつつも、背景にある相手の感情に共感の気持ちをもって接し、フィードフォワードを行っていく。そうすることで、健全なフィードバックカルチャーの醸成を意図しているとのことだ。

ここまでを振り返って、あらためて思ったことは、「私たちは人間である」という前提を忘れてはいけないということだ。より良い成果を素早く出そうとするあまり、目先の生産性や効率性の向上に目が向き、気づけば個人や組織を機械のようなものとして扱ってしまうことで、むしろ成果は高まらず、副作用として人は疲弊し、エンゲージメントも低下してしまうことはよくある話だ。

良かれと思って取り組んでいることがそうなりにくい状況にあるからこそ、良かれと思った影響や結果につながるよう、サイコロジカル・セーフティ(心理的安全性)、対人関係におけるコンフリクト、無意識のバイアスについての知見をさらに深め、実践を通して学習して続けていくことは必須であろう。

2.マインドフルネス

ATDでは、2~3年前から「マインドフルネス」に関するセッションが出始め、それほど数は多くなかったが、今年度は、「マインドフルネス」に関するセッションが増えていた。セッションに参加している聴衆もマインドフルネスを理解した上で参加しているようにうかがえた。

こうした背景には、1つには、デジタル・トランスフォーメーションが進む中で、SNSやインターネットに常時つながった状況が増え、情報量が多くなり、そのために脳が常に作動し続け、注意散漫になりやすい環境に置かれていることがある。
2つ目には、脳科学の進化によって神経可塑性が明らかになり、マインドフルネスによって、より生産性やクリエイティビティが高められることが明らかになった。
3つ目には、働く一人ひとりが、仕事そのものにハピネスを感じ、ウェルビーイングを大切にして働くことが重要になってきたことが挙げられる。そうした状況への対応として、「マインドフルネス」への注目が高まっているといえるだろう。

マインドフルネスの定義としては、マサチューセッツ大学のジョン・カバット・ジン博士の提唱する「the awareness that arises through paying attention on purpose in the present moment non-judgmentally(今の瞬間に意図的にかつ判断・批判なく注意を向けることで浮かぶ意識の状態)」というのが有名である。多くのセッションでは、マインドフルネスについて、ジョン・カバット・ジン博士の定義が引用されるとともに、「過去や未来でもなく、今ここに意識を置き、しっかりと集中する」ことであると説明されていた。

では、具体的にどのような内容が紹介されたか、いくつかのセッションを紹介したい。

まずはじめに、マインドフルネスを導入する背景を説明しているセッションとしては、「SU310:Mindfulness at Work: Enhancing Your Productivity and Influencing Your Management Approach(仕事におけるマインドフルネス:あなたの生産性を高め、マネジメントアプローチを拡げるには)」がある。
このセッションでは、「1日につき2617回、携帯電話をチェックする」「87%の人が、少なくとも1回、深夜にスマートフォンをチェックする」「72%のアメリカ人は、自宅や休暇の間にメールをチェックする」などの調査データが紹介され、ソーシャルファーストの状況になり、人々がインターネットに常にプラグインした状態であると説明されていた。

そうした状況下では、脳の機能が低下し、生産性も下がるため、デジタルデトックスの重要性が語られていた。そのため、意図的に今ここに注意を向けるトレーニングが必要であることが主張され、マインドフルネスの実践方法や、マインドフルネスを毎日継続するためのアプリケーションについて紹介されていた。

また、リーダーシップの文脈でもマインドフルが取り挙げられていた。「M121:Mindfulness: The Core Strategy of the 21st-Century Leader(マインドフルネス:21世紀のリーダーのコア戦略)」では、21世紀のリーダーシップでの鍵は、「マインドフルネス」「セルフレスネス」「コンパッション」の3つであると提示され、これからのリーダーは、今ここへのAttention(注意)をマネジメントする力を高め、私という視点だけでなく私たちや他者の視点を取り入れ、他者にとってベネフィットのある行為を行っていくことが大事であると紹介された。
また、元僧侶である講演者による「SU209:Principles of Mindful Leadership(マインドフル・リーダーシップの原理原則)」においても、リーダーは謙虚であり、相手へ寄り添い、共感をもったマインドフルなコミュニケーションを図ることが大事であり、ビジネスの文脈においてもその重要性が高まってきていると語っていた。

次に、企業での実践例を紹介したものでは、「TU105:Nuts and Bolts of Designing a Culturally Contextualized Mindfulness Program at Work(職場におけるマインドフルネス・プログラムをカルチャーの文脈に沿って設計するための要点)」がある。
ここでは、LGグループのServeone社の実例が紹介され、ソウル大学の教授と協力しながらマインドフルネスの2日間のプログラムを開発し、マネジャー以上を対象に、マインドフルネスを3年に1度体験する機会を設けている。
このプログラムでは、認知的な変化だけでなく、身体的な反応も含めて、効果測定にチャレンジしていた。また、「TU102:Developing Mindful Leadership Within Your Organization(あなたの会社でマインドフルなリーダーシップを開発するには)」では、マインドフルネスは、スピリチュアルなものではなく、働く一人ひとりのメタ認知の力を高めるスキルであると紹介され、マインドフルネスを自社へ導入するためのポイントについて話された。

3.キャリア観の転換

カンファレンス全体の文脈として、「デジタル・トランスフォーメーションとヒューマニティ」を挙げたが、その傾向は、働く人々のキャリアの捉え方にも強く影響を与え始めていることがうかがえる。

ATDチェアのTara Deakin氏は、基調講演冒頭に行われたスピーチの中で、「Career Dexterity and Resiliency(キャリアの器用さとレジリエンス)」という言葉を使い、自身の職業の未来が曖昧で、場合によってはAIやロボットに代替される状況において、キャリアを自ら進化させ続けていくことの重要性を述べていたことが印象的であった。
そして、これまでのキャリア開発のように、過去からの延長線の中で階段的にキャリアを考えられた時代が終わり、より生成的なキャリア観やキャリア構築のあり方の模索が始まっていることが、カンファレンス全体のセッションからもうかがえる。

たとえば、「SU215:Recalculating Your Destination: Why Career Development Needs a GPS(あなたの目的地を再計算する:キャリア開発にGPSが必要な理由)」では、キャリア・ディベロップメントに代わって、「キャリア・フォーサイト」という言葉を打ち出していた。これは、VUCAの時代においては、リニアなキャリア開発を捨てて、「未来に対するインサイト」を得ていくようなアプローチが重要になるとのことである。
そして、そのために大切なこととして、Sense(社会のトレンドを感じ、パターンを築く)、Mesh(サイロを壊し、外とつながりやネットワークを築く)、Transform(ブレークスルーにつなげる)という3つの観点が挙げられ、働く一人ひとりがこうしたプロセスを通して、自分のメンタルマップを拡げ、学習・脱学習・再学習を繰り返していくことの意義が探求されていた。

その他にも、「SU109:Reimagining Career Mobility: Up Is Not the Only Way!(キャリアのモビリティを見直す:昇進だけが唯一の道ではありません!)」では、ATDのレジェンド・スピーカーの一人であり、ATDライフタイム・アチーブメント・アワードを受賞したビバリー・ケイ氏が、キャリアについてのセッションを行った。

ケイ氏は、昨年からキャリアのメタファーとして、「望遠鏡から万華鏡」というコンセプトを用いて説明を行っている。望遠鏡のメタファーは、月を眺めるように、将来の自分のあるべき姿を予測するようなキャリアの捉え方であり、現在こうした考えは限界に来ていると述べる。新しいメタファーは万華鏡であり、これは、経験、選択、機会、可能性などがちりばめられた世界が、人が進むにつれ、あたかも万華鏡のように変容していくという世界観を表す。

そして、多様な経験が新しいパターンを生み出していき、そうしたパターンそのものがキャリアとなっていくという、より生成的で、ヒューマニティを中心に置いたキャリアのあり方を示している。今年もこうした考えが示された上で、「プロモーション・カルチャーからグロース・カルチャーへ」「キャリア・パスからパターンへ」「昇進から成長へ」というように、メンバー、上司、組織それぞれのキャリア観をリフレームしていくことの重要性が述べられていた。

また、今年は新たなメタファーとして、「Career Calisthenics(キャリアの柔軟体操)」といった表現が用いられ、同じ環境にいて自分が成長できていないという固定的なマインドセットに陥るのではなく、自ら能動的に上司に働きかけてみたり(Reach Up)、後輩に自分の仕事を委譲できるようにしたり(Reach Down)、他組織に働きかけてみたり(Reach Out)しながら、新たなパターンが生まれやすくなるように自分の思考の枠組みを柔軟にしていくといったアプローチが推奨されていた。

ここで紹介した2つのセッション以外でも、キャリアのあり方を再考していくことに言及しているセッションが増え始めている印象をもった。まだコンセプトレベルの議論も多いように思われるが、こうした新たなキャリア観に関する研究やプラクティスが、今後促進されていく可能性を感じた。

4.リスキルとラーニング環境の構築

リスキル(Reskill)という言葉が、デジタル・トランスフォーメーションの流れを受けたキーワードの1つとなっていた。リスキルは「新しい技能を身につけさせる、再教育する」といった意味合いの言葉であるが、今年のセッションでは、この言葉が大きく次の2つの分脈で取り上げられていた。

1つは、ATDチェアであり、TDバンク・グループにおけるTalent and Organizational Effectivenessのヘッドを務めるTara Deakin氏が基調講演の冒頭で述べたように、AIやロボットが広く活用されるようになり、これまでの「働く」ことに対して、破壊的ともいえる変化がもたらされるであろう未来の世界に、しっかりと準備をしていこうというものである。

コンカレント・セッションの中でも、「ロボットやAIによって置き換わられる可能性がある仕事はどういうものか?」といったデータや、多くの人が自分の仕事がなくなることや、新しい技能を身につける機会を得られないことに対する恐れや不安を感じているというデータが頻繁に紹介されるなど、職の転換やデジタル化時代に即した技術の獲得に向けて、リスキルの重要性が多く語られていた。

「M306:Learning in the Age of Immediacy: How the Digital Transformation Transforms Training(即時性の時代の学習:デジタル化がどのようにトレーニングを変えるか)」のセッションの中は、67%のCEOがAIやマシーンラーニングなどへの投資を決めているが、従業員のリスキルに対する投資を決めているのは3%に過ぎず、L&Dの担当者はこの状況を変えるべくしっかりとリードしていかなければいけないというメッセージも出されていた。

また、もう1つには、リンダ・グラットン氏の『LIFE SHIFT – 100年時代の人生戦略』にあるように、生涯を通して学び続けることが新たな規範となる状況の中で、人々が継続的に学習し続けることをサポートしていく必要があるという文脈もあった。
こちらの文脈においては、リスキルよりもアップスキル(技能の向上)という意味合いも多く語られていたが、プロフェッショナルとしての職業人生が60~70年ある中で、学んだスキルや知識の平均効力が5年間程度、1つの職にとどまる平均期間が3~4.5年という状況では、アップスキルだけでなく、リスキルも常に必要であるといった話は、「TU54EXD:グロース・マインドセットのカルチャーをつくる」の中でも取り上げられていた。

「これからの20年で人類はかつてない変化を迎えることになるだろう」とオバマ氏も基調講演で言及していたように、誰も見たことのない大きな変化に向け、人々が学習と成長を通して適応できるようにするための支援をL&Dが率先していく必要があるというメッセージが、危機感や使命感を伴って「リスキル」という言葉に込められていたように感じられる。

では、こうしたリスキルをどのように支援していったらよいのだろうか。

学習者(Leaner)を中心に据えて考えるラーナー・センタードなアプローチを採用し、ラーニング環境を整えていくことが重要であるというテーマは、ここ数年のATDで毎回トレンドになっていたが、リスキルを推進する上では、それぞれの学習者のエンゲージメントを高め、パーソナライズされた学習を即時に継続的に提供できるようにする環境デザインの重要性が、より一層強調されていたように感じた。

「M313:The Transformation of Learning in the Digital Era(デジタル時代のラーニング変革)」では、デジタル化を受けて様々なサービスやビジネスが変容してきている中で、学習者のニーズも変容してきており、「どこからでも、いつでもアクセスできる利便性・自分に合ったものを選択できる多様性・パーパス・適切なチャレンジ・ゲーミフィケーションなどを活用した動機付け・エキスパートにアクセスできること・フィードバック・コミュニティやソーシャルなつながり」といった要素をラーニングの中にも入れ込んでいく必要性が語られていた。

また上述の「M306:Learning in the Age of Immediacy: How the Digital Transformation Transforms Training(即時性の時代の学習:デジタル化がどのようにトレーニングを変えるか)」においても、様々なサービス分野や生活分野で最先端のテクノロジーが導入されつつあるのに、ラーニングやトレーニングの業界がいつまでも古いテクノロジーやアナログ対応をしていてはいけない。
テクノロジーを活用し、個別化・最適化された環境を構築するために、まずこの業界に関わる人たち自身がデジタル化に対応し、変容しなくてはいけないというメッセージも出ていた。

こうしたリスキルを推進するラーニング環境を構成する主要素としては、ここ数年大きなトレンドになっているマイクロ・ラーニングが挙げられる。
「M208:Go Viral! Motivating Employees to Share Their Knowledge(口コミで広めよう!社員が自分の知識を共有するよう動機付けるには)」のセッションでは、働く人がトレーニングやディベロップメントに集中できる時間は、働く時間の1%、1週間の中では24分程度に過ぎないという情報を紹介した上で、こういった状況に対応し、短時間で自分の知りたいコンテンツに触れられたり、他の社員がもっているナレッジにアクセスできるプラットフォームをつくる必要があると語られていた。

一方で、ラーニング環境はツールやテクノロジーによってのみ支えられるものでもなく、学習意欲を高めるようなカルチャーが土台にないと機能しないということもセッション内では多く触れられていた。
「M208:Go Viral! Motivating Employees to Share Their Knowledge(口コミで広めよう!社員が自分の知識を共有するよう動機付けるには)」や「SU208:Data From More Than 25,000 Leaders Reveals Why Digital Transformation Fails (25,000人のリーダーに訊きました:なぜデジタル移行は失敗するのか)」では、社員一人ひとりの学習を手助けするようなラーニング・エクスペリエンス・マネジャーや、その人のニーズに合ったコンテンツを紹介するキュレーター、ツール上でのコミュニケーションを活性化させて人々をつなぐ役割を果たすコミュニティ・マネジャーといったような人々の働きへの言及があった。

また、「TU54EXD:Create a Growth Mindset Culture: 4 High-Performing Organizations Share Their Success(グロース・マインドセットのカルチャーをつくる)」の中でも、フィックスト・マインドセット寄りのカルチャーから、ツールの導入だけでなく、ダイアログやセルフリフレクションの時間をもちつつ、グロース・マインドセットのカルチャーを丁寧に育んでいくことの重要性が語られていた。

基調講演でマーカス・バッキンガム氏は”Technique plus discipline without love is burnout.”と主張していた。
「デジタル化によって機械に仕事を奪われる」「このままでは生きていけないから対応しないといけない」というような危機感や恐れを煽ってリスキルを推進するような主張が見え隠れする部分もあるが、それだけではより良い変化をもたらすことはできないと感じる。

リスキルを語る際には、人々がいる環境の中に、恐れを乗り越えられるような安心感を持ち込み、学習や成長を楽しめるカルチャーを構築する姿勢をもって臨むことが必要になってくるのではないだろうか。

EXPOの所感

Expo会場には438の出展があり、今年も様々なプロダクトが会場を彩っていた。各出典企業のブースでは、西海岸の文化なのか、出展企業の微笑ましい工夫が各所に感じられ、サービスを紹介するクールなプレゼンテーションや、来場者を楽しませるゲーム体験に加えて、様々なテイクアウトが準備されていたり、本物のリラクゼーションのサービスを提供するブースも出現していた。

出展で一番数の多かったのは、やはりATDということもあり、リーダーシップ開発に関わるブースだが、目立つ所にあるブースは、ほぼすべてがテクノロジーを全面に押し出していた印象だ。ここ数年は当たり前にも感じられるが、一見すると、さながらHRテクノロジーの会場のようである。一方で、ATDの全体のトレンドであるマインドフルネスを扱うブースも、ちらほら見受けられた。

テクノロジーを使ったブロダクトの中心は、やはりe-Learning系のサービスである。こちらでは、マイクロラーニングやゲーミフィケーション、そしてモバイルがプロダクトのコンセプトに取り込まれているのは、もはや当たり前といった様相だった。

Expo会場を歩いていて感じられた人材開発分野のプロダクトの差別化のポイントは、どのようなテクノロジーを使っているかではなく、UX(ユーザー・エクスペリエンス)のデザインにあるように思えた。ひときわ目立つプロダクトには、思わずWow!と思わせられるような、そういった印象を受けるものが多かった。

これほどまでに、テクノロジーの活用が進んでいる米国のHR事情だが、こうしたテクノロジーのエコシステムが増えれば増えるほど、様々なツールを使いこなさなければいけないマネジャーの負荷が高まるのは、想像に難くないだろう。
さらにそれらを有効に活用し一人ひとりの学習者を支援していくためには、フィードバック(メンバーは効果的に活用できているのか? 彼らの成長につながっているのか? ビジネスの結果につながっているのか? )の情報なくしては難しい。

しかし、データが、もしバラバラに管理されていたら、それらは容易なことではない。

そこで今年のATDのセッションで注目されたのが、学習に関わるデータのマネジメントについてだった。
次世代のSCORMの規格として2013年に標準化されたxAPIが、実用化のタイミングとして、メーガン・トランス氏のセッション、「TU212:XAPI Geek-Free and Ready to Go(オタクでなくてもわかる実践的xAPI)」をはじめ、複数のセッションで紹介されていた。

xAPIはHRの領域にとどまらず、ビジネス・リザルトに関わる企業内のすべての情報(生産管理、物流、基幹、CRMなど)を時系列の学習データとともに統合し、社員の継続的な成長を支援するために必要な情報を取り出すことができる、非常に野心的で、戦略的な情報基盤になり得るテクノロジーだ。

Expo会場を歩いていると、見栄えの良いプロダクトに目を奪われがちだが、その背後にあるデータの重要性は、きっと我々の想像を上回るものだろう。AI やロボットが当たり前に活用される未来の世界では、テクノロジーは当たり前になり、(現在のスマートォンのように)競争の差別化をするものではないだろう。

一方で、戦略的に集められた学習者のデータは、企業の独自性を育み、差別化につながるというシナリオは、データの重要性を理解している人には自明の理だ。こうした重要性に気づき、ATDのような人材開発のカンファレンスで共有しようとする人がいるということが、米国の多様性の高さが、彼らの強みにつながっていることをあらためて感じさせられた。

基調講演①:バラク・オバマ前米国大統領

2日目に行われた本カンファレンスの最初の基調講演は、2009年から2017年にかけて米国の大統領を務めたバラク・オバマ氏が、ATDのトニー・ビンガム氏にインタビューに答える形式で行われた。

幼少期から今に至るまでの自らの人生経験をもとに、教育、親切心、興味のあることを追求する、人の可能性を信じることなど、オバマ氏本人が大切にしているバリューについて、具体的なエピソードを引用しながら語り、最後には、未来は明るいと信じているが、それは必然ではなく、最終的には私たちの行動の帰結であり、私たち一人ひとりが責任をもち、日々バリューを体現すれば、明るい未来は必然になるのだというメッセージで締めくくられた。

最初の質問は、教育の重要性に関するものであった。

オバマ氏本人も、両親も、祖父母も、妻のミシェルも、もともと裕福な家庭からきているわけではなかったが、教育をベースに成功をつかんだと話していた。こういうサクセス・ストーリーがアメリカの良さだと語っていた。「アメリカは教育を通して人に投資する社会だ」と。
オバマ氏本人の教育に対しての熱意と、教育以外何もないところから這い上がってきた自身の家族について誇りを感じるストーリーが語られていた。

次にレジリエンスに関する質問が投げかけられた。

もともと名の知れた家族の出身ではなかったため、政治生活の初めのころは知名度もまったくなく、2000年に初めて議員選に出馬したときに、ボロ負けしたことの思い出をまず語っていた。
自分は好かれていて、なぜか自分ならできると思い込んでいて、若干焦りも感じていたと。ただしそこでボロ負けして悟ったことは、「何かになりたい(wanting to BE something)だけでは足りない。何かをしたい(wanting to DO something)、 何ができるかが大事だ」ということであった。
この痛いレッスンで気づいたことは、若い人たちにいつも伝えようとしていると言っていた。

「たとえば、もし誰かが環境問題や教育、あるいは貧困に対して何かをしたいと熱く願っているとしよう。自分にとって大切なことを毎日していれば、自然と周りは自分に気づいてくれるだろう。ビル・ゲイツだって、金持ちになりたいと言って金持ちになったわけでなく、コンピュータが好きで、ついでに大金持ちになっただけなんだ」と事例を出していた。

なりたいポジションではなく、したいことがある。それが見えているからこそレジリエンスをもてるのだと。
しかも、人が課題として大切にしているものは、他の誰も解決をしたことがない難しいもののため、失敗するのは当たり前だと言っていた。

このメッセージを語ると結構若い人は共感してくれると話していた。
また、オバマ氏本人も、スタッフには若くても責任のある仕事を任せたり、大きな決断を下さなければいけないときには、幹部だけではなく、現場のスタッフにも意見を聞いたりして、自分の政権のカルチャーをつくっていったそうだ。

大統領だったころ、父親として娘たちに、人類の可能性について語っていたと言う。大人だからといって、何でもかんでも知っているわけではない。ただし、失敗から学ぶこと、他人と協力すること、お互いの話を聞くことによって、どんな素晴らしいことでもやり遂げられるんだと。

また、大統領になるための準備プロセスについて聞かれると、多くの人に影響を与える権力のある大統領としての意思決定に関する考え方も語っていた。
「次の最善のアクションがわかるシチュエーションなんて、大統領には回ってこない。情報を提供するアドバイザーたちも意見が別れていることがほとんどだ。ただし、そういうときでも、できる限り情報をもって下す判断であったため、自信をもって指示を出すことができた」と言っていた。

変化をもたらすシンボルとして歴史を変えたオバマ氏は、変化については大事なポイントが2つあると語っていた。1つは他人から情報を得ることに対してオープンで、なおかつ自分のことを客観的に見つめることができること。2つ目は、変化は難しく、時間がかかると認識しておくこと。

この2つを理解できないと、焦りと不安が募り、なかなか変化に協力的にはなれないと言っていた。それを象徴しているのは、彼が大統領のころ、力を入れたヘルスケアのプログラム。「中途半端に始まってしまったが、それは仕方がない。何か大きな変化をもたらすときには、不安という感情も動き、歴史と現状に向き合わなければいけない」と、少し感情的になりながら語っていた。

最後に、自分が一番大切にしている価値観であったり、未来への可能性を語っていた。歳を取り、経験を積むにつれて、自分の親やその親が大事にしてきたことがどんどん沁みてくると言っていた。
「人に優しく。人に役立つ。その2点がすべててなんだ」と。
そのため、未来に対しても楽観的だと言っていた。ただし、条件ありきの未来像なので、正確には”Cautiously optimistic”だとのことだ。

楽観的だという根拠としては、トレンドとして良い方向に向かってきていて、現在、どんなに残酷なことや悲しいことが起こっているといっても、人類の歴史の中でいまが一番良い時代だと語っていた。
「自分自身、50年前にはここに前大統領として座っていることなんて、誰も想像できなかっただろう(現:56歳)」
ただし、「明るい未来は必然ではない。人に優しく、人に役立つ。家族や社会から受け継いできた、こうしたバリューをそれぞれが手放さずに深め、責任のある行動を取った暁に訪れるのである」と主張していた。
「未来は明るい。私たちの行動によってそれは必然になる」というメッセージで締めくくられた。

大統領退任後に、キーノートのような形で聴衆を前にして話をするのは、今回が初めてとのことであったが、リラックスした雰囲気で、丁寧に言葉を選びながらメッセージを届けようとする姿勢が印象的であった。

つい1年前まで、政治の世界でのアクティブプレーヤーだったオバマ氏だが、今となっては、雰囲気が以前より落ち着いているようにも見えた。また、「事実に同意をしないと議論は始まらない」「目的が”何かをすること”ではなくて、”何かタイトルを取得すること”になってしまうと、前が見えなくなってしまう」など、自身の後継者を決める選挙で前面に出てきた自国の課題の切実な想いが聞けたようで印象的だった。

基調講演②:マーカス・バッキンガム

3日目に行われた基調講演は、『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす)』や 『最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと』(共に日本経済新聞社刊)でも著名なマーカス・バッキンガム氏が登壇し、強みに着目し、それを育むことの大切さが語られた。

講演の冒頭で、マーカス・バッキンガムは、自身が研究に取り組むときのスタンスは自由思考であるが、我々が何かを学んだり調べる際には、反対の状態に着目しがちであると語った。
病気を調べても健康になる方法はわからず、うまくいかない結婚を調べても良い結婚はわからないように、悪い状態に着目しても素晴らしい状態を生み出すことはできない。
失敗の反対がエクセレンスではないのだから、素晴らしい状態にあるそれぞれに特有のパターンを知ることの重要さも強調された。

ここでは、多くの企業で75年前から導入されているパフォーマンスのレイティングも例に出され、評価する人のパターンと主観に左右されてしまうこと、評価をし続けても良い評価を生み出すことはできないという調査結果が共有された。

マーク・トゥウェインの言葉”it ain’t what you don’t know that gets you into trouble, it’s what you know for sure that just ain’t so.” ? Mark Twain”(問題なのは、何も知らないことではなく、実際は知らないのに知っていると思い込んでいること)も引用され、仕事においてもたくさんの誤解があることが「Nine lies about work(仕事に関する9つの嘘)」(同タイトルの書籍が2019年4月にHarvard Business Schoolより発刊予定)として紹介された。
9つの嘘が1つずつ紹介される間、会場のあちこちからは賛同するような大きな笑い声が起こっていた。

<Nine lies about work(仕事に関する9つの嘘)>
1.People care which company they work for
人々は自分の働く会社のことを気に掛けている
2.The best plan wins
いい計画さえたてれば勝つ
3.The best companies cascade goals
いい会社はゴールをカスケードする
4.Well-rounded people are better…
多彩な人の方がよりよい
5.People crave feedback
人々はフィードバックを求めている
6.People can reliably rate other people
人々は、お互いを正しく評価できる
7.People have potential
人々にはポテンシャルがある
8.We should seek work/life balance
私たちはみなワークライフバランスを求めるべきだ
9.’Leadership’ is a thing
リーダーシップはそういう’もの’である

タレントマネジメントの観点でも、良いところや卓越したところではなく悪いところを見がちな現状があるが、強みや卓越したところを見ていくのが大切だという文脈で、リオネル・メッシの動画が紹介された。
背が低かった彼が足にボールが吸い付くような驚くべきプレーをできるようになった背景には、強みであった左足を育てたことにあるというエピソードが紹介され、「皆さんの左足(強み)は何ですか?」と聴衆へ質問が投げかけられた。

続けて、我々が強みにどれだけ焦点を当てているかについて、数カ国の調査結果が共有され、米国でも40%、日本においては25%と、弱みに目が行きがちな状況が明らかにされた。

実際、人の成長に関わるとき、我々が弱点を是正しようという働きかけをすることが多い。ここで語られた彼自身のストーリーは、息子が描いた絵が他の子のものと一緒に貼り出された途端に批評家となり弱点を克服させたくなった自分に、子供の先生から「子供に学んでほしければ、何が強いかを知るべき」とアドバイスを受けてはっとしたというものだった。
強みを伸ばそうとずっと主張し続けてきた彼であっても同じパターンに陥るのだというストーリーに、会場全体が笑い声に包まれていた。

ここで彼が強調したのは、悪い点を無視するということではないということだった。
ネガティブ・フィードバックをし続けることでストレスをかけ続けると、学べない状態になってしまうため、強いところにフォーカスすることでオキシトシンを出して、脳が学びに対して開かれる状態にするのだという。

強みはすでに自分の中にあるが、あまりにも自然に自分の中にあるために気づきにくい。そのため、タレント開発では、強みが見えたら見えたことを本人に伝えること、その反応によって才能が伸びていくということだった。タレントのパターンはすでに本人の中にあるという点で、「パターン・ディベロップメント」という言葉が使われた。

彼はまた、メッシのゴールの瞬間のうれしそうな表情を映し出し、メッシと似たような状態として恋をしているときを挙げ、愛情にあふれ、寛容で柔軟、融通性があって弾力性がある状態を自分の仕事で実現していくこと、仕事と愛をつなげていこうと投げかけた。
また、仕事と愛をつなぐものを自分の手首から伸びる赤い糸にたとえながら、赤い糸を仕事に織り込んで愛情に満ちたものにしてほしい、それが強みだとも訴えた。愛情をもって仕事をしながら、良いパターンを見つけていくこと、職場だけではなく人生で自分が元気づけられるものを探し、チームや会社で自身が花開いて、より良い世界を創っていってほしいという願いも語られた。

また、愛情をもって、他の人の赤い糸に貢献してほしいというメッセージも送られた。
素晴らしいタレントをもちながらもバーンアウトしていったバレエダンサーの事例を周囲が赤い糸を台無しにしまった例、美しい振り付けでのびのびとバレエを踊るSergei Polunin(セルゲイ・ポルーニン)の動画を強みを生かしている例として紹介した。

人はそれぞれに素晴らしい宝でユニークな存在であること、世界はあなたの素晴らしさの貢献を待っていますというメッセージで講演は終了し、大きな拍手が送られた。

これまでの講演では、スーツをきちんと着こなしたスマートないでたちが印象的だったマーカス・バッキンガムだったが、今回はパーカーを羽織ったカジュアルな服装で現れ、自身の子どもの話も交えながら、等身大でカジュアルな存在として登壇していたことに驚きを感じていた聴衆も多かった。

前日のオバマ前大統領の講演と同様、愛の大切さや世界をより良くしていこうというメッセージが語られていたことも印象的だった。自身の強みと仕事をつなげる(赤い糸を織り上げていくだけ)だけでなく、他の人の赤い糸に貢献していくというイメージは、その場に集った人材開発に携わる多くの人の胸に響いていたようだった。

基調講演②:コニー・ポデスタ

最終日には、作家、教育者、コメディエンヌ、そしてプロのカウンセラーでもあるコニー・ポデスタ氏によるキーノートスピーチが行われ、コメディエンヌらしく聴衆を巻き込みながらの笑いの耐えない時間となった。

ポデスタ氏は登場するなり、腕時計をつけていないミレニアル世代の聴衆の一人を壇上にあげ、とっても忙しくしているのに、腕時計よりも余計な時間のかかるスマフォを時計がわりに使っているのはなぜなんだと指摘したり、会場の中にいる50以上の世代や、40代との違いを示して、世代間ギャップを面白おかしく指摘して、聴衆を引き込んでいった。

その後は、パーソナリティの違いを丸、三角、四角、波線に分類し、それぞれの聴衆を壇上にあげながら、性格や考え方、行動パターンの特徴を指摘して、爆笑の渦をつくり出しつつ、多くの人は自分の思考パターンを理解できないのだから、職場でも家庭でも人と接するときに自分のパーソナリティを押し付けてはいけないといった話を付け加えていた。

最後にHRやL&Dに携わる人たち向けに、「あなた方は、変化が多すぎて大変だとか、組織を再構成するのが大変だ、なんとかしてくれといった苦情や要望を従業員から受けて、そのために何かの取り組みを行ったりしますよね?」と投げかけた上で、「アメリカ大陸に渡るメイフラワー号に乗るためのワークショップがあったらおかしいですよね? 小学生の学年が変わるときというのは、新しい上司、新しいオフィス、新しい戦略、新しいチームになるのと類似しているけど、学年が変わるためのトレーニングなんて家庭でしてないですよね?」といったことをジョークたっぷりに指摘し、「私たちは常に変化し続けてきた、変化を通り抜けてきた、変化に対応してきたんです。変化できないんじゃないかという先入観をもつのはやめましょう。もっともっと期待していいんです。」というメッセージを伝えていた。

終始、会場中から楽しげな笑い声が聞こえるセッションで、多くの人がリラックスして楽しんでいる様子が伝わってきた。

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